賢い手順の踏み方



「四日目……」
登る朝日を眺め小さく呟く子供が一人。

朝の温度が低い空気に身を晒し、頬を赤く染めている。
僅かに動く子供の身体にあわせて揺れる金糸は陽光を浴び輝く。

空色よりも澄んだ湖を髣髴とさせる蒼き瞳は大きく見開き。
太陽の光が紡ぎだす街の陰影。
コントラストを高台から見下ろした。

『後三日〜』
重々しい雰囲気を一気に払拭するかのよう。
子供の隣に出現した、スケスケ青年。金髪・碧眼。
一見美青年風。
揶揄するように残りの日数を指折り数えた。

『昨日はお疲れサマ、ナルちゃんv』
額にかかる子供の前髪を指先で(原理不明)そっと払いのけ、スケスケ青年は愛情に満ちた眼差しを……?
『はうっ!?』

 ビシイィ。

効果音でもつけるなら、このような言葉か。
スケスケ青年は子供の額数センチ手前の指先を痙攣させた。

「不用意に俺に触るな」
『だって! だって〜。ナルちゃん最近すっかりお仕事モードだからお兄さん詰まらないようっ』
両頬をプクーと膨らませ拗ねる大の大人。
子供は目だけで大人の頬を眺め、目線を街並みへ戻した。
「報告を」
子供じみた駄々を捏ねるスケスケ青年を無視して、本来の話題を持ち出す。
スケスケ青年はジト目で子供を見つめるが子供からの反応はない。
「報告を」
駄目押しのようにもう一言。
子供が淡々と呟けば、隣のスケスケ青年は盛大に息を吐き出した。

『お留守番からの報告です。昨日は現れませんでした。
気配を探ってみたけど、落ち着かない感じで大好きなギャンブルにも熱が入っていないようだよ? なんだか浮かない顔で色々な賭け事で少しだけ遊んでどっかに行く、の繰り返し。
今日、うずまき ナルトの修行を見に来る確率は低いと思う』

心持ち緩んだ表情筋を引き締めてスケスケ青年は子供に報告する。

「今日は『うずまき ナルト』の修行場で注連縄の話を聞きたい」
爽やかな朝の短冊街を一瞥し、子供は姿を消した。
『お兄さんの話? 何を聞きたいんだろう……ナルちゃん』
ここ数日、冷静な子供にしては奇行が目立つ。

怪訝そうに顔を顰め、スケスケ青年は子供の後を追ったのだった。

子供が指定した『うずまき ナルト』の修行場に向けて。


伝説の三忍。
現在は彼等が木の葉の行く末を握っていると表現しても過言ではない。
五代目火影候補・三忍の一人綱手姫。
綱手姫を惑わすのは残りの二人。

音の里を作り上げ、三代目火影を殺害し『木の葉崩し』を目論む大蛇丸。

中忍試験時、木の葉の街を守り戦い。綱手を五代目候補に推した自来也。

かつての仲間二人の言葉の間で戸惑いを見せる綱手姫。
彼女にとって少し不幸だったのは、自来也の連れがただの子供ではなかったということだろう。

自来也のお供。即席弟子。
木の葉の『ドタバタ忍者』、うずまき ナルト。
天真爛漫・猪突猛進・熱血少年。
こんな形容詞が似合い『夢は火影』等とのたまう元気いっぱいの下忍である。

表向きは。

実はナルト。
素性・性別・実力共に表向きとは正反対。
三代目から暗部レベルの仕事を貰っていたほどの実力者。
そのナルトが一人計画するのは綱手を五代目火影に据える事。
大人の都合で振り回される里であるならとっくにナルトが乗っ取っている。

ただ今はそれなりに頭が切れて、実力のある人間が火影に欲しい事と。

うちは イタチの襲撃で傷ついた担当教師及び三人一組の仲間を看てもらう事。

上記、二つの理由からナルトも綱手の力を欲していた。





短冊街郊外。

滝と、殺伐とした枯れ木が目立つ岩場。
二振りの小太刀が刀身を反射して銀色に光る。

子供は、うずまき ナルトと呼ばれる子供は岩場の上に座り片膝を立てた。
「大蛇丸は相変わらず大人しい。自来也は静観の姿勢。シズネは……まあ、心配してるみたいだな。俺は賭けに勝つべく修行。ターゲットは平静を装ってギャンブル中」
伝説の三忍相手にこれから仕掛けるナルトの罠。
心理的な罠。

