目覚め

痛む額を押さえ初めて少年は目の前の子供に恐怖した。
金色の前髪は目の辺りまで影を作り子供の表情を窺い知ることが出来ない。

「オレの存在は消えない! 消えないのだ! 消えてたまるか!」
激しい動揺と目の前の子供への恐怖・畏怖。
少年は声の限りに叫んだ。

「……」
地面に倒れた少年を見下ろしたまま無言で子供は一歩前に進む。

「くっ……来るな!」
再度少年は叫ぶ。
子供は金色の髪を僅かに揺らし、片膝をついて少年の短い前髪をそっと撫でた。
少年は未知の恐怖に身体を強張らせる。

「……一人ぼっちのあの苦しみは……半端じゃない。お前の気持ちは何故だか痛いほど分かる」
子供の。大きな蒼い瞳が揺らめいた。
労わるように少年の前髪を優しく払いのけ、額についた血を手で拭う。

「けれど。俺にはもう大切な人達が出来たんだ。違う。出来たと思ってただけで……ずーっと前から出来てたんだ。俺の大切な人達を傷つけさせはしない」
「……」
少年は目を見張った。
子供の青色にうっすら水が溜まっている。

「でなければお前を殺してでも。俺はお前を止める。覚悟は出来ている」
目尻の涙を指で乱暴に払い子供はキツイ眼差しで少年を見据えた。
「……何で」
ようやくの思いで少年は口を開く。
「何でお前は他人の為にここまで……」
半ば無意識に呆然とした気持ちのまま少年は子供へ問うた。

「一人ぼっちだと。孤独だと。思いこみ・頑なであった俺と共に歩んでくれた『仲間』がいるから。俺の存在を『是』と認めてくれた大切な皆がいるから」

ふんわり。
子供は心底幸せそうに微笑む。

 そう。サスケに教えられたのは一寸癪だけど。
 俺は両手に余るくらいの『大切』を手にしていて。
 全てを俺自身の手で捨ててしまうところだった。
 ……きっと。
 きっとジジイ・シノ・シカマル……それに注連縄は気がついていて。
 でも俺に言っても理解できないし納得しないって思ってたんだろうな。

 結局。コイツの生い立ちに動揺した俺にキレたシノが、『きっかけ』をくれる形になったけどね。

考えて、不意に子供は自嘲気味に小さく笑った。

「ナルト……」
身体が痛むだろうに黒髪の少年が地へ降り立つ。
「サクラはもう大丈夫だ。こいつもチャクラが尽きたんだろう。とっくにサクラの砂は崩れたよ」
いつもと違う仲間の様子をやや警戒しつつも、黒髪の少年は子供へ伝えた。
「そっか……。サスケ、サンキューな」
子供は……ナルトは胸をなでおろし黒髪の少年・サスケに背を向けたまま答える。
同時に二つの気配が地へ伏す少年の下へ落下した。

「我愛羅になにをする気!?」
少女は眦を吊り上げてナルトを睨む。
もう一人の黒子風の少年も不審そうにナルトを見る。
ナルトはそっと目を伏せた。

 身体が熱い……。血管が。体中の血という血がドクドクしてる。

想いを馳せるのは懐かしい記憶。
当時の自分は随分反抗的であったけど。
思い出すのはあの穏やかな空気だけ。





広大な屋敷。

真っ黒の着物を着た幼子は小さな手を伸ばし、萎えた花へ意識を集中させる。
今にも花弁を散らしそうな花は見る間に色を取り戻した。
まるでビデオテープで巻き戻し映像を見ているかのように……。

