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殺人機械


早朝。
朝靄のたちこめる原生林。
乱立する巨木と鼻腔を擽る緑の香り冷たい朝の空気。
全体的に深緑の景色へ溶け込めないでいる金色が一つ。
左右に金を揺らし毎日恒例となった日課を果たすべく歩く。

 分からない……分からないよ。

今日の花はチームメイトの少女が見立ててくれた『ヒマワリ』。

花言葉はともかくとして、墓に眠る二人に太陽のような暖かさを。

という気持ちで用意したようだ。

金の髪の子供は二本のヒマワリを持って森を歩く。
子供が歩くテンポに合わせて腕の中のヒマワリも揺れた。
彼等もまた 将来起こりえる 己の未来像の一つ。

 優秀な霧隠れの忍。
 彼等は彼等の信念の元戦い散っていった。忍に相応しく……?


 忍といえども人間である以上、感情を殺すことは出来ないのかもな。


子供の頭に木霊する鬼人の言葉。
鬼人と同等以上の任務をこなしてきた子供には、耳が痛い。
生き延びる為の任務と死場を求めるが故の任務。
二つは矛盾するようで同時に成立する二律背反。

毎日朝は一人で墓参りをする子供は、一人ツラツラ考える。


 とても優しい目をした少年がいました。
 彼は自分と同じ血継限界でした。
 その能力があるからこそ父親に命を狙われ、また、鬼人に拾われました。
 誰かのために強くなれる。
 彼はそう言いました。
 大切な人を護りたい。そのために強くなれる。と。


森の小道を抜ければ見慣れた墓標が二つ。
巨大な首切り包丁。小さな木の棒で作られた二人の墓。
子供は今日の花を手向け墓前にしゃがみ込んだ。


 君は強くなる。

 仮面を被った私を、少年は見破っていました。
 けれども少年が告げた言葉は『君は強くなる』と言う言葉でした。私は化物並なのに。
 言った少年は優しく笑っていて、余計な勘繰りなど必要なかったのです。
 私は呆然と少年の背を見送りました。あれが最初で最後になるとは知らずに。


子供は両手を合わせ墓に眠る二人の平穏を祈る。


 仲間が傷つきました。
 庇う必要のない私を庇って死にました。
 逆流する血の滾りは私の冷静な思考を全て奪い、私は文字通り獣と化しました。
 仮面の下に少年の素顔を認めるまでは。
 少年の顔を見て私は混乱しました。

 優しすぎる少年。優しすぎるからこそ冷酷になれる少年。


 チチチチ……。

鳥が数羽、手を合わせる子供の頭上を飛んでいく。


 少年は『大切な人』を護って死にました。
 本望だったのでしょう。幸せだったのでしょう。
 安らかな死に顔は少年が安息の地を見つけた証。
 修羅の道を歩んだ少年が最後に辿り着いた約束の場所。
 後を追うように身を律した鬼人も。
 きっと幸せで安らかだったのでしょう。

 舞う粉雪は何処までも白く。
 血塗られ生臭かった二人の一生を清冽に清めたのです。


 少年と私。一体何処が違うのだろうか?

子供は目を開き少年の墓を見つめる。

 殺人機械。

 誰かの利益のために人を殺め、代償として生きながらえるこの身。
 少年のように全てを投げ打ってまで里を離れようとは思わない。思えない。

 だからこそ。

 少年の生き方は子供の心に波紋を広げる。
 感情を殺し無邪気さを捨てただのカラクリと化した子供の生き様。
 少年のように運命に翻弄された部分もあるが、選んだのは自分。望んだのも自分。
 受け入れたのは三人+幽霊(守護霊?)。
 それから……。


「ナルト兄ちゃんっ!」
トタトタ……トタ。下草を掻き分ける騒々しい足音。
コンパスが短い子供特有の歩幅の小さい歩き方。
片手で帽子を押さえ、子供へ駆け寄る少年が一人。
少々肌寒い中失踪したせいか頬が真っ赤だ。
「イナリ、どうしたんだってば?」
瞬時に仮面を被る子供は、無邪気に少年に笑いかけた。
少年は、イナリは子供を見上げニコリと笑う。
「どうしたって……もう朝ご飯の時間だよ。母さんがナルト兄ちゃんを探してたから、迎えに来たんだ」
差し出されるイナリの小さな手。
子供は、ナルトは一瞬紺碧の瞳を見開くが、すぐにニシシと笑いその手を取った。
「そっか。もーそんな時間か。俺ってばうっかりしてたってばよ」
「仕方ないよ。もうすぐ爺ちゃんの橋も完成するし、そしたら兄ちゃん達は里へ帰るんだろ? 墓参りに来れなくなるもん」
イナリなりに寂しいのだろう。声のトーンが少しだけ沈む。
「橋が完成すれば、今まで以上に波の国と里が近くなるな」
ナルトはさり気なく慰め、イルカにしてもらうようにイナリの頭を撫でる。
イナリは少し複雑そうに顔を歪めた。


