エリートってのは


はーあ。ダルイよね。

表向きは緊張気味に頬を紅潮させて、子供は観客席を見上げた。
一般の観客席には木の葉の里の面々。
同じ班の桃色の髪の少女と、その親友の金髪の少女。
少し離れた場所には第一試験前に遭遇した中忍コンビ。

少し上がって一際立派な椅子には三代目火影。
隣には風影が。
お偉いさんの席には各国の大名連中が。
里のパワーバランスの縮図とも言える本戦を観戦に来たのだ。

「えー皆様、このたびは木ノ葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き、真に有難うございます! これより予選を通過した八名の『本戦』試合を始めたいと思います。どうぞ最後までご覧下さい」

三代目火影が声高らかに宣言。
会場の熱気が一気に高まる。

 ジジイ。最後までって……本当に思ってないくせに。
 それにこの嫌な予感。ジジイ、一体どうするつもりなんだ。

子供は唇を真一文字に引き結ぶ。
生い立ちも関係して第六感が鋭い子供は、このような勘が良く当たる。
三代目火影の顔に浮かぶ不吉の影。
当って欲しくはないが良からぬことが三代目火影に降りかかるかもしれない。

子供は小さく息を吐き出した。

「試合前に少し言っとくことがある。これを見ろ!」
本戦試験官である特別上忍は七人の下忍達に紙切れを見せる。
「少々トーナメントで変更があった。自分が誰と当たるのかもう一度確認しとけ」
トーナメント表には、予備選で確定した九人から一人少ない人数。

八人。

子供は眉間に皺を寄せる。
同じく本戦出場を果たした同じ班の少年はまだ姿を見せていない。
その少年に付いている筈の上忍もまだだ。

「あのさ! あのさ!」
子供は考えて手を挙げた。

「サスケがまだ来てねーけど、どーすんの?」
「自分の試合までに到着しない場合、不戦敗とする」
子供の問いかけに特別上忍が答える。

 おかしいな。サスケの性格なら這ってでも来る筈なのに。
 もしかしてカカシ先生の遅刻癖が感染ったか?

顎に手を当てて子供は首を捻った。
その間にも特別上忍はルール説明をし、時間は分刻みで流れる。

「じゃぁ一回戦。うずまき ナルト 対 日向 ネジ。その二人だけを残して他は会場外の控え室まで下がれ」
特別上忍の言葉に他の下忍達は会場から立ち去る。
「……」
(あんま心配させんじゃねーよ)
ちらりと一瞬だけ振り返った目つきの悪い少年が唇だけで子供に告げた。
子供は一度だけ目を伏せて、目つきの悪い少年に応じる。


 対峙する二人の子供。


金色の髪の子供。
ドベと名高いドタバタ忍者『うずまき ナルト』

黒髪の長髪の子供。
下忍で一番の実力を誇る名門日向の分家『日向 ネジ』

「……なにか言いたそうだな?」
余裕綽々の態度。
不敵に哂いネジがナルトへ言った。
「前にも一度言ったろ? ぜってー勝つ!」
握り拳をネジへ向け、ナルトは力強く言い切る。

 俺はこんなトコで足踏みなんかしてらんないんだよ。
 自分の不幸に酔ってる奴なんかボコボコにしてやる。
 表向きはドベでも本当は俺上忍だよ? 遠慮なくいくぞ、エセエリートめ。
 注連縄が勝手に啖呵切った時は怒ったけど。

 結果オーライかも。

そう。
予備選対キバの時、大蛇丸に五行封印されチャクラが乱れていたナルトは、代理で注連縄という成仏しそこない幽霊に代理で戦ってもらったのだ。
ヒナタをボコッたネジに啖呵を切ったのもナルトへ変化した注連縄で。
事実を知ったナルトは怒髪天をつく勢いで怒ったものの結果的にはナルトへ好都合な状況となった。

