お姉様は心配性?


神妙に正座。障子を挟んだ庭先で、宍戸落としがカポンと鳴る。
「本日はお日柄も良く」
御馴染みとなった口上を述べ女は内心小躍りしていた。





木の葉の里。
大蛇丸襲撃からまだ立ち直っては居ない復興中に。
「さあ、どれにする?」
満面の笑みを湛えた大人の色香漂う女は少女へ言い放った。
「どれって……言われても……」
少女は戸惑いを隠せずに山と詰まれた書類へ目線を送る。
「今回ばかりは拒否権無効。断ること前提だけど、一度はやっておかないと里の上層部が五月蝿いからね。封じ込めには形だけでもしておかないと駄目だよ」
女はふふふふ。と。
心底楽しそうに書類のてっぺんを手でバシバシ叩いた。
机を挟んで目の前の少女は困惑。
小首を傾げ低い声で唸っている。
「ナァ〜ル? 任務引き受けて逃げても無駄だから、覚悟しておきな?」
頬を膨らませて唸る少女の頬をフニフニ突いて、女は悦に浸った。

 嗚呼! 幸せvv
 当時も結構可愛かったけど、感情が表に出るようになったからますます可愛くなっちゃってvv
 四代目には申し訳ないけど今回ばかりは……。

「さあ、選んで頂戴」
顔を少女へ近づけて女は答えを強要する。
「選んでって……コレ、何枚あるの?」
渋々一枚の紙を指で摘み少女は女に尋ねた。
「今まで三代目が保留にしていた分も含めて、ざっと二百枚は超えてるわね」
女は指折り数えてから少女へ答えた。
とたんにうんざりした顔つきで少女はため息一つ。
「ジジイ、断ってくれなかったんだ」
「なにガッカリしてるの? 三代目なりにナルの将来を案じてのことでしょう? 変な部分で遠慮しないの」


 遠慮ではない。


女に面と向かって反論できない少女。
はううう、小さく尚も唸って言葉を捜す。

「ナルが選べないなら無難なところでわたしが選ぶよ? それが嫌だったらさっさと適当に選んじゃいな」
かつての教え子も成長したようだが、自分はもっと成長したのだ。
女は自負を持ってそう断言できる。
こうなったら押しまくって少女の首を縦に振らせるまで。
「でも先生……」
納得いかない。
少女は女へ言いかけるも。
「先生って呼ぶのは却下。お姉様って呼びなさい。この間も見せたでしょう? 三代目火影の遺言状!」
女は懐から巻物を取り出し少女へ向け左右にヒラヒラ揺らす。
女の勝利を確信しきった余裕が口元の両端に浮かぶ様を眺め、少女は己の敗北を本能的に感じ取る。
「五代目火影が決定するまではわたしが暫定保護者! 三代目の遺言状にきちんと記されているの。今回ばかりは守ってもらうよ」
逝去した三代目は少女の身を案じ保護者を選定していた。
それがかつての少女の教師であり今は上忍となった目の前のくの一である。
「だから家族も同然。お姉様v って呼んでね」
なんだかとっても幸せそうな女の顔に、
「どっちで呼んでも同じだって」
疲れた顔の少女はぼやき混じりに呟いた。




時間軸は冒頭に戻る。

隣に座る着物姿の少女。
所在なさげに着物の裾を弄っている。
仏頂面で少女の更に隣に座るスケスケ青年。
外では殺気さえ放つ可愛げのない下忍(実は特別上忍クラス)。
目の前には親子揃って表情に乏しい黒眼鏡親子。
子の方は女の担当する班に属する下忍で初々しい……訳がなく。
実は少女の相棒であり上忍でもある実力者。
少女のたっての願いでこの席に居る。

無論。

少女の窮地を助ける為にこの茶番に付き合っているのは、言うまでもない。

「この非常時にこちらの申し出を受け入れてくださって感謝していますわ。油女様」
女が、ピンと伸ばした背筋を折り曲げ深々と頭を下げた。
「いや。倅のたっての望みでもある。こちらとしても願ったりだ」
眼鏡の縁を不敵に光らせて黒眼鏡・親が言う。
女は身体を起こして目の前の茶碗を手に取った。

