たゆたう  後編


真っ暗闇の中。淡く光る点々。

幼子のように瞳を輝かせる百合姫。

手のひらにとまった緑の光に自然と唇が笑みを形作る。

「焚き火はご容赦下さい。相手に居場所を悟られます」
数匹の蛍をおびき寄せたシイ(シノ)が百合姫に断った。
「ええ。野営に関しては皆さんの方がプロですもの。わたくしは従うだけですわ」

ふわり。
百合姫の手のひらの蛍が飛び上がる。

「シイ〜。とりあえずこれが夕飯。百合姫はどうされます? お望みでしたら我々が毒見も致しますが」
瑞々しい果物。
もぎたての果物をシイ(シノ)へ放り投げて渡し、百合姫へ尋ねるテン(ナルト)。
百合姫は迷わずテン(ナルト)へ手を差し出した。
「気遣い感謝します。ですがわたくしは貴方達を信用すると申しました。二言は御座いませんわ」
笑顔で果物を受け取る百合姫にテン(ナルト)もつられて笑う。
無論テン(ナルト)の笑みは所謂営業用スマイルなのだが。
妙に爽やかで愛くるしい印象を受ける笑顔でもある。
「交代で見張りをします。百合姫は寝苦しいでしょうが少しは身体を休めてください」
周囲を偵察してきたシマ(シカマル)が樹上から音もなく落下。
丁寧な物言いだが何処か有無を言わさぬ口調で百合姫へ言う。
「ええ」
百合姫は答え、それから果物を口へ運んだ。
「じゃ、順番はどうする? くじ引き?」

トタトタ。

テン(ナルト)はシマ(シカマル)へ歩み寄る。
この時ばかりは気心の知れた仲間へ駆け寄る子供の顔。
砕けた口調で問いかけた。

「どーすっかな? シイは? 時間帯の希望あるか?」
具体的には決めていなかったシマ(シカマル)がシイ(シノ)へ話を振る。
「いや」
短く返される返事。
いつでもどこでも口数少ないシイ(シノ)。
今更愛想良く振舞えとも言えずにシマ(シカマル)はこめかみを押さえた。

「俺の次がシイ。で、最後がテンってことにしておくか」
深く考えていない様子でシマ(シカマル)が提案。
「おっけー」
矢張り深く考えていない調子でテン(ナルト)が応じる。
「うむ」
何処までも高飛車な態度のシイ(シノ)に、シマ(シカマル)とテン(ナルト)が顔を見合わせて苦笑。
三人の砕けた雰囲気につられ百合姫も肩の力を抜く。
「こちらでお休み下さい。何か用があるときは見張りの者を呼んでください」
シマ(シカマル)が古ぼけた布を地面に敷いた。
「分かりましたわ。お願いします」
百合姫が同意したことにより、一同はこの場で野宿することとなった。


草木を踏む気配。衣擦れの音に人の動く気配。
テン(ナルト)は気配に背後を向けたままであったが確実に事態を理解していた。

 眠れないってトコかな。

素人丸出しの起き上がり方。
彼女が起床した事によりシイ(シノ)とシマ(シカマル)も反応して目を覚ましている。
気配はどんどんテン(ナルト)へ近づき、傍らまで来た。
「少しこうしていて宜しいですか?」
やや湿った思い風が吹きぬける。

百合姫は乱れる髪を手で押さえつけた。
暗闇に目を凝らしテン(ナルト)が立っているのを確かめる。
それから。

寝付けないのか、百合姫ははっきりした口調でテン(ナルト)へ問うた。

「慣れないせいなんでしょうけど、あまり眠れなくて」
百合姫は言いながら欠伸をかみ殺す。
「仕方ありませんよ。姫のような方は野宿をしないでしょうし、ましてや命を狙われる旅の途中です。落ち着かないのは当然です」
テン(ナルト)は当たり障りの無い返事を返した。

