許婚の器 イノは錆びた手すりに頬杖付いてある病院の一室を観察中。 復興中の木の葉の里、まどろむうららかな日差しを浴びて欠伸交じり。 「これは流石に拙いのではないですか? イノさん」 綱手の診断から元気のないロック=リー。 目の下の隈は睡眠不足の証。 寝ぼけ眼を懸命に開きアンニュイなイノへおずおずと声をかける。 「わたしだって親友の恋路には口出ししないし。こんな風に覗いたりしたくないわよ。サクラが見舞う相手がうちは サスケじゃなかったらね」 イノが刺々しい声音でリーへ応じた。 首を竦めたリーは曖昧に笑って誤魔化す。 まるでリーらしくない。 横目でリーの萎れた様子を盗み見てイノは嘆息する。 木の葉病院の医師に忍を続けるのは無理だといわれたリー。 あの時はナルトと一緒に薬を差し入れしたりしてリーもそれほど落ち込んではいなかった。 けれど今回ばかりは訳が違う。 医療忍としては最高峰の腕前を持つ『綱手姫』にも言われたのだ。 忍を諦めろと。 彼女が執刀してもリーの怪我が治る確率は五分五分。 しかも失敗すれば死ぬというハイリスク。 常に前向きなリーでさえも眼前に横たわる重い事実に打ちのめされそうになり、手術を受けるべきか否かで激しく揺れ動いている。 そんなリーを連れ出しイノはある一つの任務に赴いていた。 うちは サスケの動向を探るという任務へ。 「それに……リーの前で悪いとは思うけど、最近のサクラは一寸嫌いなの」 イノは憂い顔のサクラを遠目に複雑な顔で本音を零した。 「中途半端な優しさは時々とても残酷なの。今のサスケは最初にあった頃の小さなナルトにほんのちょーっぴり似てるわ。 自分の不幸に酔ってる部分だとか、自分の置かれた状況を打破できずに苛立ってるトコとかね? そんな時にこれみよがしな好意を向けられたって……素直に受け取れないわよ。なまじ忍としての実力があるから」 風に靡く髪を押さえイノは呟く。 リーは難しい顔をして眉間に皺を寄せ、真剣な顔で数十メートル先の病室の窓を凝視した後。 深々と息を吐き出す。 「言葉の意味は分かります。自分が酷く落ち込んでいる時に不必要に優しくされると、自分でもびっくりするくらい頑なになって、その優しさが受け取れない。程度の差はありますが僕にも経験がありますから」 リーも手すりに身体を持たれかけさせ自嘲気味に返答した。 「サスケを好きな気持ちは分かるの。でもね? 優しく腫れ物に触れるような優しさじゃサスケにサクラの気持ちは届かない。逆効果。 でもサクラは自分が嫌われたくないって、サスケに嫌われたくないって……そう思ってる部分もあるのよね、きっと。 だからサスケの行動を非難できない、罵倒できない」 だからリーにも平然と見舞いの花を見繕う。 なんて残酷な行為だろうか。 イノは少し頬を強張らせ俯き加減に林檎を剥くサクラへ目線を戻す。 「誰もがイノさんみたいに強いわけじゃないですよ」 リーはサクラとイノ、双方の少女を擁護するべく口を挟む。 自分の悩みをさていおいて喋れる辺りがフェミニストと影で噂される所以でもある。 自分のペースに巻き込まれて普段の立ち位置へ戻ったリーにイノは目を細めた。 「最初から強い女の子なんて早々いないんだからね? わたしだって最初は何も知らない子供だったの。 どうしてナルトがいじめられるかなんて全然分かってなかったもん。親がいなくて孤児だから、か、敵対してた里の生き残りかとも考えたわ」 初対面が血塗れのナルトだったから、インパクト大よ? なんて平然と笑って付け加えるイノはやっぱりナルトの傍に立つに相応しい女性だ。 リーはしみじみ思って首を傾けイノへ話の続きを促す。 「ナルトの封印を知った後も、ナルトが抱える孤独に直ぐには気付けなかった。鬱陶しがられても追いかけてナルトを知ってそれで初めてムカついたの」 あのガラス玉の様な眼が気になった。 だからしつこく三代目火影邸へ押しかけナルトを追い回した。 懐かしい思い出に口元を緩めイノは言葉を続けた。 「ムカついた、ですか?」 リーは想いも付かないイノの台詞に眼を白黒させる。 