誇るべき・・・


中忍選抜試験。第三の試験・本戦はいよいよ明日。

木の葉の里。
ドタバタ忍者、うずまき ナルト宅にて。

随分と焦燥しきった子供は力なくうなだれる。
いつもは太陽のような明るさを振りまく金色の髪もどこか色を失い。
蒼い美しい瞳は虚ろなまま焦点を結ばずに明後日の方角を眺めていた。

無機質な少女の人形。

子供を形容するならこの言葉がぴったり当てはまる。

『シカマル君。我愛羅って砂忍の子供? バケモノ憑きだったんだって?』
スケスケ青年が事情を知る目つきの悪い少年へ小さな声で問う。
子供と同じ金髪・碧眼。
整った顔立ちは一見美青年風。
糸の切れた操り人形状態の金色ヒヨコを視界の端に入れ、密かにため息をつく。

「ああ。実験的に砂の老僧を取り憑かせて生みだされたようだぜ。己の存在意義を確かめる為に他者を殺し、一人で生きている。……どの部分にナルトが共感したかはわからねーけどな。今回は重症かも」

頭の高い位置で結わいた髪を弄り、少々バツが悪そうに少年・シカマルが答えた。
シカマルの答えを聞き青年は顔を顰める。

『ナルちゃん……』
心配そうに金色ヒヨコを見つめるスケスケ青年。

「……ナルト」
沈黙を守るスケスケ青年とシカマル。
遠巻きに金色ヒヨコ・ナルトを見守る二人とは対照的に近づく者が一人。
丸い黒眼鏡と口許を覆う襟の高い上着。
この場にいる誰よりも冷静な態度を保つ油女 シノである。
「ナルト。黙っていては理解できん」
長い付き合いと実直なシノの性格からして、まずシノが言うであろう言葉。
シノはぼんやりするナルトに向き合った。
「あいつの目は俺と同じ。同じバケモノ憑きの瞳。俺と同類……」
シノはナルトへ向ける手を止めた。
ナルトは自嘲気味に笑う。

「俺と同じなんだ。訳も分からずバケモノの器にされ、里中から疎まれ憎まれ。ずっと一人で孤独で要らない子供。そう。必要とされて無い子供なんだ。表向きの俺に仲間が与えられたせいで、俺が勘違いしてただけなんだ」

己の手のひらをジッと見つめナルトが薄く笑った。

「一人なんだ。一人で居続けなきゃならなくて、存在意義も何もなくて。足掻いても足掻いても光なんて見えてこない。絶望が広がっているだけ……」

 パァン。

乾いた音。ナルトは大きな瞳を大きく見開きそのままの姿で固まる。

「独りよがりもいい加減にしろ」
ナルトの頬を叩いたシノは険しい口調で言い、その場から姿を消した。
二人のやり取りを見守っていたシカマル&スケスケ青年。互いにまじまじと見詰め合ってしまう。

 普段あんなにナルト一筋のシノが。本気でナルトに怒っている。

 天変地異の前触れじゃないかとか。

冗談抜きで本気でそう思ってしまえるほどの超異常事態だ。
流石のスケスケ青年もフォローの言葉が無い。

ノロノロと手を上げ頬を押さえるナルト。
じわじわ沸きあがる頬の痛みに瞳を潤ませ瞬時に姿を消した。

『……ナルちゃんも繊細だから。仲間を信じたいけど我愛羅みたいな現実を突きつけられるとマイナスへ思考が傾くんだよ』
「ってーか。冷静にナルトの心情判断していていいのか? ここで」
動く気配の無いスケスケ青年へシカマルは白い目を向ける。
『そりゃ、抱きしめて。愛してるって。大切だって何度も囁いても良い。でもそんな簡単な事じゃナルちゃんの心は開かない。シカマル君が一番良く知ってるでしょ?』
あっさり切り返されてシカマルは返す言葉が無い。
「……どいつもこいつもめんどくせーのな」
やる気のなさに反比例して面倒見の良いシカマルは、姿を消した二人を思って総評を下す。
スケスケ青年は寂しそうに目を細めて窓から月を見た。
『何も持ってないなんて。それは人間の傲慢さが言わせる言葉なんだよ。本当は沢山持ってるんだ。気がつかないだけで』
スケスケ青年が一人心地に呟いた言葉は、夜の木の葉にそっと消えた。





