予兆


廊下を進む三人の子供を出迎えたのは一人の男。
顔の大部分をマスクで覆った少し変わった格好の男だ。
「……そうか、サクラも来たか」
呟く男。

名指しされた少女は驚いた顔で男を見上げた。
長い桜色の髪が特徴である彼女の名は『春野 サクラ』。
上忍『はたけ カカシ』率いる七班の下忍の一人。

同様に驚く黒髪の少年と金色の髪の少年。
中忍選抜試験の仕組みを知らされ、驚きを隠せない表情だ。

「……さあ、行って来い!」
まどろっこしい受験の意志確認だが、担当上忍なりの配慮なのだろう。
カカシの言葉に三人の子供達は顔を明るくした。

「よし!! 行くってばよ!!」
気合を入れるのは金色の髪の子供。

「ええ。行きましょう、ナルト。サスケ君」
サクラは隣の金色の髪の子供『うずまき ナルト』を見て、それからナルトの隣の黒髪頭『うちは サスケ』を見た。
ナルトもサスケもサクラに微笑み三人は扉を開けた。


扉の向こうは大勢の下忍達。
サスケを見つけて飛びつく金色の髪の少女が一人。
「サスケ君おっそーいv」
羽交い絞めのような状態でサスケに抱きつく少女『山中 いの』へ、サクラは指差し怒鳴る。
「サスケ君から離れー!! いのぶた!!」
二人の少女を交互に眺めるナルト。

 ……物好きだな。相変わらず。

心うちでしっかり呆れつつも表情には出さない。
三人へ近づく複数の気配を察知するも無視を決め込む。
「何だよ、メンドクセー」
口火を切ったのは、猫背気味。
長い髪を頭の高い位置で結わいた少年。
『奈良 シカマル』はポケットに手を突っ込んだままノソノソ歩いて近づく。
その少年の後にいるのは、かなりポッチャリした少年『秋道 チョウジ』。
ツンツン尖った髪型も特徴的だ。
「なんだぁ、オバカトリオか」
ナルトが遠慮もなく言い切った。
「ったく、メンドクセー!」
憮然とした顔のシカマル。
唇の動きだけで『バレないようにな?』と、他里の下忍達に注意を払うようナルトへ釘を指す。

(ってゆーかさぁ? こんなに殺気立たれると。却ってウザ。
早く試験が始まればいいけど、ドベのナルトはどうすると思う?)

同じく唇の動きだけで答えるナルト。
シカマルは乾いた表情で小さく笑う。

「ひゃっほ〜! みーっけ」
更に膨れる人口密度。ナルトはうんざりしながらも新たに乱入してきた闖入者を見た。

フードに犬を入れた少年『犬塚 キバ』
名門日向一族の跡取り温和な少女『日向 ヒナタ』
……黒い丸眼鏡に口許を覆う襟の高い上着。口数少ない『油女 シノ』

上忍『夕日 紅』率いる第八班の面々だ。

「オレ達は相当修行したからな。お前らにゃ負けねーぜ」
挑発的に笑いケケケと付け足すキバ。ムッとして
「うっせーってばよ! サスケならともかくオレがお前らなんかに負けるか!!」
これは本当。『ドベ』ナルト口調で言っても説得力はないけどね。

ナルトが威勢良く怒鳴れば反応するのはシカマルとシノだけ。
他の下忍達は真剣に取り合うはずもなく呆れた調子だ。
ただ、サスケとサクラはナルトへ力強く笑いかける。
同班の仲間としてナルトの成長を見てきた二人。
どれだけナルトが努力してきたかを知っているからだ。
馬鹿になどしない。

「おい、君達! もう少し静かにした方がいいな……」
見計らったように登場する少年。
少年と言っても青年に近く、落ち着いた雰囲気を持つ木の葉の里の忍だ。
「ここは遠足じゃないんだよ?」
付け加えるように言い募る少年に、新米下忍達はムッとして少年を睨む。

 同感。

少年を睨みつつもナルトは心うちだけで同意した。
試験内容を知らない同期達がはしゃぐのも無理はないが、忍の試験がただの『試験』である訳がない。
下手をすれば命を失う。甘く見てもらっても困るのだ。

 それにしても。
 気配を隠しているけれど。コイツ、下忍レベルなんかとっくに超えてる。
 オレと同じで『猫』……被ってるね?

