ある忍の過労記


「ふふふ、チャンスだわ!! カブト、行ってくれるわね?」
巻物を片手に振り返る大蛇丸、だが何故か背後に控えているはずのカブトの姿が無い。
眦を吊り上げた大蛇丸の視線を受け、四人衆全員が目線を逸らす。
「カブト!!! 行ってくれたらご褒美を出すわよ」
逡巡した大蛇丸が再度叫ぶと、カブトが驚くべき速度でやって来て跪く。

余りの速さに四人衆全員が先程とは違った意味で大蛇丸&カブトから目線を逸らしていた。







カブトは休みが欲しかった。
ぶっちゃけ、過労死目前なのである。

何故か? 理由は至極単純。

大蛇丸の『欲しい病』が発症し対象が難攻不落の彼だから、だ。
君麻呂を勧誘した時よりも(尤も彼は非常に簡単に勧誘できたが)困難且つ、労力を払うだけ無駄な存在を大蛇丸は欲している。
九尾の器にして、身も凍るような冷徹さを持ったうずまき ナルトに。
そのナルトは大蛇丸なんて端(はな)から眼中に無く。

彼の眼中に入っているのは、彼が存在する唯一の理由『許婚』の為であるらしいから恐れ入る。

大蛇丸の物好きも極まれり。
ナルトを音に引き入れようと日々、無駄な知恵を働かせては音四人衆やカブトを酷使していた。

その原因に呼び出されたカブト、怪訝な面持ちで指定された木の葉郊外の廃屋、結界付きに姿を見せる。

「やっと来たか」
演技上とはまったく違う、違いすぎる態度で以てしてナルトは小屋に入ってきたカブトを一瞥した。
カブトは疲れと緊張から曖昧な笑みを浮かべる。

「ナルト君の依頼を受ける前に報酬の確認をしたい。写真は……?」
ナルトが寄越した巻物にはナルト縁のアイテムを進呈すると書いてあった。

カブトとしては『んなモノ必要ないでしょう』なのだが、大蛇丸からすれば『喉から手が出るほど欲しい』な訳で。

馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、自分に齎されるご褒美の為に頑張る健気な中間管理医療忍・カブト。
仕事の前に報酬から話し始める。

「俺の許婚が『肖像権の侵害になるから認めない』といっていた」
ナルトは即答した。

イノが気落ちしているのでナルトなりにリーの為に薬を調達しようとして、丁度良くカブトの存在を思い出す。
イノに事後承諾を求めたところ、肖像権の侵害を犯してはいけない事と。
やたらと馴染み深いものを相手に与えては駄目だと云われる。
ナルトとしても、音と関係があると勘ぐられるのも面倒なのでイノの考えに同意していた。

「じゃぁ、ビデオも」
「却下だな」
食い下がるカブトににべもなく答え、ナルトはカブトの次の発言を待つ。

カブトが報酬について話し合いたいのは分かっている。
早めに終わらせて早く薬の製作に携わらせるのがナルトの魂胆だ。

「ではせめて任務完了書にサインを……これがないと、僕、大蛇丸様に殺されます」
カブトはナルトに巻物を渡しながら哀れさを誘ってみる。
「……アイツに殺される程度ならさっさと死ね」
ものの、ナルトには無効。
あっさり切り返されてカブトは口元を痙攣させた。

頼まれてきた身分なのにこの態度はどう解釈したら良いのだろう?
真剣に転職を考えた方が良いのかとカブトは感じる。

「薬を作るのは僕なんですが」
苦笑いをしてカブト、最後の切り札を出してみる。

依頼を断るなんて最初から選択しには無いのだが、これも交渉術の一つ。
最終的にナルト縁の品が手に入れば構わないのでカブトとしても形振り構っていられない。
己の休暇を得る為に。

