特SSランク
「どっちですかねェ……」
丸眼鏡の青年がその人物を前に口を開いた。
巨木の根元にある小屋。
浅く早く繰り返される呼吸。額を滑り落ちる汗。
元々青い顔は更に青く白く。
椅子に座ったその人物はニヤリと哂う。
「私達の条件に、首を縦に振るならば大蛇丸様の腕も治り、木の葉崩しをすぐにでも再会。綱手様も愛する二人に再会できる」
簡素な板張りの小屋。
青年が立つ傍らには薬の調合用具が並んだ小さなテーブルが。
薬臭い独特の匂いが鼻をつく。
「けれどもし……首を横に振るなら」
「力ずくで腕を治させるしかないわね……」
カブトの言葉を奪い大蛇丸が言い切った。
「そう簡単にいきますかね?」
疑問調が混じったカブトの相槌に大蛇丸は薄く笑ったまま「お前が居る」と。
その台詞にカブトは小さく笑う。
「フン……心配要らない。あいつの事は私が一番よく知ってるわ。最大の弱点もね。あいつは必ず条件を飲む。必ずね……」
充血した瞳を瞬かせた大蛇丸。
部屋に訪れた沈黙ともう一つ紛れ込む気配。
「なら俺はその上を行こう」
小さな黒衣の子供。
頭から顔半分を隠すように被った狐面。
有態に表現すれば木の葉の暗部スタイル。
空気のように自然に現れた侵入者にカブトは身構え、大蛇丸は眦を持ち上げた。
「なら、俺はお前の案の上を行かせてもらう。どうせ利用して捨てるなら、木の葉で回収して有効活用させてもらうからな」
綱手姫は渡さない。彼女は木の葉に必要な人材だ。
子供が暗に伝える真意。
片方だけ見える子供の顔。
弧を描く瞳にカブトは無言でチャクラを練り上げようとして、チャクラが練れない。
その事態に気付き内心だけで動揺する。
「珍しいお客ね」
口角を持ち上げ大蛇丸は不気味に微笑んだ。
己が屠ったかつての師。
三代目火影の秘蔵っ子。
若しくは木の葉の里最大の脅威にして最大の護り手。
表向きの名を『うずまき ナルト』
腹に九尾の狐を封印し尚且つ、木の葉でも秘密裏とされた継血限界『天鳴(あまなり)』の血を引く最後の子供。
大蛇丸は以前二回ほどこの子供と顔をあわせたことがあるが、木の葉を攻撃した己を責める態度は見せない。
考えが読めない子供だと感じていた。
そして利用価値があるかもしれない、とも。
「断りも無しの乱入は申し訳ないと思っている」
肩を竦めてナルトは非礼を詫びた。
気配を辿るのに時間がかかってしまったが、こうして大蛇丸とカブトが滞在する小屋に出くわしたのは幸いである。
注連縄と別れて修行だと偽り短冊街を離れた甲斐があるというものだ。
「君は……」
カブトは焦りを表に出さないよう細心の注意を払いナルトへ声をかける。
只者じゃない、気配を感じたことはあるし。
関連があると思われる下忍の油女の嫡子とも接触した。
こんな風に印象が変わる子供なのか。
改めて表のこの子供の演技力に舌を巻く。
「面と向ってアンタと相対するのは初めてだったな。アンタが見たままで判断すればいい。それか、忍としてなら、裏の裏を読むか。好きにしろ」
ニヤリと哂う。
哂うその表情は見慣れていないからか? それとも予測できた顔だからか?
