濡れた肩に


涙雨。里が彼(か)の人物を想い涙する。

「……最後まで、心配してたね」
呟いてイノは傍らのナルトを盗み見た。

暗闇でも目立つナルトの金糸の髪。
自分の薄い金色の髪とは違う、黄金色。
月明かりを浴びれば輝く美しい髪。

今はたっぷり雨を含んで鈍い色。
頬を伝う雨が、まるでナルトの涙みたいだと。
柄にもなく感傷的になってイノはそっとため息をついた。

「ああ」
イノに傘を差し出し自分は濡れ鼠。
気にもせずにナルトが相槌を返す。

大蛇丸との戦いに辛くも勝利した三代目。
禁術を使った身体は疲弊が激しく、木の葉崩しから数日後に帰らぬ人となってしまった。
大蛇丸の暴走と、ナルトの行く末、イノの未来や、イタチの動向を最後まで気にしながら。

何より、最愛の孫木の葉丸の今後を案じながら。

 わたしとナルトを認めてくれた人。
 力が無かったわたしに、師を与えてくれた人。
 ナルトに近づく事を応援してくれた人。

 何より、わたしとナルトの結婚を待ち望んでくれていた人。
 わたしが……ナルトと一緒に居られるのは全て。
 三代目のお陰。

イノは両手を合わせ、もう一度天に昇った三代目に誓う。

 わたし、ナルトと幸せになります。
 三代目があの世で胸焼け起こすくらい。
 イタチの影に怯えるのも止めます。

 だってナルトは何時だってわたしを選んでくれたんだもん。
 だからわたしも、何時でもナルトを選びます。
 決心しました。

神妙な顔つきで祈るイノにナルトは小首を傾げる。

「……三代目に、幸せになりますって言ってたの」
ナルトからの視線にイノは少し頬を赤く染めて言った。

表向きは大蛇丸に屠られた、とされる三代目。
秘密裏に運ばれた火影屋敷奥で静かに息を引き取っている。

イノもナルトと共に呼ばれ、三代目に『末永く中睦まじく』と。
遺言まで頂戴してしまった。

「任務で忙しくて、二人で行けなかったから……雨に感謝、だね?」
真っ黒に変色した雲を見上げ、イノは疲れた顔で弱弱しく笑う。

木の葉崩しの後は目が回るほど忙しかった。
イノもナルトも、八面六臂の大活躍。

諸国から受けたS・Aランクの依頼の消化。里の警護。
諸雑務の手伝い。
若手暗部育成etc。
歳若くとも忍歴が長い二人は右に左にと頼りにされ、互いに会うことさえ儘ならなかった。

「俺達には丁度良い涙雨、だな」
里人から忍から。
沢山の手向けの花に囲まれ、ニヤケる爺の顔が脳裏に浮かぶ。
真新しい三代目の墓石を前にナルトは薄っすら笑う。

「どうしたの? 一人で笑っちゃって」
笑うナルトに不審そうな顔をするイノ。

イノの無防備な姿に表情を僅かに緩め、ナルトは黙って墓石を顎先で示した。
色とりどりの花。
捧げられる供物。三
代目の人柄を感じさせるそれらにイノも笑みを零した。

「心配は尽きないだろうけど、わたし達は大丈夫ですって。今度里が落ち着いたらもう一度お参りに行こうね」
真夜中の墓場はホラーの雰囲気満天。
でもナルトと一緒なら不思議と怖くないし、寧ろ温かい気持ちになる。

 これが惚れた弱みってヤツかな。
 でもでも! 三代目にも相変わらずラブラブって見せに来れたし。

 良しとしなきゃ!

雨で流れた任務。
やっと都合のついたイノとナルトが墓参りに来れたのは、三代目の葬儀から一週間と二日目。
雨に紛れての二人だけの墓参りである。

「ところでナルト? さっきから気になってたんだけど……傘、ささないの?」
イノとナルトはそれぞれ傘を持参。
今ナルトが手にしているのはイノの傘。
イノが濡れないようにナルトが差し続けていた。

「イノが濡れなければ俺は構わない」

相変わらずというか。
進歩が無いというか。
進歩しすぎたというか。

平然と答えるイノ一番主義のナルトにイノは頬を膨らます。

 そーゆー問題ぢゃないでしょ!!
 どうせ自分には九尾の治癒力があるから。
 とかなんとか言って誤魔化そうとするクセに。

 泣きたい時には泣きなさいよ〜。

内心だけで不満を爆発させ、イノはナルトから傘を奪い自分の身体も雨に曝す。
ナルトを抱き締めて顔を胸元に押してた。

「わたしは気になるよ。一人だけ暖かい場所に居ても、嬉しくない。ナルトと一緒だから意味があるの。このお墓参りも雨も。わたしが泣く事も」

なんだかんだ言ってナルトにとっては保護者であり、親代わりだったのだ。
死んだ事を悲しまないほどナルトの心は冷えてはいない。


 ナルトが泣けないならわたしが泣く。
 ナルトが怒れないならわたしが怒るわ。

 でもいつかは、ナルトから言って欲しい。
 ナルトが抱える気持ちを、わたしに。


抱き締めながらイノは想った。


人の命には限りがある。
三代目の死を前にナルトは戦慄した。
彼の死に、ではなく。
何れ人が死ぬという純然たる事実にだ。

 イノが死んだら俺は本当にどうなるだろう?

三代目が土台を作り上げた木の葉。
安定ある里で漠然と抱えていた不安が現実になる。
火影不在の里。他里の思惑。
里で成長しながら里へ反旗を翻した馬鹿。
不安定な里はナルトの気持ちも不安定にさせた。

「イノを、失いたくない」
雨粒に混じってナルトは本音を少しだけ吐露した。
短い言葉に凝縮されたナルトの願いと祈りに。

「ならわたしが死ぬ時には、ナルトも一緒に連れて行くわ。ナルトが先に死んだなら、わたしは貴方を想って生き続ける」
共に死ぬとは言わない。
あくまでも自分の我侭だと漂わせるイノの台詞。

 イノに甘えてばかりだ、俺は。

イノの腕の拘束を解き、ナルトは濡れたイノの肩に顔を埋めた。

「見くびらないでね。これでもわたし、凄く良い女なの。貴方と一緒に花屋で隠居って夢、捨てるつもりも諦めるつもりも無いから」
静かに宣言するイノの言葉を聞きながら。
ナルトは雨の匂いとイノの匂いに包まれる。

濡れた肩が温かくて、柔らかすぎて。
ナルトは漸く涙を一粒零す。
三代目を悼む自分なりの涙を。

「死んで添い遂げるなんて、今時流行(は)やらないのよ」
付け加えたイノの言葉に、ナルトはイノを抱き締める腕に力を込めた。
最愛の人の肩を始めて濡らした墓参りの日。



 しっとり系を目指してみましたが、どーなんでしょーね(汗)
 しっかし、相変わらずこの二人は甘い(当サイト比)ブラウザバックプリーズ