「誰よ、アンタ。偉そうに〜」
いのが不信感も顕な口調で少年へ言った。
背後からいのの声を聞きつつ、ナルトは思う。

 そうそう。怪しいんだよ。

顔にはおくびにも出さないのだが。
「ボクはカブト……」
自己紹介の基本。
相手を油断させるには己の素性を明らかにすることと、適度の親切を働くこと。
カブトは試験会場の雰囲気の説明を始め、己の試験回数までも申告した。
同じ里の忍とあってナルト以下全員、カブトを信用し周囲を取り囲む。

ナルトは無論フリだけ。カブトを警戒するナルトを確認したシカマルとシノ。
遠巻きにカブトを見つめそれとなく観察を開始した。

 ナルトの勘はよく当たる。
 アカデミー卒業時の巻物事件と良い。
 砂の三姉弟と良い。夜の任務や潜入調査の時と良い。

 共に任務を遂行する仲間として。ナルトの実力を買うシカマル・シノ。
 ナルトの生い立ちを知るからこそ慎重に動く。

「へへ……。じゃあ、かわいい後輩にちょっとだけ情報をあげようかな?」
言いつつカブトが取り出すのは認識カード。
情報をチャクラで暗号化し焼き付けたカードの事。
ナルトも夜の仕事で使う。
ランクの高い任務の依頼書も同じような仕組みとなっているので、シノやシカマルにとっても御馴染みとなっている。
「……例えば…こんなのがある……」
外見的にも、実際の行動も。
人当たりの良い・面倒見の良い『お隣のお兄さん』である。
カブトの柔和な物腰を誰も疑わない。

ナルト・シカマル・シノを除いては。

 要注意だ。

ナルト後ろに組んだ指を動かし、シノへ合図した。
シノは無言で眼鏡を一回だけ持ち上げ、シカマルは左耳のピアスを弄る。
「そんなに甘いもんじゃないですよ」
少しばかりの情報提供の後、カブトは忠告。
不安な顔つきになる新米下忍達。
表のナルトはムスーとした表情で目を閉じた。

 カブト……ね。アンタからは『木の葉の忍』の気配がしない。
 上手に仮面を被っているけど、通用しないよ。俺には。

考える頭と裏腹に身体を震わせるナルト。
サクラは心配して声をかけようと口を開きかけた。
「オレの名前はうずまき ナルトだ。てめーらにゃあ負けねーぞ!!」
扉の背後にいる担当に聞こえるように元気良く。天然馬鹿ナルトらしく、ナルトは宣言した。

 マジかよ……。

驚愕して天を仰ぐシカマル。

 やりすぎだ。

ずり落ちそうになった眼鏡を慌てて抑えるシノの姿。
は誰にも見咎められなかった。


すったもんだの末。
始まる第一次試験。
内容は『ペーパーテスト』

『ナルちゃーんvv』
気配を消しナルトにだけ姿を見せる一見好青年。
透けた身体と金髪・碧眼を持つストーカー幽霊『注連縄』。
ナルトが席に着いたのを見計らい擦り寄ってくる。
(うぜーよ。しかも邪魔!隣のヒナタに見られたらどうすんだよ)
注連縄にだけ殺気を放ちつつ、表向きナルトは苦悶の表情を浮かべる。

出題された問題はどれも難問だらけだ。
サクラ・シカマルレベルの頭脳の持ち主でなければ解けないものばかり。
カンニングを使い回答することもナルトにはできる。
が、『ドベ』のナルトが器用な真似をする訳がない。

