犬猿(花屋vs名門)


金色の髪を揺らし、眠そうに舟をこぐナルトの数メートル先は立ち入り禁止区域。

誰が定めたわけでもないが、入れないのだ。
ある二人の発するドス黒いチャクラに当てられて。
偶然通りかかった数名の忍が既に被害を受けている。

「粗茶ですが」
目は当然の如く笑っていない。
極上の笑みを湛えつつ。
立ち居振る舞いは一瞬の隙さえみせない。

イノはすっと茶の入った器を青年の方へ押し出した。

「すまない」
こちら側は無表情。
一見すればクールな面立ちともいえようが、如何せん目が。
名門と歌われ憧れと尊敬を集める写輪眼が全開。
赤い瞳が油断なくイノを捉える。

彼の名はうちは イタチ。
昼寝に突入しそうなナルトの忍術の師であり、彼(ナルト)を溺愛するイノの最大のライバルであり宿敵だ。
イノ・イタチ双方の視線がかち合う。

目に見えない火花と。ますます色濃くなるドス黒いチャクラ。

 チチチチ……。

危険区域より離れた場所は楽園に見えるくらい長閑で平和。
小鳥が庭に舞い降り、小さな池に嘴を突っ込んで水を啄ばむ。
咲き誇る花々と色鮮やかに若葉を開く木々。
三代目火影庭園はこの世の春を演出していた。

問題児二人を除いては。

「のう、イビキ」
遠巻きにイノとイタチを眺める三代目火影。
苦悩の色が濃く出ている。
「はい、三代目」
対する特別上忍。
イノの師匠・森乃 イビキも顔を引き攣らせつつ三代目に応じた。
「勘違いせぬといいがな」

 チラリ。

目線を送り案じるのはクウクウ無防備に眠りこけるナルト。
イノとイタチが対峙する部屋の直ぐ傍の廊下。
柱に寄りかかって眠っている。

「はい」

イタチのナルトへ向ける愛情と。
イノのナルトへ向ける愛情。
好意に甲乙など元来ない。が、いずれは甲乙つける時がやって来る。

ナルトが『愛情』の定義を勘違いし、道を誤らなければ良いが。

三代目火影・イビキ。
共通の心配事である。

「「……」」
ついで三代目火影・イビキの目線は自然とイノとイタチへひきつけられる。

表面上は穏やかでも、近づく事さえ憚られるオドロオドロしい空気。
それだけお互い必死なのだ。

生きること。存在すること。
全てに執着を持たないナルトを『こちら側』へ引き止めておくべく。
イノもイタチも形振り構っていない現状。

二人の愛情を受けても尚変化を見せないナルトの感情。

「被害が少なかっただけ、今回はましとしておきましょう」

イビキの機転でこの一区画は立ち入り禁止。
三代目火影が『善』と判断するまで、解除される事はない。

諦めたイビキの台詞に、三代目火影は無言でパイプを潜らせた。


顔色一つ変えず。
お茶に薬が仕込まれているかどうか。
警戒する素振りも見せず、イタチは平然とお茶を飲む。
イノもそんなイタチの様子を見守る。

「本題に入ろうか」
きっちりお茶を飲みきり。
イタチは目の前の少女を射殺さんばかりの眼圧で見据えた。
「わたしには用向きはありませんけど、あるのならどうぞ」
上座に座ったイノは真正面からイタチの視線を受け止め、話の先を促す。
数ミリばかり、イタチの頬が引き攣った。
「君は狭い檻に、自分のエゴで宝玉の原石を閉じ込めるつもりか?」
イタチの言葉に人名は挙がらない。
嫌というほどイノにだって理解している。

エリート・名門うちはの最たる男と呼ばれたこの忍が。
全てを傾けてまで欲する存在。
イノが懸命に守りたいと願う存在。

 確かに。
 ナルトにこの里は狭いし。
 優しくもないし。
 綺麗でもない。

考えてイノはつと目を伏せた。
「……お生憎様。わたしという磨き手がこの里には居りますので心配は無用です」

 逆も然りなの。
 ナルトにこの里は広い。
 優しい。
 綺麗。

広い世界だけを見る器の狭い男じゃない。
広い世界を見ても、狭い世界を見ても。
どちらも大差ないと言い切れる男だからついていくと決めた。
絶対に譲らないと決めた。

伏せた目を上げてイタチを見つめ返す。

「……」
イノの返答にイタチは顎に手をあて思案する仕草を取る。
イタチがどう言葉を返すかによってはイノにだって覚悟がある。
イノは無意識に唾を飲み込んだ。

「イノー」
緊迫する空気を打ち破る寝ぼけ声。
覚醒しきらないナルトがフラフラと部屋に入ってきた。
そのままイノに凭れかかる様にして倒れこむ。
「今日は……おばさんにメシ呼ばれてるだろ? いかねーとさ」
欠伸を漏らし力ない小さな声でナルトが呟いた。
イノはにっこり愛想笑いを浮かべ、イタチへ頭を下げる。
「申し訳ありませんが、時間のようですので失礼致します。では」
瞬時に掻き消えるナルトとイノの姿。
ぽつんと取り残されるイタチ。

「勝負あったな」
三代目火影が口からパイプの煙を吐き出した。



その頃、消えたナルトはイノ相手に呆れた顔で珍しく説教中。
「あんまアイツの挑発に乗るなよ? イノらしくもない」
「だって……仕方ないじゃない」
イタチはナルトの事を狙ってるんだから。
不満たっぷりにイノは頬を膨らませる。
「俺は興味ないんだぞ? 広い世界には。ついでに言うと、原石でもない。そこらに転がってる石ころで十分なんだよ」
両手でイノの頬を挟みこみ、無理矢理頬の空気を抜く。
変な顔になったイノを見て、ナルトはニヤニヤ笑いながら告げた。

「うん」
愁傷な態度でナルトに頷いてみせつつ、イノの胸にはイタチに対するライバル意識がメラメラと。
山火事でも巻き起こしそうな勢いで燃えていた。

「……あれ? そういえば、うちでご飯なんて約束したっけ?」
はたと我に返ったイノがナルトへ顔を向けた刹那。
「アイツから逃げる口実」
言い捨てて、ナルトは真っ赤になった己の顔を見られぬよう、素早い動作でイノから逃げた。
「ナルトったらvvv」
結局イノもナルトに置いてけぼりを食らったが。
大層幸せそうに頬を染め、数時間ばかりその場に立ち尽くしていたのだった。



 イタチとイノが焦っていてもナルトはマイペース。
 こんな雰囲気が好きです(笑)ブラウザバックプリーズ