静かな夜。明かりは星々の瞬きと月光のみ。
暗闇で目立たぬ藍色の髪を揺らすテン(ナルト)は何かを握り締めたままの百合姫の手を見つめた。

「これはお守りですのよ。わたくしを支援してくださる阿部様や乳母の『牡丹』が願掛けをしてくれたものなの。たゆたう。水の国の言葉で『うつろうけれど真の道を選ぶ者』という意味があります」
不躾なテン(ナルト)の視線に気がついた百合姫ははんなり微笑む。
「牡丹? 確か姫の家の家臣の女性ですね? 霧隠れのくの一とも噂される」
「ふふふ。そんな噂が? 残念ながら牡丹は水の国の阿川家の出身の女性ですわ。……今回の護衛も牡丹が手配してくれましたのよ」
その護衛が自身の命を狙っていたのだ。
百合姫の心中は複雑だろう。
寂しそうに呟いて手の中のお守りを握り締める。
「阿川家出身の牡丹様……か。疑うつもりはありませんが、今回の姫の極秘行動はどなたがご存知だったのですか?」
「わたくしの父と母。そして阿部と牡丹・阿川家家長の五名ですわ」
丁寧に指折り数えて正直に答える百合姫。
「そうですか」
目を細めてテン(ナルト)は唇の端を持ち上げた。
「……推察するに。阿川と阿部両家を陥れたいと考えれば辻褄は合います。姫がしきりに『牡丹様』の名を出し、我々に連なる阿川を連想させる。……とんだ茶番だ」
目にも留まらない速さで百合姫にクナイを突き出すテン(ナルト)。
「なっ……なにをなさるつもりですの!?」
あれだけ丁重に応対していたテン(ナルト)の豹変に、百合姫は絶句。
殺気に射抜かれて動くことすら敵わない。
無意識に震える身体。

「うまく誤魔化せたと思ってるよね? くの一さん」

薄く笑うテン(ナルト)に歯の根が噛みあわない。

知らず知らずのうちに下唇を噛み締める百合姫。

「嘘の情報流しておいて正解だったな」
眠っていたはずのシマ(シカマル)がいつの間にか二人の背後にいた。
腕組みをしたシマ(シカマル)が青ざめた百合姫を一瞥。
「牡丹様は実在の人物。阿川家の出身だ。今回の姫の身柄の確保を任された人物でもある。彼女が責任を持って姫を阿部家へ送り届ける。……筈だった」
シマ(シカマル)が無造作に簪を一つ投げ放つ。
手の動きだけ百合姫は真似た。
「影真似……」
口惜しそうに顔を歪める百合姫にシマ(シカマル)は素っ気無く肩を竦めるだけ。

「阿川に恨みを持つ商家が忍を雇い入れ、阿川の牡丹様を襲撃。百合姫は行方不明。その『たゆたう』まできっちり作ってくるとはご苦労だぜ。
『たゆたう』(お守り)の印(しるし)は商家の家紋が隠し織られている。俺達が何も知らないと思って油断したんだろーけど、生憎だったな」

「牡丹様は無残に殺されて、山に眠っていた。手口は一見物取りや山賊に襲われた風を装っているけど、アンタ達霧隠れの手口だ。俺の目も誤魔化せないよ。アンタから牡丹様の血の匂いがする」

百合姫の耳元で囁いてテン(ナルト)はクナイを引っ込めた。
影真似の術発動中のためシマ(シカマル)の動作と連動して腕を組む百合姫。

「辛うじて簪だけは回収できたんだけどな。甘く見てもらっちゃ困るぜ? 火影直属特殊部隊をな」
「……」
駄目押しのシマ(シカマル)の台詞に百合姫は完全に黙り込む。
「証拠だけ。冥土の土産に見せてやるよ。アンタ等が血眼になって探していた『本物の百合姫』様を」
薄明りに照らされた中、人影が浮かび上がる。
じっと目を凝らせばシイ(シノ)が白っぽい何かを手に近づいてきた。
「キョロキョロすんなよ。目の前にいるだろ? 『百合姫』は」
眼球だけ動かし『本物の百合姫』の姿を捜す百合姫にシマ(シカマル)が言った。