「では第一回戦始め!」
試験官が試合開始を告げる。

 日向の血継限界・白眼。
 チャクラの流れを見ることのできる特殊な瞳。
 点穴を突かれると厄介だな。取り敢えずは。

「影分身の術!」
仕掛けるのはナルト。

手早く印を組みお得意の影分身の術を繰り出す。
五体の影分身がネジへ攻撃を仕掛けるも相手は日向の一族。
いとも容易く撃破されてしまう。

「火影になるかァ。……大体分かってしまうんだよ。この目で。生まれつき才能は決まっている。言うなれば人は生まれながらに全てが決まっているんだよ」

言い捨てるネジの姿に幼い頃の自分が重なる。
諦めたネジの態度にナルトは無性に腹が立った。

 んだと、コラ! だったら俺が九尾の器になったのも。
 天鳴の家に生まれてきたのも全てが決まってただとでも言うのか。
 勝手に決めてんな。

「なんでいつもそうやって勝手に決め付けてんだってばよ! てめーは!」
100%本音のナルトの台詞。
ドベを装いつつも素のナルトの本音。
会場上から眺める三代目火影、満足そうに小さくうなずいた。

「誰もが努力すれば火影になれるものじゃない。一握りの忍だけが選ばれるんだ。
もっと現実を見ろ! 火影になるものはそのように運命を背負って生まれてくる。全ては運命で決められているんだ。……誰もが等しく持っている運命は『死』だけだ」

相手が格下のナルトとあってネジも珍しく饒舌だ。
自説運命論を講釈する。

 誰もが選べる『死』。逃げるのは簡単だ。
 そうやってなんでもかんでも運命のせいにして隅っこでいじけてるなんて。
 生憎、俺の主義じゃないんだよエセエリート。

「だから何だってんだ! 俺は諦めが悪りーんだってばよ」
叫んで。
ナルトは先程よりも多くの影分身を作り上げ攻撃を仕掛ける。
既にナルトの攻撃パターンを見切っているネジには通用しない。
わざと影分身の一体を引かせてネジの裏をかくも、ネジの放つ不思議な防御『回天』によりナルトの身体は弾き飛ばされた。

「勝ったと……思ったか?」
ナルトを見下すネジ。

 こいつの白眼、最大視界は三百六十度か。
 察するに攻撃を受ける際に体中のチャクラ穴からチャクラを大量に放出。
 そのチャクラで相手の攻撃を受け止め、身体回転で弾き返す。
 
 そして今。
 
 俺はアイツの攻撃範囲内に居る。ふふふ……さあ、お前の手の内見せてみろ。

「くっそー」
攻撃が当らずに悔しそうに顔を歪めつつも、ナルトが考えていることは真逆。
ネジの構えを一目見て驚いて。
内心ほくそ笑んで見守る。

「柔拳法八卦六十四掌」
日向の才に一番愛された子供。
ネジが繰り出す柔拳。
ナルトはなす術もなくネジの攻撃に晒された。

「八卦二掌!」
的確にナルトの点穴を突くネジの指先。
流れるようなネジの攻撃をナルトは避けることも出来ない。
表向きは。

「六十四掌!」
「うぐっ」
ナルトは体全てに攻撃を受け地面を滑り落ちる。

「全身六十四個の点穴を突いた。お前はもう立てない」
勝ち誇って宣言するネジに、ナルトは内心苦笑気味。
確かに点穴は完全に突かれていて、身体がギシギシ悲鳴をあげている。
下忍なら立ち上がれないだろう。

 伊達に修羅場ばっか潜ってる訳じゃないんだけどね。

会場全体が試合終了かという雰囲気に包まれる。

「言っただろ……俺は諦めが悪いんだって」
呼吸も浅くナルトはよろめき立ち上がった。
身体が訴える痛みはこの際無視。
目の前で不幸に浸っているエセエリートを倒すのが先だ。

「なんでヒナタを馬鹿にした? お前はこんなに強えーのに、ヒナタを落ちこぼれだと勝手に決め付けやがって。宗家だか分家だか知んねーけど、他人を落ちこぼれ呼ばわりする馬鹿ヤローは俺が許さねぇ」

