余りモノには福がある

朝から延々待たされた挙句行われた下忍認定試験は無事終了した。

叫びつかれたヒヨコ髪。
金色の羽毛はフヨフヨ風に揺れ軽く前後に揺れる。
すきっ腹を抱えた子供は空腹を通り越し、緊張感が抜けたせいで深い眠りについていた。
太い木の杭に縄でグルグル巻き。
子供の力で断ち切ることは不可能。

数十分は根性でもがいていた子供であったが、心地よい疲労感に見舞われ夢の中。

 なーんて、フリしてるだけなんだけど。
 いーかげん誰か通れよ。

身体も気配も完全に睡眠時のもの。
だが子供の思考は完全に平常時のもので、乱れはない。
忍として日常を生き延びる為に養った特技の一つだ。

 『仲間』ね。
 マスク(子供の中での担任上忍の名称)にしては珍しく熱血じゃん。
 気に入らないなぁ〜。森の中の演習場。

梢の間から漏れる小鳥の鳴き声だとか、茂みを移動する小動物の足音だとか。
穏やかに時は流れる。

 はー。

 まぁ複雑だね、あのマスクも黒いのも。
 背負いすぎで沈没するタイプかな。

四肢の力は抜けている。
容赦なく腹の虫は鳴り続けた。

「……おーい、ナルト」
酷く遠くで子供を呼ぶ大人の男の声。
子供は無反応。すっかり眠りこけている風にしか見えない。
「起きろ、ナルト」

ユサユサ。

軽く身体を揺すられる。

「……?」
寝惚け眼で正面を見れば、顔面度アップに広がる……?
「カカシ……せんせー?」
マスク。

 一番会いたく人物に限って、目の前に現れるんだねー。

掠れた声で名を呼べば、男はにっこり笑って子供の、ナルトの頭を撫でた。
「いやー、悪いね。すっかり存在忘れちゃって」
全然悪びれない態度でナルトを戒める縄を解いていくカカシ。
腕や胸・腹を圧迫していた縄が解かれ、ナルトは自由になった。

「ふー。やっと抜けれた」
ナルトは両手を空へ伸ばし深呼吸。
胸いっぱいに酸素を取り込む。
「しかし器用だな。あのまま眠るなんて」
カカシが感心すればナルトは恨めがましい視線を送る。
「先生やサクラちゃん達が無視して帰るからだろっ! 俺ってば被害者だってばよ」
噛み付かんばかりの勢いで怒鳴れば、呼応してナルトの腹は鳴る。
ナルトはその場に蹲り腹を抱えた。

ナルトの『被害者』という言葉に、カカシが僅かに反応する。

 自覚はあるんだ? マスク。

ナルトの中でのカカシの印象が一段と悪化した。
「一応……ありがとう、カカシ先生」

 ニカッ。

単純無邪気の代名詞のように微笑んでやれば、カカシは瞠目して縄を巻き取る手を休める。
と言っても、上忍が見せる一瞬の動揺など『ドベ』のナルトに分かるわけがない。
分からない振りをしてナルトは立ち上がった。

「俺も帰るってば。さよーなら、カカシ先生」
服についた泥を払ってからナルトはカカシに挨拶した。
「ああ、気をつけてな」
ナルトが手を振ればカカシも手を振る。

 それなりに強いみたいだし。
 気配や変化の修行と思えば苦でもないか。

家方面へ真っ直ぐトコトコ歩けば、ナルトを追跡する上忍の気配。

 ?

ナルトが首を傾げて前を見る。
道路の端っこで心配顔の元教師が立ち尽くしていた。

カカシからの報告を受け、ナルトを祝福しに来たようである。

「イルカせんせぇーv」
イルカ目掛け加減気味の全速力。
大声出し、ナルトはイルカの腰目指して飛びつく。
『ドベ』の跳躍力から判断した位置で、ナルト自身も密かに気に入っている位置だ。
「せんせ、俺ってば下忍になった! これで火影に一歩近づいたってばよ〜」
喜色満面。
無邪気にじゃれ付くナルトにイルカの顔も綻ぶ。
「よかったな、ナルト」
イルカも我が事の様に喜んでナルトの髪をグシャグシャに乱す。

「ニシシ」
ダイスキなイルカ先生に、面と向かって褒められて照れてます。
そんな風に笑えば、

 グゥー。

緩んだ腹の筋肉が虫の音を告げた。

「ああああ〜。俺ってば朝飯抜きで、昼もまだだった。早く帰んなきゃ」
ナルトはしがみついていたイルカから身体を離す。
「まだなのか? もうすぐ三時だぞ?」
わたわた慌てる弟分にイルカは心配顔。
「え、もう? 早く帰るってば」
「ナルト、ゆっくり歩かないと転ぶ」
ナルトの言葉に苦笑しイルカはナルトの手を握る。
ナルトはキョトンとした顔でイルカを見上げた。
「今日はお祝いだ。たいしたもんは作れないが、先生の手料理で祝ってやる」
「……」
優しい笑みに、ナルトは『一楽のラーメン』という感情を顔に出してみた。
案の定イルカがため息混じりに肩を落とす。
「たまには良いだろ? ラーメンはまた今度奢ってやるよ」
イルカは酷く落胆したナルトの顔に傷付きつつも、ついつい甘やかしてしまう。
現金なお子様はとたんに上機嫌。
「やったー。ラーメンッ!」
ナルトが空いた手で小さくガッツポーズを決めた。
「今度、な」
長い付き合いでナルトのヒヨコ思考は見抜いている。
イルカはきちんと釘を刺した。

 イルカ先生、一人暮らし長いから料理は上手だよね。
 にしてもなんだよ。
 さっきからイルカ先生に変な視線送りやがって、マスク!

