百人斬り


少女は小難しい顔つきで足先を水につけた。

パシャパシャ水音を立てて、水を弾き小さくため息をつく。
肩まで届く金糸の髪と、プールよりも深く蒼い美しい双眸。
整った鼻筋に柳眉。
淡い桃色の唇と、日焼けしていない滑らかな白い肌。
ワンピースタイプの水着を着ても少女の美しさは損なわれない。

スイと、プールを泳いでいた子蝦蟇が少女へ近づいた。
「どうしたんじゃ、ナルト」
元気のない人間の……忍の友を心配して子蝦蟇は少女を見る。
「なんでもない」
力なく左右に頭を振る少女。
何処から見てもいつもの元気もないし、飄々とした態度も見受けられない。
子蝦蟇としては不安だ。

「ナァ〜ルv はい、ジュース」
スキップしながら少女へ近づくのはナイスバディーな大人の女。
背中まで届く美しい黒髪。
意志の強そうな瞳に、全体的にバランスの良い顔立ち。
少女とは反対のタイプの美女。
蒼いビキニを颯爽と着こなし、男達の熱い視線を浴びてもまったく動じない豪胆な女性だ。
今の少女の正式な保護者で、かつて少女にくの一として教示した経験を持つ上忍である。

「お姉様、アリガト」
少女は棒読み口調で女に答えた。
気だるげにジュースの入ったグラスを受け取る。

「もう少し楽しそうにしてなさい、任務なんだから」
少女の耳元で囁けば、少女は長々と息を吐き出した。
「はぁ〜い」
ぶすくれた顔で返事をする少女へ優しい眼差しを向けた女は、興味深そうに子蝦蟇を見下ろす。
「えっと、ガマ吉だったね?ナルと友達の」
女は基本的に分け隔てはしない。
部下の一人に忍犬使いの少年が居ることもあってか偏見は持たない主義だ。
さしづめ子蝦蟇は将来の忍蝦蟇。
少女とは良いコンビとなるだろう。
「そうじゃ」
子蝦蟇はゲコと。胸を張り得意げだ。
『親分の息子なんだよ、ガマ吉君は』
ざっぱー。水を左右に割り(○―ゼか!?)登場するはスケスケ青年。
金髪・碧眼一見美青年風。
柔和そうな顔立ちに不釣合いな邪ピンクチャクラ。
を少女へ発している。

「四代目と契約していたあの巨大蝦蟇親分の?」
事情を察した女が納得顔でうなずく。
この妙に態度の偉そうな部分と良い、少女=ナルトとの相性のよさと良い。
なんとなく納得する。

実はナルト。
木の葉の里に於いては『ドベ』若しくは『意外性NO.1』と称されるほどのドタバタ忍者として名高い。
表向きは。
裏のナルトは真逆。
クールで冷静で出自も名家なら、性別も表とは正反対の女。
実力も上忍並みで暗部の仕事もこなすスーパーガール。
秘密を知る人間は少ないが、徐々に理解者を増やしている。

「久しぶりのAランク任務がこんなのなら。大人しく里で留守番してればよかった。紅先生は楽しそうだけど」

ナルトは後悔しきりだが引き受けてしまった以上は任務である。
忍であり、上忍である少女に拒否権はない。
今回の小隊の隊長が目の前の女性=紅だというのがせめてもの救いだ。
他の二人はこともあろうに……。

「アスマ先生とカカシ先生だもんねぇ。別行動だけど」

ぼやいて、パシャパシャと。
プールの水を足先で弾く。
将来的には美女間違いないし。
現在進行形で美少女。
ナルトの容姿とそのアンニュイな態度に顔を赤らめる通行人。


「……誰じゃそりゃー」

首を傾げる子蝦蟇=ガマ吉。

「知らなくて良いよ。一生関らない方がガマ吉のためだと思う」

里の恥は晒したくない。一心でナルトはガマ吉の質問を封じる。

『お兄さんも、知らない方がいいと思うよ』
勢い良く右手を上げてスケスケ青年もナルトに賛同。
「……そうだね。将来を考えるなら関らない方が身の為だよ」
腕組みをして紅もしみじみ呟いた。
三者三様に説明を拒絶。
ガマ吉は不思議そうに目玉をクルクル回して唸る三人を見上げる。

