拾う


忍亀に乗っかった忍は歯を光らせた。
恐縮するゲジマユ。
熱くゲジマユへ檄を飛ばす激眉。
目の前で展開されるディープな世界に他の子供達は一斉に引いた。

「演習場のまわり500周だ」
「押忍!」

熱血師弟の熱すぎる空気。
反応するのは金色の髪の子供ただ一人。
抱き合う師弟に顔を引きつらせながらも何処か遠くを見つめていた。







 最初に捨てたのは『痛み』


早熟だった俺は誰よりも情緒の発達が早く。
二歳半ばにして簡単な忍術書を読めるレベルを有していた。

物心付いたときから憎しみの対象。……どいつもこいつも憎かった。
俺は何者で、なんでこんなに憎まれてて、なんで存在しているのか分からなかった。
繰り返される暴力と迫害。ジジイの手回しなどたかが知れていて。
俺の身体は生傷が耐えなかった。
「ッ……クッ。ヒック…………」
幼かった俺に自身を護る術は無い。
只ひたすらに嵐が通り過ぎるのを待ち、部屋の隅で一人で泣いた。

なぜ一人で痛い・苦しい思いをしなければならないのか。
狭い世界で生きる俺には皆目検討がつかず。
黙って差別を甘受した。

繰り返される暴力に心は麻痺を起こす。


 俺が一番最初に捨てた感情は『痛み』


痛みを感じない心。身体は悲鳴を上げるが、心に直結しなければ苦痛はやり過ごせる。
幸い傷の治りは早かった。こうして俺は、一つの感情を手放した。


 次に捨てたのは『喜ぶ』


無邪気に笑う俺は嫌悪の対象。玩具で遊んで笑う俺はよく殴られた。
死なない程度だったが子供には過剰な暴力だ。俺が喜び笑えば相手は怒る。
嬉々として瞳を輝かせれば首を絞められた。
これも必要のない感情だと俺は悟った。
だから捨てた。


 一つ・二つ。捨てていけば残りは簡単。
 外界と自己を隔てて作業は完了。


 俺はありとあらゆる感情に蓋をした。

あれは俺が三歳と四ヶ月の時。
無気力のまま書庫の片隅でうずくまっていた俺は『偶然』それを耳にした。
いや。
聞かされたと考えるのが妥当だろう。

天鳴(あまなり)が持つ血継限界。
それ故九尾の封印の器として相応しかった事実。
俺自身へ向けられる憎しみの元。
ひそひそ話を交わす大人に、ようやく俺は納得した。

器である為に疎まれ。
また、血継限界を持つ為に生かされるこの身。
九尾を俺ともども殺したいだろうが、俺の血統のよさが大人達の判断を鈍らせていた。

このまま惰性で生き延びることを許さない血の戒め。
蓋をした感情から止めどなく流れる憎しみが俺の血継限界を呼び覚ました。

反動で俺は意識を失い生死の境を彷徨った。
目が覚めるとジジイがいて。そして……。
「ナル ?大丈夫か」
ジジイの問いかけに無言でうなずく。軋むような身体の痛みは失せていた。
腹に巣食う九尾の力だろう。

俺は『傷の治りが異常に早い』という謎を一つ解いた。

「彼は油女 シノ。将来的にお前とコンビを組む」
早熟な俺をジジイは子供扱いしなかった。
させなかったのだ、俺が。
決定口調のジジイに再度無言でうなずく。冷え切った室内。
上等とはいえない布団が重く、冷たかった。
「天鳴 ナル」
名を名乗る。ジジイの横に立つ黒眼鏡の子供。
歳は俺と同じくらいか一歳上か。
しげしげ俺を観察した『シノ』とやらが口を開く。

「うむ」
第一声。

時代錯誤もいいとこだ。胡散臭いコイツの態度に俺がジジイを見る。

「彼は油女の嫡男。修行はこれからだが蟲使いとしての才能はある」
才能ね。
皮肉めいた笑みを顔が形作る。
俺は他人事のように、自分の表情筋の動きを感じていた。
とたんにむんずとシノに頬をつままれた。
「……?」
ぶっちゃけ。俺は同世代の子供と接したことがない。
だから彼に何をされるのか予測不可能だった。
相手が大人ならまず間違いなく虐待を受けるのだろうが。
「柔らかいな」
舌ったらずに紡がれたシノの台詞。俺は理解できなくて固まった。
あまりにも普通に接してくるので。シノが得体の知れない化物に見えた。
「……ナル?」
銅像のように固まった俺を心配したジジイが顔を覗き込む。
……鈍った思考を動かしてようやく俺は理解した。

血統。

器の俺としての価値ではない。
唯一の血を受け継いだ俺の相手。
幼い内から共にあれば情が移るだろうと。
考えてのことだろう。だから俺は哂った。







拾う。

要らないと。
彼女が打ち捨ててきたモノは、あまりにも大切なモノばかりで。
己の無力さに腹を立てつつ拾う。

眩いばかりの金の糸。湖水のような美しい眼差し。
薄暗い部屋とは対照的に、向かい合った少女は輝いていた。
「うむ」
当時の俺としては精一杯の虚勢。
何もかもを見透かしてしまいそうな瞳を、真っ直ぐに受け止めるだけが関の山。
その小さな身体で何を考えているのかなんて想像不可。

子供特有の考え無しの行動で、その頬へ触れてみた。
ギクリを身体を強張らせる彼女の動きを不思議に思いつつ感じたことだけを忠実に告げた。
「柔らかいな」
途端に固まる目の前の少女。

