背中

三代目火影にとっても。
会場に待機していた暗部にとっても。
おそらく予測済みの事態であった。

幻術で眠らされる一般観客&低レベルの忍。

上忍や一部の忍は幻術返しを行い敵襲を回避する。

やぐらの上に結界を張り三代目火影を封じる音の忍。
結界の中には大蛇丸と三代目火影が対峙。

音の同盟である砂忍バキは我愛羅達三姉弟を逃し自身は参戦。

試験官である特別上忍の指示で我愛羅を負うサスケ。

全てが動き始めていた。

「カカシ、結界内を良く見てみろ」
激眉が半眼の男に言った。

銀髪の半眼の男・カカシが結界を凝視。

呟く言葉は「大蛇丸」。
カカシの言葉に反応して顔の色を失う桜色の髪の少女。
試合会場を見るがサスケの姿はない。
そんな少女に牙を向く音の忍。

「サクラ、少しの間そうしてろ。敵の数を減らすから」
カカシは少女……サクラに諭し、素早い動きで音の忍を屠っていく。
ただただ小さく身体を丸め遣り過ごすサクラ。

「……」
醒めた瞳で結界を凝視する子供が一人。
金色の髪も鮮やかに髪になびかせ、蒼き湖面を連想させる瞳に感情はない。
子供の直ぐ脇でクナイを振りかざす音忍。
クナイを子供へ振り切る寸前に口から泡を吹いて倒れる。
音忍の首筋にとまった蜂がブブブブと、羽音を立てて飛び去った。

 ジジイの顔の死相。
 今となってはもう運命の流れすら変えることは出来ない。
 覚悟の上なんだろうな。
 こんな状況だからこそ。相手の命の残量が見える俺の血筋。吐き気がする。
 忌々しい天鳴(あまなり)の血に。

手のひらに爪が食い込むほど拳を握り締める。

 結界の意味は二つ。
 かつての弟子であった大蛇丸との決着は直につけたいと思うジジイの願い。
 が、相手方と利害が重なった。
 もう一つは邪魔されない為。
 大蛇丸の実力はアソコに居る暗部如きじゃ歯が立たない。
 無駄に命を散らさないように、か。

子供は小さな三代目火影の背中を凝視する。
小さな背中。
だけどとてつもなく大きな背中。
結局踊らされ損だ。

「ナ、ナナナ、ナルトッ! 危ないじゃない!!」
子供の思考を断ち切るように響き渡る絶叫。
サクラはぼんやり立ち尽くす同じ班の仲間に叫ぶ。
「……うん、アブねーかも」
ひたすらに結界の中を見つめる子供、ナルトは。
気のない返事を返しため息をついた。
「早く隠れなさいよ! 危ないじゃない」
サクラの脳内に疑問はわかない。
どうしてナルトが幻術返しを出来るんだろう。だとか。
この殺気立つ戦場で平然としていられるんだろう、等とは。
ナルトが心配で、咄嗟にナルトの手首を掴み地面に身体を伏せさせた。

「……二人とも。久々の任務だ」
ナルトとサクラに背を向けたまま、カカシが言った。
「ど、どんな任務?」
サクラが上擦った声音でカカシへ尋ねる。
「波の国以来のAランク任務だ」
カカシは飄々とした態度を崩す事無くサクラへ告げた。
「先生! こんな状況でAランク任務って、一体なにをすんのよ」
「サスケは砂の我愛羅達を追ってる。お前達はシカマルを加え一小隊でサスケを追跡しろ」
つっ込むサクラにカカシは淡々と任務内容を伝える。
更にカカシは、反論するサクラに一小隊の意味を教え口寄せで忍犬を呼び寄せた。
「後はこのパックンがサスケの後を臭いで追跡してくれる」
小型犬がカカシの口寄せによって姿を見せる。

驚き仰け反るサクラ。
無反応のナルト。

いつもとは逆の反応をする二人の教え子にカカシは微苦笑した。

「よしサクラ! シカマルの幻術を解け」
「うん」
カカシの指示に従い、サクラは階段の上に居るシカマルへ床を這うように進む。
パックンも床へ降りてシカマルの傍らに立った。
ナルトは気もそぞろに結界内を見つめている。

「……ナァールト」
いつもの変わらぬからかい口調でカカシはナルトの名を呼ぶ。
無言のままナルトはカカシへ視線を戻した。
「お前は火影を目指していつか越えるんだろ? ずっと間近でその背中を見てきたんだ。分かるだろ? 今お前が成さなければならない『仕事』が何か」
ナルトは矢張り黙ったまま肩を竦める。
無言の肯定。

「いってー!!」
階段の上からはパックンに噛み付かれたシカマルの悲鳴が聞こえる。

「あんまり羽目を外すんじゃないよ? ま、お前なら弁えてるでしょ」
まるで遠足に出かける子供へ、お弁当を持ったか。
ハンカチは忘れていないか。
色々心配する母親のようなカカシの口ぶり。
ナルトは唇の端を持ち上げた。

「幻術返しアンタも出来たのね!! 何で寝た振りなんかしてんのよ」
サクラはシカマルの狸寝入りに目を丸くして怒る。
「……フン! 巻き添えはゴメンだ。俺はやだぜ。サスケなんて知ったこっちゃねぇ」
半分本音を織り交ぜシカマルはサクラへ反論した。
「サスケを止めるだけでいい。あの異様なチャクラが……」
「砂の守鶴。砂隠れの老僧の生霊で、我愛羅が生まれる前に風影が取り憑かせた」
カカシの言葉を遮りナルトが始めて言葉を発した。
冷静そのもののナルトにガイも驚いて動きを止める。
「そう、本人が言ってたんだ」
小さな呟き。
ナルトは呟き未練がましく結界を一瞥する。