 イナリ。全てに絶望し泣くだけの子供でした。
 私に力がなければ。きっとイナリのように泣き暮らしていたのでしょう。
 無力だと。無知だと己を責め、大人を責め続けて。
 イナリもまた私自身であったかもしれないのです。
 私がイナリを怒ったのは偶然でした。正直、叱咤激励するつもりは無かったのです。
 大切な人の死を乗り越え、誰かを護る気持ちを知ったイナリ。
 彼の光はまだ小さく、か弱いけれど。きっと憧れた父のような大人になるのでしょう。
 仮面の私を慕い信頼してくれた子供。

 受け入れられる。ただそれだけの行為が気恥ずかしく感じます。


ナルトとイナリは仲良く手をつなぎ家路を急ぐ。
「あのさ。兄ちゃん達が帰っても、お墓はボクが毎日お参りする。お供えもする」
「イナリ……?」
ちょっぴり大人びたイナリの横顔。ナルトはイナリの名を呼んだ。
「兄ちゃん母ちゃんに頼んでたでしょう? でもボクがしたい。……駄目?」
ナルトの反応を窺うようにイナリは真剣な顔つきとなる。
真っ直ぐなイナリの目に、ナルトは無意識に笑みを浮かべていた。
「おう。じゃぁ、イナリに頼むな。二人のお墓をよろしく頼むってばよ」
握った手に力を込めればイナリは表情を輝かせる。
嬉しさに頬を真っ赤に染め、イナリの口許が緩まる。

ナルトは喜ぶイナリを眺めた。


 護るべき人がいる。存在する理由がある。
 単純な事だけれど、それだけで人はこうも変わるものなのです。
 少年は仮面の下の私に『強くなる』と教えてくれました。
 目の前のイナリは、偽りの私の言葉で希望と勇気を取り戻し強く羽ばたこうとしています。
 私は?
 真っ暗闇の中。一人で歩いてきた私に残されたモノはあるのでしょうか?


歳の離れた兄弟よろしく歩く二人。気がついた少女が手を振って、
「お帰り、ナルト。イナリ君」
と。大声を張り上げる。ナルトとイナリは二人で手を振り、少女へと駆け寄った。
「もう! 早くしないとツナミさんの料理が冷めちゃうわよ」
腰に手を当てて形だけ怒ってみせる少女。
脇を見れば腕を組んで沈黙する黒髪の少年もいる。
風が巻き起こり少女の服の裾を翻せば、少女から盛大な悲鳴が。
「ナルトッ! あんたのせいだからね!!」
顔を真っ赤にして服の裾を押さえる少女。
長く艶のある桜色の髪が広がった。
「へ? なんで!?」
少女に睨まれたナルトは驚愕して目を丸くする。
「帰ってくるのが遅いからよ〜!!! 馬鹿!」
タヅナ宅へ身を翻し、振り向きざまに絶叫する少女。

「そんなぁ……」

 ガックリ。

しょぼくれて肩を落とすナルトへ慰め(?)の言葉が一つ。
「ウスラトンカチが」
黒髪の少年は高慢な態度で言い放ち、やはりタヅナ宅へ歩き出した。
「なんだとー! コラ、サスケェ!!」

 ムキッー!

さっきまでしおらしかったナルトが拳を振り上げ怒り出す。
「フン」
黒髪の少年サスケから返されるは只一言。
「あははははっ。ナルト兄ちゃんとサスケ兄ちゃんって、仲良いよね」
二人の遣り取りを見てイナリが大うけ。腹を抱えて笑っている。


 殺人機械の私でも。
 偽りの私でも。
 受け入れてくれるのでしょう。仕方がないと笑ってくれるのでしょう。
 弱い私の心は矛盾を受け入れられません。いつか。いつの日にか。
 私自身が『大切なもの』を見つけられたのなら。意義を見出せたのなら。
 貴方がたへ報告に参りましょう。


イナリは一頻り笑ってからナルトの手を引いて走り出した。
「早くしないとサスケ兄ちゃんに食べられちゃうよ」
「お、おうっ!」
イナリに手を引かれ走るナルト。
タヅナ宅からナルトへ手を振る少女とツナミ。二人の背後には担当上忍も。
「母ちゃん、ただいま〜!」
イナリは息を弾ませ声を張り上げる。
「ただいまだってばよ」
つられてナルトも口に出していた。
「「「おかえりなさい」」」
少女とツナミ、担当上忍の声が重なる。


 さあ、見つけましょう。
 君が諭した『護るべきもの』を。
 私の流す涙が血で汚れていても。あの時の雪が全てを清めてくれるのだから。


 君は強くなる。

少年が放った小さな棘。
ナルトの胸の奥で今も熱を持つ。


 殺人機械は棘を持ちました。
 機械にとっては危険な毒です。
 『優しさ』という毒は徐々に機械を蝕みます。


ナルトは一瞬だけ墓の方角を顧みる。
鋭く細められた眼(まなこ)とは逆に瞳に灯る輝きは穏やかだった。
すぐに何時もの『うずまき ナルト』へ戻るナルトに、先ほどまでの躊躇はない。


任務終了も間近に迫った、ある朝の一コマ。


しっとりを目指したらなんか違うような。ナルコもナルコなり。日々成長している・・・筈。ブラウザバックプリーズ