花嫁候補だと教えられた。優秀な血筋を残す為に必要だと説明を受けた。
生まれながらに蟲を飼い、一族の掟に従ってきた俺は面会を受け入れた。

それがどれだけ残酷で。三代目が仕組んだ大博打だったとは。
俺もナルトも気がついてはいなかったが。

「クククッ……」
嘲る瞳を俺にむけ哂う。少女らしくない。
俺だってこんな風に笑ったりしない。いや、できない。

部屋に少女の嘲笑だけが木霊する。

「態の良い花婿候補ね」
確信に満ちた少女の声。
幼い声の調子とは別に、明確な悪意が込められた声音。
「いらないよ。時期がきたらでいい」
布団を跳ね上げ少女が起き上がる。
「ナル、聞きなさい」
「いやだ」
少女は、制止する火影様に拒絶の言葉を吐いた。
その顔に感情は無い。
「一人で生きると決めた。時期が来て。この血統を残さなければならないまでは。
一人で生きる。孤独こそが一番相応しいでしょう?」

このわたしに。

やや興奮してか、少女の声が掠れた。俺は無言で部屋の襖を開く。

「ならば一人で勝手に生きろ。俺も勝手をさせてもらう」
事情を知らなかったとはいえ。大層な啖呵を切ったものだ。
我ながら関心する。
それ以来俺は拾い続ける。
無造作に投げ捨てられた彼女のモノ達を。







最悪の出会いから五ヶ月。

最初はあてつけのようだったかもしれない。

人の気も知らないで、傲慢な振る舞いをするアイツを許せなかった。
大人達の言いなりになっているアイツを。

アイツを無視した俺と。それでも近づくアイツ。
やっとアイツを追い払い静かになった部屋。
俺は清清しい気持ちで教師と向き合う。
「本当に清清しいか?」
俺専任の教師。新しく忍術の教師(火影命令で秘密の任務だ)となった少年が首をかしげる。
若くしてエリートへの道を歩むコイツはうちはの血統。
彼もまた『花婿』候補なのだろう。

俺は辟易していた。

無言で忍術書を閉じる。
「これから学ぶものは基本だから。しっかりおさえておいて欲しい」
すぐさま教師の顔に戻り、俺が閉じた忍術書を再度開く。
「シノ君も。よかったら一緒に勉強したら良い。俺は嫌じゃないよ」
障子越しに透けるアイツの姿。
教師が手招きすれば障子が開く。
「お願いします」
頭を下げるアイツ。教師は微苦笑した。
「そんなに大人振らなくてもいい。俺にも弟がいてな、君達と同い年だ。
いつも公園で泥まみれになって遊んでる」
俺とアイツは無関心。
「……俺は蟲使いだ。生まれながらにして蟲と共に生きる宿世(すくせ)を負っている」
憮然とした表情で言い切るアイツに、教師は更に苦笑を深くする。
「背負うものなど何もない。背負いたいか、背負いたくないか。
そのどちらを選ぶかは自分で判断すべきだ。大人に言われた立場に居る必要はない」
俺をチラリと一瞥。なんだ、教師のだからって俺に説教か?
「自分自身を高める為の努力は至高のものだ。押し付けられ、強制された努力は路傍の石以下だ」
教師の言葉にアイツは部屋を出て行った。
そして俺が六歳になるまで。
俺の前には決して姿を見せなかった。


 俺は教師の下実力を伸ばし五歳で暗部。
 六歳でアイツとコンビを組んで特殊任務三昧。
 七歳の頃。ジジイとの口論から『うずまき ナルト』を演じ始める破目に陥る。


 そして。今。


里一番の熱い男は、青春真っ只中。
弟子との熱い抱擁に、気性そのままに魂の篭った熱い台詞。

長い黒髪白眼の少年は見て見ぬフリを。
二つに分けて結わいた髪をお団子にした少女は気まずそうに頬を赤く染め。

「すご……い」
呆然と見つめる桜色の髪の少女。
師弟の熱気に当てられて顔色を悪くした。
「熱すぎだってばよ」
少女に答えて隣の金色の髪の子供は呆れ顔。
更にその隣。
黒髪の普段はクールな少年も絶句して。
「努力好きだから」
曖昧に笑うお団子髪の少女。
「努力……」
呟いて金色の髪の子供はまじまじと少年を見つめた。
おかっぱ少年の動き。
忍術=チャクラが使えないある種特殊な下忍。

 捨てた自分と、捨てなかったおかっぱ少年。
 投げた自分と、拾ってきてくれるアイツ(シノ)。

「おい、ドベ」
肩を突かれ黒髪の少年が耳元で囁く。
「……羨ましいとか、カカシにしてもらいたいとか。思うんじゃないぞ」
心持ち青ざめた顔の黒髪少年。
キョトンと黒髪の子供を見たあと、金色の髪の子供は大爆笑。
その場に倒れ込んで笑い出す。
激しい笑い方に咳き込み、少々呼吸困難な模様。
終いには涙まで零す有様。
「だ、大丈夫!?」
桜色の髪の少女が金色頭の背中を擦る。
突如大爆笑し出した子供に、驚いているが心配の方が勝っているようだ。
「チッ……」
ばつが悪そうに。
黒い髪を振り、もう一人の子供はあさっての方角を見た。


拾ってきてくれてアリガトウ。
道場の隅っこにとまった濃紺色の蝶へウインク一つ。
沢山の落し物が、少しずつ戻ってくるのも楽しい。

金色の髪の子供が実感したある日の午後。

 もっと拾ってみたい?

蝶の問いかけにはノーコメントを貫いたけど。



本当はこの場にはネジとテンテンいなかったんですよね。こじ付けで出してみましたvブラウザバックプリーズ