「そりゃ〜。姫で名前は『百合』っていうならさぁ。誰だって清楚で控え目な姫だと思うでしょ。人間の」

クスクス。

テン(ナルト)は心底可笑しそうに笑う。
「その『百合姫』の正体がコレだって知らなきゃね」

 にゃ〜ん。

真っ白な毛並みの子猫。両目が美しい薄青紫色。
見事な美猫がテン(ナルト)に応じて鳴いた。
シイ(シノ)の腕の中に鎮座する美猫はゴロゴロ喉を鳴らす。

「オマケに兄弟に命を狙われている。とか? 秘密裏に隣国へ和睦の大使として出国するだとか付け足しておけば完璧。見事に食いついてくれちゃったね」
おおよそ子供らしからぬ嘲笑を浮かべテン(ナルト)は言葉も無い百合姫の顔を覗きこんだ。
百合姫は屈辱に顔を赤らめる。

「セコいんだよ。最初から俺達が助けに入るよう仕向ける為に、凝った古典的な演出使いやがって。お陰でアンタとアンタの仲間達が仕掛けた罠に便乗させてもらったけど?」

シマ(シカマル)が呆れて頭をかけば矢張り百合姫も頭をかく。

「とりあえずアンタの背後の人間も分かったし。任務は完了」
テン(ナルト)が告げ、それを聞いたシイ(シノ)がそっと猫の両目を手のひらで覆った。
くの一の最後を猫に見せぬために。

「残念だな」
シマ(シカマル)がすっと手を振り上げる。
何も言わずに崩れ落ちる百合姫。
「……女に手を挙げるのは主義じゃねーんだけどな。こればっかは奇麗事ばかりで片付かねーし」
地に百合姫の身体が落ちきらぬうちに燃え上がるその身体。
青白い高温に包まれた物体を一瞥しシマ(シカマル)は踵を返した。

「だけど、やっぱり人様の趣味って分からない」
美猫の耳の後ろをそっと撫でつけテン(ナルト)が一人心地に呟く。

「だが仕方ねーんじゃね? この姫が無事ってだけで戦争が一つ回避されんだから。めんどくせーけど。ランクはSだしな」

 なーう。

人の言葉が分かるのか偶然か。
シマ(シカマル)の言葉に本物の『百合姫』は再度鳴いて応じた。

「この種の猫は水の国では珍重され、家柄を示す役割も果たす。その猫を和睦の証として隣国へ差し出すのだ。偽者など送ろうものなら本当に戦になる」
「ま。シイが言うならそーなんだろうね」
律儀に説明するシイ(シノ)にテン(ナルト)は気の無い返事を返す。
「ハァ。やーっとお天道サンが顔出したぜ」
白々明け始める空。
真っ黒な夜模様から太陽が覗く曙色。
地平線から段々に橙色に色づく美しいグラデーション。
身体に陽光を感じシマ(シカマル)が東を見た。

「さて。姫様を阿部様宅へ送り届けなくちゃね。本物の『たゆたう』も手元にあるし」
テン(ナルト)は赤茶に変色したお守りを大事そうに取り出す。
「牡丹様が命がけで守った『たゆたう』だもんな」
咄嗟に『たゆたう』を土へ埋めて守った牡丹の死に様を思い出し、シマ(シカマル)はしみじみと言った態で同意する。
「ああ」
最後に、シイ(シノ)が二人の言葉に短く答えた。

鼻を動かし髭をヒクヒクさせている『百合姫』。
すっかり寛いだ様子の『百合姫』を抱きなおしシイ(シノ)が歩き出す。
朝靄立ち込める砂利道を歩き出す三人+一匹。
隙があるようで隙が無い。
足音一つ立てない足運びでその場を後にした。


『うんうんv お兄さんは姿を隠してて大正解vv ナルちゃんと可愛いチビちゃんのツーショットが撮れましたvv ラッキー』
三人と一匹が完全に消え去った後。
徐に出現するスケスケ人間。
どうやって手にしているのか高性能コンパクトカメラ片手に怪しげなピンクのチャクラを放出。
怯えた鳥達が一斉に木々の枝から飛び出した。
『この間は見損ねたけど。今回はベストショット!』

 よっしゃぁ!

小さくガッツポーズを決める青年。


後日。
任務を遂行し帰還したナルトの本当の家に。
フレームに納まったナルト&子猫写真が飾られていて。
ナルトが青年を本気で成仏させようと追い掛け回したのは、また、別の話である。



自分にしては頑張りました。と。思います。偶には任務の話もね。でも姿変化させなきゃバレるとおもうので偽名とか使ってます。分かりにくい結果的に文になったかも・汗。ブラウザバックプリーズ