孤独(ひとりで)

昨晩ターゲットは己の様子を忍んで見に来た。
昨日の今日で再び姿を見せるとは限らないが、念の為の留守番は残してある。

いざとなったら影分身を使えばいい。
面を被った黒マント姿。
無造作に金色の目立つ髪をフードの中に押し込み、小さな暗部は高速で移動していた。


昨晩。
夜も更け三日月が空を彩る漆黒の闇の中。

目立つ金色を無造作に振り乱し、子供は枯れ木に向って特訓の真っ最中。
引き締まった顔に険しい目つき。
真剣そのもので両手に作り上げたチャクラの塊を木へ押し当てた。

 ガガガッ。

うずまき上に螺旋を描き、木の上に焦げ跡のような模様が浮かび上がる。
「ハァ……ハァ…」
痙攣する右手ガクガク笑う膝。
子供は肩で大きく息を繰り返し、目の前の模様を睨みつける。
完成にはほど遠い術。
焦燥を顔に張り付かせ子供は仰向けに転がった。
「ダメだァ!」
汗まみれの身体を地に預け浅い呼吸を繰り返す。
「くっそー! くっそー! ぜってー明日こそは……!!」
悔しさを滲ませた子供の言葉と、暗闇で見えないが滝から落ちる水の音だけが静かに響く。
時折虫の音が聞こえるほかは何もない。

 さあて? やっとお出ましか。

子供は目をきつく閉じたまま内心ほくそ笑む。

積み上げた岩の影、感じ取れるか取れないか位の気配が一つ。
一見すれば20代、中身は50歳の女が一人。
子供の様子を窺うように立っていた。

気の強さを示す眦の強さ、長い髪を左右に結わき背中に垂らしている。
背中に背負った賭の文字。
胸元を彩る不思議な色合いの石の首飾りが月光を浴びて寂しげに光る。

「……」
痛みを堪えた顔、無意識に眉間によった皴。
下唇を噛み締め、女は疲れ切り大地へ寝転んだ子供の顔を飽きることなく眺め続けた。

 ふぅん? やっぱ見に来るんだ…俺の予想大当たり。

女の視線を感じつつそ知らぬふりで子供は考える。
女が持ちかけた『賭け』子供がある術を完成させれば、今女の胸元を守る貴重な首飾りを頂けるという物。
珍しい鉱石の着いた首飾りで売れば山が二三個買えるらしい。
尤も子供は首飾りに興味はないが。

女は子供を木の葉の下忍だと認識している。

実は正反対。
表向きは『ドベ』を演じ裏では上忍レベルがこなす任務を請け負う凄腕。
男の子の外見も周囲を欺く一環で。素性も性別も表向きとは真逆。
そんな子供が手間暇かけて女の到着を待ち、敢えて『ドベの自分が努力している』様を見せ付ける。

子供には果たさねばならぬ約束があった。

女には喉から手が出るほどの。
遠くて届かない筈の大切な人にまた会えるかもしれない。
甘言に迷う女にも決めねばならぬ二つの道があった。

仕掛けるのは子供から。

女のトラウマを有る程度知った上で、木の葉に女を引き戻すよう画策する。

 五代目候補、伝説の三忍綱手姫。
 アンタには悪いけど、火影の椅子を厭でも引き受けて貰う。

立ち尽くす女……綱手の視線を全身に浴び、子供は相変わらず目を閉じたまま己の小さな心理作戦の成功に胸を撫で下ろした。
彼女の過去を利用し精神的ゆさぶりを掛ける。
卑怯だとは思わない。

 だいたいさぁ……アンタ等が勝手をしたせいで、里があんな目にあったんだろ。
 50歳の大人達が未だに我侭を貫き通すなら。
 俺は俺流でいかせて貰う。

子供は決意し実行に移した。
手始めとして、彼女の亡き弟そっくりの自分が火影を目指し我武者羅に努力する姿を見せる。
次に必要なのは彼女を巡る対立候補、音の動向。
仕上げに彼女が火影の椅子に座る事を前提としたお膳立て。


大蛇丸の『木の葉崩し』から数週間。
風影殺害と火影逝去。
他里に表立った動きはないものの油断ならない状況は続いている。

砂隠れの里と違い、直接大蛇丸に攻め込まれた木の葉の打撃は大きく。
音の忍と戦った木の葉の負傷者。
若しくは死者。

多くの犠牲を払った。

残された者達は感傷に浸る間もなく、諜報活動や里の復興作業に勤しんでいるのが現状で。
実働的な『依頼』を受ける余裕がない。


賭けの期限は一週間。
子供が修行風景を演出し、綱手姫に見せたのが二日目夜。
二日目昼間に里へ連絡を取り、最新の情報と滞在する短冊街から行える単独任務の有無を確認。
三日目早朝に里から返答が来て、三日目夕刻より留守番を修行場へ残し久方ぶりの任務へ。

