2月


薄暗い闇の中。漂う意識は希薄。

もう良いのだ。

何度呼びかけようとも、この吾子が目を覚ます気配は無い。
正直、死にゆく幼い命を前に我は焦っていた。

『もう良いのだ、吾子よ』
涙の残る目尻を拭い、頭を撫でる。
人としてすら生きられないこの幼い子供は、人の目に付く時にだけは子供らしく。
人の目が無い時には全てを捨てきった、人形に早変わる。

わたしは しんだ ほうがいいの。だって みんな のぞんでいるよ。わたしが しぬのを。

『我は望まぬ。……吾子よ、我は汝の唯一の家族。分身だ。もう良い、己を責めるな。かようにこの世が五月蝿く辛いのならば、我等が静かに暮せば良い。関わらなければ良い』
言った当時、我にとっては半分本気で半分嘘であった。
依り代が無くなれば我の魂は崩壊する。
我の生存本能はなんとしてでも生き延びようと、ざわめいていたのだ。

むりだよ。ジジさまも みんな みんな さとから だしてくれない。ころしてくれない。これいじょうつらいのは いや。

濁った幼子の蒼い瞳が己の境遇を嘲笑うかのように歪む。

『……』
深い、底の見えぬ沼。
幼子は我が考えるより遥かに物分りの良い子供である。
己が逝ねば大人が喜ぶと悟っているのだ。

『ならば、賭けをしよう。なに、他愛のない賭けだ。我が汝に修行をつける。汝は大人に怒られぬ静かな場所を欲しいのだろう? 手始めにこの屋敷内で汝が平和に暮らせる術を伝授する。出来たなら自棄になるな』
我としてもこのまま滅びるのは、本意ではない。
些か焦って提案した我の気持ちを理解してか、幼子は小さく笑った。




黒髪の黒い瞳。いや、現在は赤い瞳。
写輪眼を回した状態の、うちはのプチエリート。
サスケは酷く不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「本当は分かってた。私が死ねば兄様が困るんだろうって。でも……初めてだったの。生きていても良いって言ってくれたのは。兄様が初めてで。最初は兄様も子供相手に大変だったみたいなんだけど」
「ふんっ。大方父性愛にでも目覚めたんだろ?」
ナルトの言葉尻を奪い、サスケは会話を一方的に終わらせた。
サスケの胸に顔を埋め、甘えるナルトの態度とは裏腹に。先ほどから話題に上るのは九尾。
この少女、ナルトの育ての兄の話題ばかり。

「初めて散歩に行ったのも、お風呂に入ったのも。クナイの握り方を教えてくれたのも、術を教えてくれたのも。里の外にお出かけしたのも。甘味処に一緒に行ったのも。ぜーんぶ兄様よ」
表情を取り戻していくナルトに、九尾が落ちるのは時間の問題だったのだ。
無論、九尾はそのような素振りは微塵も見せなかったし。ナルトもいまいち理解できていない。
ただ惜しみない愛情を溢れるばかりに注がれ、大切に扱われ。
種族を超えた家族愛で結ばれるようになった九尾は。
世界中何処を捜しても見付からない、最愛の兄様なのだ。

「利用されてるって思う? 兄様、私よりも世情に敏感なの。私が苛められては帰ってくると本当に辛い顔で謝るの。誰のせいでもない、良い子で居ようと思った私の心を溶かしてくれたのは、兄様。その日、兄様を散々責めて泣いて喚いて。でも兄様にしがみついて寝たわ」
サスケの指がナルトの頬に触れる。
幸せそうに微笑むナルトの顔を覗き込み、サスケは嘆息した。
「駄目な時は駄目。私の気が済むまで説明してくれて、付き合ってくれたっけ」
信頼。
ナルトの顔に表れる感情に、サスケは眉間の皴を深くする。

そんなサスケを上目遣いに見上げナルトは目を輝かせる。
勢いでサスケを突き飛ばし、はしゃいだ声を出す。

「兄様っ!」
さり気に、サスケを踏みつけ乗り越え。
サスケに良く似た風貌を持つ黒髪の美青年に抱きつく。
《うむ、今帰った》
最近は里外に沢山のナルトを狙う馬鹿共がいて。それを成敗しに行くのが最近の九尾の『兄』としての仕事だったりする。
人形を取る九尾は真っ赤な目を細めてナルトを抱き締めた。
《下僕もいたか。まあ良い。大人しくしていたか?》
「はいv」
とかなんとか。話しながら奥へと消えていく九尾とナルト。
サスケはぼんやり二人を見送り息をゆっくり吐き出した。

恐らくは。
ナルトの綺麗な心をいち早く見つけたのが、あの九尾で。
九尾の本能を否定しなかったのが人間ではナルトが初めてで。
誰も見ようとしない物事の本質をあの二人は誰よりも早く見つけただけ。
見つけたからこそ、静かな生活を送ると言い切れるのだろう。

世俗の欲に塗れた己と違って。

「サスケェ? お昼ごはん出来るよ?」
遠くから己の名を呼ぶナルトの声に。
《早く来ぬか、下僕。我の妹の手ずからの料理、食せぬとは言わせぬぞ》
少し不機嫌な九尾の声。兄妹のらしい『台詞』にサスケは立ち上がる。
兄妹の存在を最近知ったサスケですら、この二人が作る空間を心地よいと感じるのだ。

敵わないな。

暫くは。この密かに流れる穏やかな時間を満喫したい。
と、思いながらも、数十分後には食卓を囲んで九尾を火花を散らすサスケでありました。



 2月のお相手はスレナルコサスケ設定の九尾兄。
 兄と妹の馴れ初めと、妹の惚気を下僕が拝聴する。みたいな文になってしまいました。
 数年ぶりに見返してみるとやっぱり微妙……(苦笑)
 ブラウザバックプリーズ