音の先



『ナルちゃ〜んvv』
今にも溶け出しそうな甘々の声音。
金髪碧眼・一見美青年風スケスケ青年は胸元で両手を組み幸せそうに微笑む。
青年に声を掛けられた子供は無言で温泉街を歩く。
『ナ〜ル〜ちゃ〜んvvv』
矢張り無視。
子供は金色の頭を左右に揺らし、口を真一文字に引き結んで歩く。
「おっさん諦めろよ、いい加減」
呆れた顔の子供が見かねて青年に突っ込んだ。
金色頭の子供の斜め後ろを歩く、黒髪黒目。
長い髪を頭の高い位置で結わいている。
やや目つきの悪い少年だ。
『シカマル君! お兄さんはね、お兄さんはね』
青年は握り拳片手に力説を始める。が。
「しぃー」
金色頭の子供に窘められ、青年は慌てて口を噤んだ。





木の葉の里。温泉街。
中忍選抜試験・第三試験本戦まで一週間と四日。

珍しい組み合わせが真昼の温泉街を歩いていた。

「ったくめんどくせーな。一々俺等が確かめなきゃならねーのか?」
心底面倒臭そうに愚痴を零すは奈良 シカマル。
「仕方あるまい」
黒丸眼鏡・口許まで隠れる襟の高い上着のノッポ。
油女 シノ。
肩にとまった濃紺色の蝶がシノの言葉に応じて羽を動かした。
「忍の位が上がったから何が変わる訳じゃない。余計里に縛られるだけだよ」
おおよそ普段の無邪気な彼の様子とは間逆の雰囲気を放つうずまき ナルト。
『ドベ』と名高い子供を知る人間なら。誰しもが腰を抜かさんばかりに驚くであろう。

細められた蒼い瞳は冷静そのもの。
達観した諦めと全てを捨て去るかのような淡々とした口調。
何より太陽のように笑う何時ものナルトとは違う。底冷えする酷薄な微笑み。

『試験前の任務は大変だろうけど、ガンバ!』
三人の子供の背後で無責任に応援するスケスケ青年・注連縄。
理由(わけ)あってナルトに付き纏うストーカー背後霊だ。

シカマル・シノ・ナルト。この三人は同じアカデミーで学んだ同級生であり、新人下忍としてそれぞれの担当について学ぶ同期でもある。

あるが接点はない。

アカデミーの頃中が良かった訳でもない。(あくまで第三者から見た視点でだが)

新人下忍となって互いに切磋琢磨……。(するほど面識はない筈)

「音の動きは相変わらず怪しい。それに……月光特別上忍が殺害された」
剣呑な瞳の輝きそのままに、ナルトが小さく二人へ告げた。
シカマルは声を失い、シノは無言で眼鏡の位置を直す。
「マジかよ!? 第三試験の予選の時に審判やってたあの?」
シカマルは掠れた声で応じた。
「月光ハヤテ。バランスが良い能力と忍術・幻術の能力に長ける」
つらつらデータを口にするのはシノ。

会話から推察するにこの子供達。
只者ではない。
一介の下忍如きが交わす会話ではないことは勿論。
内容そのものも里の極秘事項に分類されるモノだからだ。

「ジジイからの任務がこれ。各自目を通してから処分しろ」
ナルトは取り出した巻物をシノへ渡し簡潔に告げた。
「音の動向……というよりはスパイである薬師 カブトの行方を探索……って?」
大抵の大事にも動じない(リアクションを取るのが面倒なだけ)シカマルが再度固まった。
中忍試験第一試験を思い出し、小さく唸る。
「そうか」
逆に表に感情が出ないのはシノで、驚きつつも普段と何等変わりのない顔で応じた。
「アイツはカカシ先生並み。カブトは第三試験予備選で倒れたサスケを襲った。当然のようにカカシ先生が阻止したけど。あのカカシ先生が取り逃がした」
ナルトは淡々と事実だけを喋る。
「そりゃすげー。カカシの裏をかくなんて相当だな、カブトって奴。油断ならないってコトだろ?」
シカマルはこめかみを指先で揉み解し、危機感少なに感想を述べた。
「任務は行方の探索だ。深追いはせん」
シカマル同様。
シノが平然と言い切って開いた巻物を燃やす。
「中忍試験そのものは中止しないしね。大蛇丸の出方も気になるけど。砂と密通しなにやら企んでいるらしいから。色々警戒が必要ってコトなんじゃない?」
ナルトに至っては他人事。
シカマル・シノと同じく緊張感の欠片もなく天気の話を交わす気安さで会話を締めくくる。