“近頃木の葉の里周辺に出没する他里の忍の動きを探れ。適当と判断するなら消せ”

短冊街から見て木の葉領内ギリギリの場所。
深い森と巨大な山脈に囲まれている部分へ子供は常人を遥かに上回る速度で移動していた。


単独任務は通常時であれば許されない。
どのような実力者であっても隙は生まれ、その身と身に秘めた里の秘密を脅かす。

だが敢えて子供は単独任務を希望し、渋る里の上層部を半ば脅して任務をもぎ取った。

「一人、常に彼女は孤独(ひとり)だった。あのシズネが居ても尚埋められない心の隙間を抱え、彼女をおいて逝った二人を思い生きている」
頭の中の情報を整理するように、子供は小さく呟く。
周囲に感じる気配はゼロ。

 考えてみれば、俺はシノとの任務が多く単独任務は滅多にしなかった。
 させて貰えなかったというのが妥当か。

面向こうから見る闇夜。
風を切る身体と反して風の音一つ立てぬ移動法。

漸く山脈地帯の麓に辿りつき、子供は一息ついた。

頭上を彩る満天の星に冷たく輝く三日月。
息を押し殺し再度周囲の気配を探る。

結果はゼロ。

子供は山へ向け移動を開始した。
眼球だけを左右に動かし、木の葉の里が仕掛け用に張り巡らせた糸を器用に避ける。
己の立ち位置を見直した今なら、子供は前よりまともに任務をこなせると確信していた。

子供の耳に飛び込む小さな鈴の音。
糸に張りつけた鈴が第三者の侵入を告げ小さく鳴っている。
頭の中にこの周辺の地形を思い起こし、待ち伏せに丁度良い場所へ子供は急いで動く。
単独任務で子供のように多彩な術が扱えるなら。

一番効率が良いのは待ち伏せだ。

予想できるルートは数少ない。
木の葉の里が仕掛けた糸のトラップを掻い潜り。
正しいルートを通れば恐らくたどり着くのは例の場所。


岩場の窪地。
例のアレを試すには丁度いいな。

幻術の印を子供は組み、麓全体に術の効果を反映させる。
子供の持つ膨大なチャクラと術コントロールの正確さがものを言う。
岩場の窪地に先回りし、足元スレスレに見えるか見えないか位の細い糸を張っておく。
糸を張るだけでその先の仕掛けはない。

「孤独……か」
慣れた動作で空間の罠を作り上げ一人ぼんやり獲物がかかるのを待つ。

いつもなら傍らに居るはずの長身の子供や。
目つきの悪いピアスの少年が居ない。
自分から望んだ状況、単独任務。
改めて子供は己が一人だと自身の胸に叩き込んだ。

 孤独(ひとり)は嫌いではない。
 俺は俺自身の内面奥底も常に客観的に把握していたい。
 第三者が居て認識できる己と、己自身がただ一人になって認識する己は違うのだ。
 以前なら自分の認識だけを信頼してきた。
 けれどそれだけでは今回のターゲットは落とせない。

綱手姫は孤独(ひとり)であった。
今尚孤独(ひとり)である。

「一人ぼっちを輪の中心へ据える方法……ってトコかな」
悲劇に浸る孤独者ほど厄介な相手は居ない。
子供は身をもって知っている。
代表例はうちはの末裔だ。
アレを上回る相手がターゲットである以上気は抜けない。

己を律する意味でも引き受けた任務。
完璧にこなして気持ちを切り替えたいものだ。

麓一体に張り巡らせた幻術の罠。
幻術により作り上げられた空間に子供の待ち人がやっと現れたのはそれから十数分後。

里方向へ向け移動する一小隊。
敵も面を被った些か怪しげな雰囲気の一小隊。
面の形は違うが、もしかしたら? 狙って子供は小隊の行く手を阻むように岩陰から躍り出た。

木の葉?

木の葉の忍らしい装備はない。
チャクラの気配に馴染みもない。
子供は一見隙だらけの状態で一小隊の前に立ちつくし相手の出方を窺った。

小隊の隊長らしき人物が右手を軽く上げる。
次の瞬間には、子供の四方を小隊が囲んでいた。
それぞれ両手を組んで何らかの術を発動するらしい。

術を発動するその一瞬に間が生まれる。
子供は服の裾に仕込ませてあった千本を面目掛けて投げ放つ。
眉間部分に突き刺さった千本は面を真っ二つに割り地へ落とす。

「ナルホドね」

 木の葉風に感じたのはきっと、木の葉の忍が愛用する匂い消しを使っているから。
 アノ匂いを嗅いで無意識に身体が反応したんだ。
 この任務は俺一人が任された任務だから柄にもなく力入ってたかも。

