凌ぎを削る


長身の少年の腕で眠る少女。
安心しきった様子で夢の中。
金色の髪は寝乱れ金色に縁取られた睫毛も長く。
緩やかに上下する胸が呼吸の安定感を物語る。

長身の少年。
口許を覆う襟の高い上着と黒の丸眼鏡により表情は読めないが……勝ち誇った様子で目の前の二人(?)の男どもを見た。

『ナルちゃ〜ん』

すんすん鼻を鳴らすスケスケ人間(?)。
金髪碧眼一見美青年風。
少女と外見はよく似た雰囲気を持つ。

「くそっ」

悪態をつく少年。
長い髪を頭の高い位置で結わい、両耳につけたピアスが印象的だ。

『ねぇ? シノ君。なーんで君がナルちゃんを抱き枕にしてるの? ねぇ、なんで?』
シノと呼ばれた長身の少年。
暫し思案して、「頼まれた」と。
言葉少なに答えた。
「だからどう頼まれたんだよ! おいおっさん! アンタもずーっとナルトと一緒に居たんだろ? なにやってんだよ」
髪を結わいた少年がスケスケ青年に詰め寄る。
無論少女=ナルトを起こさぬよう小声で怒鳴った。
スケスケ青年注連縄。
ばつが悪そうに力なく笑う。
『だって〜。親分とナルちゃんの闘いって危いから。生命の危機を感じて避難vv』
「死んでるおっさんがどうして避難vなんだよ」
遠慮も容赦もないツッコミを入れる少年。注連縄はうなだれた。
『仕方ないんだよ、シカマル君。ナルちゃんにどいてろって言われるし。親分も近づくなって言うしさぁ。嫌われたくないじゃない? ナルちゃんに』
「……さよか」
注連縄にストッパー役を期待した自分が馬鹿だった。
少年は。シカマルはげんなりして相槌を打つ。
シノは漫才モドキを展開する注連縄とシカマルを無視。
目の前の家へ入っていった。
「あっ! シノ! 勝手に世界を作るな!!」
天鳴(あまなり)の表札の向こうへ消えるシノとナルト。
シカマルは慌てて二人の、主にナルトの後を追う。
『シ〜ノ〜く〜ん……。温和なお兄さんでも限度ってモノが……』
地を這うような低い声音で注連縄は恨み言を呟き、シカマルの後へ続いた。


伝説の三忍と謳われる自来也。
彼と出会ったナルトが得た新たな忍術『口寄せ』
九尾のチャクラを使い呼び寄せた動物……蝦蟇の中でも最凶を誇る『ガマブン太』
通称『オヤビン』
現在主導権を巡りナルトと日々戦闘中。
という物好きな巨大蝦蟇。

自来也の示唆する『ナルトらしい戦い方』を模索する毎日。
当然のようにオヤビンとも毎日戦っている訳で。
今日も一日オヤビンと仁義なき戦いを繰り広げた。次第である。


広いとはいえない天鳴家。
寝室でせっせと布団を敷くシノの姿が。
「腹立たしいと思うのは俺だけか? おっさん」
『なーんかさぁ。サマになってるよね、旦那さんって感じで』
額に青筋立てるシカマルと静かに殺気立つ注連縄。
二人の視線を浴びつつも何処吹く風。
どのような状況においてもナルト中心に世界を回せるシノ。
丁寧にシーツを敷布団へ折りいれ、ナルトの身体を横たえる。
愛用のタオルケット・毛布・羽毛布団を順に重ね。
「ちょっとまて、コラ!」
ナルトへ添い寝を始めたシノにシカマルの怒声が飛ぶ。
『……』
流石の注連縄も笑って過ごせる状況ではなくて。目が据わり始める。
「?」
シノはいきり立つ男二人に首をかしげた。

