その先は


眉間に皺を寄せ、非常に不機嫌な美少女は笑顔の青年を睨みつける。
『ナルちゃーんvvお兄さんは幸せだよ』
今にも溶け出しそうな雰囲気で青年はデレデレ鼻の下を伸ばす。

金色の髪と、見栄えのよい碧眼。
整った顔立ちといい、黙っていればかなり美男子の部類に入る青年だ。

「厄日だわ」
答える美少女は素っ気無い。

肩に掛かるくらいの金糸。
青年よりも深みのある蒼い瞳。陶磁器のような白い肌。
柳眉は怒りにつり上がっているものの、鼻筋といい、唇といい、絶妙なバランスで構成される少女の顔。

緑溢れる庭に水を撒き、極力青年を視界へ入れないよう努力している。


『天鳴(あまなり)』家。


波の国での任務を終了した少女は、久方ぶりに自宅の庭の手入れに精を出していた。

「ナルトー……?」
庭に面した窓から顔だけ出す少年。
目つきが悪く、長い髪を頭の高い位置で結っている。
両耳のピアスが特徴的だ。

彼女が留守の間水撒きをしていた 奈良 シカマルである。

「ゲッ」
思わずシカマルは絶句。
ストーカーより悪質な背後霊(守護霊?)が、今日も今日とて美少女……ナルトにへばり付き。
不機嫌なナルトそっちのけでピンクのチャクラを放出中。
「注連縄、ウザイ」
ナルトが心底苛々して美青年風幽霊・注連縄へ言った。
『だって〜v ナルちゃんのエプロン姿、久しぶりに見るんだもん。お兄さん興奮しちゃうよ』
庭の手入れをするナルト。
ナルトは、園芸用に用いるベージュ色のエプロンを身につけているが。
その姿が注連縄の本能(?)を刺激する……らしい。
「あっそ」
怪しく笑う注連縄を無視。
ナルトはシカマルを手招きした。
「例の件でしょう?」
「ああ」
シカマルも注連縄の存在を頭から外す。
庭に面した廊下からサンダルをひっかけ庭に出て、真顔になったナルトへうなずく。
「まだ三代目からは正式な呼び出しは掛かっていない。シノは休暇中」
ナルトの言葉を裏付けるように濃紺色の蝶がナルトの肩に止まった。
シカマルは唇の端を引きつらせ、
「へぇ……」
と相槌を打った。

 ……威嚇か? いや、シノの警告だな。俺に対する。

これ見よがしにナルトへ纏わり着く蝶。
シカマルは握り拳に力を込めたが、極力無関心無気力を装い肩をすくめる。
「合同試験だもんな。水面下での動きは色々なんだろ?」

他里の忍を頻繁に見かける昨今の木の葉の里。

年に二回催される『中忍選抜試験』が近づいている。
故に、木の葉の里には他里の忍が集結しつつあった。

「警備面とかではね。試験管は木の葉の里から出すみたいだから、そういう準備もあるみたいだよ」
ナルトは選抜試験そのものに興味が無い。
実力的に上忍レベルの彼女だ。
『今更』という気持ちの方が強いのだろう。

まったく他人事で、ナルトはシカマルへ事情を説明する。

「ご大層なことで。一々メンドクセーのな」
シカマルは正直な感想を述べた。

楽してそれなりに暮らせれば御の字。
考えて門を叩いた『忍術アカデミー』は己にとって人生の分岐点そのものであった。

「仕方ないよ。里に他里の忍を受け入れるんだから」
シカマルへ言い、ナルトはわざと注連縄に水を撒く。
幽体である注連縄の身体をすり抜ける水。
庭の木々へ落下した。
「……やっぱり人外だね、注連縄」
『酷い! ナルちゃん』
ナルトの酷評に、よよよ〜と泣き崩れ注連縄はいじけた。
シカマル・ナルト両名とも注連縄を無視。
二人して庭から居間へ戻る。

「俺……ちょっとだけ……驚いてる」

水に濡れた手をタオルで拭いたまま、振り返らずにナルトが言った。

「あの時。サスケに庇われたって気がつかなくて。気がついたらサスケは死んでいた。後で分かったんだけど、正しくは仮死状態」
状況を思い出し身震いするナルト。
シカマルは勝手知ったる他人の家、慣れた様子でお茶を二人分注ぐ。

「箍が、外れた。本気で相手を殺してやりたいくらいに殺意が溢れた。無意識のうちに九尾の力を引き出してたみたい。あまり覚えてない」
俯くナルトにあわせ金の髪も揺れる。

「カカシ先生の報告には『配慮が必要』だって。ジジイが教えてくれた」
振り返って笑うナルト。その瞳はまったく笑っていなかった。

「怖いのか?」
湯飲みを差し出し静かにシカマルが問う。ナルトの瞳が細まり僅かに肩が震えた。
「九尾が怖いのか?」
シカマルは重ねて問う。

波の国の一件を聞いたシカマルが感じた率直な感情。
普段ナルトが抱えているであろう、九尾へ対する複雑な気持ち。
未だ制御しきれない九尾の力。
力が解放され、その一端を垣間見たナルト。
彼女は九尾の力をどう評価するか。

「喧嘩売ってる? シカマル」
無表情になったナルトは目線でシカマルを射抜く。
「いや。売ってねーよ」
首を横に振る。ナルトは殺気すら篭ったチャクラでシカマルを威嚇した。
どうやらシカマルの読みは正しく、ナルトの図星をつついたらしい。

