力の価値


蛇の腹の中。

金色の髪の子供は冷静そのもので。
顎に手を当てて思案中。
派手に目立つオレンジ色の上下の服だとか。露出した足先の部分だとかは蛇の粘液塗れ。
清潔とは言いがたい環境である。

 ……当ったか。

外で蠢くおぞましき気配。戦っている仲間の気配。

第2の試験開始前から感じ始めた悪寒。
子供の第六感が告げる不吉の影。
予想は見事的中したようで恐らく性質の悪い敵が向こうに居る。

蛇の腹の中に居てもヒシヒシ伝わる敵の殺気。半端じゃない。

「影分身の術!!」
このままでも仕方がない。金色の子供は『表向きは得意』とする術を行使した。
無数に増える分身の量に蛇の腹が裂ける。
「とりあえず。サクラちゃんとサスケをさがさねーとな」
顔を伝う蛇の体液を拭い真顔で金色頭の子供は呟いた。


圧倒的実力の差。

現実感として感じとれる敗北。桃色も髪の少女は取り乱した黒髪の少年を心配そうに見つめる。
いつも冷静で落ち着きを失わない黒髪の少年。
彼がこれほど取り乱した姿を見せたことは……今までに一度もない。

不遜な態度が似合う少年がこんなに怯えるなんて。
実際に少女も恐怖を感じていた。
激しく脈打つ心臓に緊張の高まりと共に浅くなる呼吸。
「お前達は一瞬たりとも気を抜いちゃ駄目でしょ。……捕食者の前ではね」
蛇の腹を突き破り姿を見せる謎の草忍。
まるで蛇のように身体をくねらせ木の幹を伝う様は不気味を通り越し、見るものに恐怖を与える。

歴然とした力の差の前に固まる二人の子供。

迫る草忍。

ガガッ。

草忍の進路前に打ち込まれた一本のクナイ。

「……悪いな、サスケ」
全員の動きが己に注目した事を確かめ、金色頭の子供はニヤリと笑うた。
「合言葉は……忘れちまったぜ!」
「いいわよ、ナルト!! イケてる」
歓喜の表情を浮かべるのは桜色の髪の少女。サクラだ。
黒髪の少年、サスケを見下ろし告げると。切羽詰った怒鳴り声が返ってくる。
「ナルト! カッコつけて助けに来たつもりだろーが……。出しゃばるな! 逃げろ」
必死の形相で金色頭の子供 − ナルトへ叫ぶサスケ。
「こいつは次元が違いすぎる!」

 見りゃ分かるよ。

写輪眼を露出したサスケを見下ろしたまま。ナルトは密かに思った。

油断したというか。甘ったれた考えが、まだ己の中にあったのかとか。
激しい自己嫌悪が胸中を渦巻く。無意識に下唇を噛み締めた。

 俺がやり合っても刺し違えは無理。こんなに隙のない相手は初めてだ。
 この草忍、カカシ先生より遥かに強い。
 俺だってカカシ先生よりは強いけど……コイツ程じゃない。

 さて。どうしたもんか。

「フフ……あの大蛇を見事倒してきたようね。ナルト君」
木の幹にもたれかかるようにしてナルトを見つめる草忍。
「!」
ナルトの片眉が持ち上がった。

 この余裕。ご大層に労いの言葉かよ。
 サクラちゃんを庇いつつ。サスケの奴もビビってんな。
 サスケはなまじ実力があるだけに諦めるのも早い。
 相手の力量を正確に把握できるから。

 でも。

 まだ。そう、まだ。今は引けない。
 ……やれるところまでやってみるか。

「やいやいやいやい! どーやらお前ってば、弱い者イジメしちゃってくれたみたいだな!!」
悪戯小僧の顔そのままにナルトは草忍を睨む。
傍観していたサスケ、徐に写輪眼を引っ込めた。
「!」

 サスケ……まさか?

「巻物ならお前にやる。頼む……これを持ってひいてくれ」
サスケは巻物を取り出す。

 やっぱり。

呆れて起こる気力もないが、サスケへの説得は試みるべきだろう。

「サスケ! 何トチ狂ってんだ、てめーは!! 巻物敵にやってどーすんだってばよ」
ナルトは怒りを込めて怒鳴りつける。
ナルトの怒声にサスケが正気に戻る様子はない。
「なるほど? 本能(センス)がいい」
底冷えのする草忍の声。草忍は体制を変えナルトからサスケへ身体を向ける。

 センスは良いけど頭はバカ。こいつ成長してんだか退化してんだかわかんねーよ。
 このままサクラちゃんとお前を見捨てる訳にはいかない。
 俺の方が強い訳だし。

 ギリ。

 奥歯を噛み締める。こんな風に全身の血を滾らせ思うのは久しぶりだ。

 力が欲しい……と。

「受け取れ」
無造作にサスケが投げる巻物。すかさずナルトは巻物をキャッチ。
サスケの立つ木の枝に着地した。
「てめぇ余計なことするな! この状況が分かっているのか?」
激昂するサスケを問答無用でぶん殴る。
少々頭に血が上っているので手加減できたか自信はない。
「こんなバカで腰抜けヤローは、ぜってー俺の知ってるサスケじゃねー」
ナルトは更に言葉を続けた。
「こいつがどんだけ強えーか知らねーが。巻物渡したからってオレ達を見逃す保証がどこにあんだよ。
ビビって状況わかってねーのはお前の方だってばよ」