ナルトのような立場におかれた人間に会ったなら、自分だったら絶対に同情する。 孤独を感じるのも仕方がないし、他人を鬱陶しいと考えるのも分かる。 それをムカついた? いったい彼女は彼の何処に腹を立てたのだろう。 「そうよ? 確かに封印はされちゃったものだし不可抗力だし、里人の冷たい反応だって貰っちゃったものは覆せないでしょう? 過去には戻れないんだもん。 それを自分は要らないとか不必要だとか、人形だとか。ウダウダ悩んでんじゃないわよ、って感じたの。 馬鹿らしいじゃない? ナルトはナルトっていう一人の人間であって化け物じゃないの。周囲の言葉に流されて自己暗示かけるなんて只の逃げじゃない。あんなに強いのに。自分の力で生きていけるのに」 リーが訝しくしているとイノが一気に当時の不満を口早に捲くし立てた。 「復讐しろとかってそーゆうのじゃないの。 只、幸せになる、普通に扱ってもらえる権利はナルトだって持ってるんだから。大事にしろって喚いたっていいじゃない、なーんてね? 今からすれば結構怖いもの知らずで、わたしはナルトを張り倒して説教して。それから特別視しなくなったの」 小さく舌を出したイノにリーは初めて自分らしい元のリーの笑顔を浮かべる。 「成る程、ナルト君にとっては嬉しかったんでしょう。イノさんがとった行動は」 「どうかな。分からないわ……でも一つだけ学んだ事はあるの」 自分で決めた事だけれど、ナルトも咎めなかったけれど。 いざソレを口にするとなるとドキドキしてしまう自分が居る。 気弱になる自身を叱咤してイノは気合を入れなおした。 「誤魔化ししちゃいけない部分で、自分の気持ちを曲げたくないの。ヒナタの言葉を借りるならこれがわたしの忍道ね、だから……はっきり言うわ。 リー、貴方は忍を諦めるべきじゃないわ。五分五分でも手術、受けなさいよ」 身体を九十度動かしイノは真正面からリーと向き合う。 「イノ……さん!?」 リーはビクリと身体を震わせ、和み始めた表情を硬直させた。 「このままズルズル生きて幸せになれるって考えてる? 忍を諦めて里人に戻れるって本気で考えてる? 生きていても本当に目指すものが目指せないリーは死んでるも同じ。だったら一度捨てた命なんだから賭けなさいよ、自分の夢に」 無責任な励ましだとは思う。 それでも、イノは言わずにはいられないのだ。 全てを諦めたリーが幸せになるとは考えられないから。 「………」 リーだって何度も自問自答してそれでも答えが出なくて。 眠れない日々を過ごしている。 憔悴しきった感情が瞳に宿り口が堅く引き結ばれる。 「それからヘラヘラ笑ってサクラから花なんか受け取らないでよ。だからサクラはリーに甘えるんじゃない。 悔しかったら、堂々とサクラを口説きたいなら同じ土俵に戻りなさいよ、忍っていう同じ土俵に」 強い意思を宿した表情で自分を見据えるイノは眩しすぎる。 リーは目を細め小さな声で 「考えておきます」と告げ覚束ない足取りでその場を去って行った。 「……なんて、わたしもエエカッコしすぎかなぁ。ヤな気分」 最初からこの場所に居たくせにだまーって成り行きを見守っていた恋人。 恨めしそうな目線を屋上上の貯水タンクに注ぎイノは愚痴る。 「いや、あれぐらい言った方が効果的じゃないのか? 少なくとも俺はイノのこういう処に惚れてるから問題ないだろ」 「む〜」 貯水タンクからひらりと飛び降りたナルトの弁にイノは口先を尖らせた。 「大丈夫だ、アイツは忍の器だよ。というか、忍の器しか持っていない不器用な奴だ。俺がイノしか受け入れられないのと一緒で。手術受けるだろ、腹を括ってな」 ナルトがイノの髪を手で梳きこめかみに口付けを落とす。 イノはナルトなりの労わりを受け止め表情を明るくした。 「うん、とり合えず信じておくことにする。リーはサスケと違って純粋だもんね」 「そうかもな」 結構失礼な会話を繰り広げるカップルの数十メートル先。 サスケが小さなくしゃみを漏らしていたりしたのは、まったくの偶然である。 |
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