ナルトへの添い寝はシノだけの特権である。
六歳で始めてナルトの隣へ立てた。
そう、ただ隣へ立つことを許されただけであった。
シノの努力と忍耐。
生来持って生まれた実直な気質。
加えて現在に至るまでの六年間。伊達に長く付き合っているだけではないのだ。
「ん……」
シカマルの大声と注連縄の殺気に反応して身じろぐナルト。
無意識に伸びたナルトの指がシノの腕に伸びる。
「シノ二時間したら起こして」
ハスキーでちょっと甘えがかったナルトの掠れ声。
「うむ」
聞きなれているのかシノは真顔で返答する。
ナルトは安堵したようにフニャけた笑みを湛えしっかりとシノの腕を掴み再度眠りの国の住人となった。

表現するなら完全に『二人の世界に入ってます』状態で。

「『!!!』」

シカマル・注連縄共に声にならない悲鳴を漏らす。

こちらは表現するなら『ムンクの叫び』であろう。

 ナルトの安眠妨害をしたら消す。

シノは襟を下げ唇の動きだけで二人へ告げた。
『ナルちゃんも相当疲れてるね。相手が親分だけあって』
注連縄は基本的にナルト一番主義。
彼女が眠っている以上安眠を妨げることはしない。
普段は五月蝿いくらいに騒がしい注連縄だが、こう見えても大人。
引くときは引く。
『シノ君は紳士だろうから? フツーに添い寝するだけでしょ。変な気起こしたらお兄さんはマジ切れるからね』
警告だけきっちり残して注連縄が姿を消す。
「……ずりー」
納得いかないながらもシノのほうに分があるのは確か。
シカマルは懐から将棋の本を取り出し座り込んだ。
添い寝は出来ないながらも傍で見守ることは出来る。
シノと争って時間を無駄にするよりは遥かに有益だ。閉めた襖に背を預け。
音を立てずに本のページを捲り出す。

シンとした寝室。時計も置かぬシンプルな畳の和室に落ちる静寂。
スースー立てる少女の寝息も密やかで。
庭の木にでも止まったか小鳥がチチチと鳴いていた。

 重い……。あれ? 確か今日もオヤビンと一戦交えて。それから?
 ぎゃーぎゃー五月蝿い注連縄を追いかけ回して。……???

きっかり二時間後。
目を覚ましたナルトはぼんやり天井を見上げ記憶の断片を拾い上げる。
手を繋いだ状態のままナルトの隣で見守るシノは沈黙。
ナルトが今までの行動を思い出すまでの間……寝起きが悪いとも言うが……彼女の邪魔をしないのがシノ流。
「相変わらず寝起きは駄目なのな」
敢えて口を挟むのがシカマル流。
であったりする。
「はよ、シカマル」
にこり。無意識に繰り出されるナルトの微笑みに、シカマルは慌てて顔を逸らす。
耳から首筋にかけて真っ赤だ。

 ヤベ。犯罪的にこうも可愛げありすぎるから問題なんだよ。中身は違うけど。

「シノも」
「うむ」
シカマルが精神的撃沈に陥っている間に交わされる二人の挨拶。
「……ふぁ。今日もオヤビンと決着着かなくて。流石に俺も疲れたかな。
あ、でも新しい奴と顔見知りになったんだ」
上半身を起こしたナルト。欠伸交じりに腕を伸ばす。
二度、三度欠伸を漏らし徐に繰り出すのは『口寄せの術』
ありえないがこんな狭い空間でオヤビンを呼び出そうものなら確実に家が崩れる。
二人の少年は驚愕に身を竦ませた。

ボフン。小さな小さな煙が立って畳に鎮座する両生類。

「オヤビンの息子。ガマ吉」
ひょい。
抱え上げナルトが小さな蝦蟇を頭に乗せた。
「ガマ吉じゃ」
ナルトの頭上でふんぞり返るやたら偉そうな両生類。
「「……」」
ナルトの新たな友人(?)を喜ぶべきか危惧するべきか。
悩める二人の少年達は咄嗟に言葉を発することが出来なかった。
「しかし、やるがなナルト。オヤジとあそこまで遣り合うとはな」
「地形を変えないように工夫して戦ってるんだけど。木の葉の里を潰すつもりはないし。だからってチマチマ戦ってると決着着かないし。どーするかなぁ」
「オヤジも頑固じゃけん」
すっかり意気投合したようだ。
ナルトはガマ吉と楽しそうに語る。
「友達か?」
シノがガマ吉を一瞥しナルトへ問うた。キョトンとした顔つきのナルトは目を細め笑う。
明言しなかったがそれがナルトの答え。