 草忍の底知れない強さなら感じてる。巻物を渡しても見逃してはくれないのも分かってる。
 だからサスケ。正気に戻れ。
 たとえ敵わぬ相手を前にしてでも。
 絶体絶命の危機をすり抜けて生き延びなくてはならない。

 俺はそうやって生き延びてきたんだよ。

決意を込めたナルトの眼差しに、落ち着きを取り戻すサスケ。
サクラも安堵の息を吐く。
「フフフ……ナルト君。……正解よ」
草忍は不気味に笑い右手親指を噛んだ。
「!?」

 口寄せ!? マズイ、何を口寄せするにせよ背後の二人をこれ以上恐怖に晒す訳にはいかない。
 怯えた心は最悪の結果しか招かない。下手したらマジで全滅だ。

考えるよりも身体が動く。
「ふざけんな!!」
「よせ、逃げろ! ナルト」
草忍目掛け走り出したナルトの背へサスケが警告を発する。

 悪いなサスケ。逃げられないよ。足止めしか出来ないかもしれない。
 出来るだけとめてみせる。
 俺なりの忍道だから……かな。自信ねーけど。

「口寄せの術!」
ボフン。独特の煙が立ちこめ姿を現すのは巨大大蛇。
ナルトは身構える間もなく大蛇の尾に跳ね飛ばされ木に激突。
「ぐぁっ」
背中を強打し、ナルトの口から思わず苦痛の呻き声が漏れる。

 やべ。口も切ったし内臓も少し痛んだかも。……だけど。

口を大きく開けた大蛇へ落下するナルト。
落下しながらナルトは洒落にならない現実に無表情のまま笑う。
蒼い瞳の透明度が上がる。
「……?」
草忍だけが察知するナルトの気配の変化。
(簡単に殺られてたまるかよ)
唇の動きだけで草忍へ宣言した。
ナルトの劇的な変化に草忍は眉を潜める。
(ナルト君……何者なの?)
同じく唇の動きだけで返事を返してくる草忍。くわっと開く大蛇の口。
落下しつつも体制を整え大蛇の鼻先目掛け拳骨をお見舞いした。
「クソ喰らえー!!!」
(俺が相手になってやる)
叫び声とは全く異なる唇の動き。
ナルトの器用な口伝に草忍は眉を潜めた。
「うぉぉぉぉ!!」
拳の先にチャクラを凝縮し渾身の力でぶち込む。
ナルトの腹がドクドク波打ちヤツの力だ表面化するのが分かる。
この間の時とは少し違うけれど。

 この際だ。借りとく。

が、草忍は一枚上手。上空から落下したナルトが体制を変えられぬことを見切る。
唇から吐き出される烈風。

 風遁か!?

身構える間もなくナルト、煙に包まれ咽る。
体制を整え煙に紛れて気配を消し手近な木の枝へ着地。
「次はサスケ君。君よ!! どう出る!!」
大蛇の頭上に乗りサスケへ迫る草忍。
咄嗟の事態に対応できないで居るサスケを目の端に捉えたままナルトは地へ着地した。

 ドガッ。

背に当たる大蛇の口先部分。
サクラとサスケに見えないよう背にチャクラを張り、ナルトは大蛇の進行を阻止した。
「!!」
サスケの鉄面皮が崩れる。
驚愕し目を丸くした様は中々お目にかかれるものじゃない。
不謹慎にもナルトは失笑した。
「……よぉ、怪我はねーかよ。ビビリ君」
瞳孔が開き真っ赤に染まった己の目。
息づくアイツの鼓動。
感じながらもナルトはサスケに笑いかけた。嘲笑するように。

間抜けにもサスケは口をポカンと開いたまま固まっている。

「!!」
草忍の舌(人間業じゃない……)がナルトの両脇へ絡みつく。
そのまま草忍の前へ引き出されてしまいサスケへの説得は中途半端に終わった。
「ちくしょー!! 放せー!!」
(一体何が目的だ?)
「フフ……あの九尾のガキが生きてたとはね」
(残念だけど。今の君じゃ私に勝てないわ。分かってるでしょう?)
ナルトの殺気を受け流し小声で告げる草忍。
「感情が高まって九尾の力の断片が漏れ出すとは……面白い成長をしたもんだわ。
ホラ封印が浮き出ているじゃない」
(少しばかり眠っていてね)
捲りあげられた上着。ナルトの腹に浮き上がる八卦の封印式。

「五行封印!」

「!?」
(五行封印だと? コイツ……もしかして……!?)
自身の身体から力が抜ける。
ナルトは自覚し、徐々に霞がかる視界の中ぼやける草忍の顔をもう一度凝視した。
(私の名は大蛇丸)
草忍の動く唇がスローモーションのように見えた。

 くそっ! 平和ボケしすぎたって訳かよ、俺は!

心うちで己に激しく毒づき。ナルトの意識は深い闇へ沈んでいく。
草忍が無造作に投げ出したナルトの小さな身体。
サクラがクナイを投げ、ナルトの服を木へ貼り付ける事で、ナルトの窮地を救った。
「……」
サクラの必死の言葉にサスケの顔つきが代わる。
「フフ……」
草忍……大蛇丸は不敵に微笑んだ。


 後編へ続く



私的解釈(捏造)ナルコ大蛇丸と対面す。でした。ブラウザバックプリーズ