深淵

小山ほどもあろうか。
巨大蝦蟇は加えたキセルをプカリとふかした。

対するは少女が一人。
肩まで届く見事な金糸をたなびかせ、美しき双蒼玉を細め蝦蟇を睨む。
辺りを包む緊張感。

「ワリャ、ガキァあ。今日こそはケリつけてやるけんのォ」
ドスの利いた蝦蟇の声に大気が震える。
「こっちの台詞だよ、オヤビン」
少女は唇の端を持ち上げた。
動くは蝦蟇。
空高く飛翔し巨大な口から吐き出す巨大水鉄砲。
真っ直ぐ少女だけを狙って放たれた。
少女は素早く印を組む。チャクラを練り込み火遁の術を発動。
巨大な火柱立ち上り水鉄砲を蒸発させる。

シュー。

周囲一体に水蒸気が満ち視界が悪くなった。

少女は正に忍らしい闘い方をしていた。
少年の記憶が正しければ、彼女は隠密行動を取り無音殺人を行使する。

闇に潜み気配を消し派手さを嫌い。
依頼人の手足となって任務を遂行する。
彼女を抱える里としてはありがたい存在であったに違いない。
私情を挟まぬ忍。決められた任務に疑念を抱かぬ忍。

 まぁ、半分はナルト自身が意図してそう振舞ってんだろうな。

少年が想像するのは容易い。
耳につけたピアスを弄り、少年は水蒸気がはれるのをただただ待った。
頭の高い位置で結わいた髪が水蒸気のお陰で少し湿っている。
「のう、シカマル。今日も駄目そうか?」
少年の隣。
岩の上に座る小さな蝦蟇がプクプク頬を膨らませた。
「さぁな。って……なんでオメーまでいるんだ? ガマ吉」
自然と相槌を打って傍らを振り返った少年・シカマル。
ギョッとして岩の上の蝦蟇を見た。蝦蟇はクルクル眼(まなこ)を動かし何処吹く風。
「オヤジに付いてきたんじゃ」
さも当たり前のように平然と答えた。
「暇な奴」
嫌味を込めて小さく呟くシカマルに、「シカマルほどじゃない」と小蝦蟇・ガマ吉。
見えない火花が散りそうになるが、クリアーになる視界に一人と一匹は固まる。

蝦蟇は巨大なドスを少女へ振り下ろし、少女は二振りの小太刀のみでドスを受け止めている。
ギチギチ刀が音を出し蝦蟇と少女は一歩も譲らない。
「オヤジのドスを受け止めてる……」
大口を開けて固まるガマ吉。
「おいおい。マジかよ」
シカマルも瞠目。

歯を食いしばる少女は小太刀を交差させ巨大なドスを止めている。
地面にめり込む少女の足。

「意地はらんと、さっさと降参せんか」
プカリ。キセルからのびる煙。
蝦蟇は意地悪く少女へ言った。
「いやだ」
舌を噛まない様に注意して少女はきっぱり拒絶する。
腕と小太刀へ注いだチャクラが蝦蟇のドスを受け止める。
実力のある彼女だからこそ出来える技でもあった。

「これが俺なりの戦い方」

キイィィィン。
小太刀が共鳴し奇妙な金属音を奏で出す。

額に汗を滲ませ少女は哂った。膨れ上がる少女のチャクラと共鳴する小太刀。
片方は白く輝きもう一方は鈍灰色に輝く。
心臓の鼓動を刻むように点滅を繰り返す小太刀は、操る少女の意志に呼応してその力を解放した。
「うわっ」
目を網膜さえ焼き尽くす光。
シカマルは腕で目に影を作り、ガマ吉を懐へ避難させた。
金属疲労のかすかな音を聞きつけた瞬間にシカマルは飛翔する。