ガマ吉は友達。

「そうか」
ナルトの柔らかい頬をフニフニ摘みシノは短く答える。
そのまま布団を片付け寝室から出て行った。

ナルトは『人』と接するのが苦手だ。
否。
最初からナルトを否定した『人』を無意識に避ける傾向にある。
だからシノの操る蟲と仲が良かったり。
森の動物と相性が良かったり。
はては赤丸と仲が良かったりする。

彼女の孤独と不審と拒絶が織り交ぜになった結果だ。
たとえ異種族であっても素の顔でいられる時間は大切。
あの笑顔だけは絶対に……。

寝室を抜けナルトの為の軽食を作るべく台所を目指す。
「?」
思考の海にどっぷり浸かっていたシノだが、妙な目線を受け顔を上げる。
『シノ君には感謝しなきゃいけないかな? 不本意だけど』
普段のお茶らけた雰囲気を脱ぎ捨て、かつての地位を髣髴とさせる注連縄がいた。
引き締まった顔の表情。淡々と語る口調。
どれもが注連縄の成熟した大人の空気を醸し出している。
「いや。その必要ない。俺は守りきれずにいるのだから」
相手が本気である以上。誤魔化さずに本音を語る。
無口である分シノは真摯で、やや堅実すぎるが……概ねに於いては正直だ。
注連縄の言葉に珍しく長めの言葉で答える。
『そう。ナルちゃんも嫌になるくらい強い子だけど。シノ君も強いんだね』
「俺は弱い」
間髪いれずに注連縄に突っ込みシノは台所へ入った。
『違うよ、シノ君。そういう潔さみたいなトコ。ナルちゃんそっくりだ。だからナルちゃんとも付き合えるんだね。あ、相棒って意味でね』
尚もシノへ付きまとい。注連縄は相棒を強調しシノへ言う。
「潔くもない」

 ナルトを守って守り抜いて死ぬのだ。

漠然と思い浮かぶの己の未来。
ナルトが聞いたなら激昂してしまうだろうが。
シノにとっては至極当然のように思い起こせる未来(さき)。
反面。
ナルトが皺皺のおばあちゃんになって。孫に囲まれて座る姿を見届けても見たいと思う自分もいる。
思うままに生きて欲しいと願い。
どのような形であっても生き延びて欲しいと渇望する。

 まったく矛盾だらけで子供じみた己。

『はぁ。手強いねぇ』
妥協を許さないナルトの相棒。
注連縄は諦めたように微苦笑した。
シノは手慣れた手つきで冷蔵庫から食材を取り出し調理を始める。
注連縄の視線は感じるがシノから話すべきことは何もない。
「シノ〜!」
耳に心地よいナルトの声。
「生意気じゃ」
「オメーが生意気なんだよ、両生類!」
続いて聞こえるガマ吉とシカマルの言い争う声。
シカマルの持つ独特の器の大きさ。
ナルトをナルトとして捉え自然に付き合える許容範囲の大きさ。
が、ガマ吉に対しても発揮されているようだ。
すっかり馴染んだ様子でガマ吉と喧々囂々。
「なに喧嘩してんの?」
台所への扉の向こう。心底不思議そうなナルトの声がして、
「「ナルトが鈍いから」」
綺麗にハモったシカマルとガマ吉の返答にナルトが驚いて「はぁ!?」と。
素っ頓狂な裏声を出す。
会話だけ聞いていたシノの眉が持ち上がった。

『凌ぎを削るお子様たちだね〜。ナルちゃんは鈍いから分かってないみたいだけど』
クスクス笑う注連縄は傍観を決め込むべく姿を消した。


水面下で行われる男の子の奮闘は、当分続きそうである。



蝦蟇親子、個性が凄くて面白いですよね。ナルコとガマ吉は仲良しって事で。ブラウザバックプリーズ