容れ物


その日。

うずまき ナルトは木の葉病院へ収容されていた。

「……ん……?」
疲れきった表情のまま、腫れぼったい瞼が持ち上がりナルトが覚醒する。
「よう。やっとお目覚めか?」
ナルトが眠るベットの脇。
椅子に座り本を読んでいた少年は顔を上げた。
「……どこ? ここ」
掠れた声でナルトが少年へ問いかける。
「病院。お前、三日三晩眠りっぱなしだったらしいぜ」
顔色の悪いナルトの肌を確かめて少年は答えた。
「……そっか」
ナルトは目を伏せて笑い上半身を起こす。
両手を捲り挙げた布団の上にのせぼんやりと真正面のドアを眺める。
「ったく、メンドクセー奴だな。どうせオヤビンと一戦交えてたんだろ」
ペットボトルをナルトへ手渡し少年が呆れ半分に言う。
ナルトは気だるげにペットボトルの蓋を開け中身を口にする。
それから首を横に振った。
「ううん。エロ仙人と修行してた。修行って言うか……なんていうか? もう一つのチャクラを練り上げらるように特訓。シカマルはどうしてここに?」
ナルトはここでようやく少年、奈良 シカマルを見る。
「めんどくせーけど、チョウジの見舞いに来たら偶然にな。ナルトが突然消えたから、シノだって心配してたぞ?」
シカマルは不本意ながらライバルである少年の名を口にした。
大きく息を吐き出し、ナルトは両腕を前へ伸ばす。
「悪かったとは思ってる。でも俺自身、納得がいくように修行してみたかったんだ」
(大蛇丸がサスケを、木の葉を狙っている。俺は阻止したい。木の葉の里への感情は別として。ここは俺が住む場所だから)
曖昧に言葉を濁し呟くナルトだが、唇の動きだけでシカマルへ本音を告げる。
「そっか」
(俺も住む家を追われるのは勘弁してもらいてーな)
シカマルは相槌を打ち唇の端を持ち上げた。


この二人の下忍。
実はアカデミーで最下位争いを繰り広げた仲で、成績も協調性も低いとされた落ちこぼれ。
いくら下忍となったからといって唇だけの会話を出来るほど成長はしないだろう。

うずまき ナルト。ドタバタ忍者・ドベ・意外性N0.1と称される少年。
これこそが実は仮の姿。
本来のナルトは絶世美少女。クールで腕の立つ上忍。
九尾の器となった宿命を負い里の厄介者として今を生きる。

そんなナルトの相棒。

油女 シノ。
名門『油女』の嫡男で矢張り上忍。
ナルトに協力すべくアカデミーへ入学・卒業。
現在は下忍としてナルトをサポートしている。

当初は成り行きでナルト&シノの秘密をあずかり知ることとなった天災少年シカマル。
三代目火影によって見出された非凡な頭脳を生かし、特別上忍にまで昇格。
シノと同じくナルトをフォローすべく表向きは下忍中。


「チョウジの奴、試合後の焼肉の食いすぎで腹壊してさ。見舞いに買ってきたフルーツセット無駄になるトコだったぜ」
籠に入った色とりどりのフルーツ。
取り出してシカマルはナルトの顔色を窺う。
「ニシシシ。どーせならチョウジの前で食ってやろうぜ」
(……侵入者の気配がする。どうする?)
ナルトは豪快に大口を開けて笑う。
「……めんどくせー奴」
(警戒するにこしたことはねーだろ。この気配アノ砂忍だな)
呆れた調子で呟きながらシカマルが判断を下した。
無言で顔を見合わせるナルトとシカマル。

お互いに気配を消し病院内の一角を目指す。
侵入者が放つ異常な殺気の篭ったチャクラ。
院内を行き交うスタッフや患者の目に付かぬよう細心の注意を払って、二人はその部屋へ到達した。

