そんな日は

中忍選抜試験第3の試験本戦まで二週間となったある日。

少女は風邪を引いて床に伏していた。

いつもは透き通るような白い肌も今ばかりは真っ赤に染まり。
浅く呼吸を繰り返す唇はカサカサ。
発熱のお陰で潤んだ瞳は深蒼。

「薬だ」
有無を言わさぬ少年の声。
丸い黒眼鏡と口許を覆う高い襟のお陰で表情は窺えない。
ただただ眉を不機嫌そうに吊り上げていた。
少女を布団から抱き起こし、目の前に薬湯の入った湯飲みを突きつける。
「苦いからいらない。どうせすぐ治るし」
少女は一蹴。
少年が無理矢理少女の手に湯飲みを握らせるが、少女は頑として薬湯を拒む。
少年と少女の間に見えない火花が散った。
『親分と毎日戦っていたら風邪も引くよ』
心配そうに少年と少女の静かな戦いを見守るスケスケ青年。
金髪碧眼一見好青年風。
「同感。いくらナルトでも風邪引くだろ。毎日あんな無茶苦茶な戦い方してたら」
スケスケ青年の隣。同じく二人の戦いを傍観するもう一人の少年。
長い髪を頭の高い位置で結っていて、両耳のピアスも特徴的な。
やや目つきが悪い少年である。
「飲め」
真顔で少女へ迫る眼鏡の少年。
「いーや!」
プイと顔を背けて頑なに拒む少女。
フルフル頭を振れば目にも眩い金糸が揺れる。

木の葉の里。
天鳴(あまなり)の表札が下がる一軒家の寝室では、静かに殺気立つ二人の子供のチャクラが満ちていた。

表面上はドベであり続けるナルト。
その実は優秀な上忍で女の子である。

第二試験で三忍の一人大蛇丸に遭遇したナルトは己の力量不足を危惧していた。
そんなナルトへ道を示したのは同じく三忍の自来也。
彼の教えた新たな忍術『口寄せ』

口寄せで召喚したのは巨大蝦蟇『ガマブン太』通称『オヤビン』。
オヤビンと戦うナルトであったがオヤビンが放つ水遁の術の浴びすぎ(要は水浴びをしすぎた)おかげで見事に身体を冷やして風邪を引いた。
次第である。

「おい、ナルト。シノだって心配してるだけじゃねーか。めんどくせーけど、飲んでやれよ」
見かねて仲裁に入る目つきの悪い少年。

とたんにナルトと呼ばれた少女は目元を赤く染めたまま、底冷えもする殺気を少年へ放つ。
背中を駆け抜ける悪寒だとか、無意識に飲んでしまう唾だとか。
ナルトの殺気に当てられて、少年は言葉を発することも出来ない金縛り状態へ追いやられた。

『苦いから嫌なんでしょう? ナルちゃん』
確信に満ちたスケスケ青年の言葉。
意外にも首を振るのは眼鏡の少年。
シノと呼ばれた少年である。

「いや。三代目の屋敷で暮らしていた頃。薬湯だと言われて毒薬を飲まされた事件があった。解毒が早かったため別状はなかったが、それがきっかけで未だに薬嫌いだ」
淡々とシノは事実のみを語る。

シン……。

一種異様な沈黙に支配される部屋。
物が少ない寝室に唯一置かれた置時計が刻む秒針がカチカチ刻む音までが聞こえた。
「!!」
絶句。
少女はガチガチに固まり、大きな瞳を零れ落ちそうなくらいに見開く。
「シノ!やって良い事と悪いことがあるんだぞ」
『シカマル君の言うとおりだよ! シノ君』
シノはナルトの手中にある湯飲みの薬湯を数口含んで咽下した。
突然のシノの行動に完全に固まるナルトに、怒声を上げるピアスの少年シカマルと、スケスケ青年。

「毒見はした。飲め」
シノにしては珍しい命令口調。
いたって真剣なシノの気迫に負けてナルトは不承不承薬湯を口に含む。
『間接キス……』
青ざめるスケスケ青年をナルトが睨む。
『だいたいシノ君ってムッツリだよね。絶対にそう!』
ナルトが機嫌を降下させるとも知らず、青年・注連縄は更に言い放った。
「五月蝿いよ。注連縄」
言いながらナルトは布団の脇に置いてある二振りの小太刀。
金の絹糸で柄の部分が巻かれている方を素早く手に取った。

