4月
春の暖かさ。
そしてまだ春へとなりきらぬ曖昧な寒さ。
交互に味わうこの季節。アタシは息を切らせ走っていた。
「まったくイルカ先生って横暴だってばよ。アタシに頼まなくたって……」
口先を尖らせて一人で一頻り文句・文句・文句。
ブチブチ呟く割にはあまり怒っていない顔で走る。
胸の下辺りで揺れるアタシのツインテールの毛先。
走る速度にあわせてユラユラ揺れた。
「嫌だな……」
正直気分がのらない。
徐々に走る速度が落ち、終にはゆっくり歩き。
歩いているというか、立ち止まりかけたアタシは、浮かない顔で地面をじっと見た。
土筆が一つ。道端に生えている。
深い意味も無く、春だなぁ、なんて少しだけ現実逃避してみた。
「なにが?」
頭上からかけられた声に驚いて。身構えた時には既に遅く。
いつもは低い視界が一気に広がった。
こんなことをするのはアイツしかいない。
「わっ……危ない! シノ、危ない!!」
後ろから抱かかえられ持ち上げられた状態でアタシはアイツに叫ぶ。
背後に居るはずのシノはクツクツ笑うだけでまるで取り合わない。
サイテー! 今回も気づけなかった。
「笑うな〜!!」
顔を真っ赤にして怒鳴れば漸く足が地に付く。
間髪入れずに振り返り悪戯小僧を睨みつける。
相手は何処吹く風でまだ笑っていた。
更に腹立つ! けど……気配を感じ取れなかったアタシも問題アリ? ……かなぁ?
少しだけ自問自答。
「シノって狙ってる? いっつもアタシに悪戯するけど」
不機嫌も顕に睨む。
シノは表情を幾分和らげアタシの突き出た口へ口付けた。
「!!!!」
「悪戯じゃない。本気だ」
さらりと。時々シノはあっさり凄いことを言ってのける。
アカデミーでの授業中にだとか。
実習訓練時にだとか。
結構真理をついていて誰も反論できなかったりもする。
感覚的に動くアタシは理性的に動くシノがちょっぴり……ううん。大分苦手で。
「嘘」
キス位で騒ぎはしないけどアタシだって女の子。
意味も無いキスなんていらない。と思ってる。
アタシはこれ見よがしにそっぽを向く。
「俺と居る時くらいは仮面を捨てろ」
可笑しそうに笑うシノの手には不釣合いなお面。
アタシは益々剥れて舌を出してやった。
「アタシはアタシ。いつだってナルトだもん。馬鹿にしないでよ」
そりゃ。
アタシだって色々『苦労』してるけど。
そこまで悲観的でもないんだから。
精一杯の嫌味を込めてアタシは言葉を返した。
「ドベの振りをしてか? 俺が欲しいのはナルトの裡だ」
耳を掠めるシノの言葉は聴いていて恥ずかしい。
コイツ、羞恥心を捨ててきてる? 前からちょっと危ないヤツって思ってたけど。
ほ、本物の危ないヤツなのかも!!
「礼儀をきちんとして。アタシに悪戯しないで。少しは接する態度を遠慮して。あからさまに恋人宣言しないで。公衆の面前で意味もなくキスしないで。付き纏わないで。偶には放っておいて」
「無作法はしていない。スキンシップは悪戯ではない。触れたいのは当然の感情で他意はない。宣言しなければ他のに盗られる……それは御免だ。キスをするのはしたいからだ。一緒に時を過ごしたい。放っておくとすぐに怪我をする。俺が黙っておけない」
アタシの突きつける要求はいつもこんな風につき返される。
ズルイ。
シノって喋らないけど意見する時はすっごく喋る。
こんなシノを知ってるのはアタシや。
「早くおいでよ、ナルト・シノ」
少し先で夕暮れ背負って手を振る特別上忍達位。
「アタシ、イルカ先生の用が」
「ヘーキ、ヘーキだって」
言いよどむアタシにアンコが笑った。
む、無責任すぎる。
アタシを無理矢理任務に連れてくから、だから、アタシはいっつもお使いもできないお馬鹿って言われちゃうんだよ〜!
皆のバカ〜!! 呑気に夕日背負って笑ってるなぁ〜!!
「後で一緒に叱られてやる」
恋人としては当然の義務だから。
続けていったシノの背中がちょっぴり。
本当にちょっぴりだけ頼もしく見えてしまったのはアタシの一生の不覚。
卑怯者!
いつもはアタシに悪戯ばかりしてくるくせに。
こういう時は春の暖かさみたいにアタシの心に入り込んで。全部桃色にしちゃうんだから。
「責任とってよね! 責任」
怒鳴るアタシに。
「無論だ。なんなら今から婚約しておくか?」
シノは自信満々に言い切った。
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