「大蛇丸には天鳴(あまなり)のコトもばれてるしな。カブトは大丈夫にしても、ちょっと早計だったか」
過去二回。
死の森と、中忍選抜試験第三試験の本選。

三代目逝去の直後に素で大蛇丸と対面したのはナルトの失策であり、早計であった。
胸に苦いものを抱えナルトは下唇を噛み締める。

『良い機会だから殺っちゃえば? 大蛇丸さん』
少し遅れて修行場に到着したスケスケ青年・注連縄が笑顔でさり気に遠慮ない言葉を吐き出す。
ナルトは肩を竦めた。

「死の森で出来たらよかったのにな。あの時は天鳴の力が封印状態だったし。
それに今はもっと効果的に大蛇丸の存在を使わないと危険だ。あいつは禁術を使った。みたらし特別上忍に施した呪印。同じくサスケにも」
懐から小さな巻物を取り出し、携帯用の筆も取り出す。
ナルトは立てていないほうの足を前後にブラブラ揺らした。

「木の葉の里は、大蛇丸を脅威と考える。ならば大蛇丸が木の葉の忍の目が多い場所で死ぬか。それとも、みたらし特別上忍かサスケがトドメ刺すのが妥当だろ。
それに大蛇丸は俺の知らない木の葉の闇を知っている。邪魔だから消すという考えは早計だ。
今回は良い機会だから奴等の記憶を消そうと思う」
目線を巻物へ落とし昨日の任務の正式な報告書を書き上げる。

落ち着き払いながらも先を読み動こうとするナルトの変化に注連縄は目を細めた。

『ふーん、ナルちゃんって結構考えてるんだね。だったら今回は、正面から大蛇丸さんと戦う真似はしないってわけ?』
ナルトは筆を走らせるだけで、否定も肯定もしない。

「木の葉の里でも。俺に感づいてるヤツ、例えばサスケとカカシ先生。彼等と正式な接触を持って反応を確かめたい。
後はアスマ先生と、ネジにヒナタにサクラちゃん。いのとチョージはシカマルが適当に誤魔化してるはずだから平気だろ。
後は……キバ?あいつ感づいているってゆーか……赤丸が俺を知ってるからな」
『いいの?』

これではアカデミー在籍中と殆ど変わりがない。
表と裏を使い分ける二重生活。
三代目のフォローがあって漸く成り立っていた生活。

注連縄は思わず確認の意味を込めてナルトに問いただした。

「木の葉の里で。ただの便利な道具としての俺なら問題なかった。でも俺は俺だ。道具になりきれない。そこまで人生悟ってないってコトだよ」
自嘲気味にナルトは薄く哂う。
「俺は弱い。俺が持つ力だけでは守りきれないものが有る。
己を知る事で、俺は俺に出来る事と出来ない事を自覚した。今までと同じ遣り方では俺が後悔する。
誰かが傷ついてからじゃ遅い。予防線は張っておけるなら張っておく」
醒めた態度は常変わらず。
ただ唯一変化したといえば瞳の奥に潜む強い決意の輝き。
ナルトは無自覚だ。けれど注連縄には分かる。

 この目。そっかぁ……この眼なんだ。

在りし日の注連縄も。
こんな眼で里を想い、里人を仲間を部下を想い。空を見上げていたのだろう。
よく三代目に言われたものだ。

火影に相応しい良い目をしている、と。

 ナルちゃんに言ったら殺されるから黙っておこうv

『影で里を護衛するつもり? 体が持たないよ〜??』
本音ではそうなって欲しい、なんて考えている癖に。
口にするのはまったく逆の言葉。

「まさか。俺が守りたい範囲だけだ。だいたいカカシ先生なんか油断しすぎ。その点激眉の方が忍としては優秀だぜ? 
サスケももしかしたら木の葉には向いていないのかも。あいつがどういう行動をとろうが、俺は責任持つつもりはない。木の葉は良くも悪くも忍を縛りすぎる……家族愛やら仲間愛とか人の絆を盾に。反吐が出る」
ナルトの辛辣な言葉に注連縄は一瞬返答に詰まった。

 確かに。

 家族愛とか。仲間愛とか。いざとなったら、その者自身にしか分からない不確定要素。
 そんなもので縛り上げる絆は。
 一般的に考えられてるほど強くないのかもね。

 現にナルちゃんは仲間愛すらすっとばして、自分の道を歩き出してるし。
 家族愛なんか論外だし。
 お兄さんの狙いも感づいていて。
 それでも必要だからって綱手さんを奪還しようと目論むしねぇ?

