手を繋ごう

いよいよ時間切れと思われたその時。
お約束的展開で姿を見せるルーキー&担当上忍。

「名は?」
試験官の特別上忍が黒髪の少年へ尋ねた。
「うちは …… サスケ」
やたら静かに己の名を告げる黒髪の少年。


 オオオオオオ……。


観客が待ち望んだ『うちはの末裔』の試合。
どよめく会場。
どのような試合が生まれるのか期待感に浮き足立つ雰囲気。

 前髪長っ! あれって前が見づらいんじゃない……の?

非常にどうでもよい疑問を抱くのは金色頭の子供。
うちはの末裔と同じ班で、ドタバタ忍者と名高い問題児。
うずまき ナルトである。

 別にいいか。俺が戦う訳じゃないし。サスケならなんとかするんだろ。

あっさり心配を切り捨てて階段を登り始める。
少し前に適度に実力を見せて負けたヤル気ゼロ仲間に『ありがとうのチュー』をしたせいで、ほんのちょっぴり照れくささもあったり。
なかったり。
それに早く『もう一人の仲間』に伝えたい事もある。

「おい! 急げってばよ」
(シカマル。取りあえず警戒任務が入ってるからね?)
ナルトは階段を登るもう一人の子供へ告げる。
聴覚で感知できる音声とは別に、無声音で紡がれる別の言葉。

「人生あわてたってろくなことねーぞ」
(了解。まったくめんどくせー)
ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、のんびり答える。
無論、ナルトのように耳に飛び込む声とは別に交わされる二人の子供の無音会話。


中忍選抜試験・本戦まで残った下忍だけあって……まずまずの実力。
なんて訳はない。
ナルトは性別・素性すら偽る上忍クラスのクールな少女。
九尾の器ゆえ本来の姿を隠し里ではドベを演じる。
そのナルトの相方にと選ばれたのはIQ二百を越える天災(天才)少年シカマル。
三代目火影の訓練の賜物もあって、現在は特別上忍レベルの実力を保持している。


「!」
ナルトが階段を登る動きを止めた。
「……どした?」
気がついたシカマルも不思議そうにナルトを見上げる。
「止まれ」
階段を上りきった先。
チンピラのような雰囲気を持つ草隠れの忍二人。
中忍くらいの実力だろうか。
控え場所から会場へ降りる我愛羅へ声をかける。
我愛羅は草隠れの忍二人の手前で立ち止まった。

「こういう中忍試験みたいなレベルの低いトーナメントは、賭け試合にゃもってこいでな。何人かの大名はそれが目的で来てる」
草隠れの忍一人が口を開いた。
「でだ。この試合……負けてくんねーか……」
眼鏡をかけた草隠れの忍が続けて言い募る。
我愛羅の瞳孔が怪しく光る。
背中に背負った瓢箪から飛び出す砂・砂・砂。

グチャ……だとか。
ズチャ……等という潰れる音がしたかと思うと、草隠れの忍二人の気配は消えた。

消えたというより消去された。

(シカマル、気配を殺して。今すぐに)
ナルトは動揺すらせず静かに目で告げる。
(って!? 隠れなくて良いのか? ナルト)
眉を潜めシカマルはナルトを見る。
ナルトは黙ってうなずいた。
迫る我愛羅の気配。
普段の冷酷さを凌駕する殺気だった不可思議な緊張に満ちた気配である。
鼻をつく血の匂いとヒタヒタ近づく足音。
ナルトとシカマルが息を殺して見守る中。
我愛羅には二人がまったく眼中に入っていないようでそのまま素通りした。

「多分前の二人がいなかったら俺達が標的だったな。……余計な戦闘を回避できて喜ぶべきか悲しむべきかは不明だけど」
ナルトが肩を竦める。
「……アブねー奴だな。躊躇なく人を殺す下忍なんて初めて見るぜ。これはサスケでもヤバくねぇ?」
血塗れ死体二体分を視界に認め、シカマルは長々と息を吐き出した。
「危なくなったらあの特別上忍がストップかけるだろ。さ、戻ろ?」
ナルトはさしてサスケを心配する素振りはない。
だがあっさりと。
無関係で利害関係もない人間を瞬殺した我愛羅へ、ナルト自身は嫌悪感を抱いているようだ。

顔色が冴えない。

「……」

 いざとなったら試験官が止めるしな。
 俺が気にしてるのはサスケを心配してないだけなのか、信頼してるから案じなくても良いのか。
 どっちかってことなんだけどよ。
 面と向かっては聞けねーぜ。

 だーっ!!

