一緒



まず滅多にお目にかかれない程の火急・超重要任務。

三代目火影と濃紺色の蝶に急かされ馳せ参じた子供。
そんな子供を待っていたのは。

色とりどりの着物と帯。
それから咲き誇る花々に甘い菓子の香り。
穏やかな雰囲気漂う屋敷の空気であった。
「なにこれ」
棒読み口調で子供が問えば、三代目火影悪びれもせず一枚の着物を取り出す。
「うむ。こっちがよいか」
三代目火影。
子供の問いかけ聞いちゃいません。子供の白い肌と特徴的な金糸に蒼い瞳。
それらに合う着物を取り出しては当て、気に入らずにのける。を繰り返す。
「質問に答えてください。三代目火影」
子供はやや目が据わり、眉間に深々と皺が刻み込まれる。
「お主の任務に必要な着物じゃ。深く追求せんでよい」
帯と着物の色の組み合わせ。
帯紐や髪飾りの色合いも思案し出す火影。
どこか適当に子供の質問を受け流す。

しつつも。
子供が目にも留まらぬ速さで投げつけるクナイを笠で払いのけているのは流石と言うべきか。

 だから追求してんだろーが!!

怒り心頭の子供は胸のうちで突っ込む。

「では任務内容をお教えください」
苦虫を潰したかのような子供の顔。
やっと満足いく着物を探し当てた三代目火影は、ようやく子供の疑問に答えた。
「花見じゃ」
子供へ三代目自ら選んだ着物一式を手渡し、平然と告げる。
すぐさま飛んでくる術を封じ巻物を無理矢理子供の手の中へ押し込んで。

半ば。いや職権乱用ともとれる任務を子供へ押し付けたのである。


木の葉の里。
火影屋敷離れ。
中忍試験も僅かに迫る慌しい日。
火影屋敷縁側にて。
愛くるしい少女が大層不機嫌な顔で花を生けていた。

ピッ。

本来ならば鋏で切るはずの花の茎を小太刀で切り捨てる。
無造作に払われる腕の動きは無駄一つない。

遠巻きに眺める少年とご老体はヒソヒソと話し込む。
「あの〜。大変怖いんですけど」
長い髪を頭の高い位置で結わいた少年が鳥肌の立つ二の腕を擦る。
ご老体を挟んで両隣に少年二人。
黒丸眼鏡の少年は無言であるご老体を盗み見た。
「仕方あるまい。シノ・シカマルよ、お主等とてナルを見たいじゃろう?」
ご老体の目先には美しい古藍染の着物に黄色の帯。
基調は黄色だが絹の金糸で丁寧に牡丹があしらわれた美しい帯……姿の美少女。
小太刀を振るい花を生けている。
「そりゃ……。貴重は貴重ですけどね」
美少女の放つ殺気にビビリつつ目つきの悪い少年が答える。
「折角の晴れ着なのにあの顔だ。勿体無い」
訳知り顔で真面目にコメントするのは黒丸眼鏡の少年だ。
「ふむ。まぁ、否定は出来んがのう」
苦い顔つきでご老体は笑った。

里の者大多数は知らない。
目の前の美少女が表向きは別人として暮らしていることを。
美少女の名は『天鳴(あまなり) ナル』本名だ。
ちなみに別人の時の名は『うずまき ナルト』
そう。
意外性NO1『ドタバタ忍者』と評される子供。
九尾の狐の『器』とされた里の犠牲者にして嫌悪の対象となった子供。

「着物着せただけにしてはやけに怒ってますけど?」
狸爺の腹を探るように目つきの悪い少年・奈良 シカマルはご老体へ探りを入れる。
「今回はわしが無理に着せたからじゃろう。着物に対して怒っておるだけじゃ」
言いながら。
ご老体は、シノやシカマルが認知できない速さで投げられた手裏剣を体をずらして避ける。
手裏剣は三個投げられた。
全てを避けきってナルトの機嫌を気にするシカマルの疑問をやんわりはぐらかす爺様。
二人の少年をを挟んで繰り広げられる争いと、暖かな日差しに包まれた火影邸。

現時点で里一番のデンジャーゾーン。かもしれない。

「シカマル? シノ? 悪いんだけどお茶の用意をお願いしていい?」
菊の花片手にはんなり微笑む着物美少女。
「お、おう」
ぎこちなく返答をするシカマル。
「うむ」
重々しくうなずく黒丸眼鏡の少年・油女 シノ。

