風切る身の……


三班合同で行われた演習で起こった『カレー事件』
カカシ・アスマ・紅の上忍達はペナルティーAランク任務を課せられた。
無論、毒にも匹敵する激辛カレーで下忍の生命を危機に陥れた罰として、である。

午後の街。

一人の美少女がペットボトルから、スポーツドリンクを飲んだ。
美少女の隣を歩く少年。
頭一つ分高く、長めの後ろ髪を頭の高い部分で結び、両耳には大きめのピアス。
仏頂面でポケットに両手を突っ込んでいた。
「……本当、上手くいくといいけど」
美少女はため息混じりに呟く。
「無理言ったか?」
やや心配そうに少年が少女の顔色を窺う。
少女は黙って首を横に振った。
「ううん。俺のほうが無理言ったよね」
彼女の顔色が冴えない。
「いや、アレは誰でも驚くだろ」
少年があの事態を思い出すように、空を流れる雲を見やる。
いつもと変わらない緑豊かな木の葉の里。
活気満ち溢れる里で奇妙な現象がある場所にだけ起こっていた。





天鳴(あまなり)家。

居間。

ナルトの隠れ家であり、本当の家であるこの場所に。
不思議な『死にぞこない』が出没したのはつい先日。

カレー事件のすぐ後で、少女の十二の誕生日が過ぎた直後に起きた。

「なんか、視線を感じて……。気味が悪い」
鳥肌のたった腕を擦り、少女が珍しく弱気な発言を口にした。
肩まで届く金糸の髪。
不安に揺れる青の湖面は儚げで、青ざめる白い肌に、色をなくした桃色の唇がなんとも痛々しい。
いつも不敵な笑みを浮かべる彼女らしくない様子に、呼び出された少年は不覚にもときめいてしまった。

本人に『可愛い』なんて告げようものなら、即、瞬殺だろうけれど。

己の魅力に気がつけない彼女の心理を悲しく思う反面、自分しか知らない彼女の姿に優越感を感じるのもまた事実。
自分の隣にいる長身黒眼鏡の存在を除外すれば。

「カカシじゃねーのか?」
一瞬。ストーカー変態教師、カカシに正体が知れたのかと話を聞いた少年は考えた。
「違う。カカシ上忍は現在『うずまき』の家で影分身のナルトを監視中だ」
黒眼鏡の少年は、彼の言葉を否定した。
「この家でお風呂入ってる時とか、一人で水撒きしている時とか。……たまに、一人で寝る時も感じるんだ。シノと一緒に寝てると感じないけど」
少女は落ち着かないようで、少し殺気立っている。

 なにぃぃぃ? 一緒に寝てるだと???

少年怒り心頭。

殺気を込めて黒眼鏡、シノを睨めば唇の端を持ち上げた笑みを意味深に返されるだけ。
「ナルト、どうしてシノと一緒に寝てるんだ?」
思わず少女に迫る。
「えっ? ……えっと、昔からのクセみたいなものかな? シカマルだって、友達とお泊りした時に一緒に寝るでしょ?」
シカマル少年の発した怒りと恨みのオーラに気圧され、少女……ナルトが口篭った。
「へぇ、『お泊り』ね」
精一杯冷ややかな視線をシノに送り、シカマルは嫌味たっぷりに呟く。
ナルトは何故シカマルが怒るのか理解不能。

「おい、ナルト。今度俺も泊まりに行くからな、将棋の勝負付き合えよ」
「負けてやんないよ?」
シカマルが将棋をちらつかせればナルトは飛びつく。
普段のナルトの顔に戻り、シカマルへ挑発的に微笑んでみせる。

「俺も泊まろう」
何の脈絡もなくシノが口を挟んだ。
「シノも将棋がしたいの?」
ナルトは心底不思議そうにシノを見つめる。
シノはナルトの疑問には答えず、何度か少女の頭をポンポン撫でただけであった。

 簡単にこの位置は譲らん。

片眉を持ち上げるシノ。
正に一触即発、ナルトを巡る少年の争いが……始ろうとして。

「あっ……」
火花散る二人を他所に、ナルトは小さな悲鳴を上げた。
「あ、あ、あれ……」
震える指先で棚のある一角を指差しナルトは唇を震わせる。
シノ・シカマル両名が同時にその方向を向けば、

『クックックック……』 と、不気味な笑い声を上げる煙状の生き物(?)が漂っていた。

「「「!!!!!」」」

流石に三人、声にならない悲鳴が上がる。





シノは天鳴家を遠巻きに見張り、ナルトとシカマルは原因を究明すべく火影邸を訪れることにしたのだった。


ちなみにナルトとシカマルが街を歩いているのはその帰り。
火影からある『術』を教わってきたのだが、効果があるのかまったく不明。
ナルトとしても未知で、気配が読めない人外形のナマモノに少なからず恐怖を覚えているようだ。

覇気がない。

シノも合流して、いざ、天鳴(あまなる)家に突入。

「うう〜」
まるで『うずまき ナルト』のように小さく呻いて、ナルトは涙目で隠れ家の門を睨みつけている。

 うわ、激カワイイ……。

普段無口な少年と、ぶっきらぼうな少年の気持ちが見事に重なる。

「行こう」
シノが抜け駆けでナルトをお姫様抱っこし、さっさと家の玄関を開け中へ入った。
「待てっ!」
彼女に関して面倒ごとは一切ない。
ライバルに先を越されたシカマルは歯軋りをして悔しがる。
普段は分け隔てない大人なシノだが、ナルトが絡むと容赦ない。
慌ててシカマルも二人の後を追った。

