世界はアイツ中心で(彼の言い分)


朝靄煙る木の葉の里。
少年が一番好きな瞬間がやってくる。

背筋を這い上がる緊張感に比例して冴え渡る意識。
感じる気配は全部で八つ。

 馬鹿な奴らだ……。

面をしたままの少年は喉奥でクツクツ哂った。

片手印。
通常の忍にはあり得ない片手印で、片方ずつ。
別々の術を組む。

木の葉ではこの少年だけが行える荒業であり、通常の忍からしたら型破りな術でもある。
朝靄に混じり漂いだす少年の仕掛けた二つの幻術。
数秒もしない内に獲物がかかった感触と断末魔。
敵のうち一人は確実に少年の意識の支配下。
操られ殺人人形と化し仲間を襲う。

「俺が丁度里にいる時期に探りに来た……己の不運を嘆くんだな」
地中に張り巡らしたトラップの仕掛けの先端。
地面から覗く紐をクイと引っ張れば全ては終わる。
見知らぬ誰かの絶叫と朝を告げる鳥達の時の声が重なる、なんとも奇妙な朝が始った。

続いて訪れる静寂。

「任務、終了」
人差し指と中指で挟んだ紐。
もう一つの片手で印を結び燃やす。
朝靄は昇り行く太陽に比例して消え去り、清清しい朝が始ろうとしていた。

「んだよ、不満か?」
少年は不服そうに頬を膨らませる傍らの少女の気配に苦笑する。

二人の子供は草原に突き出た岩の上。
肩を寄せ合って座っている。

「ううん。ただ……」
下唇を突き出して不満顔。
少女は両足をブラブラ動かした。
否定の言葉を吐きつつ苛々した調子で髪を振り払ったり、弄ったり。

落ち着きが無い。
本人にそのつもりはなくとも、不機嫌丸出しである。

「帰りたきゃ、別にいいんだぞ? 先に帰っても」
「駄目。これは“任務”でしょ? ……ま、わたしはオマケだけどさ」
少年の言葉に少女は素早く応じた。

眼前に広がる枯草色。
草原を突き抜ける風に頭上には目も眩むような太陽と空。
清清しいばかりの光景と。
知らぬ者が見たなら己が目を疑うであろう死体。

草むらに転々と無造作に転がっている。

 相変わらずコレだよ。

 俺の任務終了と同時に仕事場へ押しかけて“デート”だと抜かす。
 いい加減追い払えないし諦めたけどな。
 ちったあ、テメーの身の危険を考えろってんだよ。
 ま、任務自体は難しくも無く敵は全滅だから構わないが。
 ……しかたねぇな、回収役が迎えに来るまで付き合ってやるよ。

 面と向ってコイツには言わないけどさ。

「あ――――あぁ」
ため息つき少女は少年に寄りかかった。
「なんて世の中リフジンなんだろ」
小さくぼやく。
「リフジンだから楽しいんだろ?」
少女の他愛も無い言葉に返事を返す。

ぼやく少女は本当にごくごく普通の少女で。
それなのに周囲の異様な光景に臆することなく“正気”を保っている。

 唯一、俺を“木の葉”に縛り付ける存在でもある。

 俺の隣でウンウン唸ってるのは、俺の幼馴染。
 名は“山中 イノ”。
 花屋の一人娘で来年からアカデミーへ通うらしい。
 何の因果か俺の裏を知る。

 それから……。

 “キズモノ”にした責任をとらされて。
 俺は将来イノの旦那にならなきゃいけないらしい。
 九尾の器の嫁になる。
 いや、俺が山中に婿入りするから……酔狂な一家としか評しようがない。

 一家揃って俺と一人娘の仲を応援してる。
 変な一家だ。

 イノと出会ったのは四年前。俺とイノ共に四歳の時。
 火影屋敷ではぐれたイノが偶然虐待終了後の俺を発見したのが始まり。
 ボロボロの俺を見てビビッって動かないイノ。
 俺も初めて見る同世代の子供に驚いたが、仕方無しに口を開いた。