正座を解き立ち上がると母屋の方へ歩き出す。
美少女は顔に笑顔を貼り付けたまま、シカマルとシノが遠ざかるのを待った。

 ギギギギ。

効果音を立てそうなぎこちない首の動かし方。
美少女はご老体へ首だけ動かし、一般の人間が遭遇したなら確実に失神するほどの殺気を放つ。
「……今回だけじゃ。わしの楽しみを奪わんでくれ」
嘆息してご老体は本来の目的を美少女へ告げた。
「こんな非常時に?」
美少女は怪訝そうに目を細める。
「天鳴の秘密を知らぬ者に害が及ぶ恐れがある」
ゆっくり立ち上がり、ご老体は柱に突き刺さった手裏剣を抜く。
何処か苦々しい口調なのは美少女の聞き間違いではないだろう。
「老い先短い爺を哀れに思うなら。今日一日つきあってくれ」
ご老体は無造作に手裏剣を美少女へ投げて寄越す。
放物線を描く手裏剣を美少女は受け止め、懐へ仕舞う。
「大蛇丸?」
無表情のまま美少女は確信を持ってご老体へ尋ねた。
無言でご老体は首を縦に振る。
「今のあやつに太刀打ち出来る忍など。この木の葉にはおらんよ……」
すい、と美少女は目を伏せた。
上忍であり里で一・二を争う実力を持つ彼女ですら大蛇丸には歯が立たなかったのだ。
ご老体の発言は耳に痛い。
「このわしにしたところで恐らくな」
「……」
自嘲気味に呟くご老体に美少女は普段つく悪態すら。
不敵な態度をとることもせず、黙って生け花の続きを始める。

このジジイは目標であり。いずれ越えるべき相手であった
忍としての一生を選んだ時点で必要不可欠な目標であった。
忍としての価値を初めて認めたのはジジイ。
そして人並みの『幸せ』を味あわせようと奮闘したのもジジイ、只一人だけ。

三代目火影としての義務感からだったかもしれない。
『天鳴』という血継限界を持つ己だったから面倒を見たのかもしれない。
だけど。
ジジイの存在がなければこれほどまでに『貪欲』に強さを求めたりはしなかっただろう。
正直認めるのは悔しいが。
常に彼の手のひらで踊らされていたような気もする。

「のう、ナルよ。人生はただ一度きりじゃ。無理な道を選ぶことはない。好きに生き、好きに死んでも構わん。ただし……」
美少女は美しく色づいた梅花がついた枝を整える。
手が休まる気配は無い。
「大切な人を守る事だけは。どんな道を生きるとも忘れてはならん。ナルにも早く見つけて欲しいもんじゃ。大切な何かを」
大分後退した薄い後ろ髪を撫でつけご老体は穏やかに笑う。
「里が成した仕打ちを忘れて、平和に現を抜かせというのか? この俺に?」
美少女は花の形を整え、生け花を終える。
そのまま完成した生け花から顔を動かさずに声だけを発した。
「早熟なお主に全てを伝えたわしも愚かであった。聡いお前は二歩も三歩も先を読む。その賢さ故に苦しむ」
「知った口を抜かすな」
ご老体の言葉を途中で遮り美少女は怒鳴った。
「爺の戯言だと思ってくれ。今はまだ分からんでも良い」
衣擦れの音に美少女がご老体の座る方を向く。
ご老体は深々と頭を下げ額を畳みに擦り付けるようにして土下座していた。
「分からんでも良い。心に留めておいて欲しいのじゃ」
くぐもった声でご老体が再度告げる。
美少女は険しい顔つきで土下座するご老体を眺めた。

沈黙。

「分かりたくもない」
立ち上がって美少女は吐き捨てるように言った。
「戻ったぞー」
タイミング良く(実は障子の向こうで入るに入れなかったのだが)シカマルが障子を開け放つ。
障子の向こうには古風な和風庭園がある。
庭園には季節外れともとれる様々な花が咲き誇っていた。
「幻術ではない。三代目の計らいだ」
目を輝かせる美少女の考えを読んだシノが解説する。
「春にはまだ早いが。春の舞いを頼む」
桃色も鮮やかな扇を美少女へ手渡しご老体はリクエスト。
美少女がムッとしたように頬を膨らませるが、シノに耳元でなにやら囁かれ納得したようにうなずく。
「三代目火影に天鳴の舞を披露いたします」
美少女は草履を履き花の咲き誇る庭に出た。