寄って解答用紙は白紙のまま。

『術を使ってるから心配ないよ?それにしてもイビキ。大きくなったな〜』
感慨深く試験官を見つめる注連縄。
ナルトの隣に座り頬杖なんぞついてイビキを眺めた。
(……注連縄。俺の邪魔しに来たの?)
『酷いよ〜ナルちゃん。お兄さんはね? 試験で苛々しているナルちゃんの心を少しでも解そうとっ』
(注連縄が隣に居る限り解れない)
一刀両断。遠慮なし・容赦なし。
つれないナルトの返答に、注連縄は机の上に『の』の字を書いて拗ね出す。
『だって〜!! 一人で留守番つまらないんだもんっ。ナルちゃんと離れるのもイヤ』
何処からか取り出したハンカチを噛み締め首を左右に振る。
(離れなくてもいいから、それはやめろ。キショイ)
注連縄のオーバーリアクションにナルトは引いた。

カンニング回数オーバーで失格する受験者。
緊迫した空気の中、教室の秒針がカチカチ進む音さえ聞こえる。まさに精神的圧迫。

 ふぅん。伊達に特別上忍ってわけじゃないんだね。お見事。

目の前のイビキを一瞥。ナルトは些少の賛辞をイビキへ送った。
尤もソレを知るのはナルト本人だけ。

 サスケは写輪眼。日向は白眼。
 そして我愛羅。砂を使った怪しげな術でカンニングか。
 色々な意味で侮れない奴。

ついでに他のルーキーの調子も探っておく。
胸の奥で鳴り響く警告。胡散臭い少年カブト。
砂の三姉弟の異様な緊張感。
どれをとっても納得がいかない。

 ただの中忍試験にしては、変に気負いがありすぎなんだよ。

真っ白の解答用紙。
隣に座る日向の少女の申し出も断り、待つこと45分過ぎ。第十問目が言い渡される。

「では説明しよう。これは絶望的なルールだ」
シニカルに笑うイビキが説明を開始。

動揺を隠せない受験者。ざわめきだつ会場。小さな波紋のように広がる不安感と恐怖心。
巨大な精神的プレッシャー。

「受けない者は手を挙げろ」
下される決断の時。イビキが短く告げた。
「オ、オレは受けない」
どもりながら受験辞退を宣言する木の葉の忍。
道連れ辞退となる他の二人の忍。
つられて次々に辞退を申し出る受験生。

「?」
背後のサクラの様子がおかしい。ナルトは眉を顰め小さく舌打ちした。
初めての試験でましてや三人の能力を見るチーム戦。
サクラが危惧するのはナルトの将来。
震えるサクラの指先が彼女の葛藤を物語る。
『あららら……。サクラちゃん、ナルちゃんのほうを見てるよ?』
注連縄が振り返りナルトへ報告。
ナルトは無言のまま奥歯を噛み締めた。

サクラもサスケも大切な仲間。将来共に歩めずとも。
必ず生き抜いて長生きして欲しいと思える仲間。

だから。

「なめんじゃねー! オレは逃げねーぞ!!!」
ギリ。イビキを目一杯睨みつけ机を力強く叩く。
バシンという音。
息を飲むサクラと、呆れて声も無いサスケの気配を背中に感じる。
「人生をかけた選択だ。やめるなら今だぞ」
「まっすぐ自分の言葉は曲げねえ。オレの忍道だ……」

 アンタの狙いなんてお見通しなんだよ。俺は落ちても構わない。
 別に下忍でも結構。高みを目指すのに無駄な肩書きなんて要らない。
 いや、肩書きで判断されるような地位には居たくない。

 ……サクラとサスケが居なかったら。
 確実に即座に。わざと試験に落ちるように演技しただろう。
 肩書きなんて要らない、真剣にそれだけを理由にして。

真っ直ぐイビキを見る。負けない・逃げない。思念を持つものの瞳は何者をも威圧する。
ナルトの目線が逸らされないと知ると、イビキは口許を綻ばせた。
「第一の試験合格を申し渡す!」
イビキが宣言した。
「!!」
顔では驚き、心で笑い。ナルトは横目で注連縄を見た。
『ナルちゃん格好良い〜vvv』
この際、怪しいピンクチャクラには目を瞑っておこう。
中忍試験・第一次試験。カカシ担当第七班合格。


そして始まる事件への予兆。



イエ〜!ビバ捏造vナルコは色々において無頓着な方だと。でも少しずつ気にしだしたりして。成長していくんですよ。ブラウザバックプリーズ