『……』

「「「……」」」
煙状のソレはまだ居間に居座っていて無言で三人を出迎えた。

ナルトは無意識に喉を鳴らし、火影に教わったとおり印を組む。
チャクラを練り込むにつれ、煙が徐々に発光しだしポルターガイストのように、椅子やら棚やらがガタガタ揺れる。
「破ッ」
ナルトが最後の印を組み終わり術は発動した。

 ぽよよよよん。

なんとも間の抜けた効果音。
ナルトを守るように身構えたシノとシカマルは、更なる驚きに目を見開く。

「……なあ、オレが幻影を見ているんじゃなきゃ、アレだよな」
シカマルは口を開き恐る恐るシノに問いかけた。
「間違いない。俺も同じモノを見ている」
冷や汗を掻きシノも上擦った声音で答える。
「ダレ?」
最後に、ナルトは眼光鋭く相手を睨みつけ殺気全開の態度をとった。

『いや〜、助かった♪』

スケスケの体。
金の髪に碧眼。
年齢は二十代後半から三十代前半。
上忍が身につけるような忍装束姿。
整った美男子風で、ニコニコ笑う様は優しげな雰囲気が漂う。

『ナルちゃんの保護者だよv』
器用にウインク一つ。
たいへん見覚えのある顔を持つスケスケ男は、自信たっぷりに言い放った。

「ねえ、幽霊を成仏させる術とかあるかな?」
ナルトはいち早く冷静さを取り戻す。
男を無視してシノとシカマルに向き直った。
「さすがに無理じゃねぇ?坊さん呼んでお経とかが無難だろ?」
シカマルは両手を合わせて拝む動作をする。
「……強制成仏として、名のある陰陽師を呼ぶ」
こめかみに指を当てたシノが別の方法を示唆した。
三人の子供は男を無視して、それぞれに考え込む。

『もしもし?』

完璧に無視された男は、子供達に声をかける。

「普通、ああゆうのは未練があって成仏できないんだろ? 面倒だけど、未練を取っ払えば手っ取り早くないか」
熟考を重ねたシカマルが、とりあえずの打開策を打ち出した。
「それしかないか。……ねえ、オジサン」
『良くぞ聞いてくれた、ナルちゃん! お兄さんはね、君を守るべくずーっと背後についてたんだよ。
ナルちゃんに悪い虫がつかないように。ほら、お兄さんのナルちゃんはすっごく可愛いから……』
意を決しナルトが男に声をかけると、男は堰を切ったように熱く語り出す。
『……とか、色々心配だよ。ってな訳でナルちゃんを守るために、お兄さんはいるんだ。成仏は無理だよ』
極上の笑みを浮かべる男。
「ストーカー背後霊?」
シノが怪訝そうに呟く。男は頬を引きつらせた。
『酷いな、シノ君。あ、三代目のお蔭でお互いの意志の疎通も図れるし。お兄さんのコトは注連縄ってよんでねv』
ナルトに微笑みかける男……自称・注連縄。

「ふーん。で?」
至極妥当なナルトの反応。

注連縄はなにを問われてるか分からず、首を傾げる。

「で? 守るって? 言っとくけど、俺は守られなきゃならないほど弱くない」
一欠けらの感情さえも見事に消して。
ナルトは注連縄を注視した。

『あああああああ。お兄さんの可愛いナルちゃんがっ』

大袈裟なほど落胆した注連縄が、冷たいナルトの対応に絶叫。
居間の床に『の』の字を書いて拗ねだす。

「ウザ」
ナルトの嫌悪感たっぷりのトドメに注連縄はシクシク泣き出す始末。
本気で泣いているわけではなかろうが、鬱陶しいことこの上ない。
「……視線の正体は判明したな」
ため息混じりにシカマルがナルトの肩をたたく。
「今日は『うずまき』の家に帰るか? 念のために札を」
魔よけの札を渡し、シノがナルトの心情を慮る。
「マスクの監視の方が楽かも」
うんざりした顔で注連縄を見て、ナルトは額に青筋を浮かべた。
『駄目だよ〜。夜風は冷えるし、カカシ君は邪セクハラ教師だし。お兄さんは心配! 夜風を切れぬこの身が恨めしい。実体とか作れたら、送り迎えしてあげるからねv』

「……は?」

注連縄の聞き捨てならない台詞に、ドスの利いた声で疑問を投げかけるナルト。

『ふふふ。お兄さんはナルちゃんが十二になったらこっちにもどってくるように、術を使ったんだよv もう少し頑張ればチャクラも練れるかもvv』
注連縄の爆弾発言に、ナルトが脱兎の如く逃げ出したのは言うまでもない。


この出会いをキッカケに、ナルトに頭痛の種が一つばかり出来た。

この事実を知るのは少女を守る少年二人と。


「……根性じゃな」
水晶から一部始終を見ていた火影のみ。


風を切る身の冷たさは、少しだけ、ナルトの混乱を鎮めてくれたそうな。

めでたし、めでたし?


いよいよ真打登場。明記してませんが注連縄=ナルパパです。ブラウザバックプリーズ