冷たい指先を伸ばし


小春日和の木の葉の里。
温暖な気候と適度な雨で生い茂る緑。
無法地帯と化した緑のジャングル。
呆然と立ち尽くす三人の子供達。

「この屋敷、秋・冬しか使わない大名の別邸なんだがな。大名の親戚が結納を交わすらしくて、急遽屋敷を使うことになったらしい」
のんびり屋敷について注釈を入れる半眼の大人。
「命って素晴らしいね〜。生命力に溢れるステキな光景だ」
「……ワザとらしいです、カカシ先生」
春色の髪。
そよ風に流れる髪を押さえ、少女が冷たく大人に突っ込んだ。
「酷いなサクラ〜。これでも自然に対する尊敬の念ってのは持ってるんだぞ、俺は」
少女は……サクラは胡散臭そうに担当上忍を睨みあげる。
睨まれた上忍、第七班の担当カカシはにこりと笑う。

残りの子供二人。

一方の子供。
フワフワの金色の髪を揺らす愛嬌のある顔立ち。
空色に近い蒼い双眸を限界まで見開き、子供は大口を開けたまま固まっていた。

金色の髪子供の一歩後ろで腕を組む黒髪子供は、あさっての方角を向いて沈黙している。
ポーカーフェイスを保っているようだが額にかすかな青筋が浮かんでいた。

「という訳で今日の任務は『大地の偉大さを感じつつ汗を流して庭の草むしり』だ」

「「ちょっとまてー」」
我に返った金髪の子供とサクラが同時に突っ込むが、カカシは愛読書片手に木の上に避難。
一人寛ぎの姿勢。
「なーんか騙されてるってばよ、俺達」
愛読書を読み始めたカカシ。
そんな上忍の姿を見上げ金色の髪の子供は力無く呟く。
「今日ばかりはナルトに同意見だわ」
サクラも少々疲れた調子で金髪の子供に答える。

 パン。

金髪の子供、ナルトは自分の両頬を叩き気合を入れた。
「落ち込んでても仕方ない! 早く終わらせて家に帰るってばよ」
気持ちの切り替えが早いのはこの子供の長所で短所。
金色の髪を揺らし、ナルトはニシシとサクラに笑いかけた。
「無駄に元気ね、ナルトは」
忙しないナルトとは対照的に、黙って草刈へ向かった黒髪の少年。
サクラ意中のエリート下忍(候補)サスケは作業に取り掛かる。
「ホラホラ、早くしないと日が暮れるよ〜」
頭上から降るはカカシの声。

「「遅刻してきたお前が言うなっ!」」

サスケの草を刈る音をバックに、ナルトとサクラの怒声が響き渡った。
今日の任務は草刈。
ナルト達七班の子供にとっては三度目の任務。

 一度目の任務は犬の散歩。

 二度目の任務は子守。

ナルトは注意深く草を掴み引っこ抜く。
頑固に根を張る雑草は中々抜けてはくれない。
懇親の力を込めればやっと抜けて、その労力にため息をつく。

渋々草取りを始めたサクラは細心の注意を払う。
さり気なさを装って、出来るだけサスケに近づこうと考えているのだ。
少しずつ、少しずつ彼へ接近。
コツを掴んだエリート少年。
さして力も込めずサクサク雑草を抜く。
サクラの気配に気がついていてか、微妙に逃げるようにその立ち位置を変えていた。

 最初の任務では、依頼人に露骨に嫌な顔をされた。

 二度目の任務では、赤子を任せてもらえず一人疎外された。

つい四日前のことである。

ナルトはヘラヘラ笑い、不思議がるサクラとサスケの追求をのらりくらりかわす。
笑っているナルト。
けれど追求を許さない強い意志を秘めた蒼き瞳。
子供の背負う何かを無意識に悟ってかサクラもサスケも口を噤んだ。

イチャパラを読み耽りつつも三人の子供の行動を正しく把握。
カカシは眉を顰める。

里人の反応はどうであれナルトは試験に合格した正式な忍。
存在そのものを否定してしまっては元も子もない。

何よりあの子供は四代目が残した『遺産』
下らない『その他大勢』の感情で潰すわけにはいかないのだ。
徐々に『人慣れ』させていこうと思ったのだが。

 まさか里人の拒絶がああも激しいとは予想外だったな。

カカシは思うが表に出さず。
今回は無難な人を介さない『草むしり』。
子供達の特性をいち早く掴む。
名目で選んだ『草むしり』である。しかしながら。
個性が出る。

「サスケには負けねっー!」
宣言してナルトは我武者羅に呻きながら草をむしる。
「馬鹿なこと言わないの!」
ナルトを諌めサクラはジリジリ移動してサスケを追う。
「フン……ウスラトンカチが」
お馴染みの口台詞を言って、サスケは無表情に草を抜きサクラから僅かずつ遠ざかる。

三者三様。

子供の性格が良く滲み出ていて面白い。
上から子供達の奮闘を眺め『ほえー』と、力の抜けた笑みを浮かべるカカシであった。

ナルトは地中深く根を張る草を懸命に引っ張る。
「うりゃぁぁぁぁぁ」
気合をいれ一点に力を集中。
地面に蜘蛛の巣状の陥没が起こり、草の根っこが地表に出た。
草を抜ききった反動で仰向けに転べば草の山に埋没。
「ナルトォ、危ないじゃない」
サクラがナルトを叱った。それが転びそうになったナルトを指したものか。
草の山を崩してしまったナルトを指したものかは不明。
「だって……」
引き抜いた丈の短い草と、反比例するように長い根を見たナルトがしょぼくれる?