 めんどくせ。

シカマルは胸中複雑ながらもナルトの後に続いて控えの場所へ戻った。

控えの場所から見るサスケ対我愛羅。
互いに将来が期待される優秀な下忍だけあって、一歩も譲らぬ戦いが展開される。

 我愛羅……守鶴の血が騒いでいるの?
 あの目は戦いを……いや、血を求める獣の瞳そのもの。
 どうしてそんなに切り捨てられる。
 俺と同じ修羅の道を無為に血で濡らす。

つらつら考えるナルトは無意識に親指の爪を齧った。

でも今は。そう今は。

「……シノ?」
誰もが。
控え場所に居るテマリとカンクロウでさえナルトの囁きに気がつかない。
気がついた少年……名を呼ばれた本人はナルトの隣に立つ。
シカマル以外には悟られずに。

もう一人のナルトの相棒である油女 シノ。
彼にとっては朝飯前の動きであった。

 どうしたい?

普段から表情に乏しく、胸中など推し量れないシノ少年。
長い付き合いのナルトにはシノが自身にこう問うているのが分かる。
ナルトは黙ってシノの指を握った。

(本当は怖い。俺ももしかしたらあんな風に……あんな風に親に命を狙われ、誰からも必要とされない場所に居たら。我愛羅を他人事には思えない)
寧ろ知らなければ良かったとも思う。

中忍試験開始前の任務で我愛羅達の動きを調べたナルトだが、我愛羅にそこまでの秘密があるとは思わなかった。
冷酷だが己の力を過信しているただの下忍だと。
感じていた。

知ってしまった事実をなかったことには出来ない。
自分と重なる生い立ち。
境遇。
目指したもの。
感じること。
似すぎていて。

己の片手をしっかり握り締め俯くナルト。
シノは暫しナルトを観察していたが、繋いでいない方の手を持ち上げた。
ナルトを挟んで向こうに居るシカマルがあからさまにムッとしてシノを睨むがそれは無視。
シノの指は音もなくナルトの髪に触れる。
ビクリとナルトは瞬間身構えるが、逃げ出したりはしない。

(でもね? シノ。俺は我愛羅じゃない。……上手く言えないけど、俺は我愛羅じゃないから重なる部分はあっても同じではないと思う。前を向いて歩きたい)

フ。

シノの口許が緩やかな弧を描いたようだ。
そっとナルトの髪を梳き、シノの指はナルトの頬へ到達。

ふに。

とシノは初対面の時と全く同じにナルトの頬を優しく摘んだ。

(相変わらず柔らかいな)
日向ネジとの戦いで薄汚れたナルトの頬をそっと拭う。
ナルトは瞳を丸くし、大きな眼を零れ落ちそうな程に。
見開く。
随分と長い間シノの顔を穴があくほど見つめるナルト。
ナルトの視線を真正面から受けとめるシノ。

『公衆の面前でイチャパラしないでよ。お兄さん腸煮えくり返りまくりv』
(おわっ! なんちゅー登場の仕方してんだよ、おっさん!)
すすすすすー……っと、音もなく(スケスケの身体に秘密があるらしい)登場する金髪・碧眼の一見好青年風。
見詰め合うナルト・シノの横に立つシカマルの背後に出現した。
シカマルは驚くものの叫びはしない。
唇を忙しく動かしてスケスケ青年に文句を言った。
『だってさぁ〜。だってさぁ〜』
子供のように唇を尖らせ、スケスケ青年はぶすくれた。
(今日ばっかりは大人しくしとけよ。里の一大事かもしれない日になるって、ナルトも言ってただろう?)
観客席上に控えの場がある状況を考え、シカマルは客観的に事実を指摘する。