「仕方ないな」
ナルトは呟き、ポーチからクナイを一本取り出した。
さも自分のモノであるかのように。

実はこのクナイ、この間の任務でイノの師匠・イビキが忘れていったモノなのだ。
自分のクナイを渡すとイノが五月蝿いので、これを使い誤魔化す事とする。

「俺が愛用しているクナイの一本だ。チャクラが僅かに残っているだろう? これを証拠としろ。時間が無い、さっさと作れ。材料はこれだ」
言いながら小屋のテーブルにドンと鹿の角を置く。
カブトは眼鏡をかけ直し、まじまじと角を眺め感嘆の息を零す。
「これは……木の葉の中でも最上級のものじゃないですか!? 許婚のお知り合いを助ける為にわざわざこれを?」
「余計な口を叩く暇があるならさっさと作れ」
これっぽっちも笑っちゃいない。
殺気さえ漂わせ凄むナルトにカブトもこれ以上の会話が無理だと悟る。

諦めて鹿の角に向き直り器具を取り出し、カブトは薬作りを始めるのだった。
ナルト曰く『痛めた筋肉を回復させ、多少の手術に耐えうる基礎体力をつける』薬を。

合言葉は『大蛇丸様のご褒美』と内心で唱えながら。

「忘れたが、効能があるかどうかちゃんと試しておけ。成分表はこちらで受け取る。違っていたなら俺はお前の行動を契約違反と受け取り、大蛇丸を敵と見なす」
せっせと薬を作り始めたカブトへトドメを刺したナルトは、結界を強固にして小屋から去って行った。

「……ご褒美、二週間の休暇にしよう」
一人きりになった小屋でカブトが決意を新たにしたのは、言わずもがなである。


そんなこんなで始められた薬の製作。
カブト自身が効能を確かめ成分を確認し、何度も何度もナルトの駄目出しを喰らい。
製作の速度アップを求められ、大蛇丸の下で動くときよりも過酷に働くカブト。

倒れそうな己を鼓舞するのは『褒美に休暇二週間分』

身を粉にして働いた結果、鹿の角が主成分の薬はなんとか形になり。
ナルトに報告したカブトだが。

「追加だ」
運命の神様はカブトがとことん嫌いらしく、薬が完成したかと思ったらナルトが今度は超最高級朝鮮人参を持って来る。

幾ら身体に良いものだからといっても、矢鱈と入れれば身体に効くわけではない。
カブト、泣く泣く調合を再度し直す所から薬の製作に取り掛かり。
不眠不休で働き漸く完成に扱ぎつけた。







目の下にくっきり隈を作ったカブト。
布に包んだ『ナルトのクナイ』を懐に仕舞い、足取り怪しく(過労の為)音へと帰還。
笑顔で出迎える大蛇丸が休暇用紙とダブって見えるのは幻覚ではないだろう。

「大蛇丸様、ナルト君から預かってきたクナイです……」
「でかしたわ!! カブト。そう……これがナルト君のクナイ……。チャクラが僅かに感じられるし本物ね」

 スリスリスリスリ。

クナイに頬擦りして頬を切る大蛇丸。
同時刻、イビキを例えようも無い悪寒が走り抜けたのは気のせいではない。

「では約束通り褒美を」

ああ、休みだ。
眠りだ。
癒しだ。

カブトの脳内に響き渡るファンファーレ。

カブトを祝福する音をバックにカブトは大蛇丸へ切り出した。

「ええ、忘れていないわ。カブトには約束通り、ご褒美をあげるv ……わたしが持つ秘蔵のコレクション……ナルト君の隠し撮り映像とこれまでのコレクショングッズをね。
初めてなのよ? わたし以外の人に見せるのは」

 にこやか〜、に笑って大蛇丸が言う。

最初、カブトは何を言われているかさっぱり分からず笑顔のまま固まっていた。
動かない脳が、大蛇丸の台詞を解析して数秒後。


「……」
カブトは笑顔を顔に貼り付けたまま、仰向けに倒れ。

大蛇丸にどれだけ蹴られようが、完全に自分の世界へと引き篭もった。

流石に哀れに感じた音四人衆の計らいで、カブトは医療室にて二週間の引き篭もり生活を得た、らしい。



 この小話内におけるカブトさんの立ち位置。不幸な彼に光明はあるのか?
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