三人の子供達の傍を通り過ぎる人々は、子供達の放つ無邪気な雰囲気とその中の会話のちぐはぐさには気がつかずに通り去る。
子供達とて危い内容の会話を誰にも聞かれないよう細心の注意を払っているので当然なのだが。
「温泉街に潜伏ってのは本当か?」
今回の任務の参謀・シカマルはシノへ尋ねた。
「うむ」
諜報活動では右に出る者はいない。
シノの指先にとまる寄壊蟲がギチギチ音を立てた。
「ふーん。十九の割には年寄り臭い趣味だね」
的外れのナルトの呟きに、
「「……」」
残りの子供は無言で顔を見合わせる。

 いや。そういう意味で潜伏してるわけじゃないだろう。

とは思うものの、思うだけ。
ナルトの呟きを軽く聞き流しシカマルは咳払いをした。
「さくさく任務こなして早めに帰ろーぜ。めんどくせーし」
「シカマルに賛成!」
「そうだな」
ナルト→シノの順にシカマルへ返事。
軽い打ち合わせの後三人の子供は温泉街へそれぞれに散った。







そして冒頭。

金色頭の子供・ナルトが真剣に見つめる目線の先では。
『あららら〜。戦闘になっちゃってるねぇ』
シノとカブトが互いに殺気混じりに対峙していた。

温泉街外れにある散歩道。
更にその散歩道を外れた小道の奥。
岩場が目立つ切り立った崖から流れる滝。
俗に言う穴場である。

「意外な伏兵ですね。まさかこんな風に追い回されるとは」
柔和な微笑を湛えたカブトは人懐こく笑う。
その実手には医療用の針が握られ、構える姿も隙がない。
「こちらも意外だ。小物は黙って見過ごせばいいものを。わざわざ姿を見せるとは」
シノの腕に深々と突き刺さる針。
無造作に引き抜いてシノは地面へ投げ捨てた。
「小物? 僕から見て君は小物には見えませんね。……うちはの末裔のように伸び盛りでありながら誰よりも目立たずに。それでいて実力を持つ。興味深いですよ」
フッ。カブトは瞳を細めた。
「毒が仕込んであるようだが俺には効かん。時間を稼いでも無駄だ」
カブトの揶揄するような挑発には乗らずに、シノは事実だけを指摘する。
「それは残念」
口調の割にはひどく楽しそうにカブトは言った。

滝の流れる音。川のせせらぎ。
風に揺れる木立のざわめき。
全ての時が止まったかのように静まり返る。

『シノ君助けなくていいの?』
青年・注連縄がやや気遣わしげにシノを眺めた。

シノ一人でも互角以上に戦える相手だが、それは相手に己の実力を漏らすという致命的な行為でもある。
大蛇丸と戦う前より、手の内を大蛇丸の配下に気取られる。
これだけは避けたいのだ。
任務内容がカブトの生存を確かめることである以上、深追いは出来ない。
大蛇丸の思惑を図る上でもカブトは泳がさなければならない存在だからだ。

「注連縄五月蝿いよ。シカマル?」
ナルトは首を横に振った。
「わーってる。俺はあっちから。ナルトとおっさんはこっちから」
自分を指差し方角を示してシカマルが姿を消す。

ガキッ。

カブトの投げた針をシノがクナイで弾き返す。
ただ弾き返すだけではなく、器用にカブトの頬をかすめ後方へ飛ばした。
岩に当った針がカランと音を立てた。
「中忍試験は中止にはならない。その間大人しくしていてもらおう」
多少任務からズレてしまったがシノは警告する。

 気配を消してカブトの後を追いこの小道まで来たは良いが。
 いきなりカブトに攻撃され、仕方無しに姿を見せた。
 変化してもよかったのだろうがナルトの事を考え止めた。