「今回は辻斬りを捕獲……って? 胡散臭いにも程があるんだけど」
詳しい任務内容を知らないナルトは紅を見る。
紅はナルトの隣に腰掛けた。

「百人斬りって知ってるだろ? 春になると馬鹿が出るっていうけどね、三代目が逝去して馬鹿が出たって感じだよ。今回は」
オレンジジュースを飲むナルトに紅はこう言った。
ナルトは首を縦に振る。

「これを機会に里へ恨みを晴らしたいって馬鹿が増えるだろう。ご意見番達もそれを危惧して、実力のある上忍を集めた協議会を設置した。今五代目を推挙すべく東奔西走中って所だね。その間、わたし達はワラワラ湧き出る害虫駆除役」
肩にかかった髪を払いのければ、男達からどよめきがあがる。
遠巻きに二人を見つめる男達にこの会話は聞き取れない。
紅の幻術とスケスケ青年の放つ毒電波によって妨害されているのだ。

『名を上げたい抜け忍も居るんだよ。木の葉の○○に勝った、っていう実績があれば裏の世界で雇ってもらえるでしょ?』
「確かに……で? なんで注連縄まで居るの?」
白い目でスケスケ青年=注連縄を見るナルトに、目に見えていじける注連縄。
『だって〜。色々忙しくてナルちゃんお兄さんの事構ってくれないしぃ〜』
「語尾を伸ばすな、ウザイ」
すかさずつっ込むナルトに注連縄はよよよよ泣き崩れる真似。
白々しい事この上ない

『!? 酷いよ! ナルちゃん。確かにお兄さんは死んでるから里の大事に手出しできなかったけど……』
そう。注連縄の行動範囲は制約がある。

禁術を繰り出し霊魂のみを再度復活させた忍を以ってしてもこの『制約』を破ることができない。
注連縄は里をフラフラしているように見えるが、彼が居ない時は実質霊魂が封印されていると解釈するのが正しい。

その為出現したりしなかったり。
無論本来はナルトを守るために現世に残っている訳なので、ナルト関連以外で注連縄が里へ姿を見せることもないのだ。

「誰も注連縄を責めてはいない。禁術の影響で『人の人生(時間)に干渉できない』って制約があるんでしょ? 特に誰かが死んだりとかする場合には」
『…………流石ナルちゃん。知ってたんだ?』
注連縄は寂しそうに笑った。
「天鳴(あまなり)の秘伝知識甘く見ないで?」
力強くナルトが不敵に笑う。
「亡霊に頼らなきゃならないほど、木の葉は柔じゃない。注連縄が託した火の影はきちんと里に芽吹いている。もっと自信を持て」
労わるように注連縄に微笑みかける。
ナルトなりに注連縄を認めては居ないが傍にいることだけは許容した。
今はそれがナルトの精一杯だが、見抜いて注連縄、敢えて黙っていつもの『お茶らけお兄さん』を演じる辺り。
なかなかどうして。狸である。
『いや〜、それほどでもv』
「図に乗れとは言ってない」
『……はい』
紅の横で展開される親子漫才。
思わず噴出しそうになって堪えて。
肩を震わせて唇を噛み締める紅の姿にナルト・注連縄は会話を中断。

「なっ、なんでもないから」
言葉まで震えてしまうが、笑ったらただじゃすまない。
紅は懸命に誤魔化す。

「『怪しい……』」
オマケにナルトと注連縄が同時に同じ言葉を言い、告げる口調や仕草も同じとあっては紅も我慢の限界。
堰を切ったように笑い出した。

「似たもの親子じゃ」
自分の親を棚に上げてガマ吉がのほほんと二人を称した。
『そうでしょう♪』

注連縄は笑顔全開。ついでにチャクラも全開。
周囲に居た無関係一般人が突然引きつけを起こしてプールサイドに倒れ込む。

「毒電波流してなにが『そうでしょう』だ」<

ギロリ。注連縄を睨みつける。
殺気を存分に滲ませたナルトのチャクラに今度は失神する一般人。
紅とガマ吉はお互いに顔を見合わせてため息ついた。

 どっちにしても似た者親子だ……。

とは。口が裂けてもコメントできない紅とガマ吉。
せめてもの幸いはプールサイドに常駐する医者が居たということだろう。
介抱され意識を取り戻す無関係者の姿に安堵する紅とガマ吉であった。