浄化の気を放つ宝刀『照日(てるひ)』である。

「おっさん騒ぎすぎ。しかもアンタだけだよ、そんなふうに邪思想なのは」
シノを呪い殺さんばかりの表情で睨みつける注連縄に、呆れた顔でシカマルも言う。
『酷いよ〜! ナルちゃんもシカマル君も。お兄さんはナルちゃんの守護霊としてナルちゃんを守るべく……』
大層傷ついた様子の注連縄は部屋の隅で『の』の字を書き始める。
良い歳した男にああも拗ねられると却って子供達は醒めてしまうもの。

「守護霊? ストーカー背後霊の間違いでしょ」
「うむ」
「ナルトに賛成だな」
ナルト→シノ→シカマル。
遠慮も容赦もない意見の一致を見た。

「後は頼んだ」
時計の針を確認したシノがすっくと立ち上がる。
「ああ。シノが帰って来るまではきちんと見てるよ。おっさんにも邪魔させねーから」
シカマルは顎先で拗ねている注連縄を指し示した。
黙ってうなずいたシノは片手をナルトへ上げてそれから音もなく寝室を後にする。
(気をつけてね)
ナルトの唇が声を立てずにシノへ言葉を伝える。

小さくシノは笑った。





彼女がココに居ないだけで。こうも鬱々とした気持ちになる。

シノは苦虫を潰した心地で目の前の『仲間』を見た。
現在のシノは変化の術を使い青年の姿をとっている。
シノと悟られないことと、今回の『仲間』がネックになっているためだ。

顎鬚と咥えたタバコがトレードマークの上忍アスマ。
そして事もあろうに己の現在の担当上忍紅。

更には……。

「いや〜。まいったねぇ、俺修行中なのに」
えへへへへ。まったく困っていない風に笑う半眼の男。
シノが大切に想う子供の担当上忍カカシである。
「見回り如きに上忍駆り出すなんて。ねぇ? アスマ、紅?」
顔見知りの二人へ同意を求めるカカシに、アスマと紅は顔を見合わせた。
「トラブルがあったのは知っているでしょう? 仕方ないわよ」
紅はやる気のないカカシに呆れた声で答える。
アスマも紅の横でうなずいていた。

無論、シノも担当の意見に賛成だ。心の中だけで。
下手に会話に加わって尾尻を捕まれてはいけないと、先ほどから無言を通している。

「見回りルートを見回ったらOKらしいから。とっとと終わらせようぜ」
アスマはカカシへ任務の巻物を投げタバコを揉み消した。
「……見慣れない顔だね?」
巻物を一瞥した後、カカシが始めてシノを見た。
探るようでそれでいて、少し殺気が混じったその眼差しをシノは平然と受け止める。
「その子は中忍。今回のトラブルの件で動いている一人よ。今回は見回りに加わる事になったの。火影様の命でね」
カカシの肩を掴み数歩後ろへ下がらせて紅は嘆息した。
「だいたい火影様の招集に行かなかったカカシが悪い」
カカシの手から巻物を取り上げ、アスマも呆れた調子で手痛く突っ込んだ。
「火影屋敷の前で青春の台風に巻き込まれてね……」
微妙にカカシの顔が引きつっているのは目の錯覚ではないだろう。

 ガイに絡まれたんだな。

瞬時にカカシの言葉を理解して。
シノを含めた三人は哀れみの視線をカカシへ送る。
「うちはは? 一人にして大丈夫なの?」
新米とはいえ上忍。強い責任感を発して紅がカカシに問うた。
「ま、大丈夫でしょう。俺の忍犬達とロードワーク中」

「「「任務はいいから帰れ」」」

恐ろしいほど無責任なカカシの言葉に、残りの三人の声がハモったのは言わずもがなである。
鬼気迫る紅の表情と、我関せずのアスマ。
流石に呆れてフォローも出来ないシノ。
どちらかと言えば紅の怒りに気圧されてカカシは強制的に任務から外された。(紅が無理矢理外した)