吐き出すようにネジへ怒りをぶつけるナルト。
どよめく会場。
ネジの不遜な顔つきが一気に変化し険しくなる。

「そこまで言うなら教えてやる。日向の憎しみの運命を」

 いや。報告書読んだし、日向の慣習は知ってるから。
 今更説明してくれなくても良いんだけどさぁ。
 やっぱり聞かなきゃ駄目だよな。

ナルトの目に少々うんざりした感情がよぎる。
が、すぐに『ドベ』のナルトの顔を作り上げきちんとネジの日向話に耳を傾けた。

「お前はオレに負ける運命だ。絶対にな」
長々したネジの日向話がやっと終わり、ナルトは人に気付かれないよう欠伸をかみ殺す。

 つまんなかった。身内話に時間とるなよ。
 ……まぁ、サスケが遅刻してるから時間かかったほうが良いのかな。

「そんなんやってみねーと分かんねーだろ!」
ネジを虚勢で挑発するナルトが、ネジに攻撃を受け更に吹き飛ぶ。

 いって……。日向の白眼とセットで繰り出す柔拳。
 チャクラの流れを絶ち、内臓系に深いダメージを与える攻撃。
 木の葉最強と謳われるのも納得。

「ゴホッ……ゴホッ……」
ダメージを受けた内蔵からの出血。
ナルトは口いっぱいに広がる鉄の味に唇の端を持ち上げた。

「ああ! ぜってーお前倒して証明して見せる!」

 ごちゃごちゃ五月蝿いエセエリートは当然ココでさようなら。
 俺のチャクラが使えない状況で選択するのは一つ。


 《お前にはお前なりの戦い方がある。誰にも得意・不得意があるからのォ》


 ナルトを鍛えた(?)怪しいイチャパラ作家の言葉。


 ああ、そうだな。俺には俺の戦い方がある。


「ハァアアアアアア」
印を組み呼び起こす。
「ムリだ。点穴を突いたんだぞ」

 黙ってみてろ、エセエリート。お前の捻じ曲がった運命論なんかぶっ飛ばしてやる。
 熱血なんて俺の主義には反するけどな。

「どうしてそこまで自分の運命に逆らおうとする」
……落ちこぼれだと言われたからだ

 九尾のバケモノだと。器のナルトだと。言われ続けたからだ。

腹の奥底が熱くなり溢れ出す九尾の赤いチャクラ。
ナルトは堰き止められた身体の点穴が塞がっていくのを感じた。

行くぞ!

 これこそが真に始まり。手始めにエリートぶっ飛ばしてみるのも悪くないだろ?

視界の端にキセルを落としかける三代目火影を認めて、ナルトは唇だけで彼に問いかけた。
三代目火影は笠を目深に被り唇をヒクヒク痙攣させる。

(会場は壊さんようにな)
すぐに返される三代目の返答に満面の笑みを浮かべ。

「日向の憎しみの運命だか何だか知んねーがな! お前がムリだっつーなら、もう何もしなくてもいい! 俺が火影になってから日向を変えてやるよ!」

 ……? 俺の口がなんで勝手に動くんだよ!?
 目指してないぞ、火影の椅子なんて。

『やっほ〜♪』
己の意志とは別に動く口。
ナルトは焦って会場全体の気配を探れば案の定。
ストーカー幽霊が会場の隅っこからナルトへ手を振っている。

(おまっ……何勝手に人の言動操ってんだよ!)
『ええ〜? だって熱血しないとナルトらしく見えないでしょ? お兄さんなりのナルちゃんへのふかぁ〜い愛情vv』
(チッ)
既にネジへ伸ばした拳は前へ前へ動く。
ナルトは仕方無しにある程度抑えたチャクラを込めた拳をネジへぶち込んだ。

ネジの絶対防御『回天』がナルトの拳を弾く。
チャクラ同士がぶつかり合う衝撃と、立ち上る土煙。
ネジも今回ばかりは無傷ではいられない。咄嗟に穴の下へ逃れたがダメージを負っている。
片やナルトは地面に激突。
地面を陥没させたまま気を失っている……ように見えた。

「……落ちこぼれくん。悪いが……これが現実だ」
ネジがナルトへ呟く事実上の勝利宣言。
本日何度目かのどよめき。静まり返った会場。
そして。

 ゴッ。

ネジの立ち位置地下から、ナルトは地面を破って拳を振り上げる。

 ふん。
 エリートってのはドベに倒された方が劇的な話の展開になるから面白いんだよ。


「勝者! うずまき ナルト」
試験官の宣言に会場は沸いた。
『うんうんv 態の良いヤラレ役ありがと〜♪』
歓声に混じって悪意がつまった青年の声が聞こえたことには深く言及しないでおく。


ネジはきっと凄く真面目だから行き詰るタイプだと思います。好きなんですよ、ネジ。物凄く酷い扱いですけど。ブラウザバックプリーズ