愛の言葉は時として



イノは足取り軽やか。
足元に転がる死体の山を器用に避けて、スキップ。
鼻歌交じりに目的地を目指す。

一番地の匂いが濃い場所。
彼が一番輝ける場所。

むせ返るような空気と鼻につく生臭い匂い。

慣れればそんなに嫌悪するものでもなく。
こういう裏家業があるからこそ、木の葉が強大になったのも事実。
奇麗事ばかりが全てじゃない。

それをイノは知っている。

知りえてよかったとさえ思っている。

「ナールートーッ」
呼びかける。
「ナールートーッ」
もう一度、呼びかける。

ふわり。

枯葉が舞い落ちる気配とイノ目掛けて真っ直ぐに飛んでくる手裏剣。
イノは上半身を逸らして手裏剣を避け尚も目指すべき人物の名前を呼ぶ。
「ナールートーッ」

 ヒュンッ。

風を切り裂き飛び交うクナイや千本を避け。
イノの瞳はモノトーン一色の風景の中からたった一つの色を捜そうと懸命だ。

「おかしいわね……」
師匠であり現在は共に任務をこなす同僚でもある、特別上忍イビキから仕入れた情報。

ナルトが、この火の国国境付近で他里の忍との小競り合いに参戦しているというもの。
イノは取る物も取らず。
慌てて国境付近まで急いできたのに。
「ちょっと! 人のシンキングタイムを邪魔しないでよっ」
先ほどからイノへ攻撃を繰り返すどこかの里の忍。

ちょこまか、ちょこまか。
小蝿のようにイノの周囲に纏わりついて正直うざったい。
イノは苛々をぶつけるように無造作に千本を放った。

イノスペシャル特製毒仕込み。

千本自体は忍の腕を掠っただけ。
「ぐあああああぁぁぁ」
見る間に膨れ上がる紫色の腕に、己の腕を押さえて絶叫する忍。
白けた目線をソレに向け、再びイノはナルトを探すべく声を張り上げる。
「ナールートーッ」
ナルトがイノの声に気付かないなんてコト在り得ない。

冷淡かつ残酷な彼でも。
命がけでナルトの伴侶という立場をもぎ取ったイノを無視するなんて。
そんな馬鹿な真似はしない。

イノは数秒間逡巡してそれから無造作に。
クナイで自分の喉を切り裂いた。

「何してるんだよっ! 戦場だぞ、ココは」
怒声と共に降ってくるナルト。

イノは血まみれの喉を押さえ満面の笑みを湛える。
チャクラを指先に集め傷をなぞった。
傷は綺麗に……とまではいかないものの、蚯蚓腫れを起こした状態で塞がる。

「それはコッチの台詞よ」
殺気立つナルトにむかって平然と怒鳴り返す。
イノの剣幕にナルトは一瞬だけ虚を突かれたようだ。
キョトンとした顔つきでイノの怒りに染まった顔をまじまじと見る。

「ほーんとあったま悪いんじゃない?

昨日はSランクの暗殺任務。
一昨日は要人警護で徹夜任務。
三日前は里の巡回任務。
四日前は死体処理班と一緒に侵入者の駆除。

加えて昼間は下忍の任務。

寝てないでしょ、ナルト」

鼻息も荒くナルトをねめつける。
疚しい気持ちがあるのか、ナルトの目線が宙を泳いだ。

イノはもう一度、聞き分けのない子供に説明するような。
そんな口調で繰り返し告げる。
「寝てないでしょ? いつものアレを夢に見て、眠れないんだよね? だから生命の危険に身を晒して誤魔化してる」
命の遣り取りをする任務(戦闘)は、ナルトの裡に眠る九尾の本能を呼び覚ます。
脊髄を這い上がる快感と高揚感。
それらに身を任せ、敵を切り裂く無慈悲な殺人機械。
本能が命ずるままに術を繰り出し刃を振るう。