三代目火影にクナイを突きつけたままの大蛇丸。
暗部の侵入を阻む結界。

 全部一人で背負っていくのか。それがジジイの生き様なら。
 俺が口を挟む余地など微塵もない。

「ジジイ。無様な真似だけは晒すなよ」
戦いの場と化した試験会場。
普通に喋っても聞き取れない位置であろうに、ナルトの言葉を聞き取り三代目火影は目を細めて笑った。ナルトの悪態に反応して。

「サスケの後を追い合流してサスケを止めろ。そして別名があるまで安全な所で待機!」
シカマルが起きていたことを確認したカカシが三人&一匹を眺め任務を言う。
「了解だってばよ」
ニシシシ。
悪戯小僧のように笑い、ナルトは壁を無造作にブチ抜いた。

バコン。

小気味良い音とともに打ち抜かれるコンクリート。
円形の穴が出来上がる。
「……ちょっ、ナルト!?」
「めんどくせーな。起爆札と併用して打ち抜いたように見せてんだよ」
驚愕するサクラにシカマルが嘘だとバレバレのフォローをする。
「こんな時に非常識でしょ! ナルト!!」
サスケの一大事だとあってサクラは矛盾に気がつく暇がない。
普段の聡明な彼女であったらなら直に気がついただろう。

ナルトに起爆札を仕掛ける間がなかったことに。

「もうっ! 行くわよ」
ナルトを掻っ攫うように穴へ押し出し、飛翔するサクラ。続くパックン。
「ったく俺が何で……」
穴の前に立ちシカマルが最後まで愚痴を零す。
「ま、お前の実力なら大丈夫でしょ」
ポン。
カカシは微笑みながらシカマルの背を力一杯押し出した。
「おわっ」
「頑張れよ〜」
バランスを崩して穴から勢い良く落ちるシカマルを笑顔で見送るカカシ。

 ……この弟子にしてあの師匠だな。めっちゃソックリじゃねーか。
 金輪際係わり合いになりたくねーな。

シカマルしみじみ思う十三歳。
達観しすぎの人生である。

「奴等だけで大丈夫か?」
薄々何かを勘付いたガイがカカシへ問う。
「……パックンをつけてる。まずは大丈夫だ。深追いさえしなければ」
答えるカカシの視界の端から、壁に寄りかかって寝た振りをしていたもう一人の少年が姿を消した。





木々を移動する三人&一匹。敵の出現に対策を話し合う。

「後ろからニ小隊。いや九人が追ってきとる」
パックンが焦って言った。
「まだワシらの正確な位置までは掴んでいないようだが、待ち伏せを警戒しながらも確実に迫ってきておる」
「くそ! おそらく中忍以上の奴ばっかだ。追いつかれたら全滅だぜ」
(この状況でサクラを庇う……のは簡単だが。ナルトを知って下手に動揺でもされたら不味いからな。俺が行く)
シカマルは表向き悪態をつき、その実唇の動きでナルトへ考えを伝える。
「くっそー。こうなったら……」
ナルトはシカマルの意図を読み取り、ドベのナルトらしく単純に案を出す。
無論シカマルはそれらを却下。代案として用意したのは。
「待ち伏せに見せかけた陽動だ……。一人が残り待ち伏せのように見せかけて足止めする」
「つまり……囮……」
察しの良いサクラは顔面蒼白。
シカマルの言わんとする意味をいち早く理解した。
「そうだ。足止めをかけりゃ、残りの三人の位置はつかめなくなる。……そうすりゃ追跡は撒けるが。たぶん囮になった奴は死ぬ」
(正体バラすつもりねーんだろ? だったらサクラにはこう言うしかねーよな)
「「……」」
黙りこむナルトとサクラ。
囮役を誰が引き受けるかで目配せをするナルト・サクラにシカマルは苦笑い。
「……俺しかないか」
「シカマル!?」
木の上で立ち止まるシカマルに、ナルト・サクラ・パックンも立ち止まる。
サクラはまじまじとシカマルを見た。
「影真似の術はもともと足止めの為の術だからよ。まぁ! 後で追いつくからよ……とっとと行け」
二人&一匹へ背中を見せるシカマル。
「……」
ナルトは数秒その背中を見つめた。

 どいつもこいつもカッコつけすぎ。
 ジジイの弟子すると、みーんなああいうキャラになるんだから……参るよな。

大切なものを守るために全力を尽くす背中。
まだまだ発展途上だけれど。
喰えない笑顔のご老体の背中にダブって見える。

「頼んだぞ!!」
演じるナルトの気迫そのままに。シカマルへ叫び先へ進む。


 見えないけれどキチンと見ているよ。見ていたよ。
 見続けられると信じていたよ。

頬を掠める木の葉だとか小枝だとか。
目を細めパックンの姿を捉え走る。

 背中を越え笑い合える日があるのだと。漠然と願っていた。
 こんな風に呆気なく崩れ落ちるものだとは。
 予想は出来ても実際に起きてしまうと苛立つもの。

ナルトは奥歯を噛み締める。


 背中に背負う沢山の命。
 重いと感じることはあっても苦痛ではない。


いつぞや呟いた背中の主が。
ナルトの脳裏をよぎって消えた。


きっとこんな感じなんですよ! ナルコは幻術に強い系だから! と力説。自分に言い聞かせつつ……。ブラウザバックプリーズ。