「まったく。気楽なのも良いけれど、少しは状況も考えて欲しいものだわ」
怒り覚めやらぬ様子の紅。
カカシの気配がやっと消えて、清々したらしい。
「紅の班は油女だけだろう? 本戦に出るのは。俺の班もシカマルだけだしな。カカシの班はうちはとうずまきだ。二人分面倒見るのは大変なんだろうさ」
同僚カカシを慮っての言葉だが、アスマが言うと単なる気休めにしか聞こえない。
「それが……ね。カカシはうちはとだけ修行してるみたいよ。うずまきは別の忍にお願いしたみたい。カカシが言うには『タイプが似すぎていると戦法が偏るから駄目』なんですって。うちはをカカシ風にして、うずまきは逆のタイプに育てるみたい」
紅の表情が翳った。
基本的に姐御肌で面倒見の良い担当上忍は、うちはの運命とうずまきの境遇を多少は案じているのだろう。
手に取るように分かる紅の思考に、シノは内心苦笑を漏らす。
「大胆だな。カカシの奴」

 そう。色々な意味ではたけ上忍は『大胆かつ抜け目がない』。

アスマの言葉に矢張り内心だけで同意してシノは小さくため息をついた。

おそらくナルトが『ドベ』ではない事を知っているカカシ。
ナルトへの直接的な関与はないにせよ、彼は見えない部分でナルトをフォローしている。
それは注連縄も認めている。
監視役を買って出たのもナルトの為だろうし、今ナルトを修行してやらずに。
サスケを引き受けることによって、サスケの注意をナルトから逸らすのも計算のうちで。

 カカシがどのような意図を持ってナルトを担当するのか謎だ。
 しかし。
 自身にとっては油断のならない相手となるだろう。

変化をして顔見知り(担当上忍)達と任務をするのは不便極まりない。
が、ナルトの客観的立場を把握するには一番効率的なのだ。
シノの地道かつマメな諜報活動は今日も任務の名を借りて進められるのである。





身体の芯に燻る熱。
ナルトは喉がカラカラに渇いたので、気だるい身体に鞭打って上半身を起こした。
『どうしたの? ナルちゃん』
ナルトの起き上がる気配を察知して注連縄が姿を見せる。
シカマルはナルトの布団の傍で爆睡中。
注連縄の妨害を阻止すべくチャクラを多量に消費して撃沈していた。
「水……と毛布」
『ナルちゃんハスキーボイスvvv そういう声も可愛いね』
照れ照れする注連縄に無言で宝刀を投げつける。
ナルトの攻撃に注連縄は顔を顰めた。
『はいはい。お兄さんが用意します』
ススー。実体がない注連縄は襖を素通りし、チャクラを使って毛布を運ぶ。
同じように台所にまで行って水を汲んで戻ってきた。
「ケホ……」
ナルトは少し咳き込みシカマルへ毛布をかける。

 自分が風邪をうつしてしまうかもしれない。
 いや、うつしてしまったかもしれない。
 ごめんなさいとありがとうを込めた毛布。

疲れきったシカマルは毛布を掛けられても起きる気配は無かった。
『お水……っていうか、シノ君が残していった白湯だよ』
お兄さんが毒見する? 無邪気に尋ねてくる注連縄を無視してナルトは白湯を飲んだ。
喉を通り過ぎる水分。腫れあがった喉を優しく潤す水にシノの姿が重なる。

 病気の時って少し気弱になる。
 俺にも人並みの感情があったんだな。

ナルトは自嘲気味に再確認したりして。
手の中のマグカップ、白湯に映る己の赤い顔を見つめる。
『そんな日は。ゆっくり休むといいよ。シノ君が帰ってきたら起こしてあげるから』
(明日は雨か大雪か。天変地異の前触れみたいだね、注連縄が神妙にしてるのって)
ナルトを労わる注連縄に意地悪く唇だけ動かして答える。
『天変地異になったら、ごめんね?』
いじける事も拗ねることもせず、注連縄は静かに姿を消した。
ナルトはお盆にマグカップを載せ、再び布団へもぐりこむ。


 風邪を引いたそんな日には。
 注連縄が静かなのも丁度良い。
 こんな風にシカマルが眠りこけているのも。
 シノが躊躇いながら任務で出かけるのも。

 くすぐったい。

 そう想ったのは誰にも内緒にしておこう。

瞼を閉じてナルトは密やかに笑った。


ナルトが風邪を引いたそんな日は。


様々な方が風邪ネタを書かれていらっしゃって、私も書きたーい!! と思って突発的に。なんか私が書くと淡々としてる気が……。甘くも辛くもないー(驚愕)精進します(涙)ブラウザパックプリーズ