5月


民家の鯉幟が風を失いダラリと垂れ下がっている。
五月晴れの後の夜空。
月を見上げて俺はお猪口の冷酒を口に含む。

「あー!一人でさっさと飲んで」
背中に当たる柔らかい身体の感触。
首に回される腕。
耳元で囁かれて俺は思わず苦笑いした。

無言で冷酒を飲めばぐいぐい首を絞められる。

「ズルイ! ずるいってば、サスケ。わたしだって任務上がりなのに〜」
風呂上りのナルトの体から香る清々しい香。夜空に浮かぶ月と眼下に広がる鯉幟を眺め。
ぼんやり『あぁ』と。一人心地に納得した。

波乱含みであった十代を乗り越え。
俺もナルトも大人の仲間入りを果たし。
互いの歳も二十一となっていた。

「もう五月になるんだな」
約一年半前に上忍となった俺。暗部から上忍へ戻ったナルト。
組んで仕事をすることも多かったが今回は別任務で。お互い久々に合った休み。
極力二人で過ごした為にサクラに『ラブラブバカップル』と笑われた。
普通は呆れるんじゃないのか?

「……サスケ? ボケた?」
俺のしみじみした口調を聞き、ナルトは少々心配そうに俺に尋ねる。
よく拭いてはいない金色の髪から雫がポタポタ落ちた。

「ドベ、俺がこんなに早くボケるか。それより今日は菖蒲湯なんだな?」
「ん〜、そう。なに、なに? わたしから良い匂いする?」
俺の頬に己の頬を摺り寄せナルトは楽しそうに答える。
俺が黙って手招きすれば後ろから抱きつくのを止め真正面へ回る。

淡い萌黄色の浴衣を着たナルトは、胸の辺りを緩めて俺の出したお猪口を受け取った。

「ああ」
俺は素早く返事をした。

以外にもナルトは、拗ねる。俺の無反応さに。

まだナルトの実力を知らずにスリーマンセルを組んでいた頃。
幼かった俺はリアクションに乏しい少年で。彼女の不評を買ってばかりだった。

ナルトの拗ね癖を発見できたのは、二年前からの同居のお陰と長い付き合いが半々。
または世間一般で言う、「惚れた者負け」の法則が俺の上に成り立った、から、か。
どちらにしても、少ない時間を共にする今は。
ナルトの拗ねる顔よりも幸せに満ちた顔が見たい。

まぁ、いずれは拗ねた顔も十分に堪能するつもりだがな。

俺は内心だけで考えた。

「ふぅ〜ん」
悪戯の成功した子供のようにニマニマ笑い、ナルトはお猪口の冷酒を一気に煽る。
唇についた酒を桃色の舌で舐めとり、ナルトは俺にしなだれかかった。

「久しぶりでしょ? わたしと会うの。だからサスケにはまたわたしを覚えて、それから任務に行って欲しいんだってば。だから魔除けの菖蒲湯」
ほんのり色づいたナルトの目元。
若々しさを抜け成熟した女へと成長するナルトの美しさは年々増すばかり。
まあ俺としては嬉しい。が反面焦る。
ナルトの競争率は……はっきり言おう。高い。これでもかという程高い。
うちはの末裔である己の伴侶となった今でも、ナルトに言い寄る男は後を絶たない程に。

「……女除けか」
「そぉ〜! だってサスケってば、いーっつも香水のニオイぷんぷんさせて!」
だったらお前も『男除け』してくれ。
俺は心の中だけでため息をつきつつも、取り敢えずは謝罪した。

殊勝な俺の態度にナルトは幸せそうに吐息を零す。

「よろしい。誰も知らないけどサスケって意外に脆くて。それから寂しがり屋だもん。だから二人だけの時はイチャパラしようね〜」
「ちっ……あの腐れ上忍め」
ナルトに余計な入れ知恵をしたあの腐れ上忍め。
俺は静かに殺気立つ。
それにナルトの口から『イチャパラ』なんて単語……聞きたくなかった。

「今は六代目火影様、でしょ? それか、カカシ先生って呼んであげなよ」
カカシ関連だと何故かムキになる俺をナルトは子供のように扱う。
「カカシ先生がまだわたしを口説くから心配なんでしょ? 大丈夫だってば! わたしが一緒に居たいと感じるのはサスケだけなんだから。だから今晩は魔除け〜」
焼餅の反動だと思えば心も弾む。
真正面から俺に抱き付きナルトは俺の体温を感じ取る。

トクトク流れる心臓の音に。
『生きている』を実感できるからだろう。

俺が無言でナルトを抱きしめその香りを楽しむ。
静かな二人だけの月見酒。

意地汚い覗きの屍が庭と風呂場後ろに転がっているのはお互いに内緒だろうな。


 五月のお相手はサスケ。というより、この設定……。
 当時だからこそ考えられた発想ですな(苦笑)
 数年ぶりに見返してみるとやっぱり微妙……(苦笑)
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