彼の沸点


陰謀渦巻く木の葉近くの宿屋。
自来也に伴われ五代目火影候補を探す旅へ出たナルト。
近づく影は四つ。

イタチ&鬼鮫の暁コンビと。
イタチを追うサスケに、更にサスケとイタチを追うイノ。
波乱はもう直ぐそこまで近づきつつあった。

 分ってるけど、責任はわたしにあるし。
 だから……追いかけなきゃ。

近くに感じるナルト・サスケ・イタチ+αの存在。
イノは呼吸一つ乱さずに走り、彼等のチャクラを捜す。

木の葉崩しの動揺治まらぬ里に姿を見せたイタチ。
イタチに撃退された仕えないカカシ筆頭の上忍ズ。
挙句、カカシはイタチの写輪眼の術を喰らい、撃沈。

知らせをイビキから聞いたイノは木の葉を飛び出し、ナルトを追いかけていた。
余談だが、サスケの心配など毛の先ほどもしていない。

 サスケだけなら。
 それに暁の他のメンバーだったらドベのナルトを信じたかもしれない。
 けどナルトを説得して五代目火影の必要性を説いたのはわたし。
 だから間に合わせるわ。

自来也の気配がないのを訝しく思いながら、イノはナルトが発するチャクラを辿り無事宿屋へ到着。
二階へ駆け上がると同時にサスケのチャクラが爆発。

 これって、サスケの千鳥!?

目を細め、イノは前方でナルトを中心に固まっている面々を見た。

 イタチとサスケ、ナルトに……イタチと同じ装束の男。
 え? 自来也様は??

肝心の保護者が居ない。驚くイノに、驚くのは三人。
「イノ!?」
ドベの仮面なんてアッサリ脱ぎ捨て、ナルトは驚きの声を。

無言のまま驚くのはサスケでやって来たイノを胡散臭そうに見ていたが。
その瞳が驚愕に見開かれる。
封じられていた数々の虐待の記憶が一気に蘇り、サスケの顔から血の気が引いた。

「これはまた……雑魚の集合日でしょうか? 今日という日は」
刀を握りなおした鬼鮫が目を細め、獲物を見やる目つきでイノを眺める。
「雑魚、ね」
イノも形の良い唇で弧を描く。
手にしたクナイを真横に構え冷静そのものの瞳を鬼鮫に向ける。

静観するイタチは事実上鬼鮫の行動を黙認した。
次の瞬間。
イノと鬼鮫が動く。
鬼鮫の太刀を避け、イノはクナイを投げて牽制。
ナルトの傍へまんまと着地してみせる。

「甘い」
見逃す鬼鮫ではなく、振った太刀を戻す反動でイノを威圧。
イノの髪が一本、鬼鮫の行動によって床に落ちた。

「……きゃっ」
鬼鮫が振った刀の剣圧でバランスを崩すイノ。
抱きとめてナルトは怒気を孕むチャクラを鬼鮫に突き刺す。

鬼鮫はナルトの豹変に驚き動きを止める。
動きを止めたのは圧倒的なナルトのチャクラに気圧されて動けない、というのが本当の所だが。

「俺のイノに傷をつけて無傷で帰れると思うなよ?」
ねめつけるナルトに鬼鮫は薄っすら口を開いたまま反論も出来ない。

床に落ちているのはイノの薄い金色の髪の毛一本。
サスケは顎を抜かして五メートルほど後退していた。

あのバカップルに誤解されたら確実に死ねる。
あの時に確信を持ったと後にサスケ少年は語る。

「髪の毛一本じゃないです……」
か。


己も暁の一員。
実力者とは聞いていたが、年端も行かない若者に圧倒されるのは矜持に関わる。
鬼鮫が反論した瞬間、ナルトの影分身が鬼鮫の腹へ拳をめり込ませた。

影分身は床に落ちる鬼鮫の剣を取って鬼鮫の右肩を貫く。
布に包まれた妖刀はナルトの九尾に怯えたか、主ではないナルトに従い鬼鮫に牙を剥いた。

「っ……」
ナルトの怒りにサスケは思わず悲鳴を発しかけ、宿敵の兄の前で醜態は曝せぬと自分の口を押さえる。
それ程までにナルトは怒っていた。

「イタチ、お前の部下の教育はどうなっている?」
本体は相変わらずイノを抱き締めたまま離さない。
影分身が鬼鮫をさらに幻術で追い討ちをかけ。
成敗してからイタチへ向かい合う。

影分身と本体。
四つの視線を受けてもイタチは顔色一つ変えないで立っていた。

「部下ではない」
静かにイタチはナルトへ答える。
ナルトは眦を吊り上げ口を真一文字に引き結ぶ。

「ナルト?」
抱き締められたナルトの腕の中。
イノはナルトの胸の鼓動が早く波打つのを感じた。
心配そうに案じる目線でナルトを見上げる。
「すまない……こんな雑魚に」
ナルトはイノしか視界に入れず、イノだけに詫びた。

ただでさえ、中忍試験・第三の試験本戦前。
サクラとの戦いを五分にする為に、サクラと同じく長く伸ばした髪を切ったイノ。
下忍として振舞う。
この任務に忠実だと言えばそれまでだったが、ナルトとしては残念で為らなかった。

密かにイノが手入れをしていたイノ自身の髪。
ナルトがイノの髪に触れた時に感じる柔らかさも。
髪をさり気なく触れた時に微笑むイノの笑顔が。
当面見られないかと思うと、寂しかったりもした。

 その髪を斬るとはいい度胸だな。

以上のような理由から、ナルトの沸点は一気に急上昇したのである。
「怪我じゃないし……。わたしは平気よ?」
ナルトの首に己の腕を回し、イノはぎゅーっと抱きついた。

イタチから感じる殺気混じりのチャクラはスルー。
一方的にナルトの価値を決め、独善的に一族を屠ったイタチ。
ナルトは彼を選ばす自分を選んでくれた。
これからはもう迷わないと、三代目の墓に誓ったばかり。

「俺の気が済まない」
ナルトもイノを傷つけた人物がイタチの連れだった事から。

完全にイタチを『敵』認定。

己に降りかかる火の粉には無頓着でも、ナルトの存在理由を傷つける者は問答無用で敵だ。

「なら追い払って。落ち着いて話が出来ないからv」
にっこり笑顔でイノがおねだりすれば、イタチと気絶中の鬼鮫の運命は決まる。
イタチの赤い瞳を一瞥したナルト。構えたナルトを見てイタチは無言で……。

「「あっ!?」」
イノとサスケの声がハモる。

戦いのゴングが鳴る前に、イタチは鬼鮫を担いでとっとと逃げ出した。
イタチとしてもナルトと争うつもりはないのだろう。

その後お約束のようにサスケは記憶を封じられ、多少は機嫌のよかったイノの手で半死半生。
サスケはイタチの身内だというだけで不幸に見舞われる星の下に生まれたようだ。

自来也が到着した後は全てが終わったあとで、ナルトの怒りの鉄槌と自来也が飄々とした態度で逃げ回る姿が暫し見受けられたらしい。
尤も、サスケを追ってきたガイの蹴りでカタがついたのだが。


流れる景色さえ頭に入らず。イタチは沸騰寸前の己の感情を持て余す。
「何故だっ!! ……花屋の娘にしてやられたのか!!」

 くぅ〜。

悔しそうに歯軋りし、鬼鮫の浅はかな行動に立腹するイタチであった。



 ナルトのイノへの狼藉に対する沸点は低いだろうと考えて作った話。
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