カポン。

外で音がする。

「何分天鳴(あまなり)の唯一の生き残り。箱入りに育ちまして世情に疎い部分はありますけれど、根は素直で芯のしっかりした娘(こ)なんですよ」
すー。お茶を一口啜ってから女が口を開く。
目線と足先で少女を突き、挨拶を促した。
「天鳴 ナルと申します」
おずおずと名乗り、心許ない儚げな調子で頭(こうべ)を垂れる少女。
上目遣いに黒眼鏡・親を見上げる。
残念ながら黒眼鏡・親の表情は、黒眼鏡のせいで窺い知ることは出来ないが。
「うむ」
相槌の打ち方が同じなのは流石親子。
黒眼鏡・親はうなずき、子の背中をそっと押した。
子は表情一つ変えずに深々お辞儀。
ちなみにこの親子はきちんと着物姿での参上で、席の重大さを理解しているようだ。
女にしてみれば嬉しい誤算である。
「油女 シノです」
簡潔な自己紹介。

見れば目の前の少女は緊張しながらも、子の様子が可笑しいらしくて笑いを堪えて震えている。
子が上半身を起こしたところで襖が開き、店自慢の精進料理が運ばれてきた。
色とりどりの鮮やかな小鉢に入った前菜に始まる−今回の主役である子供たちの胃袋を考えた−少量の料理コース。

「まずは食事でもしながらゆっくり」
淡い赤い紅を引いた女は満面の笑みを湛え、黒眼鏡・親へ提案した。

黙々と箸を動かす二人の子供。
実は女と親に気がつかれないように会話は交わしている。

(シノ、本当にごめんね?先生って結構意固地だし)
一口サイズの押し寿司を箸で摘み、少女は目の前の子へ詫びた。

(仕方あるまい。表舞台に立てないとはいえ天鳴の存在をいつまでも封印してはおけないからな。ところで何故注連縄までがついてきた)
子は片眉を器用に持ち上げ、少女の隣に座るスケスケ青年をねめつける。

『今回は紅の言うことも一理あるから妥協してるけどさ〜。シノ君が暴走しないとも限らないでしょ? だから外に居るシカマル君と見張りv』
いけしゃぁしゃぁと嫌味をかますスケスケ青年。
「「……」」
少女と子。

同時に息を吐き出した。
静かな室内で料理を食べ、その後は庭でも散策しながら交流を深め……等という非常にオーソドックスな見合いの流れとなっている。
理解している少女と子は丁寧でありながら驚くほどの速さで料理を平らげた。

「後は二人で庭でも散策していらっしゃいv」
見せ掛けと分かっていてもこういうイベントは楽しいのだ。
一番今の状況を楽しんでいる女はウキウキした調子で二人の子供へ告げる。
「「はい」」
二人の子供は素直に返事を返し、庭に面した障子を開け放ちそこから庭へと出て行った。

『な〜んかさぁ。紅の策に上手く嵌められてる気がするんだけど』
横目で女を睨みスケスケ青年は恨み言を吐く。
(それは四代目の気のせいです。それとも今回の見合いはうちはとか、日向の子が宜しかったのですか?)
しれっとしたもので、女は冷たく言い返す。
『……お兄さんとしてはシノ君で満足です』
女の謂わんとしている部分は痛いほど、身にしみて理解できる。
理屈は分かっていても現実には納得できないのが人情(!?)というものだろう。
女へぶちまけたい文句をぐっと喉奥、腹の底に沈め、悲哀を漂わせつつスケスケ青年は項垂れた。
(理解してくださって感謝しますv)
女は、小道を歩く子供の後姿をうっとりした顔で見送った。


女と親の視界から完全に隠れた草陰で。
少女は胸をなでおろしていた。
「あー緊張した。シノのおじさんだって俺のコト知ってるのに、全く知らないフリするんだもん。緊張する」
整えられた髪形を無視。
少女は乱暴に頭を左右へ振った。
勢いがよすぎた為に、髪につけた花の飾りがハラハラ零れ落ちる。

「そーなのか?」
忍装束の黒尽くめ。少女と同い年らしき子供が、着物姿の子=シノへ顔を向けた。
「ああ。他の家の忍が見合いを探りに来ると考え、初対面を装うことにした。天鳴と繋がりがあると知れれば軋轢が生じる」
シノは生真面目に子供へ教える。
子供は結界を張る印を解かずに、複雑そうな顔で曖昧に笑った。
「だからシカマルに頼んだんだよ? こうやって結界張って無難にお見合いが済んだ。って幻術しかけられるように」
少女は両腕に腰を当て、イマイチやる気のなさそうな子供に追加説明。
忍装束の子供=シカマルはニ三度うなずいた。
「ナルトは良かったのか? シノ相手で」
シカマルが是非とも聞いてみたかった内容だ。
身体の緊張を解す少女=ナルトへ向けて言葉を紡ぐ。
「なんで?」

 なんでそんなこと聞くの?

