たゆたう



顔を強張らせた屈強な男達が足早に波打ち際を歩く。

砂を踏みしめる力強さとは裏腹に、足音は無い。
寄せては返す波の音ばかりが響き渡る。
男達に囲まれた幼い顔立ちの少女が一人。
目深に被った笠を震える指先で支え、男達にうながされるまま歩く。
青ざめた顔。紫色へ代わる唇。
カタカタ歯の根が合わぬ体の震えを懸命に耐える姿がいっそ痛々しい。

唐突にソレは起こった。

歪む空間に足元の砂が生き物のようにうねる。

男達が懐から刃物を取り出し周囲を警戒した。
明らかに人為的に仕組まれた、幻術。
初歩的な幻術に誰一人として動揺する者もなく。
波の音だけが男達の耳に届いていた。

「三下が。無駄な足掻きを」
リーダー格らしき顎鬚の男が忌々しげに呟く。
「ふふふふ」
歪む空気から姿無き幻術の仕掛け主が嘲笑。
「どこの忍かは知らんが。無駄な争いは好かん。大人しく引け」
「ふふふふふ……」
太い眉毛を歪める顎鬚の男を更に笑う声の主。
背に少女を庇った男達が一斉にある一点を睨む。
歪んだ空気の層から投げ放たれる手裏剣。

 キン・キン。

男達の刃物が手裏剣を弾き飛ばす。どうみても格下だ。
相手の単調な攻撃を観察した男達は判断した。
「な……に……?」
呼吸を整えようとして息が出来ない。
驚くべき事実に男達の一人が気がつく。
酸素を求めて口を大きく開き肺を動かすが酸素はない。
掠れた声で呟き男は砂地へ倒れ込んだ。
「どうした!?」
完全に瞳孔が開ききっている仲間。
陸に上がった魚のように口をパクパク動かす倒れた男の肩を揺すり、他の男が驚愕した。
「ぐわあああぁ」
恐怖とも絶叫ともつかない悲鳴を上げ、別の男が砂地へ倒れた。
喉を掻き毟り体を痙攣させている。
「くそっ」
リーダー格の男が舌打ちして少女を抱え、その場を離れようと方向を転換させた。
刹那。
視界いっぱいに広がる朱。
朱色に塗り固められた空間に男が見出したのは。

儚き微笑を口許へ湛えた一人の中世的な顔立ちの子供であった。

少女は笠を握り締め。
気絶する男達を眺め呆然と立ち尽くす。
素人目には何が起きたか判断に困るところだが、護衛が全滅したことは理解できる。

死ぬのだ。逃げて、逃げて。
運命から逃げ続けて。逃亡の果てに待ち受けるのは、死。
身体中から血の気が引き、力が抜け。
情けなくも少女はその場へ座り込んだ。
正しくは立っていられるほど力を体へ込められなかったせいもあるが。

「百合姫?」
背後からかけられる刺客(?)の声。

ビクン。

傍から見ても明らかなほど少女の肩が揺れた。
真っ白になった少女の指先から笠が落ちる。
サクサク砂を踏みしめる第三者の足音。
連動して高鳴る少女の鼓動。

 ああ。死ぬ。わたくしはココで惨めに死ぬのだ。

感慨もなく。ただただ少女はそう思った。

 わたくしはココで死ぬのだと。

「あの〜? 深刻そうなところ申し訳ないんですけど。助けに参りました」
なんとも間延びした気楽な調子の子供の声。
弾かれたように少女は振り返った。

肩まで届く美しい藍色の髪。同じく藍色の瞳。
柳眉に整った鼻筋に薄い唇。中世的な顔立ちの子供である。
おおよそ刺客らしくない風貌でもある。

「え?」
「ですから、百合姫ですよね? 俺は木の葉の里の上忍でテンと申します。今回の任務時における通り名ですがお許しください」
砂に方膝をつき恭しく頭(こうべ)を垂れる自称『テン』

