おーじんじ


闇夜を疾走する二つの影。
「ホント、すみませんねぇ」
困った顔で笑うのは音のスパイ。
薬師 カブトである。
「悪いと思うなら早くどけ。邪魔するならお前も消すぞ?」
面を被った小さな影がカブトへ告げた。
カブトは苦笑いを浮かべ頭を掻く。
「上司は選べないんで……命令違反すると後が大変なんですよ」
手にしたカメラ片手に影の速度に懸命についていく。
「……転職するか、逆二重スパイでもするか、または殺せば?」
素っ気無い言葉遣いで影はカブトに提案した。

提案というか、世間話の延長のような語り口である。
苦い笑みを深くしてカブトは嘆息。

「今の僕じゃ無理です。せいぜいカカシさん程度の実力しかないですし」
「そりゃ無理だな」
カブトの返答に相槌を打ち、影は動きを止めた。

月に黒い雲がかかる。
まだらに照らされる湿地。
虫の声、獣の声。
湿地を凪ぐ風の流れ。
全てが自然のままに見えるこの闇夜。

影は両手で互い違いに印を組み手のひらを地面に押し当てる。

 ドゴン。

爆音が轟き影が立っていた部分の湿地が陥没した。

咄嗟の事で受身が取れなかったカブトも湿地の泥まみれで飛ばされる。
空中で体勢を整え滑(ぬめ)る地面へ足を踵から着ける。
両手のひらも泥へ付け勢いを殺す。
数メートル滑り、止まったカブトは素早く立ち上がった。

カブトが追っていた対象者の姿が。
気配がない。
飛ばされた時に放たれた煙玉によって視界はゼロ。

「……このまま惚けて立っていれば、敵と見なされて殺されちゃうかな?」
命あっての任務遂行。
目的達成。
そこいらの雑魚と勘違いされて殺された日には、悔やんでも悔やみきれない。

きっと『彼』は躊躇いもせずに自分を殺す。
その光景まで目に浮かぶようだ。
カブトは己の本能的な直感に従い、その場は素直に一時退却する事にした。

数分後。
十数人分の気配が消える。
舞い戻ったカブトの目に入る手足のオブジェ。
美しいとは思えないそれらの中心。
返り血一つ浴びず、泥さえついていない手を払う影の姿。

「ったく……」
忌々しそうにオブジェの山を眺めて、何故か影は苛立っていた。
「どうかしましたか?」
『彼』が任務をしくじる事はない筈だ。
だが明らかに先程より機嫌が悪い。

下らない三下相手の任務だからだろうか? カブトは色々考えて首を捻る。

「ここ、湿地だろ?」
誰が見ても湿地である。
影の指摘にカブトは曖昧にうなずいた。
「少し離れた場所に小さな小川があってさ。その周囲に植えられた落葉樹から肥料を作ってるんだ。こいつらの血とか混じるかと思ったら、良い気はしないだろ?」
誰かの片足を蹴り飛ばし影は口早に理由を述べる。
「は……あ……?」
影の発した言葉の内容は分かる。
だが真意が分からない。
カブトは眉間に皴を寄せた。
「俺、将来は花屋をやるんだ。だから今から勉強とか大変でさ……元々、植物の栽培には興味があるから嫌じゃないんだけどな」
「……」

 確か、大蛇丸様もそんな事言ってましたっけ?

カブトは必死に記憶の糸を手繰り寄せ、大蛇丸のぼやきを思い出す。

「これじゃまた文句言われるぜ」
影はカブトの存在無視。
小さく舌打ちして周囲に散乱するオブジェへ顔を向け。
心持ち肩を落としている。
「燃やすかな?」
腰に手をあて考え込む影。
燃やして灰にすればそれなりか? それともパシリ(某特別上忍)に適切なしたい処理を行わせるか。
判断に迷うところである。
「景色が変わったら変わったで怒るしなぁ……」

 うーむ。

影は唸って暗闇の中、まだらに照らされ不気味さを醸し出す湿地を一瞥。

日の当たる昼間に来ればそれなりに美しいと感じさせる情感を抱かせる湿地。
影が生涯只一人と決めた人物が気に入っている景色なのだ。
下手に景色を変えて彼女の不評を買うのは避けたい事態だ。

「仕方ないな。流すか」
湿地の先、巨大な沼地になっていて。
底なし沼なんぞもあると噂がある。

底なし沼があるまいがなかろうが、作ってしまえばこちらのもの。

 証拠の額当ては持ってる。
 巻物も回収済みだしな。

薄く笑って影は片手印をそれぞれに組み、二つの水遁の術を発動させた。
予告もなければ警告もなし。
カブトレベルを以ってしても逃れられない術発動スピード。

「!?」
気が付いた時には既に遅し。
身長の何倍もある高波がカブトの眼前に迫っていた……。





薄暗いどこかの部屋。
息も絶え絶えのカブトが漸く辿り着く。
「大蛇丸……様……」
手にしたカメラはびしょ濡れ。
撮った筈のフィルムは水に濡れて駄目になっているだろう。
カメラを受け取った大蛇丸は苦い顔で首を左右に振る。

「今度は防水加工のにしないと駄目ね。……それにしても、カブト? 寝てないでいい加減次の撮影に向いなさい」
大蛇丸は気を失っているカブトを足先で容赦なく突く。
突く? というか、踏んでいた。

「……」

 ぐえ。

奇妙な呻き声をあげカブトは潰れっぱなし。
起き上がる気配はない。

「嫌だ。本当に潰れてるの?」

 ぐりぐり。

大蛇丸は力を込めて尚もカブトを踏みつけてみた。
当然反応はない。

「使えないわね……」
大蛇丸が本音を漏らした。

カブトが『おーじんじ』に電話する日がやって来るのも近いかもしれない。
ソレよりも先に大蛇丸と彼に関わった不運から逃れるために忍家業を廃業する日のほうが近いかもしれない。

「まあいいわ。次の対策を考えましょう」
鼻歌交じりに大蛇丸は姿を消した。

残されたカブトが介抱されるまで後二日を要するとは、カブト自身まだ知らない。
所詮世の中弱肉強食なのだ、とカブトが悟る日も近いだろう。



 超有名なCMより(笑)個人的には書いていて面白い。
 カブト不幸話は機会があったら書いてみたいですね〜。ブラウザバック