流れる動作で扇を開き小首をかしげ片足を軽く折り曲げ舞いの型を取る。
一つ深呼吸。
一旦目を閉じ再度見開けばそこは美少女の独壇場。
春爛漫。
芽吹く木々の躍動に雪解け水が命を運ぶような水の流れ。
春の訪れと共に色鮮やかに衣替えする自然を表現した、美少女の舞が始まった。

「……すげえ」
もはやコメント不可であろう。シカマルは目に飛び込む美少女の舞に魅了される。
大きく口を開いたまま半ば魂を抜かれたかのようにぼんやり呟く。
「ふむ」
花びらが美少女の髪に留まったのを見たご老体が目を細める。
満足そうに何度もうなずき顎鬚を撫でた。
背筋を伸ばした美少女は僅かな隙も作らぬ見事な立ち居振る舞いの舞を踊る。
「……のう。お主等。ナルは『いらぬ』と言うじゃろうが。この爺の我が侭を聞いてはくれんか?」
美少女に見とれる少年二人へ、ご老体は小声で言った。
美少女の舞を邪魔しない程度の音量で。
「「?」」
シノ・シカマル両名が同時にご老体の顔を見る。
まるで狙ったかのようなユニゾンに、ご老体は笑いをかみ殺した。
「大切な人を守ることだけは忘れないで欲しい。わしは火影じゃ。火影としてこの里を守り導き長い年月を過ごした。
わしにとっての『大切な人』は木の葉丸とこの里全ての者達じゃ……あやつがそうであったように。じゃが」
美少女の動きに合わせて揺れる着物の袖。
眺めご老体は言葉を続ける。
「一人にばかり辛苦を舐めさせてしまった。生贄のようにしてしまったんじゃ。今更この爺を許してくれとは思わん。
お主等は若い。爺の代わりに見届けてはくれんか? ナルが歩む道筋を。そして守ってやってくれ。ナルが暗い道を選ばぬように」

美少女の無意識下に於ける自虐性は嫌と言うほど目にしている。
きっと望まなくとも彼女は修羅の道を茨の道を選び取るのだろう。
彼女が一人きりになったのなら。ご老体の真意を理解しシノは無言で一礼。

「面倒ですけど、一応頑張らせてもらいます」
シカマルも目を細めて小さく答えた。
美少女の舞いは正に終わろうかと言うタイミング。

ご老体は何も言わず手元のパイプを口へ咥えた。

フカフカ煙をふかし一言。

「さて。記念写真の時間じゃな」
パンパン。手を鳴らしご老体が合図すれば待ち構えていた写真屋が機材を持って庭へ登場。
舞が終わって軽い興奮に頬を染める美少女が諦め顔でため息をついた。

 どんなに文句を言おうとも。このジジイは記念写真を必ず撮るのだ。
 ジジイに押し付けられた記念写真は美少女の家の押入の奥。
 捨てることも出来ずに仕舞われている。

「狸爺……」
美少女が小さく舌を出して悪態つけば、何故か顔を赤くする二人の少年。
俯いてしまった少年二人に首をかしげる。
そんな三人の子供を微笑ましく見つめるご老体。

 どこまでも和やかな。そんな任務であった。






余談。
「ところでよー、シノ。どうやってナルトを説得したんだよ? 舞を躍らせるのに」
シカマルは不思議そうに尋ねた。
「注連縄が乱入できないと教えた。三代目が結界を張っているから安全だと」
「……おっさんに見せたくなかったのか?」
「おそらく」
そんな会話を繰り広げる先には、出来上がった記念写真を眺めるスケスケ青年の姿。
『あああああああ〜!!! 生着物ナルちゃんが見たかった!!』
滝のような涙を流す青年に、シノ・シカマルは乾いた笑みを浮かべる。
『ナルちゃんと一緒ならどこまでも着いていくのにぃいぃぃぃ〜』
本当の少女を知ったなら。
いや彼女を知っているなら。誰もが思う。
共に歩みたい。

一緒に居たいと。


 今回の勝者・三代目火影?


お後が宜しいようで。



もっと早く書きたかった爺様と一緒ネタvそして本編ならアンコさんに言っていた台詞ですが。ナルトに言って欲しかったよ〜!! という訳ですっごい自己満足♪ ブラウザバックプリーズ