「ナル」
音もなく幼子の背後を取る老人。
幼子は容姿に似合わない大人びた仕草で舌打ちした。
「天鳴(あまなり)の血は特殊じゃ。あまり外でその力を振るうでない」
「実験……だよ? わたしの中の忌々しい血が消えてくれないか。毎日願っているんだもの。効果が出ないかなと思って」
無表情のまま幼子が老人へ答えた。
老人は微かに肩を落とし幼子と同じ目線になるよう花の前にしゃがみ込む。
「忌々しい……か。いずれその血でかけがえのない『誰か』を救える日が来るやもしれん。悲観的になるのは早すぎるぞ」
美しいオレンジ色の花弁を指先で突き老人は静かに言う。
「悲観的? 純然たる事実を言っているだけなのに。この血は里にとって最も忌々しく。最も必要とされてきた血統。里の表舞台に立つことはなかったけど」
幼子は鼻で笑った。
「天鳴。浄化と再生・治癒を司る守人の血族。血継限界を持つ一族で水と雷・天地の術と相性が良い。だから九尾の狐の『器』として……」
「ナル!」
険しい声で老人は幼子の言葉を遮る。
「卑下するものではない。お主に強いた運命ならいつでも爺が詫びよう。誰が言おうとお主はお主じゃ。器などではない」
老人の目の前でオレンジの花がたちまち萎れて枯れた。
「予め敷かれたレールを歩く都合の良い道具。それがわたし。加えて貴重な天鳴の血を絶やさぬ為に必要な子供」
つい数日前に知りえた己の秘密。

意味もなく大人から憎悪を向けられ困惑していた幼子が辿り着いた己の宿世(すくせ)。
お膳立ても何もかも。
幼子が生まれる前から成されていて。
出来すぎたお芝居に可笑しくて。
いっそ涙がこぼれそうだ。

「だから里はわたしを。生かす。隠す。憎む。妬む」
小さな手を握り締めては放し。を繰り返し、幼子は足元の枯れた花を見た。
「血継限界に目覚めたばかりのナルには、分かりづらいかも知れんがな。天鳴は天を轟かせ地を鳴らすという由来ある名じゃ。真に一族の血の意味を理解できたなら。力を使う事を許そう」
「?」
老人の言葉に幼子は首を傾げる。
「今のナルに天鳴の血は負担じゃ。大部分をわしが封印する。わしが良しと思うた時。若しくは……わしが死んだ時。自動的に封印は解除される。厭か?」
真っ直ぐに幼子の瞳を見据える老人。
幼子は逡巡した後首を縦に振った。

 こんな血なんかなくても構わない。
 だって。この血のお蔭で一生逃げられない鎖に繋がれて地を這うように生きていくんだもの。
 わたしは便利な道具。
 余計な肩書きいらない。

「そうか」
老人は顔をしわくちゃにして笑う。
なんだか小馬鹿にされた気分になって幼子は無意識に頬を膨らませた。
老人は剥れた幼子の髪をそっと撫で尖った唇に苦笑する。
「今日は良い天気じゃのう」
老人は太陽の眩しさに目を細めた。
つられるように幼子も空を見上げる。
「太陽は万人を照らし導くがその光は時として強烈。天鳴は正にそれじゃ」
一人心地に老人は呟く。

正直老人がなにを言いたいのか幼子には理解できなかった。
もともと理解しようとする意志さえなかった。
全て決められた道を歩く己の人生を感じ取った瞬間から。
心の隅っこでいつも諦めていた。
光差す暖かい場所に背を向けて。
視界に入れないように極力勤めた。

 幼いながらの精一杯の抵抗。

理不尽な己の運命に対して。
己が起こした只一つの我が侭だった。





 当時は随分安直に考えて同意したものだ。
 ジジイはきっと全てを見透かしていて。
 だからこそ俺に同意させたんだ。
 天鳴の力の大部分を封じるように。

 いつか。
 大切な『モノ』を。
 俺自身の力で守りたいと考えた時に。
 天鳴の血を俺自身の意志で使いこなせるように……。

 今。

 天鳴の血を身近に感じるのは。きっと封印が解けたせい。

ナルトが地に伏した少年・我愛羅の額に手を当てる。
思わず身構えるテマリ・カンクロウ。
淡い光が我愛羅を包む。

「今の俺にはこれくらいが精一杯の手向け。もう戦いは終わったはずだ。このまま黙って砂隠れに帰ってくれないか?」
立ち上がりナルトはテマリへ声をかける。
「……」
テマリの顔つきが険しくなった。
都合の良すぎる話とやや高圧的なナルトの態度が気に入らないのだろう。