 それとなく俺を尾行する。
 里人に襲われても無干渉。
 マスク、何を考え何を想う。

常に付きまとう視線。
カカシがナルトの監視者というのはほぼ確実。
火影の屋敷に忍び込みカカシに関する裏資料を探し出した結果だ。
彼の実力・能力・器(?)どれをとっても一流。
何故暗部から上忍に戻ったのかナルトが不思議に思ったくらいに。

 あとは……イルカ先生と黒いのに注ぐ妙な視線!
 黒いのは、写輪眼繋がりで理解できるけど、イルカ先生は?
 益々持って不可解な奴め。

「いいから続きをしなさいよ。まだ半分も終わってないんだから〜」
草に埋もれたナルトを再度叱りサクラは額の汗を拭う。
「はー。頑張るってばよ」
『表』のナルトは完璧にその役を演じきるも、その心はカカシに対する不信感が増す。

もともとの相性も悪いのかもしれない。

ナルトは両腕をグルグル回し固まった筋肉をほぐす。
無駄な動作をし続けると筋肉へ蓄積される疲労が大きい為、余計に疲れる。
本来ならサスケのように無駄なく動きたいが、今は我慢。

 火影との約束は破らない。
 二度の任務内容から三度目は草むしりね。
 見てないようで俺のことも配慮した育成プラン。
 頭良いんだな。……シカマルレベルじゃないだろうけど。

しゃがみ込み草を見る。
時折吹き込む風に揺れるその様は柳のよう。
しなやかで躍動感がある。
どのような場であっても根を張る生命力と繁栄力。
ナルトは手を伸ばし、雑草の地面近くを掴んだ。
「よしっ」
掛け声一つ。
ナルトは両手を握り、数回力を込めた。

 この冷たい指先で掴むべきは未来(さき)。
 しがらみに動けぬ過去(あと)ではない。

頬を赤く染め雑草を抜く。
頭から、こめかみ、頬の端を伝う汗を手の甲で乱暴に拭い、ナルトは青々茂る雑草を睨む。
どうして草の量が減らないのか。
そう謂わんばかりに。

 壊すだけが能じゃない。
 散るだけが道じゃない。
 ……人生ナンダカンダ言っても、生き残った者勝ちだしね〜。

ナルトは手際悪く雑草を抜く。

 それにしても……草むしりメンドー。
 あ、シカマルの口癖が感染った。

サスケの手際は素晴らしく、動きが無駄にない上、サクラとの無言の鬼ごっこも展開している。
サクラの恋する乙女心も手伝い庭の雑草は半分ほど抜けた。
太陽はかなり西に傾いて目測では午後四時ほどか。
「ハイハイ。草むしり今日の部は終了〜!」

 パンパン。

カカシは手を叩いて子供達の動きを止めた。

『明日も草抜きか!! 最初にそれを言え!!』

三人の子供達は共通の感情を顕にカカシへ視線を送る。
見事なチームワーク(?)。

「じゃ、途中経過の報告があるから」
サクラが口を開くもカカシの逃げ足が一瞬早く。
瞬く間にカカシの姿は消えた。

「「「……」」」

汗まみれ・泥まみれ・草臭い。

「じゃーな」
サスケは背を向け歩き出した。
「待ってサスケ君! 途中まで一緒に帰ろっ」
恋の力は偉大で体力的に限界に近いサクラが驚異的スピードでサスケを追う。
無論、サスケとて大人しく掴まる訳がなく逃げるのだが。
「……ハァ」
遠くなる二人の気配を見送りナルトは疲労のため息をつく。
影分身で残ったカカシの気配がプンプンする。

 ちっ。
 術で一掃したかったけど仕方ないか。

『夜』の任務もあるのでおとなしく帰ることにする。
ナルトは疲労困憊な足取りを装い一人で帰路に着く。


そうして今晩も冴え渡る小太刀の煌き。
無味乾燥の思考の中、少女は思うのだ。

 命を奪う己の手のなんと冷たきことか。
 感情を凍らせる我が先(ゆび)が掴むは、どの未来(さき)か。

少女が腕を振り上げれば、誰かの血が迸った。
答えはまだ森の中。


後日談として。
残った雑草は『何か小さな生き物』に食い荒らされた形跡を残し、ものの見事に消えていた。
カカシの提出した報告書に記されていた事実を、ここに示しておく。


いや、七班の皆さん好きですよ(汗)でもね?うちのナルコは人見知り激しいから……。ブラウザバックプリーズ