額当ての模様と人相。
これだけあれば子供にも判断がつく。
足先で押さえってあった罠の仕掛け発動の糸。
子供はそっと足先を浮かせた。

「なに!?」
囲むように追い詰めた怪しい暗部風の子供が消え、同じくして面を割られた仲間も一人消える。
周囲を見回す馬鹿はしない。
声だけで驚き子供と、消えた仲間の気配を探る。

闇夜に浮かび上がる無数の炎。
青白い炎は人魂のように揺らめき残りの三人へ迫る。
「ちっ」
一人が試しに炎へクナイを投げつけた。
間髪居れず、炎から真っ赤に熱せられたクナイが投げつけた人物目掛け戻ってくる。

 ガキッ。

戻ってきたクナイを他の仲間が手裏剣で弾き返した。

「もう逃げられないよ」
無数の炎が揺らめく奥に浮かび上がる先ほどの子供。

右手に握り締めたのは、表現しがたい顔で息絶えている仲間の首。
首から滴り落ちる赤い血だけが照らされ、浮き上がって見えた。

「……!?」
背中に衝撃を感じて一人が地面へ倒れこむ。

背中に刺さった小さな千本。
あっと思う間もない。

全身が痺れ呼吸器に異変が起きる。
ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返す己の息を聞きながら二人目は絶命した。

隊長は努めて気持ちを落ち着け、岩の上にあがると水遁の術を繰り出した。
水気の少ない岩場で発動する水の術。
水は仲間一人の遺体を押し流し、子供目掛けて牙を向く。

 にい。

面をしていて互いに表情は分からぬはずなのに、子供が哂った気がした。
警戒して太もものホルスターからクナイを取り出し、水の上を軽やかに滑りながら目の前に迫る子供に狙いを定める。
こちらを馬鹿にしているのか、変わり身の術でも使うのか。
子供は臆することなく己の真正面に。

「!」
子供の胸目掛け忍はクナイを突きたてた。

胸に鈍い痛みを感じ目の前を見れば、死んだ筈の仲間が己の胸にクナイを突き立ている。
自分もまた同じ様に仲間にクナイを突き立てていた。

「「……」」
幻術の気配は一切しなかった。したとしても幻術返しを使える。
互いに驚愕を顔に貼り付け絶命した。

子供は嘆息し簡単に印を組む。
周囲の景色はすぐさま溶けだし同じ岩場ながら、大小さまざまの岩が無造作に広がる殺風景な景色が色を取り戻す。

「最初から幻術の中にご招待って訳だ。イタチが使った月読を真似てみたのはいいけど、アレンジも必要か」

今回は最初から待ち伏せが可能な状態での仕掛け。

相手の精神世界を支配する瞳術を子供風にアレンジ。
待ち伏せられる利点を生かし、あり得ない空間を幻術で作り上げ相手の忍に気取られず招き入れる。
己の幻術フィールドに迷い込んだ相手は非常にリアルな幻に惑わされ自滅するのだ。

逆に己が相手を追う立場であったなら成功率は低い術である。
まず一人が姿を消したと思わせる幻術。
次に二人目を殺したと錯覚させる幻術。
残りは二人だけと思わせ、仲間を襲わせる。

互いに相手の胸にクナイを突きたて絶命する四人の忍。
額当てを四つ分回収。
それから土遁の術で穴を開け四人を並べて埋葬した。

地中奥深く。

決められた巻物を銜え口寄せで小鳥を呼び出す。
足の部分に白い小さな布キレを括りつけ里方向へ放す。

「彼女の心はずっと孤独(ひとり)だった」
仲良く四人並んで埋葬された草の忍。
深く掘り起こされた跡さえ残らない、その部分を眺め子供は一人心地に呟く。
「今も、一人だ」
もう一度声に出して感じたままを言葉にし。子供は嘆息した。

大蛇丸の怪我もあり音の忍の動きは鎮静化を辿る。
静かに見えるだけであの里のこと、恐らくは次の手位は用意してあるだろう。
まずは綱手が大蛇丸の提言に乗るか、乗らないか。
見極めてから動くといった所か。

あるいは。

大蛇丸に勝算があるから、音が大人しい。
という見方も出来る。

なんせ大蛇丸は子供の保護者のエロ仙人と同じく伝説の三忍。
ターゲットである綱手の弱点なんぞ知り尽くしているだろう。

 粘着質だよな、大蛇丸のアノ性格。

綱手がすぐに火影就任依頼を断った事と。
賭けの期間を大蛇丸が提示した一週間、同じ期間で区切った事と。
何かを言いかけては口を噤む胸に重いものを抱えたシズネの態度と。
全てが大蛇丸有利を指し示しているのだ。

 負け組みになる気なんかさらさらないね。

四つの額当てを握り締め、子供はもと来た道を戻っていった。


本格的に自立(笑)の道を歩き始めたナルコの巻き……相変わらず進歩の無いオチに自分でがっくり。ブラウザバックプリーズ