上忍はナルトを尾行する意図を悟らせず、演習場からずーっとナルトを観察している。
首筋がチリチリして気分のいいものじゃないが、『ドベ』を演じる今は致し方ない。
何も気がつかない・知らない態度を貫きイルカ宅へ早く逃げ込むべきだ。

 少なくとも部屋まで覗き見しないだろ。

イルカと親子のように仲良く手つなぎで歩く。
出会って数時間しか共有していないが、今は担当上忍の良識を信じるしかないナルトだった。

「ね、イルカせんせぇ。俺達の班以外で合格した奴らいるの?」
班分けを見た範囲では大方予想がつく。
しかし予想は予想であり現実ではない。
自己の中で明確に線を引いて物事を見るナルトは、さり気なくイルカに尋ねた。
「どうしたんだ、急に?」
ナルトの口から他人を気にする発言が飛び出た。
普段は五月蝿いくらい騒ぐナルトだが、それは孤独の裏返し。
自身の出生の秘密を知った今は、かなり人目を避けるようになった。
イルカにしてはかなり不思議である。

「そりゃー、俺のライバルはサスケ! サスケの奴に勝ちたい。でもさ、でもさ、下忍になった他の奴等だって火影目指してる奴がいる……と思うんだってば」
「へぇ?」
「木の葉丸だって火影を目指してるんだ、イルカせんせぇ。まー、俺が先に火影になるから無理だけどさ〜」
ナルトはたどたどしく説明し、手の甲で鼻の頭を何度か擦る。
「つまり他にも火影を目指すライバルがいるかもしれない。そう考えたんだな」
纏まりのない説明を総合的に考え、イルカは簡潔にまとめた。
「そー、そうだってば」

にい。
ナルトは目を細めて笑う。

「はは。確か他には……アスマ上忍の班。それから紅上忍の班。彼等が下忍認定試験に合格したそうだ」
「ふーん」
ナルトは良く分からないという顔で適当に相槌を打った。

 シノもシカマルも無事合格。
 ……にしてもさ。

難しい顔で俯きナルトは目を見開く。
上忍はまだ尾行してきていて、自分の担当でなければ即瞬殺したいくらい。

 ウザイ。

「グゥー」
ナルトの腹の虫にイルカが笑いを堪える。
イルカの震える頬の筋肉が衝動の大きさを物語る。
ナルトはムッとした顔で頬を膨らませた。

そんなこんなで歩いていれば、イルカの自宅は目と鼻の先。


誰かの息を飲む音。

道路の周囲を行きかう大人達の冷たい 目。

驚愕・恐怖・嫌悪・憎悪・憤怒。

無造作にナルトへ注がれる視線の嵐。


特にナルトの額に巻かれた木の葉の忍の『額当て』に、大人達の視線は集中。
小さい悲鳴を上げて家へ逃げ込む老婆の姿や、子供の手を引いて道路を離れる女性の姿。
殺気立つ男性に、そっぽを向く老人。

 こんな時は耐えるしかないっしょ。

下唇を噛み締め俯いてイルカの手だけを頼りにテクテク歩く。
視線の洗礼を受けようやく辿りつくイルカの自宅。

「腹減った〜」
ナルトは腹を擦りイルカに訴えた。
「そこで少しだけ待っていろよ? ほら、これ飲んで」
勝手知ったるイルカの家。
ナルトは定位置のイルカ家ソファーに寝転ぶ。
そんなナルトにイルカが投げて寄越したのは『お汁粉』の缶。
予め温めてあったもので、手に持つと少し熱い。

「ああ、今流行の当たり付きお汁粉缶!」
木の葉で女性や甘味ファンの人気を集める、お汁粉の缶。
ナルトは意気揚々とプルトップを持ち上げた。
「……っしゃー! 当りだよ、当りだってば、イルカせんせぇ!!」
ナルトはお汁粉を飲まずに、台所で忙しく動くイルカに近づいた。
内側に落ち込むプルトップが、当り色の緑に塗られている。
「それ、お店で残っていた最後の一つだったんだ」
余りモノには福がある。

さっきの視線は気にするな。ナルトはナルトなんだからな?

優しいイルカはナルトに告げ、当り缶を指先で弾きニヤリと笑う。


 余りモノには福がある。
 残った上忍にも福がある?
 ……ありゃ残ったってゆーより、遅れてきただけって話しじゃないの??


ナルトが小さな胸のうちで激しく毒づいていたのは、ナルトだけの秘密である。


ナルコのカカシに対する初対面の印象……最悪じゃん(汗)カカシ先生好きですよ、私。ブラウザバックプリーズ