「そして同じ木の葉の里のシイ。そしてシマです」
テンが合図をすれば二人の子供の影。
丸い黒眼鏡の少年と、やや目つきの悪い少年が二人姿を見せる。

「どーも。シマと申します」
やや気だるげに目つきの悪い少年が頭を軽く下げる。

「シイです」
丸い黒眼鏡の少年は深々と一礼した。

「わたくしの警護する方々をこんな風にしておきながら……。助けに来たと仰るのですか?」
怪訝そうな面持ちで少女・百合姫はテンを見つめた。
不思議と柔らかい雰囲気を持つ目の前の少年に百合姫の緊張も解けている。
「彼等は姫の兄君に雇われた裏切り者です。我々は家老安部様の依頼を受け参りました。まずはこの阿部様の書状をお確かめ下さい」
懐から書状を取り出し百合姫へ差し出すテン。
百合姫は躊躇うように口許に手を当てて思案したが、やがて決意した顔で書状を受け取った。







時は数刻遡る。
「まったく。試験猶予期間でも任務なんてね」
口調ほど呆れてもいないし、怒ってもいない様子の子供。
鮮やかな金色の髪を揺らし足早に森の中を駆け抜ける。
蒼い瞳に飛び込む陽の光。
目を細める。
「めんどくせーけど、仕方ねーだろ。シノ・ナルト。時間がねーから急ぐぞ」
長い髪を頭の高い位置で結わえた子供は、頭の中で作戦を練りつつ指示を出す。
「うむ」
シノ。
と呼ばれた三人の中で一番背の高い子供が短く答えた。
「通り名をいつも通りにつける。ナルトは『テン』俺が『シマ』シノが『シイ』下手にビンゴブックに名を連ねる訳にはいかねーからな。火影様の指示だ」
「りょーかい。シカマル、変化は?」
髪を結わいた子供へナルトと呼ばれた子供が質問した。
指示を出す少年・シカマルは黙って一度だけ瞬き。
ナルト・シノ二人の子供は静かに印を組み髪の色と目の色をそれぞれに変えた。
「目標は百合姫の保護&護衛。水の国の大名の姫で相続を巡り実の兄弟から命を狙われている。保護した地点から家老安部家へ送り届けるまでが任務だ」
暗記した任務内容をもう一度復唱してからシカマルも変化した。

彼等三人の子供を知る者達なら。
絶対に目を疑う光景であろう。
この三人の現在の地位は下忍でありそれぞれの上忍について日々奮闘。
中忍選抜試験中である現在はそれぞれにフリーではあるが。
一介の下忍が受ける任務の内容では無い。無論彼等が独断で行える任務でもない。

あくまでも表面上は『ドベ』であるナルトが。
実は上忍並みに強く、姿・生い立ちも封印しているというのは里の極秘事項の一つ。
知るのは一握り。
シノとシカマルもナルトの秘密を知る一握りに属する人間で、共に任務をこなすまでの仲間である。







六つの瞳が見守る中、百合姫は食い入るように書状を見つめる。
怪しい部分が無いか丁寧且真剣に。

百合姫は気がつかなかったが、その間にテン(ナルト)は男達の記憶を封印。

シイ(シノ)は蝶と蜂をそれぞれ空へ放ち偵察。

シマ(シカマル)に至っては興味深そうに姫を観察している。

「……事情はわかりましたわ」
すっと背筋を伸ばし百合姫はテン(ナルト)へ告げた。
芯のしっかりした少女らしく美しい黒い瞳から迷いが消えている。

 成る程。親が跡取りにしたがりそうな、しっかりした姫様だね。

立ち上がり砂を払う百合姫への第一感想。
テン(ナルト)は内心そう思いつつ立ち上がる。
ついでに百合姫の笠を拾い上げ、手渡した。

「ありがとう。さあ、参りましょうか」
笠を受け取り頭へ被りなおした百合姫。

何事も無かったように歩き出す。

少し歩けば砂地は消え、木々もまばらに生える雑木林のような小道に突き当たった。

「そんなに簡単に信用してもらって……まぁ、こっちは有難いですけど?」
幾分訝しげなシマ(シカマル)の問いかけ。
「ふふふ。ここで殺されるのなら、わたくしの運もそこまでということなのでしょう。ですが貴方達は真に忍です。目を見れば分かりますわ。
もしそれが外れていたとしても、わたくしに人を見る目がなかったというだけの話ですわ」
気品に満ちる百合姫の答え。
「失言でした」
すぐさま態度を改めるシマ(シカマル)。
少しやる気のない態度なのは目に余るとしても、立ち居振る舞いからして優秀な忍らしい。
百合姫は小さく息を吐き出す。
「……こちらです」
寡黙なシイが右端の道を指し示した。