ここでナルトにブチ切れられようものなら。

確実に会場は半壊くらいには壊れる。
いや、壊す。
記憶操作も大変だが、粒よりの下忍が揃う本戦で。
ナルトの正体に気づく輩が出ないとも限らない。

(ここに居る誰かが本当のナルトに気がついたらどうすんだ。例えばサスケとか。サスケとか。サスケとか。サスケとか)
眼下で冴え渡る戦闘を繰り広げるサスケを睨み、シカマルはスケスケ青年に言った。
『それはお兄さんもイヤ。うちはなんかにナルちゃんの姿を晒すくらいなら。始末するよ。カカシ君は多少やむ得ないかもしれないけど』
渋々青年は口を噤む。
引き下がった青年にシカマルは安堵しつつも。

 シノ!!!! いーかげんナルトから手を離せ!!!

と。
気持ちを込めた恨みがましい目線を送信。
シノ相手なのでまったく通用しない毒電波だとは思うが。

(手を繋げば良い。繋げぬ距離に立つ間隔も必要だが、今のナルトに必要なのは手を繋げる距離だ。分かるな?)
シノの指がナルトの頬を離れる。
ナルトに理解できるようシノは極力優しく諭す。
(なんとなく)
ナルトは微笑みシノの肩へ寄りかかる。

(シノと手を繋ぐとすごく安心する。
シカマルと繋ぐとワクワクする。
ジジイと繋ぐと、えっと……ま、それなり。
イルカ先生と繋ぐとお父さんと手つなぎしてるみたいでちょと照れくさい。
サクラちゃんとは少し緊張する。だってサクラちゃんの手って柔らかいんだよ?
サスケは繋いだことないから分からないけど嫌じゃない。
カカシ先生は遠慮したい。結構モテるみたいだし。変に恨みは買いたくないからね。
キバとはパス。だって競争して走る方が楽しんだもん。
ヒナタはいつも遠慮してるけど、いつか手を繋いでみたいな。
チョウジはプクプクしてて不思議な感じ。
いのは握力強すぎ。女の子にしてはね。
アスマ先生は手を繋いだまま俺を引きずるけど、わざと少しだけ乱暴にしてるの。放任主義らしい手の握り方。
正反対が紅先生。
しっかり手を繋いで俺の反応もキチンと見てる。
手を繋ぐ距離。
皆と俺の距離。
……そうだよね? シノ)

「うむ」
誰にも気取られぬようにそっとナルトの頬に唇寄せて。
シノは呟く。

(だからシカマルも)
久方ぶりに見るであろうナルトの無邪気な笑み。
ナルトはシカマル側の手をシカマルへ差し出した。
無意識に頬を緩めて即座にシカマルはナルトの手を掴む。

サスケの試合に固唾を飲む観客。
白熱する試合を他所に仲良く手を繋ぐ三人の子供。

『仲良きことは美しきことなんだけどね〜。お兄さんの出番がない!』
会場の一番後ろの壁に凭れかかりスケスケ青年は子供たちを見守る。
(我が侭を言う出ないわ。だいたいがお主の狙い通りであろうに)
向こうに見える火影の席。
見知ったご老体が苦々しい顔で青年を諫めた。
『分かってますけど? イルカ君が“おとうさんみたい”ってナルちゃんの認識に打ちひしがれてるんです。これでも』
(良いではないか。イルカは年若いが苦労しているからの。お主よりかはナルトを理解しておる大人じゃな)
間髪居れずにご老体が手痛い言葉で青年を口撃。
青年は顔を顰め頭をかく。
『嫌われ役には慣れっこですからね。頑張りますよ』
呟く青年の台詞はご老体にのみ届いた。



手を繋ごう。

今は同じ距離ではなくとも。

手を繋ごう。

アナタの手の温もりに安心する自分を感じるために。


ナルコとシノは喧嘩してました(汗)詳しくは誇るべき・・・を参照してくださいませ。仲直りエピソードを入れたいがためにサスケ氏との絡みカット。いえサスケ君もキャラ的に好きです。(ナルトで嫌いなキャラってあんまりいないんですよね)ブラウザバックプリーズ