その鮮やかな傷口(イタミ)を

忍者アカデミー卒業試験合格の夜。
シカマルは自室から夜空を見上げ、タイヘン落ち着きがなく右往左往。

部屋の中を歩いては窓へ、窓へ寄っては歩いて……を延々繰り返す。

教員の一人が『うずまき ナルト』を嵌めようとしている。
卒業試験に先だって火影から伝わった内部情報。

情報を元にシノが諜報活動を行い、シカマルが起こりうる事象を何パターンか考え出した。
これから先の、ナルトの下忍生活を考慮し手っ取り早く教員を封じる行動を選択。
敢えて教員の口車に乗った『フリ』をして返り討ち。

記憶操作が出来るナルトには造作もない。

シカマルが判断し、ナルトもシノもその考えに同意していた。
が、予期せぬ展開というのもあるもので。

教員が狙っていたのは『ナルトの命』ではなく、『初代火影が残した禁書』であった事。

タイミング悪く暗部の仕事の手伝いに出かけたシノ。
シノがシカマルに預けていった蝶が齎した情報は、シカマルを動揺させるに十分だった。
ナルトは教員の言うとおりに『禁書』を盗み出し、事情を知らない忍達はナルトの行方を追っている。
ナルト本人も不本意だろうが、教員を封じる目的があるので捕まるまるわけには行かない。

たどたどしさを装いつつ、里中を逃げ回っている。

事態を把握したシカマルが動こうにも、里中はナルトを探す中忍や上忍だらけ。
下手に動けばナルトの立場が悪くなる。
ナルトの能力を考えれば心配無用だ。
しかし、ナルトに怪我を負わされる忍連中が気懸かりである。

シカマルは到底平静を保てず、分娩室に入った妻を案じる夫のように右往左往していた。

 せめてシノがいれば。

シカマルの能力も補助系に長けているが、シノほどではない。
シノの蟲使いとしての能力と冷静さはこのような混乱時に重宝する。
シノへ個人任務を言い渡し、里外へ行かせたた火影を。
密かに恨めしく思うシカマルであった。

 コン。

開けっ放しの窓から部屋に飛び込む飴玉一つ。
ナルトの瞳の色そのままの美しい蒼。
シカマルは飴玉を拾い上げ、慌てて窓から身を乗り出した。
美少女が向かいの家の屋根の上、顔をくしゃくしゃにしてシカマルに手を振る。
シカマルは部屋に置いてある脚絆を引っ掛け窓から飛び出す。
気配を消して屋根に着地。

美少女を見れば、彼女は涙目のままシカマルに抱きついた。

夜に栄える金の髪が反動で弾む。
シカマルの鼻腔に届く、ふんわり匂う蜂蜜の香り。

 ……シノの奴。こんなモンで牽制するなよ……。

今晩は里にいない長身の少年がニヤリとほくそえんだような気がして、シカマルは肩を落とす。
少女の柔らかい身体に動揺した心臓も、驚くくらい落ち着いてしまった。

「どうしよう……」
美少女らしからぬ弱気な声。
「どうしよう……、シカマル」
泣きはしないものの、それに近い悲鳴にシカマルは戸惑った。
「ナルト、事情を話せよ。めんどくせーけど、聞いてやる」
シカマルはシノの真似をして、美少女ナルトの背中をあやすように何度か叩いた。
「……イルカ先生が」

 すん。

ナルトは情けない顔で鼻を鳴らす。
「イルカ先生が?」
思わず復唱して問い返すシカマル。
ナルトが口を開くまでの数十秒間。
シカマルはありとあらゆる事態を想定し、またもや心臓をバクバク鳴らしていた。

「あのムカツク教員が俺の第一発見者になるはずだったのに。イルカ先生、根性で俺を見つけ出しちゃって……」
そこでまたナルトは鼻を鳴らす。
シカマルの心拍数は急上昇。

あのナルトがここまで凹むくらいだ。
相当な何かが起きたに違いない。
確信して、次のナルトの言葉を待つ。

「少し話していたら教員が奇襲してきて。イルカ先生……俺を庇って……」
ナルトは声を詰まらせた。

 庇って? どーしたんだよ、ナルト。
 早く言えよ。

シカマルは無意識にツバを飲み込んだ。

「もー。腹立つ! だいたいイルカ先生は戦いに向いてないんだから、無理せず応援呼べばいいのに俺の立場考えちゃってさー。
俺庇って手裏剣背中に受けて血なんかダラダラ。俺よりずっと不器用なくせに『そうだよなぁ……ナルト。寂しかったんだよなぁ』とか泣き出すし!!!」
ナルトはその細腕に似合わず、強い力でシカマルの抱擁を解き、シカマルの両肩をしっかり掴んだ。

 くわっ。

目を見開き怒りに燃える蒼い眼差しをシカマルへ向ける。
今までのしんみりしたナルトの態度が豹変し、シカマルは大きく口を開いてフリーズした。

「本当に熱血教師なんだから。自分だって立場弱くなっちゃうかもしれないのに。イルカ先生だって九尾が憎いのに。
なのに俺には優しいし。……馬鹿みたい」

 ナルトは憤慨している……?

