朧月夜の幻


真夜中。
合同中忍試験も間近に迫り、賑わう木の葉の里。
繁華街。

建物の屋根から見下ろす居酒屋は、活気付き仕事帰りの里人でごった返していた。

冷えた風に吹かれた金色の髪。
整った顔立ちの少女が一人。夜風に身を晒す。
頬を撫でる風に乗って漂う酒の匂い。
蒼い瞳を眇め眉を顰めれば隣に立つ長身の少年に笑われた。
「……ナニ?」
不機嫌そのままに言葉を放てば、更に深まる少年の笑み。
少女は小さく鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「注連縄が持ってきた任務は嫌か?」
少年の口調は静かで穏やか。
黒眼鏡のせいで瞳に宿る感情は窺い知れないが、少女を包む感情は何処までも優しく。
少女を苛々させた。

気持ちを見透かされてる。

少女の気持ちを察する能力に長けた少年は、時々少女の神経を逆撫でする。
「別に」
無関心に肩を竦める。

 落ち着いて。

ぽんぽんぽん。

骨ばった長い指が髪を滑り、頭を緩やかに撫でること三回。
少年の無意識の所作。少女が少年にだけ許す触れ合い。
「監視対象は砂隠れの里の忍。あくまでも監視・観察に留めること。尚、こちら側の正体を明かさぬよう注意」
先ほど火影屋敷で受けた依頼を復唱する少年。
少女は背筋を伸ばし表情を引き締めた。
「シノ……しつこい」
肘で少年−シノの腕をつつき少女は口を『へ』の字に曲げる。
「任務中は任務に集中」
シノはしれっとした調子で切り返す。
「どうせ今の俺は不安定ですよ」
小さく舌を出した少女は印を組む。変化の術を使えば少女は美女へ変身。
数年後の少女を髣髴とさせるスレンダー美女だ。髪は目立たないように茶色へ変えている。
『ナルちゃんサイコーvv』
降って沸くのは幽霊一匹(?)先ほどの少女そっくりの金色の髪と蒼き瞳。
妙なノリとピンクのチャクラさえなければ好青年風に見える。

美女は青年を無視。

「任務、行きますか」
美女はシノへ手を差し向ける。シノが無言で印を組み、灰色の髪と瞳を持つ青年に変化。
美女の手を取った。
「留守番よろしくね? 注連縄」
言い捨てて。

飛翔する二つの影。
里の中心部から少し外れた場所にある、宿へ消えていった。

「……ダッセーのな」
ハンカチの端を噛み締める幽霊に追いついた少年。
やや目つきが悪く、長い髪を頭の高い位置で結わき、両耳にはピアス。
奈良 シカマルは歯軋りする幽霊に追い討ちを放った。
『だって! お兄さんのナルちゃんがぁぁぁぁ〜』

ムキー!! 地団太を踏み悔しがる良い歳した幽霊。

シカマルは見なかったことにして、自身は大人しく帰路へついた。





歌舞伎役者のような縁取り。布に包んだ物体を担ぐ黒尽くめ。
少年は嘆息して姉弟を眺める。
「どうした?」
視線に気がついた姉が怪訝そうに少年を見た。
「なんでもないじゃん」
素っ気無く答えれば、「そうか」と。姉の答えも素っ気無い。