 ナルトの傍には自分という味方がいる。下手に手を出すな。

カブト個人へ向けた警告の意味合いも含んでいる。

 聡いカブトの事だ。拙い己の忠告など簡単に見抜いているだろう。

「フフ……。君は本当に腕が立つ。なぜ下忍をしているのか? きっと理由(わけ)があるんだろうね」
カブトは見透かすように言い、静かにシノを挑発する。
シノは無言のまま。
カブトの好戦的な態度に煽られ、体の中の血が逆流するかのように熱い。
戦いを求めてざわめく蟲を抑えシノは機会を待った。
「態度も硬いけど、君は口も堅いのか」
仕方ないね。カブトはつまらなそうに言葉にして、印を組む。
練りあがるカブトのチャクラ。
明らかな挑発。
シノは動かない。
「もう一つ死体が増えたからといって。中忍試験は中止にはならない、よね?」
試験時。初対面のカブトを見た人間なら誰もが驚くだろう。
カブトの感情の無い薄く笑う様を見れば。
温和からは程遠い忍の笑み。
「それじゃぁ」
カブトには目の前の子供を葬るつもりはない。
ただ己の気まぐれと里への牽制を込め少々痛い目を見てもらうだけだ。
事を荒立てては音の立場も危うくなる。

手早く印を組み替えカブトは術を発動させ……ようとした。

「!?」
まんじりとも動かない体。
カブトは一瞬驚いた顔をした。が、新たな乱入者の姿を認めると諦め交じりの笑顔となる。
「やあ、ナルト君。奇遇だね」
この期に及んでも白々しいことこの上ないが、カブトは言ってのけた。
「どうも。奇遇だね」
いつもの特徴ある喋り口をしないナルトは唇の端だけを持ち上げる。

カブトの死角部分から影真似の術を発動し、カブトの動きを封じているシカマル。
特別上忍となったシカマルだが、影真似の術はチャクラの消費が激しい。
ましてや対象者と同じ動きをしてしまう為、ナルトがカブトを攻撃することは出来ない。
「お互いに無駄な腹の探り合いは無しだ。俺達も任務でアンタと接触してるだけなんでね。悪いけどさっさと消えてくれない?」
子供だましに等しいがナルトはカブトを静かに威嚇した。
「嫌だ、と言ったら?」
カブトは相手の神経を逆撫ですると理解しながら逆に尋ねる。
余裕綽々だ。
ナルトもカブトが大人しく引き下がる人物ではないと判断していたので妙に納得した顔でカブトを見るだけ。
「大蛇丸様の命令もある。ナルト君は天鳴(あまなり)の関係者らしいからね。僕自身の興味も勿論あるんだけど」
重ねてカブトが言葉を発す。
一種異様な緊迫感とのんびりした空気が交じり合う小さな広場。
小鳥がチチチチと鳴きながら枝から飛び立っていった。

暫しの沈黙の後。

「……忠告はしたからね」
ナルトは酷く気の毒そうに口火を切る。
カブトが疑念を抱く前に現れる?
『ふふふふふ〜♪』
未だかつて経験したことも無いような身の毛もよだつ悪寒。
大蛇丸でさえこんな風に邪悪ではないと。
カブトが確信するくらいの底なし悪意。
「!?」
今度こそ声にならない悲鳴を上げ、カブトは地に伏した。







「うっわ〜……白目剥いて倒れてる」
地中から這い出たシカマルがカブトの惨状に驚きのコメントを発した。
「注連縄の幻術は凶悪だからね。トラウマにならなきゃいいけど」
口から泡を吹き気絶するカブト。
重ねて記憶封じの禁術をかけてナルトが冷静に評する。
『暗示もかけたから無意識にトラウマになるよv』
得意げな注連縄。
「音の忍でありスパイでもある薬師 カブト。注連縄の幻術により撃沈。記憶を封印した後(のち)その場に放置」
シノは特殊な印を組み報告書へ文字を焼き付ける。


「……玩具代わりに遊びおって」
報告書を読み、且、一部始終を水晶で目撃していた木の葉最高権力者。
孫にも等しい養い子が見せた『チームワーク』を喜ぶべきか悲しむべきか。
ちょっぴりアンニュイなのであった。

三代目の最後のコメントが書きたくて捏造(笑)カブトさん嫌いじゃないんですけど。扱い酷いですかね・汗。ブラウザバックプリーズ