うつろう蒼き瞳は


真昼の太陽が、血塗りの小太刀を照らし出す。

人気の無い山道に女が一人。

男とは如実に異なる体つき。
なだらかな肩のラインと胸のふくらみ。
長い髪を一つに結わえ背に垂らす。
くびれた腰から形のいい尻を下がり、バランスのとれた太腿には手裏剣ホルダーが。
女は無言のまま小太刀を真横に構えた。
仮面の下の表情は分からぬものの、身にまとう雰囲気は剣呑。
刃のような鋭い殺気は弱者を怯ませるのに十分で。

「ヒィィ」
旅装束の男は、腰を抜かした状態で仮面の女に背を向けた。

 フッ。

女が無造作に投げたのは小さな銀の針。
男の脊髄に突き刺さる。
男は目を見開き、口から大量の泡を吹いて絶命。
苦しみに呻く間さえない。

 つと。

女が右手にある崖を見上げた。

「……」
女の殺気を浴び尚且つ拮抗する殺気を放ち、好機を窺う忍。
女は小首を傾げ、小太刀を鞘に納めた。

 ガ ガガッ。

鈍い音と共に空から降り注ぐ手裏剣。
弧を描き女の身体に突き刺さる。
女は服を切り裂かれ血を流し地面に崩れ落ちた。

刹那。

崖上の忍の足元に集まった小さな蟲が。
チャクラを喰らう蟲が、忍の身体を覆っていた。

「アアアアアアア」
一瞬の動揺は命取り。
忍は女のいた山道まで転落。

辛うじて受身は取るものの、次の瞬間には止めを刺したはずの女の小太刀に胸を貫かれていた。
死を予感する忍の視界に、木に突き刺さった大量の手裏剣が映る。

そしてブラックアウト。

女は慣れた手つきで忍の懐から一通の書状を抜き取った。





『ああああ、切ないね……。ねぇ? シカマル君?』
スケスケで人外系。
常識ある人間ならば驚愕し、目の前の現実を否定したくなるだろう。
陽炎のように揺らめく青年は泡を吹いて絶命する旅装束の男に声をかける。

能天気な青年の声に煙が巻き起こり、男の代わりに少年の姿。
長い髪を頭の高い位置で結び、耳には大きめのピアス。
やや目つきの悪い少年。
ニコニコ笑う青年を見上げ嘆息した。
「あのなー、オッサン。こっちは任務なんだから、ウロチョロすんなよ」
背に刺さった針を抜き少年は肩を落とす。
変化の術を使い死体役を演じたこの少年、シカマルは首を回した。
『酷いじゃないか〜。お兄さんはオッサンじゃなくて注連縄!』
場違いに、的外れな注釈をするのは『お陀仏しそこなった幽霊・注連縄』。

自称『可愛いナルちゃんを守る正義の幽霊』だそうで、神出鬼没。

『シカマル君が囮? 目的は最初から密書? あの忍が持っていた密書だよね?』
「……俺は、あの忍の手助け役。本物の手助け役はシノが始末した。ナルトは俺を殺すフリをして相手の忍をおびき出しただけだ。ちなみにランクはB」
察しのいいシカマルは注連縄の口を封じるべく、手短に任務内容を説明した。
任務の守秘義務はあるが相手は幽霊。
任務中も覗きにくる恐れを知らぬタフな奴だ。
「シカマル、帰ろう」
仮面の女がシカマルに近寄る。
女は少し返り血を浴びたようで、据えた匂いがした。
『ナルちゃーんvv』
注連縄は嬉々として仮面の女に近づく。
「……」
女は黙って懐から別の小太刀を取り出した。
『……それって脅しなの? ナルちゃん、こんなにお兄さんはナルちゃん一筋なのに』
小太刀を見た注連縄が悲しそうに女を見る。
「さっさと成仏しろ」
女の怒声と共に抜き放たれる小太刀。

清浄の気を放ち、不浄を一瞬にして浄化する小太刀で名を『照日(てるひ)』という。
白銀の刀身煌き、女は小太刀で文字を描く。

『まった来るよ〜vv』

 パン。

クラッカーがはじける効果音を残し。
笑い声と共に注連縄は姿をくらました。
元忍の幽霊とだけあって引き際を弁えている。
ちゃらんぽらんな態度とは裏腹に、状況判断などは的確。侮れない幽霊なのだ。
「……」
女は文字を書く途中の姿のまま固まった。



所変わって天鳴家。
書斎。
畳部屋両脇に納まった本棚と、ギッシリ詰まった大量の忍術書。

開け放った窓から澄んだ空気が室内に流れこむ。

指先に止まる蟲を観察しながら、黒眼鏡で長身の少年は気遣わしげに少女を見る。
少女は苛立ちを隠さずに不機嫌丸出しの表情で、親指の爪を齧っていた。
膝を抱え座り込む少女の姿は他者を完全に拒絶。

事情を知るシカマルは寝そべって囲碁の本を読み、少女がしたいままに任せている。
最近の特殊任務に乱入するお邪魔虫。
先日の囮をつけた任務にも顔を出し、美少女の機嫌をすこぶる損なって立ち去った。

美少女の不機嫌の理由はそこに尽きるらしい。

 幽霊のくせに暑苦しい。

少女に纏わりついては『親愛の情』を囁く。
刃物のように尖った彼女の心を波立たせるには十分すぎるほどの波紋を幽霊は巻き起こしていた。

 落ち着いて。

少年の少し大きな手が少女の頭に落下。
そのまま二・三回頭上で弾む。

「シノ……?」
耳に掛かる髪をそっと掬われればくすぐったく。
少女は首をすくめ、少年の名を呼んだ。
「彼に悪気は無い。それだけは確かだ」
シノは少女に向かって断言した。