頬を膨らませ『ヘタレなイルカ先生』に怒るナルトの姿。
美少女が語る様子にシカマルは呆然とするばかり。

「そもそもっ! ジジイだって悪いんだよ。ジジイの対処が遅いから先生が無駄に怪我するんじゃん。先生も先生だよ。
今晩になって急に俺の事認め出したりして、偽者の俺を信じたりして……全然疑わないで。
そりゃー、俺の偽装完璧だし。シカマルみたいに罠にでもかけなきゃ見破れないよ。でも中忍で担任っしょ。少しは俺の人格を怪しめっつーの!!!」

普段は男だが中身は女の子。
ナルトのマシンガントークに、シカマルは曖昧に笑った。

「九尾の器となりうる子供が、フツーの子供なわけないでしょ〜!! そんな簡単に封印できるなら四代目だって今頃生きてるよ。
素質ってのがないと無理なんだからね。それでも九尾襲撃事件の目撃者だったの! 親の敵をそんなに簡単に信用するなー!!」
掴んだシカマルを前後に激しく揺すり、一息で言ってのけるナルト。

 ……で、結局どーしたんだよ。
 イルカ先生に憤るのはいいから。

前後にシェイクされて三半規管の感覚が悪化する中、ナルトの肺活量に感心しつつシカマルは思った。

「俺の囮になってくれたけど、腹の虫なんか納まんない。教員をどーしても俺の手で懲らしめたかったから、多重影分身を使った。丁度、禁書の一番初めに載ってたし」
シカマルの表情に浮かぶ感情を読み取って、ナルトはズレた話を元に戻す。
「五百人? 何人だか忘れた。それでいっぱい分身してタコ殴りv 顔とかもボコボコ。イルカ先生は少し驚いたかなぁ?
でも上手く誤魔化せたし。教員を殺れなかったのは悔しいけど、すっきりした〜」
ナルトは満足そうに頬を赤らめて爽やかに笑う。

「……さよか」
爽やかなナルトとは対照的に、シカマルは心の中で教員に両手を合わせ合掌。

 マジ御愁傷様です。

素っ気無いシカマルの返事が不満なようで、ナルトは唇を尖らせた。

「大変だったんだよ! まあ、お蔭で卒業できたけど」
ナルトはシカマルの肩を解放。
胸元に仕舞い込んだ何かを取り出して見せる。
「イルカ先生がつけてる額当て?」
見覚えのある少し使い込まれた額当て。
胸を張るナルトにシカマルは言った。
「いーでしょ。多重影分身のお蔭で無事卒業〜! このまま卒業できなかったらジジイ半殺しにするつもりだったの」

 ふふふ〜♪

ナルトは笑い、友達と洋服について語り合う少女の雰囲気を纏う。
例の如く目はまったく笑っておらず、底冷えのする殺気を放つ器用な顔。

「あー。それに関しちゃ俺もナルトに謝るぜ」
バツが悪い調子でシカマルはあさっての方角へ顔を向けた。
「俺も読みが甘かった。この通りだ」
シカマルは両手を屋根に付いて深々と頭を下げる。

ナルトに甘えは許されない。
彼女は自分に厳しい。
同じくらい他人に厳しい。
忍の任務が彼女をそう育てた部分もある。

非情にならなければ『自分の大切な誰か・何か』を守りぬけないと考えるナルトの想いそのままに、ナルトは自己を厳しく律する。

静まり返る住宅街。
徐にナルトが噴き出した。

「ぷっ。一応反省してくれてんだ」
「……」
頭だけ上げてシカマルはジト目でナルトを睨みつける。

 俺だって人並みに反省だってするさ。
 作戦ミスで『仲間』を危機に晒したんだ。

ナルトは忍び笑いを漏らし、黙ってシカマルの肩を二回叩く。
納得いかない表情のシカマルだったが上半身を起こした。

「ハプニングだったけどね。シカマルの作戦ミスなんだけど……ね?」
耳にかかる髪を掻き揚げナルトは目を細める。
「初めてだったの。 ジジイ以外の『大人』に、俺の存在を認めてもらったの。
イルカ先生が認めたのは『うずまき ナルト』だけど……でも! 九尾の器としてじゃなくて、俺自身を評価してくれた。ふふ、少しくすぐったい」
イルカから貰った額当ての木の葉マーク。
ナルトは木の葉マークを指でなぞる。
「そっか」
短く返し、シカマルはナルトの額を指先で突いた。


ナルトが最も信用できないもの。
それは『大人』
九尾の事件の真相を知り、ナルト自身を疎む『里の大人』

子供のシノがナルトの同居人となっているのも。
新たな理解者としてシカマルが選ばれたのも。

ナルトの心の傷を考慮して、保護者の火影が考えた苦肉の策。

シノから伝え聞いたところによると、幼少期はそれなりに『大人』に面倒を見てもらったらしい。

ただ、ナルトを受け入れられる『大人』は誰一人としていなかった。
常に『大人』の殺意の対象として育てられてきた少女。
故に彼女が抱える里の『大人』への不信感は相当なものだという。

『大人』によって植え付けられた傷口を隠し、ひたすら前へ疾走するナルト。

その痛みのなんと鮮やかなことか。


「イルカ先生にまだ事情は話せねーけど。ま、将来有望な保護者を見つけられて良かったな」
冗談交じりに茶化してやれば、ナルトはブイサイン。
満更でもない顔で宝物の額当てを胸に押し付けた。
シカマルの脚袢の爪先部分に止まる濃紺色の蝶。

 シカマルにしては上出来。ご苦労であった。

蝶の向こうで呟く少年の姿が連想されて。
シカマルは思わず苦笑してしまった。


個人的にとても書きたかった話。自己満足だけは100%。
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