香りが指し示す感情


 今日のアノコは絶対にオカシイ。

桃色の髪を揺らし、少女にしては珍しく心配顔で金色の頭を見やる。
矢張り、同じような心配顔で子供を見つめる黒髪の少年と目がかち合った。

「「……はぁ」」
少女と少年、同時にため息。
二人の目線の先の子供。

金色のクセ毛を揺らし、一心不乱に草を掻き分け落し物を探している。
かなり鬼気迫る表情で。

「こら、サスケェ! サクラちゃんと見詰め合うなってば!!」
完全に目を吊り上げらしからぬ態度で八つ当たりをする子供。
黒髪の少年を振り返り、拳を振り上げ腕を回した。
「……ドベが。なにを焦っている? らしくない」
これ以上子供を刺激せぬよう、黒髪の少年 ― サスケは言葉を選んで口にした。

彼にしては非常に珍しいことだが。

「そーよ、ナルト。ナルトらしくないよ? 朝からずーっとピリピリして。なにか心配事でもあるの?」
いつもは冷静な突っ込みを入れる少女、サクラも流石に子供の様子を窺うように言葉を選んでいた。
そんな中で一人『我関せず』を貫くのは下忍担当の上忍だけ。
切り株に腰かけ愛読書を読みふけっている。
「な、なんでもないってばよ……」
下唇を噛み力無く呟く子供からはいつもの元気が感じられなくて。
余計にサクラとサスケの不信感を煽る。
「そう? いつもの元気もないし、集中力だっていつもの半分以下。闇雲に探したからって見つかる落し物じゃないでしょう?」
ウルウル潤む蒼い瞳。
子供の……ナルトの萎れた花のような様子を見かね、サクラは努めて優しく問いかけた。
「ヘーキ、ヘーキ。全然大丈夫だってばよ」
無理矢理笑顔を作るナルトだが、瞳は全然笑っていない。
今にも泣き出しそうに歪んでいる。

「ナールートッ。お前、大丈夫そうには見えないよ?」
今度ばかりは担当の上忍も黙っていられず。ナルトを手招きした。
「でも、本当にヘーキなんだって。カカシせんせー」
眉根を寄せ、ナルトは反論しながら切り株へ向け歩き出す。
顔の半分を覆い隠すマスクの上忍は愛読書を閉じ、ウエストポーチへ収納。
立ち上がると残りの二人の子供も手招きする。
「ナルト? ソレはどういう根拠」
六つの瞳がナルトを見守る中、担当上忍カカシはこう切り出した。
「根拠って……言われても」
思い当たる節が無いのか、ナルトは腕組みまでして考え込む。
固唾を呑んで見守る七班のメンバーは、ナルトが考えを纏める間も辛抱強く待った。

が。

「きゃーvv サスケ君、ぐうぜ〜んvvvv」
耳を劈く高音。
ピンクオーラ炸裂な、金色の髪の少女が恐ろしい勢いでサスケに抱きつく。
とたんにサクラからドス黒いオーラが放たれた。
「ちょ、いの!? なんでアンタがここにいるのよっ!!」
サスケにしがみ付くいのを引き剥がしに掛かりながらサクラが怒鳴る。
「ああ、これから先生の奢りで甘味処に行くのよ。ホラ」
いのが目線を背後に向ける。

歩くデカ熊、上忍アスマを先頭に、ポッチャリ系少年チョウジ・目つきの悪い&耳ピアス少年シカマルの順に十班の面々がゆっくりこちらへ歩いてきた。
正しくは道を外れてサスケに飛びついた、いのを回収しにだろうが。
「よう、カカシ」
咥えタバコをしたままアスマは片手を上げる。
カカシも片手を上げて応じた。