不安定な彼女は『好意』を恐れる。
今まで嫌というほど裏切られた蜜の味。
他者からの『好意』という甘さを。

少女は自嘲気味にクツクツ笑うが、シノの視線に窘められて真顔に戻った。

「ナルト、きちんと人を見ることも大事だ。見る価値もない人間を見ろとはいわん」
同じく真顔のシノ。
真正面から少女、ナルトの怒りがちらつく視線を受け止め、彼女を諭す。
シカマルも無意識に本のページを捲る手を休めた。

静寂。

目を逸らしたのはナルトで口許を歪ませ俯く。
シノはそれ以上何もいわずそっとナルトを抱き寄せた。

「あー、いいか? 俺はナルトだから、ナルトだから動けるんだ。共に任務もしたいと思うし近づきてーんだ。まあ、おっさんもそー思ってんだろ」
シカマルは物憂げにナルトへ近づき、両頬をブニブニ押す。
「任務に邪魔には来るけど、任務の妨害はしてないだろ?」
客観的事実。
シカマルが指摘すれば、ナルトは両目を閉じた。

再度訪れる奇妙な沈黙。

『おっはー』

 ポン。

白い煙と共に注連縄登場。某ママの『おはよう』スタイルを真似ている。

「今は昼。それに古いよ、その言い回し」
ナルトの冷静な突っ込み。
『つれないなぁ、愛しのナルちゃんは』
注連縄が気分を悪くした観は見えない。

あはははは〜♪ なんて愉快に笑っていて底抜けに明るいのだ。

『この間の埋め合わせに来たんだ。ちょっとしたツテがあってね、特殊任務を一つ貰ってきたよv ナルちゃんが一番したいと思うヤツ』
笑顔の注連縄は少しだけ邪チャクラを放っている。
「非現実的とか思わない?幽霊がどうやって依頼なんか貰ってくんの?」
至極当然のナルトの問い。
『企業秘密だよ〜vvv』

 キャッ。

なんて今時の少女でもしないぶりっ子口調で注連縄が答えた。
オマケに両手を組んで片足上げて。
シノとシカマルからも白い目線を頂戴する形となる。

「……前言を撤回しよう」
重々しくシノがナルトに謝罪した。
「今回ばかりはオレも人を見る目がなかったと思う」
シカマルもバツが悪そうにナルトへ告げる。
『やだな〜君達。お兄さん褒めてもナルちゃんとの交際は認めないヨ?』
注連縄は指を左右に振ってウインク一つ。

「……成仏しろ」
ナルトは一言言い捨てて姿を消した。

「ナルトへの愛情は認めるが、無闇に神経を逆なでするな」
キョトンとした様子の注連縄をシノが睨む。
眼鏡の奥の瞳は鋭い眼光を放ち、殺気立つ気配にシカマルも引いてしまうほど。
『どうして? だってあの子は里の救世主だよ?』
「残念だな、あいつは疎まれて育ってきた。憎しみだけを込められて、これ以上はないくらいの絶望を味わっている」
シカマルが冷静にナルトのおかれた環境を注連縄に示唆した。
「いちいち幽霊相手に説明するのもメンドクセーけどな。後々の為に一応説明しといてやるよ」
シノの無口を補うのは自然とシカマルの役割となっている。
シカマルは淡々と注連縄に語り出した。

「ナルトは九尾を封じた『器』だ。だが、里の大人達はナルトそのものを憎悪する。
大切な人を失い、憎むべき対象が生き残っている。それが許せないんだろうな」

彼女の近くにいるようになってから良く見かける、彼女のうつろう蒼い瞳。
里人の憎しみを一手に引き受ける彼女の瞳に映り行く、負の感情の数々。

それらを黙って甘受する彼女の自虐的性格も考えものだが、一番性質が悪いのは中途半端に彼女に近づく子供達だろう。

以前のシカマル自身も含めた。

「強くならなきゃ生き残れなかったんだよ。それ程『生』に執着はないみてーだけど、家の都合もあるらしいしな。柵ってヤツに、律儀に縛られてやがる」

儚く微笑む清らかな乙女。

凄惨に嘲笑う戦人形。

対極をなす二面性を裡に秘めた彼女は偽りの仮面を被り続ける。

『う〜ん。シカマル君の言いたいことは分かる。でもそれって子供の都合でしょ?
二人が思うほど大人だって捨てたもんじゃないよ? お兄さんはね、それを証明したくてココに居るんだ』
ナルトに大人を理解してもらう。
ナルトと同じ蒼い瞳を輝かせそう言い切る注連縄に、シノとシカマルは眩暈を覚えた。

そして珍しく同じことを考える。

 なんとかと天才は紙一重。

『ナルちゃんの瞳を、あんな風にさ。傷ついた子猫みたいに潤ませたくないんだ。
ワイルドなナルちゃんもお兄さん好みで良い感じだけどね〜』

 ふふふふふ〜♪。

怪しく笑う注連縄。

この後数時間ほど、二人の少年は注連縄から『ナルちゃんのココが可愛い』話を延々と聞かされる羽目となる。


うつろう蒼き瞳は今日も前を見据え、鋭く輝く。


それを知るは今のところ……三人+幽霊だけ!?


注連縄はそれとなくフォローするタイプ。大人ですから。(私的希望)ブラウザバックプリーズ