 ドスンッ。

地響き渡りドスの一部が地中に深々と突き刺さる。
まるで巨大オブジェのように大地へ出現したドス(一部分)。

 洒落になってねー。

木の上に慌てて避難したシカマル。
巨大なドスの残骸に肝を冷やす。
「ガハハハハハハガハハハハハハハ」
折れた己のドスを見てオヤビンは満足げに豪快に笑い出した。
「お前にしちゃーようやった」
「オヤビンもね」
オヤビンが言えば負けじとナルトも言い返す。
戦いの余韻も抜け切らないナルトの頬は微かに紅潮。
桃色の唇をペロリと舐めナルトは小太刀を懐へ仕舞う。
「帰るぞ、ガマ吉」
「? オヤジ?」
オヤビンはドスの柄部分を舌に巻き、息子を手招き。
戸惑うガマ吉だが父親の手招きに従う。
「またね」
ナルトがオヤビンとガマ吉へ手を振る。
「またな」
答えたのはガマ吉のみ。
オヤビンの頭の上でピョンピョン跳ねた。

瞬く間に消える巨大蝦蟇と小蝦蟇。平穏もどる広場に残る巨大ドス残骸。

 うわぁ。コレ片付けるのか? そもそもどうやって抜くんだよ、地面から。

「シカマル? どうしたの?」
木の上でドスの残骸を見つめるシカマル。
固まったままのシカマルへナルトは声を張り上げた。
「メンドクセーのな。戦い方まで」
小さくぼやいてからシカマルは地面へ降りる。
手に抱えたペットボトルをナルトへ渡し、自分も持ってきたお茶缶のプルトップを開けた。
「里から遠い場所だから目立たねーけど、どーすんだ? アレ」
目線の先でドスの残骸を示す。
ナルトは小さく唸り考え込み、それから意地の悪い笑みを浮かべた。
「ばっくれる。俺がやったって証拠ないし。ジジイも深く追求は出来ないよ」
「妥当だな」

ここでナルトやシカマルがドスを処理しようとすれば嫌でも目立つ。
二人の実力を知らない忍に見つかる可能性もある。
一悶着するよりかは見なかったことにして立ち去った方が賢明というものだ。

「おっさんは今日は家か?」
シカマルは、今朝自宅から真っ直ぐこの場に来た。

某ストーカー幽霊の姿を探し目線を泳がせる。

腕を斜め後ろへ伸ばし身体を解すナルトは興味もなさそうに首を横に振った。
「シノと一緒に訓練してる」
「なんでまた?」
今日の自分は質問ばかりだ。
何時もの察しの良い自分は今日に限って休みらしい。
昨日までの己の頭脳に焦がれつつ、シカマルは問いを口にする。
「さあ? どっちかっていうと、シノの訓練に付いていったって感じかな」
ナルトは今朝見たままの風景を思い起こし答えた。
「へぇ。ナルトとの外堀を埋めようと今日も頑張ってるって訳だ」
缶のお茶を半分ほど一気に飲み、シカマルがなんとはなしに言う。
ナルトは無言で手にしたペットボトルのスポーツドリンクを口に含んだ。

シカマルが気づいた訳じゃない。
シノが気づきシカマルへ暗に釘を刺しただけ。
ナルトは注連縄を認めていない、と。認める・認めないというよりかは。
己に踏み込ませぬよう牽制しているといった調子だ。

「注連縄は所詮里側の人間だ。……今、サスケとカカシ先生が一緒に修行してるのは知ってるよな。元々シカマルが調べたんだし」
徐にナルトは話題を変える。
「ああ。知ってる」
飲み干した空の缶をシカマルは握り潰す。
ペコ。
間抜けな音を立てて缶は潰れた。

特別上忍となったシカマルの情報網は広がった。
シノの諜報とシカマルの先読み。
二つの能力が合わさり拾い出される情報は有益なものばかりで。
火影ですら一目おく。

能力を買われシカマルが消えたサスケの行方を調べる任務を担った。
つい四日前に。

「九尾の器に監視がなくなる? いや。里はそんなに甘くない。
今の俺の監視役は、一ヶ月限定で注連縄だ。カカシ先生自身の修行とサスケの修行が終わる間までは。適任だろ? 実力はあるし頭も良いし」
「……」