末の弟は無言で月を眺め唇の端を持ち上げる。
木の葉の里で『獲物』でも見つけたのだろう。
遠くを見つめる瞳に漲る殺意と快楽。

化物。

末の弟は人間じゃない。人ではないが忍……他者を排除する能力は誰よりも長けている。
此度の中忍試験では役に立つだろう。
人格は問題がありすぎるが。


再度少年は嘆息した。





言葉少ない三姉弟を眺める二つの影。
「あれで姉弟?」
懐疑的告げる美女(ナルト)の唇。
青年(シノ)は無言でうなずく。
「長女で姉のテマリ。長男のカンクロウ。次男の我愛羅。砂隠れの里、風影の実子で今回の中忍試験に参加予定だ」
青年(シノ)が口の動きだけで、美女(ナルト)に子供たちの素性を説明する。
美女(ナルト)と青年(シノ)が向かい合っているのは宿隣の甘味処。
美女はお汁粉を頼み、青年は抹茶を。
「ふぉーふぁい」
お汁粉を口に含んだまま、美女(ナルト)は行儀悪く返事を返した。
「見たところ、長女はあの巨大扇子を使うみたいね。長男は……? カラクリ人形かしら、あの包み。次男は得体の知れない瓢箪」
口に頬張るお汁粉を飲み込み、美女(ナルト)が唇だけで会話を再開。
青年(シノ)は抹茶を口にした後、やはり無言でうなずく。
「チャクラの量で言えば危険なのは次男。
不眠病の症状といい、言動も少しオカシイ部分もあるから……要注意かも」
二人の子供とは違う異質のオーラ。
原因までは深く探れないが(任務外であるため)美女(ナルト)が警戒するに十分な雰囲気を持つ少年だ。
「担当上忍は……バキ。砂隠れ最強の上忍か。中忍試験に力を入れているのか、あるいは? ってところね」
美女(ナルト)はこう結論付けた。





「あの女……」
重苦しい沈黙を破り我愛羅が口を開いた。
目線の先にあるのはお汁粉を頬張る美女。
カンクロウも暫し美女に見惚れ、テマリはジロジロ美女を観察した。
「まあまあじゃないの? とりたてて美人というわけでもない」
面白くない調子で呟くテマリ。
カンクロウ的にはかなり好みのタイプだが、テマリの手前、ノーコメントを選択。
賢い立ち回りと言えよう。
「俺と同じ目をしている」
確信を持った我愛羅の言葉に姉と兄は眼を見合わせるのみ。
姉兄二人には構わず、我愛羅は瓢箪を担ぐと姿を消した。
「あいつの血が騒ぐんだ……」
消える間際に残された弟の台詞。
テマリは眉を顰め、カンクロウは我関せずでため息。
理解不能の末弟は今日も『獲物』を探すのだろうか?
恐怖と狂気で結ばれた姉兄弟(さんにん)の夜はこうして更けていくのである。





甘味処を出て、腕なんか組んで歩く美女(ナルト)&青年(シノ)
そこはかとなく漂う甘い雰囲気や、親密そうに微笑み合う二人の様子からして。
カップルかそれに近い間柄だと判断できる。

見たままだけを信じるなら。

「我愛羅が尾行けてきてる」
美女(ナルト)は青年(シノ)の耳元に囁く。
「ここは人通りも多い……彼が我々の判断する程度の人物なら、今回は引き下がるだろう」
口だけを動かす青年(シノ)。
美女(ナルト)は場違いに思いつつも少し噴き出した。
「ふぅん? 今晩はやけに真面目なのね」
美女(ナルト)が声に出せば青年(シノ)は微かに笑った。
「消したくば戦いの場で。ここは護るべき里。戦いの場としては相応しくない」
生真面目に答えた青年(シノ)の言葉に、美女(ナルト)は本格的に笑い出した。
「そうだけど。でも……あーやって挑発されたらムカつくでしょう?」
目尻に溜まった涙を指で掬い、美女(ナルト)が目線だけを電線へ。
青年も気配だけを探れば律儀に二人を追う我愛羅の気配。
青年(シノ)は眉間に皺を寄せた。

降りかかる火の粉は振り払う。場合によっては抹消も有り。

美女(ナルト)の信条を知るからこそ憂う。
彼女が味わった辛苦は想像を絶するものであり、青年(シノ)自身がこの里を憎んだ時期もある。

「血の匂いが鼻につくのよ。沢山殺したんでしょうね、あの子は」
鼻をヒクヒク動かしてから美女(ナルト)は顔を歪ませる。
余りにもその姿が可愛らしく微笑ましく。
青年(シノ)は肩を震わせ、暫し笑いの衝動と戦った。