「……」
血走る瞳。深い何かを秘めた感情に蓋をして手を伸ばす。

 何故だ……。

あの光景が何度も頭の内で蘇る。
振り払うようにして頭を振り、対象へ手を。

「!」
伸ばそうとして動きが止まった。
「てめー! こんなとこで何しよーとしてんだ、コラ!」
衝撃。
目に飛び込む金色の髪の子供。
焦った顔のまま怒鳴る。
「おい、ナルトお前……。影真似の術は俺まで一緒に動いちまうだからよ……」
苦笑する目つきの悪い少年。
「悪りィ。シカマル」
ナルトと呼ばれた少年が、目つきの悪いシカマルと呼ばれた少年へ詫びた。
「てめー! ゲジマユに何しようとした」
表向きはあくまでも『ドベ』のナルト。
ナルト自身の第六感が警鐘を鳴らしている為だ。

この砂忍。我愛羅。
ナニかを抱えている。
抱えているのか分からないが、ナルトが想像しえない秘密を持っている。
砂を操る術や不眠病の症状。
どこまでも胡散臭い。

いざという時の為に本性は隠す。
そのあたりは察しの良いシカマルも承知している。
あくまでも『ドベ』のナルトに対する態度を取る。

「殺そうとした」
躊躇いもなく我愛羅が言い放つ。
驚きに目を見開くナルト・シカマル。
「何でンな事する必要がある? 試合でてめーは勝ったろ! こいつに個人的な恨みでもあるのか?」
シカマルが無難なセンで我愛羅へ探りをいれる。
人が行動を起こすにはそれなりに行動理由がある筈なのだ。
「そんなものはない。……ただオレが殺しておきたいから殺すだけだ」
能面のような無表情。
我愛羅なりの行動理由なのだろうが、常軌を逸している。
「なに勝手な事言ってんだ! てめーは」
目を丸くして怒鳴るナルト。
あくまでも表向きのナルトではあるが言っている事は半分本音。
無茶苦茶を言う我愛羅への苛立ちは隠さない。
「オレの邪魔をすればお前らも殺す」
殺気を放つ我愛羅。
ナルトは無意識に唇を引き締め、シカマルは小さく舌打ちをした。

 こいつ。バレない程度に痛めつけた方が良いのか?

ナルト・シカマルが同時に考えたのは同じ事。

互いに気心は知れている。実力もある。
人目にさえつかなければボコボコ確実。
最近ナルト思考に慣れつつあるシカマル。
人生愉しんでいるのかもしれない。

「もう一度言う。邪魔をすれば殺す」
「お前は俺なんかに殺させねーよ! 俺は本物のバケモノ飼ってんだ。こんな奴には負けねー」
勢い半分。半分カマかけ。
ナルトは表の顔で精一杯凄む。

沈黙。

「………バケモノか。それならばオレもそうだ」
少しばかり逡巡した我愛羅は淡々と語り出した。
「オレは母と呼ぶべき女の命を奪い生れ落ちた。最強の忍となるべく、父親の忍術で砂の化身をこの身に取り憑かせてな。オレは生まれながらのバケモノだ」
ナルトの顔つきが僅かに曇る。
「守鶴と呼ばれ茶釜の中に封印されていた、砂隠れの老僧の生霊だ」
「……生まれる前に取り憑かせる憑依の術の一つか。そこまでするとは……イっちまってるな」
沈黙するナルトに代わってシカマルが当たり障りの無いコメントを出す。
「家族。それがオレにとってどんな繋がりであったか教えてやろう。憎しみと殺意で繋がる……ただの肉塊だ」

 同じだ。

我愛羅の声が酷く遠くに聞こえる。
空から急降下した時の不思議な浮遊感。
ナルトは味わいながら我愛羅の言葉を噛み締めた。

 こいつは俺と同じ。身体にバケモノを飼っている。

表のナルトを演じつつ我愛羅の生い立ちを聞く。

父親から暗殺されかけた事実。
里の厄介者。
危険物としての価値と忍としての価値。

「奴等にとって俺は今では消し去りたい過去の遺物だ。……ではオレは何の為に存在し、生きているのか? そう考えた時答えは見つからなかった」
自分は今とても酷い顔をしている。
ナルトは思いながらも我愛羅の話を聞き続ける。
「だが生きている間はその理由が必要なのだ。でなければ死んでいるのと同じだ」

 ああ。どうして。

我愛羅の自嘲にも近い呟きにナルトは目の前が真っ暗になった。

 里に生かされ続け、飼われ続けた十二年間。
 生きているのか生かされているのか。
 蒙昧な環境の中必死に足掻いていた。
 足掻いてもがいて苦しくて。
 その点でナルトは真に孤独であった。一人であった。

