不確かな安定感


木の葉の里。天鳴(あまなり)家。
爽やかな風に舞う水しぶき。

金髪の美少女は楽しそうにホースで水撒きに熱中。
無言で少女を見守る背の高い丸眼鏡少年と、長めの髪を頭の高い位置で結んだ少年が二人。
庭に隣接する廊下に佇む。
ホースの先から大量に流れる水は陽光を反射してキラキラ光る。
七色に光る水滴にいちいち歓声を上げる少女は無邪気そのもの。

「楽しいかぁ?」
馬鹿丁寧に問いかけるのも面倒だが、シカマルは少女……ナルトに尋ねた。
「うん。水が血飛沫みたいに散るから楽しい」
あまりよろしくない例えにシカマルは口をへの字に曲げる。

裏のナルトに『常識』を求めはしないが、あからさまな例えは謹んで欲しい。
「卒業試験も間近だな……。ところで、ナルトは下忍としても働くんだよな?」
ふと思いついてシカマルは疑問を口にした。

今までは学校と裏家業の二重生活。
これからは、『忍』家業の二重生活。
ナルトにとって当然重みは違ってくる。

シカマルは大口を開き、盛大に欠伸を漏らす。

「勿論」
湯飲み片手にシノが答える。
「仕方ないじゃん。ジジイを始末すれば面倒ごとは回避できるけど?」
水を庭に撒き撒き、ナルトも会話に参加した。
「始末した方がよっぽどメンドーだろうが」
呆れた口調でシカマルが突っ込む。

ナルトなりに、シカマルと言う存在を受け入れつつある。
シカマルの持つ、察しのよさと綿密に考え抜いた他者との距離感。
悪戯に殺気を浴びせても、受け流せないくせにぼやくだけ。
頭の切れるところ。将棋が上手なところ。

逆に、引くときはキチンと引いてくれる分をわきまえた態度。

包み込むシノとはまったく逆のタイプ。
心配だからこそ放置して出方を窺うシカマルは、何もかもがシノと逆だけれど。

ナルトは気に入っている。

日差しも斜めに差し込む朝方。

特殊任務を終えたナルトとシノ。
留守番を買って出ていたシカマル。

三人は、天鳴家で各々寛いでいる。

ナルトは趣味のガーデニング。
シノは趣味のナルトウオッチング。
シカマルはボケーっと将棋本を読み耽る。

三者三様。

「班編成は、先生一人に新人下忍が三人。俗に言う『スリーマンセル』だな」
半ば独り言のようにシカマルが呟いた。
「そうそう。俺の班はねー、一人は確実。ジジイの命令で『ナルトの好きな女の子』を一人作れって言われてて。ほら、俺っていつも『サクラちゃんが好きだってばよ』って。言ってるでしょう?」
「へー。あれも偽装の一種か」
ナルトの説明にシカマルが納得。
「個人的に好ましい性格だと思うよ? 春野は」
ナルトがやんわり訂正する。
「もし俺が本当に男だったら、春野みたいな女の子が友達としては一番付き合いやすい。そう考えて、春野を選んだ」
男二人が複雑な表情で黙り込むので、ナルトは腑に落ちない。

しかし、話の流れを止めるのは得策でないと判断。喋り続ける。
「だから、俺と春野と誰かもう一人で『スリーマンセル』。多分、シノともシカマルとも組まないと思う」
「根拠は?」
今度はシノが口を挟んだ。
「シノもシカマルも。俺を知りすぎている。担当の上忍に俺の素性がばれるのはまだ早いから。……ジジイがそう考える以上、俺達が班を組むことはない」
水を撒く手を休め、ナルトは真顔に戻って結論付けた。
「一理あるな」
シカマルはこめかみを指で押し、小さく唸る。
「ってことは。俺は俺で、ナルトとの関連を誤魔化せ、って訳?」
言外に『めんどくせー』を滲ませ、シカマルが廊下を支える柱に寄りかかった。
「シノは普段は無口だし、シカマルだって普段は寝てばっかりじゃない」

「「……」」

ナルトの指摘にシノ・シカマル両名は無言で互いに目線を交わす。

 普段『ドベ』を演じ続けるお前に言われたくない。

双方意志の疎通は図ったものの……。
笑顔のまま向けられるナルトの殺気に怖気づき、口に出すまでには至らない。

「そのままで、少しだけ協調性をだせば中忍試験まで誤魔化せるって」
ナルトは水道の蛇口を閉め、ホースを巻き取る。
「二人は楽でいいよね?」
駄目押しのように、微笑まれれば嫌でも笑うしかない。

シカマルは乾いた笑みを浮かべた。
シノは無言でナルトの頭を撫でて、彼女の機嫌取りに走る。
「担当上忍誰なんだろーな」
シカマルも慌てて話題を無理矢理変えた。
「ジジイの家にでも忍び込で調べる? ついでに放火とか」
顎に手を当て考え込むナルトに、シノとシカマルは揃って首を横に振る。
「まだ早い」
「五代目火影が決まれば、そーしてもいいんじゃねぇの」
フォローも忘れず。
シノ→シカマルの順に理由を述べる。
「そーだね。ウザイけど、里には必要なジジイだもんね」
ナルトにとっての三代目は中々軽い存在らしい。