「もういい……ヤメだ……」
空をぼんやり見上げたまま我愛羅が小さく言った。
戸惑う顔で我愛羅を抱き起こすカンクロウ。
テマリも我愛羅を見る。こんなに我愛羅が。

この弟が小さく見えたことは今までになかった。
初めて。
身近に小さく見える弟の弱々しい姿。

「ヤメだ。……俺にはないものをうずまきナルトは持っている。だから……お前は強いのだな。俺もいつか探せるだろうか」
誰に言うわけでもなく我愛羅が囁く。
『愛情を』と、声もなく続けたのに気がついてナルトはうなずいた。
「そうか」
満足した顔で我愛羅は笑い、目を閉じた。
「帰る」
目を開き姉と兄の顔を見る我愛羅はとても落ち着いている。
「分かったよ……」
カンクロウが我愛羅へ応じ、砂の三姉弟達は姿を消した。

「なあ、サスケ」
三人を見送り、その姿が完全に消えてからナルトは改めてサスケを振り返った。
「その呪印、大丈夫か?」
「!?」
さらりとサスケの呪いについて尋ねるナルトに、サスケは固まる。
目を丸くしてナルトを見るサスケにナルトはクスクス笑った。
「サスケがサクラちゃんに口止めしたの知ってたんだ。だから俺も黙ってようと思ったけど……。危機に陥るたびにそんな無茶してたら本当に死ぬぞ」

さわさわさわ。

木々のこずえが揺れる。
里のほうでは煙が上がり、まだ戦いが終わっていないことを告げていた。

「サスケはもっと強くなれる。だから……一人で勝手に逝き急ぐな」
『うずまき ナルト』なら恐らくこんな事、サスケには言わない。
心の奥底で感じていても器用に言葉にして表現するなんて出来やしない。

更に固まってナルトを凝視するだけのサスケ。

 ああ。きっと。ジジイはこんな風に俺を見てたんだな。
 だからわざと俺を挑発してからかって。俺が脇道逸れないように。
 天鳴の血に惑わされないように。
 まったく……最後まで手のひらで踊らされるんだな、俺は。

不思議と悔しい気持ちはしない。却って清々しい気持ちなのだ。
ナルトは軋む身体に鞭打って鎮座する巨大蝦蟇を見上げた。
「オヤビン。悪いけどサクラちゃんとサスケ。それにパックン。ついでにシノとシカマルを拾って本戦の試験会場まで送り届けて」
にこー。
ナルトにしては珍しい会心の笑み。
邪気一つないような子供らしい、年相応意の愛くるしい笑みだ。
どこかの誰か直伝なのか柔和な空気を纏うナルトに反して背筋が凍るような悪寒を感じるのは気のせいだろうか。

「ナルト……こ、怖いがな」
巨大蝦蟇の息子は父親の頭の上で両前足を擦った。

「根性見せてもらったけんのォ。一つオマケじゃ」
傷ついた顔をゆがめて巨大蝦蟇は尊大に言った。

「ありがとう、オヤビン」

 俺の血。
 まだ自分で許容できるモノじゃないけど。
 長く付き合っていこうとは思った。
 思えた。
 この力で誰か大切な人を救う日が来るかもしれない。
 来ないかもしれない。
 来ようが来まいが関係ないよ。


 大切なのは俺自身の律仕方なんだから。


 だから今日はありがとう。

 初めて目覚めた天鳴の血に。
 ……癒すことが出来たあの子供にありがとう。


うわ〜!!クサッ(悶絶!!)まるで某熱血上忍(オカッパ&激眉)先生みたいなオチじゃないですかっ。は、恥ずかしい〜・・・。コホン。ま、まぁ。あくまでもこれは捏造なので真に受けないで下さいねvブラウザバックプリーズ