「ん〜。注連縄にも役立ってもらおうかな」
思案顔のナルトは無邪気な悪魔の微笑を浮かべた。
妙案を思いついたようで機嫌は急上昇。
殺気立つチャクラを引っ込め、いつものナルトへ戻る。

「ナル? どういうことだい?」
紅も真顔になってナルトの顔を見た。

「え? 今回の任務は辻斬り退治。でもって他にも同じ考えを持つ馬鹿が居ないかの調査をカカシ先生とアスマ先生がしてる。一石二鳥を狙う作戦」
ナルトが人差し指を左右に振る。

「注連縄は幽体だからカカシ先生もアスマ先生も察知は不能。念のために俺が幻術を注連縄にかければ完璧でしょ。で、注連縄は誰にも気取られずに任務を遂行。辻斬りを退治して情報収集もして里へ帰還。俺達は骨休めができて一石二鳥」

『ナルちゃんのお願いならお兄さん乗ってあげるけど?』

 罠だと知っていても乗ってあげましょう。ナルちゃんの為ならね。

注連縄は内心苦笑。


「お願いv」
唇の端を持ち上げナルトは意地悪く笑った。
まるで注連縄の心理を見透かしているかのように。
ナルトと小声で話し合った注連縄は取引が成立したのか姿を消す。

「良いのかい? ナル」
気遣わしく紅がナルトに尋ねる。
ナルトの手の中にあるグラスの氷がカランと鳴った。

「注連縄もね。腹が立って仕方ないんだ、里がまた壊れてしまったことに。三代目の周りにいながら何も出来なかった自分に」
ナルトが足先でプールの水を弾く。

「ストレス発散としては適任じゃない? 辻斬りをお仕置きして、今後里の脅威となりえる存在を探査するっていう任務は。制約にも引っかからないし」
「まあ……そうだけれど」
ナルトの意図を察して紅も戸惑いがちに同意する。
「任務に没頭するフリして忘れたいんだよ。自分が死んじゃってて、実は何も出来ないって事を」
ナルトは言い捨てて一気にオレンジジュースを飲み干した。

「四代目が納得して赴いたんならわたしも文句はないわ。せいぜい空いた時間を有意義に使うまでだね」
紅は根っからの楽観主義者……ではないが、切り替えは早い。
元より注連縄の身の心配は無用で、ナルトの考慮で出来た暇を有意義に利用しない手はない。

「プールで泳いだら、好評を博してるエステでもやるかい?」
共犯者の顔で紅がナルトの顔を覗きこむ。
「……エステかぁ〜。あんま興味ない」
「若いうちから肌は磨いておいて損はないよ。拒否権却下」
つんつんナルトの額を指先で突き紅は余裕の顔。
途端にナルトは膨れ面。

「ずるい〜!! そういう時だけ保護者面して」

シノ・シカマル・注連縄に見せるのとはまた違う。
少女の顔で不満を口にする。
「ずるくて結構だよ」
任務を頭から綺麗サッパリ消去して。
紅は屈託なく笑った。





だけど腐っても注連縄、里の元最高実力者である。
彼の謂う所の『お仕置き』がどのようなものになってしまうか想像に容易く。
犠牲となるであろう辻斬り(抜け忍)に合掌。
してしまった紅であった。


『意外に愉しいね〜お仕置き作業vv』

ストレス解消とばかりに注連縄。
逆百人斬り(木の葉の忍を倒して名をあげたい抜け忍成敗)を達成。目撃談や被害者の証言から『黄色い悪魔』と噂が立ち上る。


「人選ミスだったかも」
疲れた顔のナルトに、「ビンゴブックに載らないといいね」。
紅があまりフォローになってない慰めを入れるのだった。


ストレス解消に百人斬りは如何?


記憶の戻った紅さんと任務(?)というか、二人中心の話&注連縄が出たり出なかったりしてた理由。彼は幽霊なので現世に干渉できません(基本的に)害虫成敗は出来るけど(笑)ブラウザバックプリーズ