「みぎ」と。

 イノが迷子になったのに気が付いてたんだろう。
 火影はイノを捜して直ぐ近くにまで来ていた。
 イノが立ち尽くす廊下の右側から。

「みぎ」

 もう一度。
 体中痛てぇんだよ、早く気づけ、このボケ。
 俺は悪態ついてイノへ言った。

 やっと追いついた火影の姿をイノは見て、それからもう一度俺を見て。
 こともあろうに俺にすがり付いてワンワン泣きやがった。

 今なら俺の未熟さがよく分かる。
 誰かに助けを求めても俺が変わるわけでもない。
 自分で解決するしかないんだ。

 よりによって俺のSOSがイノに見抜かれるとはな。

 初対面がこれ。何を考えたんだかイノは懲りずに俺に会いに来た。
 散々悪質な場面も見せ付けたし九尾の説明もした。
 離れるかと思ったら余計に懐いてきた……女は謎だ。

 イノが言うところの運命のプロポーズなんてのがあって。
 それから益々イノは修行に励みそこそこ強くなった。

 俺をココに留まらせる為に日々“女”を磨いてるらしい。

「……どうした?」
回想に浸るイノの百面相。
目まぐるしく変わる表情に些か驚いて少年は声をかけた。
「気にしないで。ちょっと気合を入れただけだから」
「はぁ……?」
怪訝そうな顔で少年はイノを見るが、それも一瞬。
直ぐに仕事の“顔”に戻ってしまう。

 少なくとも任務の邪魔はしない。
 俺が怪我しても騒がない。
 自分の立ち位置を理解して悔しいはずなのに平然と笑う。

 悪くないぜ、オマエの女らしさってヤツ。

「遅かったな」
少年が口を開けば音もなく姿を見せる巨漢の男。
顔中に走る傷がトレードマークの木の葉の忍。
少年の補佐役である。

 こいつは特別上忍の森野 イビキ。
 拷問のエキスパートでごつい顔が目印。
 俺とイノの仲を応援する物好き。
 イノの師匠でもある。

「人の恋路を邪魔すると蹴られるらしいからな?」
イビキはニヤニヤ笑った。

 それって。
 この間のデート兼暗殺任務(イノが言うには、だ)で、イノにクナイを投げつけた馬鹿な木の葉の忍の事か。

 一週間の幻術漬けにしたんだっけ。

笑顔になる少女と、無表情になる少年。

「俺を“ヒト”だと“定義”するならな」
薄く笑う少年に間髪入るビンタ。
「馬鹿いわないでっ。ナルトはわたしの旦那様兼史上最強の火影になる忍なの! いくらナルトでもわたしの野望を邪魔する権利は無いんだから。分かってる?」
痛む頬を押さえる少年に、懸命に笑いを堪えるイビキ。

 分かってる。イノ。
 お前が望むなら、“お前”の野望、俺が叶えてやる。
 それが俺とお前との秘密の約束。

 俺が未だこの里に留まる小さな理由。

「少なくてもわたしにとってはヒトなんだから。そーゆーのは他所でやってよね」

 フン。

鼻を鳴らしてそっぽを向いたイノに少年は困惑して。
イビキは見て見ぬフリで明後日の方角へ顔を向けた。

 んだよ……、俺はお前との約束もあるから任務三昧なんだろ?
 今日だって里の侵入者の暗殺任務なんだぜ?
 ……まったく、俺がこんだけ我武者羅になるのはお前が絡んでる時だけだっていい加減自覚しろよ。

「いいこと? ナルトが厭でも木の葉はアンタ中心に回ってんのよ。上忍のくせして、あったま悪いんじゃない?」

 おいおい、一人で自己完結するなっつーの。

イノは肩を怒らせて岩から着地。
そのまま少年と巨漢の男を振り返らずに、歩み去って行ってしまった。

「……」
呆然と彼女の背中を見送る少年と。
「痛い愛情だな」
しみじみ呟くイビキ。

誰も知らない木の葉の裏側。

裏側でだけ軽やかに動く子供達のそんなある日のヒトコマ。


ナルトサイドです〜。こういうナルトも好きですよ。損得とかで動く忍。打算って大事ですよなんて、言い切れちゃう私が腐ってます(涙)大人ってやですね〜(自分で言う)スレイノ文を発見して思わず考えてしまった代物。えへ。ブラウザバックプリーズ