カブトの背筋を悪寒が走る。
肌を刺す殺気と反比例して高揚する己の心。
戦いたいのか、否か。
カブト自身も判断が付きかねる気持ちの揺れであった。
「で? どういった用件なの?」
内心の動きなど微塵もみせぬ。
大蛇丸は平然とした態度を崩さず、ナルトへ本題を喋るよう促した。
ナルトは大蛇丸の問いかけに答えず質素な小屋の内部を興味深そうに見回す。
「俺には無関係なんだけど、あんた等には因縁なんだよな? 伝説の三忍なんて云われて、尊敬されて。でもそれは過去の遺物だ。
あんたがその地位を投げ打ってまで求める不死に俺は興味がない。ただ」
痙攣し続ける大蛇丸の両腕。
一瞥してナルトは哀れむような口調で呟く。
「ただ?」
カブトが口を挟みナルトに話の先を促した。
「俺の邪魔をするな」
素早く投げられたカブトのクナイを弾き、大蛇丸の伸びる舌を小太刀で床へ縫いとめた。
ナルトの早業と室内に満ちる血の香り。
「人は愚かだな。大蛇丸、お前も、俺も、カブト、アンタもだ」
更に手刀を繰り出すカブトの腕関節にクナイを突き刺し、ナルトは嘆息。
「なまじ人と違う力を持っていた為に、勘違いをする」
ナルトの蒼い瞳と大蛇丸の金色の瞳がかち合った。
小太刀が弾かれ大蛇丸の長い舌が彼の口内に納まる。
「変える力を持ちえていると」
つとナルトは目線を下げ、無造作に左腕を振り上げる。
小屋の屋根一部が吹き飛び、木片が内部に落ちた。
「それは忠告? それとも宣戦布告かしら? 天鳴(あまなり) ナル」
口端を流れる血をそのままに大蛇丸はナルトを、ナルトの本来の名を呼ぶ。
ナルトは無言で振り上げた左腕を下げた。
「ガッ……」
凄まじい圧迫感を感じてカブトが床へ押し込められる。
見えない巨大なチャクラの塊がカブトの全身を圧迫。
カブトが医療を得意とした忍だからこそ。
ナルトは中距離攻撃だけで彼を攻撃圏内に入れないよう威嚇した。
「残念だな、大蛇丸。それは捨てた名だ」
俯いたナルトの足元から膨大なチャクラが湧き上がる気配。
チャクラの揺れに反応して大気も震える。
足元から巻き上がった風に半分見えるナルトの前髪が揺れた。
細く振動する小屋の中、ナルトの蒼い瞳は冴え冴えと光すら飲み込む暗い色を宿し、大蛇丸をもう一度見据える。
「継血限界だ、なんだって。踊らされている内の方がまだ幸せだろうな」
自嘲気味に哂いナルトは飛んだ。
落下する木片の合間を縫ってカブトの関節だけを限定して狙いクナイを放ち、再度迫る大蛇丸の舌を掴む。
「!?」
大蛇丸の顔色が変わった。
ナルトは大蛇丸の舌を片手で握り締め、もう片方で自分の血を使い何かを書き込んでいく。
「俺の邪魔はさせない。だから暫くの間だけ……『俺』に関する記憶を封印させてもらうよ。どうせお前らのことだ、時間が経てば自力で封印解くだろうしね」
大蛇丸の実力とカブトの実力。
忍としての長年の経験。
実力だけならナルトだけで十二分に勝てる相手。
だが経験ならナルトが負ける。
それに彼等が持っている情報は全て手に入れていない。
「綱手姫が俺の罠に引っかかる間だけ。命まで盗らないんだ、悪い取引じゃないだろう?」
クツクツ喉奥で哂いナルトは赤い目を見開き大蛇丸の眉間にチャクラをぶつけた。
例えば。
このまま息が止まって、死んでしまっても悔いはない。
思える反面、自分の立場とか身分とか氏名を忘れ。
自分があの場所を『還るべき場所』とみなせるように。
懸けてみたかった。いや、懸けなければならなかった。
「封印!」
大蛇丸の上半身が椅子に座ったままの状態で後方に仰け反る。
辛うじて意識を保つ大蛇丸に宝刀・禍風(まがつかぜ)を突き立てて力を解放。
負の力を以って大蛇丸の邪悪な意識を錯乱・混乱させた。
禍風の持つ強力な負の不共鳴和音。
耳障りなチャクラ音となり大蛇丸の脳髄を侵食していく……。
暗示作用も持つ禍風の力を最大限に引きだすナルト、額に脂汗が滲み出た。
「禍風の結界内に逝ってこいっ」
ギィィイィィィイ。
一際高く音が鳴る。
これ以上はないくらい目を見開いた大蛇丸は、カッと目を見開いたまま意識を手放した。
「……っ」
呆然とナルトが力を振るう様を眺めていたカブトは、震える身体を止められず。
ただただ床に這いつくばったまま浅い呼吸を繰り返した。
大蛇丸様……いや、彼以上、か?