まず先頭にテン(ナルト)次に百合姫とシマ(シカマル)殿(しんがり)を歩くシイ(シノ)忍装束を身につけた子供達と歩く着物姿の少女と言う組み合わせ。

目立つことこの上ない。

よってシイ(シノ)が人気の無い道を選択したのも道理と言うもの。

そしてそんな彼等を狙う輩も存在するのも道理である。

「まったく。金に物言わせて雇ってますって?」
欠伸交じりにシマ(シカマル)がぼやく。
「雑魚ほど群れでやってくるもんなんだよ、シマ」
テン(ナルト)は無邪気に笑った。
同意してシイ(シノ)も口角を持ち上げる。
百合姫が尋ねようと口を開くがすぐさまシマ(シカマル)へ抱かかえられ樹上へ。
百合姫が立っていた位置に突き刺さるクナイ。
「やれやれ」
懐から小太刀を取り出しテン(ナルト)は嘆息した。
黒塗りの柄を持つ太刀。
鈍色に光る灰色の刃。
テン(ナルト)の家に代々伝わる宝刀『禍風(まがつかぜ)』である。
口に禍風を咥え印を組む。刀身が振動したかと思うと幻術が発動した。
奇妙に静まり返る場。

「がぐあああああ」
やがて耐えかねた者が精神的苦痛によろめき木陰から姿を見せる。
「……行け」
シイ(シノ)が放つ蜂が的確に敵の気配を探り当て、トドメを指す。
続けざまにシイ(シノ)は印を組み息絶えた死体を燃やし尽くした。
流れ作業。手際が良い。
「まあ」
高い位置から忍の戦いを眺める百合姫。
全ての動きを目で追える訳ではないが、バタバタと倒れる敵に感嘆の声を漏らす。
「すぐに終わりますよ」
百合姫めがけて最後の一撃とばかりに放たれるクナイを片手で弾く。
シマ(シカマル)は至って呑気に百合姫に応じた。
「わたくしには良く分かりませんけど。皆さんは腕の立つ忍なのですね」
目を見張る百合姫の正直な感想。
シマ(シカマル)は微苦笑した。
「そう考えていただけるとは恐縮です」
賞賛に対しては謙虚に応じるのが忍の基本。
相手が地位のある人間であるなら尚更だ。
シマ(シカマル)は努めて控え目に言葉を返す。
「チームワークも抜群ですわ」
幻術を発動中のテン(ナルト)は無防備。
そこを狙う敵の攻撃をシイ(シノ)が守る。表裏一体。
互いに何も言わずとも次の行動が読める。

 姫様の隣で傍観できて、得役と考えるべきか。
 ナルトと共に戦えないこの状況を損だと考えるか。微妙だよな〜。ハァ。

心中複雑シマ(シカマル)少年。

数分もしないうちに敵の集団は全て沈黙。
シイ(シノ)が気配を探り追っ手の気配が途絶えたのを確認する。
目線で合図するシイ(シノ)に、テン(ナルト)とシマ(シカマル)がうなずく。

「さてさて。移動しますか。シマ! 早く」
テン(ナルト)が頭上にいるシマ(シカマル)と百合姫に手を振る。
「では姫君、一寸失礼します」
「はい」
百合姫を文字通り『お姫様抱っこ』して地上へ降りるシマ(シカマル)。
少年の姿ながら軽々百合姫を抱き抱えられるのは流石忍である。
百合姫は内心舌を巻いた。

「百合姫、本日中に阿部様の屋敷へ到達するのは無理です。野宿になってしまいます。ご覚悟を」
陽の高さが南を通り過ぎようとしている。
確かめてテン(ナルト)が百合姫へ進言した。
「承知しましたわ。貴方を信頼します」
少々焦げ臭いにおいがする小道。
子供達に促されるまま百合姫はその場を後にした。

                                            後編へ続く

目指せトリック(笑)所詮足りない脳みそで考えたのでオチはバレバレかな〜。任務話を書きたかったのですよ。三人の。ブラウザバックプリーズ