「ねぇねぇ、それよりサクラは知ってる?」
サスケから離されたいのが、思いついたようにサクラに話しかける。
いのの表情に、何故だかシカマルの眉がヒクヒク痙攣した。
「あの油女 シノがスッゴイ可愛い女の子とデートしてたんだって! くの一の友達の間じゃ相当な噂よ」
「いの、本当なの!? で、相手はくの一? わたしの知っている子?」
年頃の乙女は他人の恋愛模様にも興味津々。
ましてや寡黙で女に興味のなさそうな男の子がデートしていたとなれば話題性は抜群。
サクラは目を輝かせた。
「ん〜、それがさ。イマイチ分からないのよね。柔らかな茶色の髪と大きな瞳。
もう守ってあげたくなるような儚い印象の超美少女。わたしも少しだけ見たんだけど、ホントに凄い可愛いの! シノも隅に置けなかったのね」
サクラの疑問にいのは呑気に答える。
一方のシカマルは心持青ざめ、チラチラナルトの顔色を窺う。

 面白くない。
 シノのデートの話題を、なんで俺が聞かなきゃいけないわけ?

殺気は辛うじて抑えてあるがナルトの表情は不機嫌そのもの。
頬を膨らませブスーッとした顔で唇の先を尖らせる。

「ボクも見かけたかな。凄く可愛い女の子。
シノも満更じゃないみたいで、雰囲気がいつもと違ってたかな」
火に油。

チョウジが手にしたポテトチップスを漁る合間に爆弾発言。
シカマルの背を冷たい汗が流れ落ちる。


その後、アスマ班の面々は去っていった。
が、益々調子を悪くしたナルトが上手く動けなかった為に任務は途中で打ち切り。
カカシの判断により、ナルトは自宅(うずまき宅)へと強制送還されたのだった。


 あ〜!!! もう。イライラする。

八つ当たりの矛先は『カカシ人形』滅茶苦茶に蹴りをいれ拳を放ち、ボッコボコ。
見張り(人形のモデル)が存在するので手加減するものの、かなり派手に八つ当たる。

『お疲れ様〜v ナルちゃーんっvv』

ポン。

調子外れにポップコーンが弾ける音。
そんな効果音付きで登場するのはスケスケ人間(?)。
金髪・碧眼一見美青年風。彼の名は注連縄。
ピンクのチャクラを振りまき小首を傾げている。

ナルトは勿論無視。

無言でカカシ人形にクナイを投げつけた。

『ナルちゃん?』
注連縄はナルトの眉間に出来た皺を突いてもう一度、その名を呼ぶ。
『ああ、カカシ君なら大丈夫。幻術かけておいたよ〜』
にこにこ笑う注連縄の言葉にナルトは仮初の姿を脱ぎ捨てた。

ぼやけるナルトの身体のライン。
徐々に丸みを帯びる身体は、成長期を迎えた少女をそのまま象徴し。
冷たい眼光を持つ美形の顔と相俟って、人を惹きつける。

尤も当の少女は無自覚だろうが。

「用件を言え」
取り付く島のないナルトの態度。
『うん。ナルちゃんの身体から良い匂いがす……』
注連縄が言い切らぬうちにナルトは踵を返した。
『ちょっ、ちょっとナルちゃん! お兄さんの話を最後まで聞いてよ』
「下世話な会話に付き合うほど俺は暇じゃない」
言いながらナルトが懐から取り出す小太刀。
浄化の力を持つ宝刀『照日(てるひ)』である。
『違うんだってば、ナルちゃん。そりゃー、ナルちゃんは女の子だし。
趣味でガーデニングしてるだけあって緑の良い香りはするけど。お兄さんが言いたいのは、別の匂い』照日の出現に怯むものの、めげない注連縄はナルトへ近づいた。
『そう、ナルちゃんから匂うのは嫉妬の香り』
注連縄は無駄に歯を光らせて言い切った。

注連縄のコメントに、今度こそナルトは辛抱強い対話を諦める。

印を組み影分身を一つ作りだした。
表の姿『うずまき ナルト』の分身を。

『ナルちゃん、シノ君の話を聞いてモヤモヤしてるでしょ?』
玄関を開けたナルトの背に、注連縄が問いかける。
部屋を出ようとしていたナルトの動きが止まった。
「……別に? シノにだって友達はいる。彼女を作ったとしても、俺がとやかく言える立場じゃない」
『ナルちゃんの考える嫉妬と、お兄さんが今言っている嫉妬は種類が違うんだよ』
注連縄はスイーと空中を浮遊し、ナルトの目の前へ移動。
目を細めて笑う。
『ほら、ナルちゃんにとってシノ君は兄弟みたいなものでしょう?』
注連縄は兄弟の部分を強調して、こう切り出した。
曲がりなりにも元エリート忍者。
観察眼は腐っていない。
一理あると感じたナルトが目線で話しの先を促す。