「力だけでは全てを手に入れることは不可能だ」
血塗れの禍風を大蛇丸の身体から抜き取り、カブトに背を向けたままナルトは云う。
「どういう経緯でアンタがスパイをしてたか知らないが。俺にとってはどうでもいい、アンタが音だろうが何処だろうが。
唯一判断するべき部分は、俺の障害になるか否か。邪魔になるなら俺は躊躇いなくお前等を殺す。純然たる警告だ」
ナルトは感情一つ滲まない声音で告げる。
足音をたてずカブトの傍らに近づき、片膝をついた。
自由にならない腕を伸ばしたカブトの頭に手を当てる。
「や、ヤメロッ……」
「うちはが最強と謳われ恐れられた力の一つ。精神に干渉する瞳術。俺が使う力は別のものだが、似たような力も扱える。
精神を侵し、また癒す力。さあ、アンタの記憶の中の俺に関する部分を『癒』そう」
「ヤメ……ロ…」
身体から力が抜ける。
母親の胎内にいるような強烈な安堵感を覚え、カブトは恐怖した。
理性を凌駕する本能的安堵。
己が感じているのではなく、感じるように与えられた感情。
これが天鳴の力なのか?
「うああああぁああ」
カブトの胸中に押し寄せる暖かい光に、精神が満たされていく。
舌を噛み切り痛みで精神を引き戻そうとするが、その舌の傷ですら直ぐに癒える。
「!!!」
医療を学んだから分かる。
相手の細胞を活性化しつつも精神を浄化(侵食)する、圧倒的なチャクラの威力と、術の高等さ。
常人レベルでは計り知れない才能と、血を限界にまで利用した術。
自分の頭を侵食し記憶を消そうとするナルトの、漣(さざなみ)さえ立たない湖面のように落ち着き払った精神。
「抵抗は無意味だ。さあ、この心地よい光に浸され満たされ。『俺』に関する全てを忘れるが良い」
残酷とも取れる甘美な声音。
ナルトの言葉に比例して威力を増すナルトのチャクラ。
カブトは目の焦点が徐々に合わなくなっていき、その瞳孔が完全に開ききった。
「浄化!」
釣り上げられた魚のようにカブトの身体が痙攣し、やがてグッタリして気を失う。
原理は大蛇丸の記憶を封じたのと同じ。
だが、大蛇丸とカブト。
双方の記憶を同じ手段で消し去ったのでは細工の跡が早くにバレてしまう。
すくなくとも。
綱手姫が結論を出し、うずまき ナルトを見捨てないか。
見捨てるか。
道が決まるまで彼等に悟られる訳には行かない。
ナルトが巡らした罠の存在を。
「ちょっとキツかったけど。なんとかなるもんだな」
静かに深呼吸をニ三回。
ナルトは口を真一文字に引き結び、新たに印を組んだ。
ボロボロに破壊されたかと思っていた小屋が、元通りの姿を現す。
「最初のこの幻術に引っかかってくれて助かった……」
視覚的な刺激は、多少なりとも相手の注意を逸らす事が出来る。
最初に幻術でチャクラが使えないと錯覚させる事ができなければ。
ナルト単独で行うにはきつい仕事となっていだだろう。
「ふう」
ナルトの扱う滅びと癒しの力。
それぞれの力に精神が引き込まれないよう注意し、それらの力を最大限に使う。
実践で使ったのはこの二人が初めてだが概ね使い勝手は良い。
「SSランクだな」
我ながら良く出来た奇襲だ。
ナルトは満足そうにゆっくり息を吐きだし、何事もなかったように小屋を後にした。
綱手姫が賭けの期日とした一週間まで後一日。