 肯定も否定も出来ねーな。

シカマルは沈黙した合間にこう思った。
「俺の周りを無駄にフヨフヨしてる訳じゃないんだよ、注連縄は」
ナルトは薄く笑う。
黙り込むシカマルを横に、喉を鳴らし一気にペットボトルの中身を飲み干した。

 眩暈を覚える。

今日に限って上手く回転しない頭の片隅。
シカマルは苦々しい気分で頭をかいた。
ナルトの気質はこの一年近い付き合いでだいたい把握している。
任務も簡単なものなら一緒にこなした。里の……いや。
大人達のナルトへ対する八つ当たりも見た。
真実と虚偽を見続けた一年間、シカマルが悟ったことは。

ナルトの持つ深淵は限りなく深く。淵さえ見えてこない。

見えなければ見えなくとも構わない。
自分はシノではないし、ただのガキだ。
少しばかり人より物分りの良いただのガキだ。大人になりきるつもりは毛頭ない。
シノがシノのやり方でナルトを守るように子供の自分は子供としてナルトを守るのだ。

 らしくない。自覚があるが。

「ナルトの保護者ならイルカ先生のほうが適任そうだもんな。おっさんよりも」
イルカならきっと。
ナルトの保護者役を買って出るのだろう。事情を知らないままに。
そんな場面が想像できる自分の頭の回転速度に腹を立てつつ、シカマルは気だるげにしゃがみ込む。
「あはははは。そうかもね?」
妙に納得してナルトは爆笑する。
「そういやナルト。オヤビンとは結局どーなるんだ?」
「え? ああ」
今度はシカマルが話題を変え、ナルトは今思い出したかのように地に突き刺さったドスを眺めた。
「当分は対等の関係かな。今日は俺の作戦勝ちだけど」
懐に仕舞った二対の小太刀。
ナルト本来の氏である天鳴(あまなり)家の家宝。
浄化の気を放つ『照日(てるひ)』と間逆の性質を持つ『禍風(まがつかぜ)』
「この二つの共鳴反応を引き出せたお陰で勝てた、って部分もあるし」
「えらく謙虚だな」
控え目なナルトのコメントにシカマルはカマをかけてみた。

ナルトは強さを誇る事に躊躇いが無い。
反面、己より強い者はきちんと『強い』と認識する柔軟性を秘めている。
シカマルとしては常々疑問に思っていたのだが。

「昔は傲慢だったよ。俺は同い年の子供より早熟だったし、忍としての地位も高かったしね。天狗になってたときに負けた」
世間話をする気安さでナルトが喋った。
あまり過去を語らないナルトにしては珍しい。
オヤビンとの好勝負に機嫌を良くしたのだろう。
「誰に?」
「ジジイに」
ナルトの返答にシカマルが目を丸くした。
どんな戦い方をしたのか尋ねてみたい気もするが命は惜しいので口を噤もうと思う。
「自分を客観的に見れなければ忍として……いや。うずまき ナルトとして生きてはこれなかったからな」
陰りを帯びるナルトの蒼い瞳。
湖面のように揺らめく瞳にシカマルは二の句がつげなかった。
言葉を暫し失うシカマルに、ナルトは目を細める。
シカマルの反応を予想していたかのように。

 なんて深さなんだよ。心の中にうずまく傷の深さは。

底まで降りたと思っても尚深みを見せる彼女の心。


 俺の心配なんかすんな。余計なお世話だよ。

シカマルの感情を読んでか、ナルトはそっぽを向いて呟き返した。


ガマオヤビン強いと思います。ナルコも強いと思います。結局どっちが強いの!?(って自分で基準決めてないから曖昧・・・汗)でもこんな対等関係もアリかな〜なんて。ブラウザバックプリーズ