『一言くらい、ナルちゃんに教えても罰は当らないよね? 彼女とデートするんだって』

チリ。

胸の中を走り抜ける痛み。
ナルトは痛みを無視して注連縄の顔を注視した。

『別に隠しておくことじゃないじゃない? シノ君だって男の子! 彼女の一人や二人、いたってさ』
いくら男の子の振りをしても、ナルトは女の子。
どう頑張っても男の気持ちを完全に理解できるわけではない。
それだけに注連縄の言葉には説得力がある。
「彼女が沢山いるのは問題だと思うけど?」
微妙に論点がずれるが、ナルトは冷静に指摘した。
『お兄さん位いい男になると、お嬢さん達が放っておいてくれないんだよ〜♪』

 えへん。

現在は死んでしまっているのだから、過去の栄光だろうに。
注連縄は得意げに胸を張る。

『兎に角ね? ナルちゃんは仲間外れにされたみたいで、悔しかったんだよね? 兄弟みたいに仲の良い友達に何も言ってもらえなくて』
よしよし、とナルトの頭を撫でる注連縄。
ナルトは納得したような、違うような複雑な顔つきで小さく唸っている。
「……」
『大丈夫! ナルちゃんは美人さんだから、すぐに別の男がみつかるよ』
ドサクサに紛れ、注連縄はちゃっかりシノの存在を除外しにかかった。
やけに友達・仲間という単語を強調し、ナルトの頭に植え付けようとする。
「別の男〜は良く分からないけど。友達なら、仲間なら。正直に伝えてくれても良いと思う、彼女がいるくらい。逆に水臭い」
『そ〜だよねぇ? ナルちゃんvvv』

 っしゃ〜!!!

状態の注連縄は心の中でガッツポーズ。思わず口許が緩んでしまう。

「……だから、確かめてくる」
『はい?』
「シノから直接聞きたい。彼女がいるなら会ってみたい」
言うや否やナルトの姿が瞬時に消える。
うずまき家に残されたのは、『ドベのナルト』と呆然とする幽霊。

 しまった〜!!!

後悔先に立たず。
目先のナルちゃんに欲が眩み、注連縄は彼女の心境まできちんと把握していなかった。

言わずもがな『シノの彼女』の正体は、ナルト自身。
この間の修行の帰りに偶然目撃されたのだろう。
髪の色や瞳の色を変えても。
ナルトの美しさは損なわれたりしない。

これらの事実を踏まえた上で漁夫の利を狙った注連縄。

上手くいけばシノを追い払えるかもしれないし、ナルトは懐いてくれるかもしれない。

なーんて下心満載で。

 ナルちゃんは分かんないだろうけどさぁ〜。
 いーっつも。そう。いーっつも。

 本当の姿のナルちゃんから、あの蟲小僧の蜂蜜の匂いが漂ってんだよ?

 自覚ないでしょう、ナルちゃんは。
 シカマル君だって、あの匂いの牽制には勝てないんだから。
 幽霊になっちゃったお兄さんなんか、太刀打ちできないじゃない。


 あああああ〜。お兄さんが嫉妬の香りを出したいよ。


打ちひしがれる注連縄。

ちょっぴり凹む注連縄にとって幸いだったのは。
意味もなく喧嘩を売られ、ナルトから一週間無視され続けたシノの姿を拝めた事だろう。
更に自身は二週間無視されたが。


甘い香りは独占欲の証?

香りが示す感情は、まだ、秘めたる胸の中。


やや注連縄視点で。嫉妬話を書きたかったのに雰囲気が違う(涙)ブラウザバックプリーズ