「冗談じゃない。ナルトはあたしにとって大事な駒よ。火影の妻にするって約束反古にされちゃ敵わないわ。帰るわよ」
血の匂いがきついナルトの腕を問答無用でつかみ上げ、イノは飛ぶ。

素早く高台へ登り、木の葉の忍にだけ分かる狼煙を上げ幻術を発動した。
人の心は脆い。
どれだけ修羅場を潜ろうと精神に異常をきたす幻術を見せられれば隙が生まれる。

正に阿鼻叫喚の地獄絵図。
まともに術にかかったら二度と忍としてはやっていけない。
そんなトラウマさえ引き起こすイノの必殺技。
手際の良すぎるイノの行動にナルトはただただ呆然と眼下の騒ぎを見下ろすだけだった。

 流石に四日も寝てないから捕獲は簡単だったわ。

そう。
ナルトの抵抗が薄いのは頭が働いていないから。
四日も碌に寝ていなければ、いくらスタミナ馬鹿と言えども疲れはする。

 愛の言葉は要らない。
 そんな陳腐な言葉の羅列でナルトを縛れると思ってるほど、あたしだって少女趣味じゃないし。

イノは愛の言葉を絶対に囁かない。
大切だとは言うが、好きだとか。
愛してるだとかは一切口にしない。

ナルトが壊れてしまうから。

常日頃ナルトの耳にタコが出来るくらい。
アンタは駒だと囁いて。
駒だと言い切ってその言葉の中に『ダイスキ』を込める。

ナルトが察している確立半々。

我ながら勝率の低い賭けを続けているなんて。

本当に、時々。

 泣けてくる。あたしって頭悪いよね。

「……」
空気が揺らぐ気配と、イノの存在に気を抜いたナルトの体が揺れる感触。
イノは慌ててナルトを前後に揺すり覚醒を促した。
「ほーら! 帰るって言ってんでしょ!」
「おう」
イノの声だけに反応するギリギリラインのナルト。

精神状態・体調共に最悪だ。
文字通り引き摺る様にして。
イノはナルトを木の葉の里。
山中花店まで根性で持ち帰ったのだった。

返り血まみれ泥まみれ汗まみれ。
そんなナルトを店の裏庭で抱き締める。

部屋に連れ込めばナルトは良い顔をしない。
人の気配に敏感なナルトが心落ち着けて眠れる場所は、こんなちょっとした里の死角に入る隅っこ。
だから薄汚れたままのナルトをイノはただただ抱き締める。

 睫毛があたしより長くて。
 肌だって綺麗だし。
 髪だってこーなにサラサラでさぁ。
 いつ見てもあたしより美人なんだよねぇ。

イノの密かなコンプレックス。
『美人なイノの王子様』は無防備な姿を晒しクウクウ眠りこけている。


 ええい。
 いいのよ、イノ。
 確かにナルトは美人だけど。
 美人だけどっ!

 あたしの方が断然良い女なんだから。
 いずれくの一の中でも艶のある美人になって見せるわっ。
 髪だって綺麗に手入れするしパックだって怠らない。
 ボディーマネージメントも欠かせない。
 ファイトよ、あたしっ。
 名実共にナルトの隣に立つべく努力〜!

 あ、ヤダ。

 リーの口癖うつちゃったよ。



くぁ。

イノもナルト探しやらナルト運びやら、でお疲れモード。
欠伸も口をついて出てきて。
こくり、こくりと転寝を始める。

この数分後にイノの母親が毛布を娘とナルトにそっとかけて。
夜も明けきるかという白み始めた空の下。
「お前が居るから俺は人でいられるんだ」
無理な姿勢でナルトの頭を抱えて眠っていたイノの耳元に届いた精一杯の愛のコトバ。

甘くはないけど。

とても臆病で照れ屋のナルトから零れる、愛のコトバ。


 最近気付いたんですけど、ナルイノが一番甘く書けるのかもしれない(驚愕!)
 あんま甘くはないけど傍から見れば甘いっつー話です(笑)ブラウザバックプリーズ