無邪気に微笑むナルトに、シカマルは小さくため息をついた。

「子供でいられる時間は短い。楽しめ」

 下忍である自分を。

いつものようにポンポンと、ナルトの頭を軽く叩いてシノが慰める。
ナルトはシノの伝えたい部分を理解しても、訝しげな顔で下唇を噛む。

「三代目なりの配慮だろ? ナルトが同世代と会話する機会を作ろうとしてんだよ」
珍しくシカマルが火影のフォローを入れた。

実はシカマル、密かに火影が『思春期克服ガイドブック』を愛読している事を知っている。
訓練を受けるために屋敷に出入りしていて気がついた。
火影なりに、横道それる少女の将来を案じているのだ。

シカマルも呆れるほどの『ジジイ馬鹿』ぶりである。
常に疎まれた存在であり続けた。
だから少女は気がつかない。
気がつけない。
ありのままの彼女を大切に思う誰かの気持ちを。

そんな少女の心理構造を作り上げたのは、紛れもなく大人達で。
でも少年達も大人に立ち向かえるほど強くはなく。
臍(ほぞ)を噛む思いで少女を見る。

小さく唸るナルト。

「でも……必要あるかな?」
自嘲気味にナルトが疑問を口にした。

何も知らないアカデミーの子供達。
大人と違い先入観がないだけナルトも気楽だが、真実が知れた時は分からない。
たまたまシノとシカマルが特殊な性格だったから、狐憑依(つ)きのナルトを恐れずに受け入れてくれた。

でも他の子供は?

既に親の影響を受け、ナルトを厄介者扱いする子供も多いと言うのに。
誰がナルトを認め受け入れると言うのだろう。
シカマルはナルトの頬を徐に抓った。

「少なくともオレは知ってよかった。なんにも知らずにいるよりかは、遥かに。将棋も面白いしな」
ナルトは零れ落ちそうなほど瞳を大きく見開く。
シカマルを見つめれば、シカマルは少し照れてナルトの頬から指を外した。
「お前は意外に脆弱だ。見捨ててはおけん」
彼女は人の感情の動きには聡くて。

下手な嘘ならすぐ暴かれる。

シノ自身、性格上嘘をつくタイプではないし、シカマルのようにナルトを離れて見守ることは出来ない。
真摯にナルトを見つめる。
「……うん」
珍しくナルトは言葉につまり、かろうじてこう言った。

素直に『アリガトウ』と口に出来ないのは。
罵詈雑言しか知らなかったから。
幼かった少女の心は、大人達の見えない刃によってずっと傷つけられていて。

『ごめんなさい』はすぐ言えるのに。
『ありがとう』とは言えなくて。

彼女の内面を説明して、シノはシカマルに釘を刺した。
当初、シカマルとは馴れ合うつもりなど毛頭なかったシノである。

しかし、シカマルの男気(?)に触れ(それまでは、ただの怠け者という認識だった)意外にも見直した。
 ナルトへの想いまで許容するつもりはないが、彼女の隣に立ちうる人物(あくまでも友人の一人として)だとは思った。

「うむ」
シノは満足して、今度はナルトの髪を指ですいた。
陽の当らない場所で時が過ごすことの多いシノ。
白く長い指先が金色の髪の間を泳ぐ。
そんなシノを剥れて睨むシカマルの目線。
水面下での男の戦い。
ナルトは気づかず、シノのされるがまま。
庭に面した廊下で、シノに凭れ欠伸を漏らすナルト。
シノと火花を散らすシカマル。

「ダイジョウブ。知らない方が良かった、そう思う子供の記憶は消してるから」
淡く笑うナルト。
普段の美少女は怖いもの知らず。
現実的に向かうところ敵無し。
見られて不味いものを目撃されたら『禁呪』で記憶を消すのだ。
ナルトに『良心の葛藤』を求めてはいけない。
そうしなければ……零れそうになる感情を抑えきれなくなる。
彼女の言わんとする言葉の意味は分かる。

だけど彼女を『理解』したい少年に言うのはちと酷である。
シカマルはナルトの言葉を聞き流し、わざとらしく咳をした。

火影がナルトへ投げかけた優秀な手駒。

正しいピースを与えることによって、知らないうちにナルトの安定が増す。
ナルトという器にシノが添えられ、己が投げ込まれた。
三色の色が交じり合うことはないけれど、絶妙なバランスで不可思議な色を織り成す。

安定しているわけではないが、不安定でもない。

「やっぱジジイ殺っとく?」
束縛を何よりも嫌うナルト。
シノの背中に己を預けた姿勢で、だるそうにクナイを投げる。

 タン。

何時ぞや火影邸から奪った三代目の肖像画。
庭に面した廊下と向かい合うよう、庭の草木の奥に立てかけてある。
その肖像画にクナイが突き刺さった。
「まあ待てよ。雛の間は大人しく、巣でピヨピヨ鳴いてるのが得策ってもんだ」
シカマルが唇の端だけを持ち上げて不敵に笑う。
「ふーん」
ナルトの、あまり興味のない返事が返された。

昇る太陽と強まる日差し。
吹きぬける風に、庭から香る新緑の緑。
三人は黙り込み、自然の奏でる草木のこすれあう音を聞いていた。

濃紺色の蝶がナルトの金糸に止まる。

その瞬間、ナルトの身体から力が抜け、彼女は眠りの国へ旅立った。
残された少年二人が互いを威嚇するも、眠り姫の安眠を妨害するまでには至らなかったらしい。


少しでも三人の雰囲気が伝われば。ブラウザバックプリーズ