怪訝そうに眉を潜めるナルトに、シカマルは欠伸を一つ。
いかにも面倒臭そうに考えを口にする。

「見合いは断る事が前提だろ? 断ったら他の家の人間が申し込みに来るんじゃねーのか? そこら辺はどうしたんだよ」
詳しい事情を知らないシカマルは至極まともな疑念を抱いただけ。
自身、気になっていた部分のみを的確に問いへ変換した。
「ごめん。時間がなかったからシカマルには詳しく説明してないよね」
ナルトは疲れた風に両肩を交互に持ち上げてシカマルへ言う。
急に決まった見合い話。
保護者のくの一に半ば強制されて実行に移されたソレを誤魔化すには、見合い相手の協力が必要だ。
シカマルも事情を知る一人だが、ナルトとシカマルの親とは面識がない。
その点シノの親はナルトの存在を知っているし、なにかと便宜を図ってくれる。
気心が知れた相手のほうが計画を実行に移しやすい。

何分急に日取りも決めたので、シカマルへの説明が疎かになっていたのだ。

「仮婚約で落ち着こうって話しになってるんだ。一応、天鳴の嫡子は箱入りってことになってるらしいから、一々里の行事に顔出さなくても平気だし……シカマル?」
「コラ! シノ!」
怒りに顔を赤らめ怒鳴るシカマル。
いくら仮での『婚約』とはいえ、完全に抜け駆けではないか。

 事前に事情くらいお前(シノ)の口から説明しろ。

シカマルは口先で踊りかかる文句を辛うじて引きとめ堪える。

「だから俺は代理だ。ナルトが本命を見つけるまでのな」
シカマルの言いたいことは直ぐに分かったので、シノは落ち着き払って応えた。
「本命〜? 十三で将来決めるほど俺の選択肢って少ない訳?」
嫁など柄ではないし。
忍として生涯をまっとうしようかとも考えるナルトにすれば家庭は縁遠いもの。
自分が家族の帰りを待つ主婦をするだなんて想像もつかない。
ついついナルトはムッとした顔になる。
「そういう意味じゃねーよ」
疎すぎるナルトにシカマルは嘆息する。

今の段階で恋愛どうのと説いて見せてもナルトへは無駄だ。
里を襲撃され大蛇丸を逃し、五代目火影が未就任の今は。
ナルト自身が胸を張って堂々と本来の姿を晒すことが出来る日までは。
ナルトが自分の身の振り方を考えることはしない。
出来ない。

理解できるから。シカマルはこのポジションでナルトの直ぐ傍にいることを決めたのだ。
おそらくシノも同じような気持ちなのだろう。
だから本音を押し隠し『仮婚約者』として天鳴を守ると決めたのだ。

 でも。やっぱ、俺のほうが不利じゃねーかよ。

素敵に輝く空のお天道様相手にシカマルは愚痴った。





女は印を組んだ状態で相手を見下ろす。
『まったく。紅は幻術のプロだよ? 下手に見合いを探ろうとするから……』
呆れた口調のスケスケ青年。
天井裏や床下。
廊下の奥に押入の中。
様々な場所に隠れた各家の忍がもがき苦しんでいる。
「プライバシーの侵害で記憶を消去させてもらうよ」
手早く印を組みなおす女のその姿に呼応して、苦しみ悶える忍達の目には恐怖が浮かび上がった。
忍達には今の女は大蛇丸よりも恐ろしい存在として映っているに違いない。
『心配性だね〜、紅は』
「あら、四代目ほどじゃありません。実害ある害虫は早めに駆除しないと」
『確かに』
呑気に剣呑な会話を交わす女とスケスケ青年の横で。
お茶を啜る黒眼鏡・親。
ナルトの型破りの行動ですっかり慣れてしまったのか。
まったく動じずに事の成り行きを見守っていた。


お見合い話はこれきり。
ぱったり止んだ事を記しておこう。
か、書いている方は凄く楽しいのですがこれってオチてるんでしょうかね?話的に。シリアスばかり方向が傾くと反動でどうしようもないありきたりな話を書きたくなる・・・。ので。失敗してるかも(涙)ブラウザバックプリーズ