 間違ってでも。笑ってしまったらナルトは拗ねてしまう。
 本人は否定するだろうが、意外に子供っぽい部分もあるのだ。
 ナルトは。

 耐えなければならない。

唇を噛み締め耐える青年(シノ)と唇の先を尖らせる美女(ナルト)。
二人は大通りを歩く。
「凄い殺気。私にだけ分かるように送ってる」
美女(ナルト)が嘆息。
「残りの姉兄は宿へ戻ったようだ。現在は部屋にいる」
奇壊蟲の一匹が青年(シノ)の服の上に止まった。
二人は瞬間だけ目線を合わせ、別々の方向へ分かれた。





「……」
真下の男女は手を振り合う。
別れの挨拶も交わされた。別行動を取るようである。
我愛羅は無表情のまま女が消えた路地裏へ舞い降りた。

砂がクッションとなり着地の衝撃を和らげる。

「こんばんは。見事な月夜ね?」
我愛羅の到着を待ち構えるのは美女一人。

両側には建物の側面。袋小路前。
無造作に積みあがった木箱の前に佇む。

我愛羅は無表情のまま唇の端だけを持ち上げた。
「良い眼をしている」
冷たい輝きを放つ我愛羅の瞳。
真っ直ぐに射抜くその眼光に美女(ナルト)は苦笑して肩を竦める。
「それはどうも。残念だけど貴方とは遊べないの。大人しく戻ってくれないかしら?」
美女(ナルト)が言い終わらぬうちに襲い掛かる砂。
身体全体を包み込むように美女(ナルト)の周囲に拡散した。
「……血の気が多すぎ」
好戦的な我愛羅の攻撃に美女(ナルト)は呆れ顔。
丁寧にマニキュアを塗った爪先を唇に押し当てる。
紅を引いた口紅が少し爪について、妖しい雰囲気が漂った。
「?」
我愛羅は少々警戒気味に美女の出方を窺う。

実力的に我愛羅自身が負けるとは考えられない。が、久々に胸躍る獲物。
対等に戦うことができるであろう実力の持ち主。
心の底から沸きあがる衝動と歓喜。

我愛羅は打ち震える。
「ふふふ」
目を細め笑う美女(ナルト)。
目にも留まらぬ鮮やかな速さで印を組み、我愛羅へ仕掛ける。
我愛羅の反応よりも早く美女(ナルト)のチャクラが発動。

静かに我愛羅の身体が倒れ込んだ。

「終わったか」
先ほど分かれたばかりの青年(シノ)が側面から浮き出るように登場。
気配を消したまま側面に姿を潜ませていたのだ。
「ええ。記憶の操作はしておいたわ。わたしは瞬殺されたってコトにしておいた。代わりの死体を用意しておくわね」
念を入れた演出を提示する美女(ナルト)に青年(シノ)はうなずく。
「コレを宿屋近くに放置しておこう」
気絶した我愛羅の身体を小脇に抱え青年(シノ)が飛翔した。



数十分後。

宿屋近くで目を覚ます我愛羅。
「……」
不眠病であるにも拘らず、ナゼか眠っていたような気がする。
だとしたら『アレ』が暴れ出している……筈なのに。

女を殺した。ナゼだか無性に気になる女だった。
癪に障る女だった。『我愛羅』の存在を危くする女だった。

女は最後に命乞いまでした。感慨もなく砂で殺してやったのだ。
血塗れになった女の死体を放置して、たった今戻ってきた……のか?

解せない胸のモヤモヤに我愛羅が首を捻る。

「ふふふ」
我愛羅の目の前を、一人の少女が通り過ぎた。
我愛羅と同い年くらいの、何の変哲も無い里人。
少女の笑顔が。女の顔と重なる。
「!?」
驚いて身構える我愛羅の目の前で少女は消えた。


朧月夜に砂が見た幻。



とまあ。ファーストコンタクト我愛羅編(滅茶苦茶捏造)今回のポイントは我愛羅を『コレ』呼ばわりするシノだったりします(笑)ブラウザバックプリーズ