 育て方(この言葉は語弊である)を間違えちゃったかな? とか考えて。

注連縄は虚ろな顔つきで遠くを見つめた。

「小手先の幻影で惑わせば、いずれツケを払う事になる。
大蛇丸を今の今まで放置していた三代目及びエロ仙人然り。
サスケのフォローをしきれない、カカシ先生然り。
綱手姫を五代目に据えたとしても、このままなら、いずれ木の葉は内側から崩れるだろ?」

俯くたびに顔にかかる金色の髪をかきあげ、世間話でも交わす気安さ。
そんな口調でナルトは注連縄に同意を求めかけ。

「……悪い。死んだアンタに意見を求めるのは間違いだな」
一人で状況を把握し、戦略を練りより有利にことが運ぶように計画する。

ナルトが選んだモノながら中々険しい道のり。
ふとした拍子に出たナルトの弱音。

注連縄は口元を緩め声を立てずに笑う。
『お兄さんには手が出せない世界だからね』
両手を伸ばす。伸ばした腕から透けて見える剥き出しの大地。
こちらに二年近くもいるので感覚がすっかり『生前』仕様だが。

 間違いなく。あっちの人間なんだよね、お兄さんは。

注連縄とナルトの間に流れる深くて底が見えない川。
ナルトも注連縄も互いの違いを明確に意識させられた。

「さて。ここまでのシリアスはさておいて。俺はやらなければならない事がある。注連縄、手伝える範囲で手伝うと言ったよな?」
『うん。言ったよ?』
「じゃあ、後はよろしく。中々面白い注連縄のシリアス顔も見れたし、収穫ありかな」
クスクス悪戯が成功した子供のように笑う。

ナルトの面白がる声音に注連縄は、全身の血液が下方へザーッと落ちていくのを感じていた。
彼はこの世の人ではないので、あくまでも感覚だけ。

『ナ、ナルちゃん?』

 どこまで本音で喋ってたの? これってお兄さんから情報を引き出すための作戦??

どもりながらナルトを呼びかける注連縄の声。
声が震えているのは気のせいじゃない。

「さあ?」
どこまでもとぼけて誤魔化す。
ナルトは涼しい顔で注連縄へ言葉を返した。

『さあ? って! さあ? ってナニ!? お兄さんの純真なこのハートはブロークンだよ』
涙目になってナルトに詰め寄る注連縄。
「明日から六日目夕刻まで用事を済ませに行って来る。注連縄は、ここら辺で螺旋丸を木へ当てておいて欲しい。あくまでも失敗作ばかりを、だ」
『え、ああ、うん。じゃなくて!』
思わず仕事モードに入ったナルトの言葉にうなずきかけ、注連縄は頭をフルフルと振った。

そうじゃない、そうじゃない。
折角の貴重な親子(?)の語らいを!
中途半端に誤魔化してはっ。

『ナルちゃん! あんまりとぼけないでよっ。いくらお兄さん相手だからって酷い。感情はあるんだからね』
口先を尖らせて注連縄はぶーたれた。

どこかへ消えかけて、ナルトは練っていたチャクラを散らせる。

目を少し丸くした顔で注連縄をチラリと横目で見た。
『ハートブロークン……』
「大切にしてるよ。下らない会話でも、それなりに」
捨てられた子犬よろしく瞳ウルウル。
注連縄に、ナルトは苦笑した。

 それでも俺は。アンタ(注連縄)の力だけは。本格的に借りたくないんだ。

 自由とは。
 勝手気ままに振舞う事じゃない。

 気付かれないなら、勘付かれないなら。俺はそれでも良いと思っていた。

 でも違う。

 責任を伴った行動でなければ、いずれ過去の俺自身の行動により、俺が首を絞められる。

「ちゃんとした手順ってヤツ。俺は踏みたいだけなんだ」
今度こそ最後。
言い捨てて、ナルトは姿を消した。

送っておけという事か? ナルトが書いていた巻物がコロリ。
注連縄の足元に転がる。

『やっぱり……向いてるよねぇ?』
親の欲目でも馬鹿でも。ナルトは火影に向いてる。
注連縄は誰に問いかけるわけでもなく同意を求めた。
当然答えを発する人は居らず、短冊街郊外の修行場は静かで平和だった。


ちょっぴりしんみり調で。このノリ大丈夫でしょうか……。次回は多分、大蛇丸の記憶消しにナルコが向います。ブラウザバックプリーズ