チュンチュン。

朝霧がたちこめる木の葉の里の朝。
里を取り囲む緑の森。

生い茂る木々と深緑色に埋もれるようにして眠る金色ヒヨコ。
胎児のように丸くなって身体を縮込ませて眠る。
丸みを帯びた少女独特の体つき。
白い肌に落ちる長い睫毛がフルフル震えた。

子供の起きだす気配に濃紺色の蝶が空へ飛び立つ。

「……あんまり眠れなかった」
白い肌に目の下のクマが痛々しい。
目を擦り一人ぼやく。そんな子供の下へ飛来する小鳥達。
元気の無い子供を心配してか、しきりと嘴で子供の上着を突く。

「へーき。多分」
小鳥へ呟きその頭をそっと撫でる。
子供の動作に野生の小鳥は逃げもせず、逆に頭を子供の手に摺り寄せた。

「天鳴(あまなり)の力……ね」
まるで歳を取った老女のような子供の疲れた笑み。

天鳴は木の葉に伝わる秘密の一族。
自然に愛され、浄化と癒しを司る血継限界を有する血族でもある。
子供が性別も・・・出生すら偽るのは血の特殊性故。
天鳴が持つ特殊さのせいで九尾の狐の器にされたのもまた事実。
そんな子供の秘密を知るのは里の最高権力者只一人。
頼りにしている相棒・二人の少年だって詳細は知らされていない。

子供の脳裏によぎる二人の忍の顔。

分家と生まれた為に籠の鳥となった忍。
兵器としてバケモノ憑きで生み出された孤独の忍。

二人の冴え冴えとした眼差しが頭を掠める。

「どいつもこいつも。嫌な目してる……きっと今の俺も」
空を上り始めた太陽に子供はため息混じりに一人ぼやいた。





一旦うずまき宅へ戻り身支度を整え、会場へ向け歩き出す。
変化を使い姿は何時ものうずまき ナルト。
すれ違う人はナルトに気がつかない。
ナルトはリュックを背負ってトボトボ歩く。
意識している訳ではないが、ナルトの足が自然と向かったのは例の演習場だった。

三本の丸太が並ぶ森の演習場。
うずまき ナルトが下忍となった試験会場。

 うずまき ナルトとしての原点。……この茶番だって里の為。
 決して俺が望んだわけじゃない。
 決められた人生を決められた流れに沿って進むだけ。

苦々しく思って頭を左右に振る。
「!?」
見知った人物の後姿にナルトは足を止めた。
「ヒナタ? お前もう大丈夫なのか?」
「ナ……ナ……ナ……ナルト君」
慌てて丸太の影に隠れるヒナタ。
ナルトは首を傾げてヒナタを見た。

 いきなり声をかけたので驚かせてしまったかもしれない。

少々見当違いに考えつつ。

「ど……どうしてここに? 今日は本戦じゃ……」
丸太から顔半分を覗かせヒナタが言った。
「……ここは俺が下忍になった場所だからな」

 深い意味はナイ……と思うけど。
 自然と足が向いたんだ。理由なんかない。

思っていることとは裏腹にナルトを演じる。

「へ……へー。ど……どうして?」
「そんなのどーだっていいじゃん!」
すかさずヒナタに答える。
己の演技に吐き気を催しながら。
「そ……そだね。……ごめん」
優しいヒナタは気分を害した訳でもなく。逆にナルトへ謝罪した。
「「……」」

沈黙。

 悪い奴じゃないし。嫌いじゃないけど。
 こう沈黙されると俺としても対処に困る。

「ヒナタ、ネジってお前の親戚だろ? やっぱアイツ強えーのか?」
ハァ。
ため息をついてナルトは取りあえず話題をヒナタへ振ってみた。
「う……うん」
きっと誰よりも分家の実力を認めているのは目の前の少女(ヒナタ)。
ヒナタは素直にうなずく。
「け……けど、ナルト君なら勝てるかも」
「ハハッ。まーな。俺ってば強えーもんなぁ」

 なんてったってバケモノ憑きだ。バケモノ抱えてんだ。
 弱いわけねーじゃん。殺したくても死なない身体。こんな力なんか……。

ナルトは鬱々とする気分を押さえ空元気を振りまく。

「「……」」

再度。沈黙。

「あ……あのね。私ナルト君に応援された時、前より自分が強くなった気がしたの。予選が終わった時ちょっぴり自分が好きになれた」
はにかみながらナルトへ告げるヒナタ。

 ……偽りの俺のおざなりの励ましが? 馬鹿も休み休み言えよ。

表向きのナルトとは別のナルト。
急速に心が冷えつき凍っていく。

「他人から見れば……何も変わって見えないだろうけど。わ、私は自分が変われたって気がする。ナ、ナルト君のお蔭かな? なんて思ってたりしてるわけで……」
「ふぅ〜ん。俺のおかげか! やっぱ俺ってばすごい影響力なんだな……シシシ」