大当たり。

「俺だったらそう思うからな。制御不完全な爆弾抱えてんだ、少しは怖いと思うだろ。情けねーけど」
音を立てて椅子を引きシカマルは椅子に腰を落ち着けた。
ナルトは湯飲みを持ったまま立ち尽くしている。
「今回はうちはだったけど? もし、それがもっと大切な誰かだったら?」
尚も続くシカマルの指摘。

ゴト。

鈍い音がしてナルトの手の内から湯飲みが落下した。
幸いにも割れなかった湯飲みは床で転がり、四散した中身のお茶は湯気を立てる。

「俺が? 俺なんかに大切にされて何の得がある?
あのイルカ先生だって陰口叩かれてるのに……俺が誰かを大切に思う資格なんて無い」

なんといっても狐憑依(つ)きだから。

後の言葉は飲み込み、ナルトは顔を歪め哂う。

「逃げるなよ、そーやって。まったくシノといい……メンドクセーのな、お前らは」
シカマルは盛大にため息をついた。
「怖いものは怖い。嫌なものは嫌。誰かに吐き出さないとパンクするぜ」
何でもかんでも一人で抱え込むナルトに、呆れ半分・切なさ半分。
孤独を強いられた少女は頼ることも逃げることも知らぬ。
清々するばかりの潔さだが。

いつまでも心を殺し続けるのは無理だ。

少女は人なのだから。

「俺は木の葉の里の忍。感情を殺すことが最大の任務であり義務。俺が……」
ナルトは珍しく言葉に詰まる。
何時もの覇気も無い。
「ヤッベーよな。俺らしくないのは俺が一番分かってるけどよ」

 ここまで誰かをフォローするのは人生において初めてだ。

シカマルはしみじみ思う。
口が裂けても目の前の少女に告げられないが。

「ナルトが完全に九尾に乗っ取られたら。俺には止められねー」
現在の力量なんてシカマル自身が一番把握している。
どれだけ努力しても当分はナルトに追いつく事は無いだろう。
シノは早いうちに抜かしてやりたいと思っているが。

現在のナルトが九尾化したら、まず間違いなく死ねる。
呆気なく殺されて終わりだ。
些か虚しくも感じるがシカマルの実力はそれくらいのもの。

「半端な実力じゃ九尾は止められない。
イケてない派の俺としては、逃げ延びるくらいが精一杯だろーな」
シカマルは悠長に湯飲みのお茶を飲んだ。
零れ落ちそうな大きな瞳を見開くナルトは、浅い呼吸を繰り返してシカマルを凝視する。

「あ〜!! だからだな? 見届けるくらいは頑張ってみるぜ。ナルトがどれだけ頑張ったかは見届ける。今の俺にはそこまでが限界。イッパイ、イッパイってとこだ」

ナルトは普段、シカマルが嫌になるくらい察しが良い。
なのに今日に限っては例外のようで何度も瞬きをしてシカマルを見つめるだけ。
惚けた顔でナルトは立ち尽くす。

「この先。何が起こるかもしっかり見届けて本にでも記してやっから。九尾が滅んだとしても具現化したとしても。安心して自分の忍道走ってろ」

 本当。こーゆーの、似合わねーよな……俺。

内心は思っていてもここは男の子。
シカマルらしくなく虚勢を張る……緊張と恥ずかしさで顔が真っ赤かであるが。

『本当、似合わないね』
シカマルの心を読んだかのように注連縄が一言。
「おわっ」
突然注連縄が姿を見せたので、シカマルは文字通り飛び上がって驚いた。

『シリアス、似合わないねぇ。シカマル君』
笑顔でトドメを指す男・注連縄。
無邪気にニコニコ笑いながらシカマルへ語りかける。

シカマルはジト目で注連縄を睨むが無言を押し通した。

『ま、九尾化したらしたで。その時はその時でしょう?』
先ほどまでの深刻さを吹き飛ばす、カルーイ調子で注連縄が会話に参戦。
『ナルちゃんは九尾にあげちゃうの? その身体』
固まったままのナルトの顔を注連縄が覗きこむ。
ナルトは瞳に冷めた光を宿し、唇の端を持ち上げた。
「外野は黙って?」
口調は疑問系だが実質ナルトの命令である。
注連縄は大人びた動作で肩を竦め姿を消した。
ナルトは一回深呼吸してからシカマルへ向き直る。
「怖いよ。九尾の力は制御が難しいから。一歩間違えれば俺ともどもボカン」
ナルトが腹の上を人差し指でトントン突く。
「だからって、むざむざ死ななきゃいけない理由もない。里の犠牲になってやっただけで十分」
素早い動作でナルトはシカマルの両頬を軽く叩いた。
「決めたから。俺は俺の忍道を行くって」
弧を描いて目が細められるナルトの笑み。
「ふーん」
つまらなそうな表情でシカマルは相槌を打った。
注連縄に乱入され有耶無耶になった感も無くは無いが。
ナルトの後ろ向き思考に休止符を打てたようだ。

「なぁ? ナルト。さっきうちはの事『サスケ』って呼んでたよな? はたけ上忍も『カカシ先生』って……?」
ハタと思い起こしシカマルがナルトに尋ねた。
「どうだろうね?」
ナルトは感情を殺して薄く哂うだけ。
結局真相は闇の中。

 その先に待つものは。君の手の中に。


うちの九尾さんは原作通り。謎に満ちた妖狐。ナルコの九尾に対する評価話でした。ブラウザバックプリーズ