「そうしてオレは結論を下した。『オレはオレ以外全ての人間を殺すために存在している』いつ暗殺されるかも分からぬ死の恐怖の中で、ようやくオレは安堵した。暗殺者を殺し続ける事でオレは生きている理由を認識できるようになったのだ」

青ざめるナルト。
ナルトの様子に動揺を隠せないシカマル。
二人を小馬鹿にしたような様子で我愛羅は小さく笑った。

「自分だけの為だけに戦い、自分だけを愛して生きる。他人は全てそれを感じさせてくれるために存在していると思えば、これほど素晴らしい世界は無い。この世でオレに生きている喜びを実感させてくれる。殺すべき他者が存在し続ける限り……オレの存在は消えない」

我愛羅が確立した生きる為の理論。
似通う部分が多すぎてナルトは激しく動揺する。
ナルトは無意識に数歩後退した。


 暗殺まがいはされた。降りかかる火の粉は払ってきた。
 俺が生きる為。この血を繋げる為。
 里の為に。
 理由はどうであれ、俺は一人で生きる為の理由(いみ)なんて大層なもん与えてももらえなかった。
 全ては里の利益の為だ。
 その為だけに俺は今日まで生かされている。
 我愛羅とどれだけの違いがある? ……いや。

 違いなんて無い。

 我愛羅が砂隠れにおいて『危険物』であるように。
 俺も危険物だ。木の葉では。

 こいつはたった一人で生き続けて他人を殺すことで生きてることを実感する……。

 我愛羅ももう一人の俺だ。
 生まれながらに望まぬ力を与えられ、利用不可能だと知った途端に打ち捨てられた子供。
 生きる為の言い訳すらさせてもらえない。

 『必要のない』子ども。


「どうした? ナルト!?」
小刻みに震えるナルトの身体。
気がついたシカマルが驚きの声をあげる。

 演技ではない。
 心の底からナルトは我愛羅の何かに共感し恐怖に震えている。
 あのナルトが、だ。

尋常ではない事態にシカマルは動揺しつつも努めて冷静に我愛羅と対峙する。

「……さあ。感じさせてくれ」
我愛羅の低くしわがれた声。
巻き上がる砂。
意志を持った砂は我愛羅のチャクラに呼応してナルトとシカマルへにじり寄る。

 やっベーなんてもんじゃねーだろっ!
 どう考えてもナルトはこの状態じゃ使えない。
 俺一人で相手するにしても騒ぎを大きくしちまうしな……どうすっか。

を滑り落ちる汗。高鳴る心臓。
シカマルは下唇を噛み締めた。

「そこまでだっ!」
振ってきた第三者の声。
シカマルは天の助けに感謝した。

「本戦は明日だ。そう焦る必要もないだろう。それとも今日からここに泊るか?」
普段はウザイくらいに暑苦しい上忍だが、決める時は決める。
自称『はたけ カカシのライバル』であるガイ上忍は生真面目に我愛羅へ言った。
「……お前達は必ず俺が殺す。待っていろ……」
頭を押さえよろめきながら病室を後にする我愛羅。
「俺達はこれで」
シカマルが頭を下げればガイは黙って歯を光らせ笑う。
相変わらずナルトは震えたままでまともに動くことすらできない。

仕方なくシカマルはナルトの腕を掴み病室から引っ張り出した。

「アイツも俺と同じ。『容れ物』だったのか……」
虚ろな瞳のままナルトがシカマルを見る。

これではまるでナルトらしくない。

生ける屍のような雰囲気すら漂う。

「ナルトはナルトだ。ほれ! めんどくせーけど、家まで送ってくから。帰るぞ」
人気の無い廊下の端で。
ナルトを一回だけ強く抱きしめた後シカマルは真摯に告げる。


「でも『容れ物』なんだよ、シカマル。あの苦しみは俺とアイツにしか分からないんだ」

小さく呟かれたナルトの本音がシカマルの耳に入ることはなかった。


そして始まる木の葉崩しの幕開けはこんな展開で(マイ設定)これからはずーっとシリアスの連続になるかと思いますが見捨てないで下さい(ペコリ)ブラウザバックプリーズ