 偽りの俺を信じて信じて。
 裏切られたら。ヒナタはどんな顔するんだろ。

「……なぁ、ヒナタ。ホントにそう思ったのか?」
今日ばかりは一人ぼっちが身に沁みて。
ついつい心の蓋が緩んでしまう。
自然とナルトはヒナタへ感じる疑念を口にした。

「……お前から見たら俺は強く見えるかもしんねーけど。それはいつも失敗ばっかして……悔しいから強がってるだけだってばよ」

 演じてるからひたむきに見えるだけだよ、ヒナタ。
 本当の俺は計算高くて。
 失敗するのだってドベである為に仕方なくしてんだ。
 これ以上俺が……必要ないと言われない為に。
 只の自己保身。

「そんなことないよ。ナルト君は失敗したっていつも……誇り高き失敗者だったもの。ナルト君を見ていると心に衝撃があって、カンペキじゃない。だから……失敗するからこそ、そこから立ち向かっていく強さがあって。そんな強さが本当の強さだとわたしは思うから/・・・…」
「!」

 ……俺が? 誇り高き失敗者? ドベでいっつも強がってて。
 サスケに助けてもらってばかりの、サクラちゃんに叱られてばかりの俺が?
 表の『うずまき ナルト』が!?

「ナ……ナルト君はすごく『強い人』だと思う」
言い切るヒナタの表情は今までナルトが記憶する中で一番輝いていた。

 完全じゃないから強い。失敗から立ち向かえるから強い。
 どんなに非難されようと諦めない我武者羅な表の俺。
 ……ククク。まさかヒナタに指摘されるなんてね。

 参ったな。表の俺のほうが断然諦めが悪い餓鬼なんだ。
 高いハードルほど意外性を見せ付けて飛び越えるドタバタ忍者。
 バケモノと謗られようと足掻けるトコまで足掻いてみてから世を儚んでも遅くはない。

 そう。

 勝手に自己完結して危く視野を閉じてしまう所だった。

 昔。俺が自身の力に自惚れ、ジジイに戦いを挑み負けた時に誓ったはずなのに。

 現実は現実と。どんなに辛くても曲げられない現実があって。
 でも時は確実に流れ、人は少しずつ成長するというのに。

 俺はずっと足踏みをしている気になっていた。


 俺が築き上げてきた忍としての力。

 全てが九尾によるものじゃない。
 全てが天鳴によるものじゃない。


 血反吐を吐く思いで生き抜いてきたんだ。俺自身の失えない『誇り』


「サンキュー、ヒナタ!」
万感の想いを込めて。
ナルトはヒナタへ笑顔を向ける。
「俺ってば今ちっと柄にもなく落ち込んでたけど。なんか元気出てきたってばよ」

 さて。さしあたってはどうやってアノ分家を叩くかだよな〜。
 日向の人間とは初めて戦う訳だし。
 あの白眼の力も実際に体感できる。
 そー考えると結構ラッキーだよな。任務みたいな真剣勝負じゃないし。

「俺がネジって奴ぶっとばすの、お前もぜってー見にこいよ! じゃ!」
ヒナタに別れを告げ、ナルトは本戦の会場へ歩き出す。
ナルトへ想いを寄せるヒナタ。
丸太によりかかり惚(ほう)ける。
そんなヒナタを発見するのは二人(?)。

「わりィ、わりィ。ヒナタ。遅れちまって」
元々ヒナタと待ち合わせていた犬塚 キバ。と。

『……罪作りって言うか、何て言うか。恋愛経験豊富なお兄さんとしてもコメントに苦慮するよ』
心中複雑なナルトの最凶守護霊だった。


波乱のカウントダウンまで残り数時間。


実はヒナタちゃんは凄く好きです。あのペースでナルトに近づいていって欲しいものです。(友達止まりになるにせよ、もっと親密になるにせよ)なので無理矢理絡めてみました。原作でも凄く好きなシーンです。反面ネジへの扱いが酷いような?? ネジも好きですよ! マジで。ブラウザバックプリーズ