「長靴をはいた猫」は猫か?
シャルル・ペロー(1628〜1703)の童話「長靴をはいた猫」は、広く親しまれアニメにもなっている。しかし、猫は長靴をはくのだろうか。はたまた、履くことができるのだろうかという疑問が自然に湧いてくる。 物語のあらすじをとりあえず紹介しよう。 三人兄弟の末っ子、ピエールに与えられた遺産は、わずかな金と猫が一匹であった。「長靴」を買ってくれという猫にピエールは全財産で長靴を買う。猫は、その長靴を履き主人に自分の言うとおりにしなさいといって出かける。 猫は、農場に行き、働く農夫たちに「この土地のすべてはカバラ公爵の持ち物だ」と通りかかった王様と王女にいわせ、ピエールをカバラ公爵と紹介する。 最後に猫は、鬼の住む城に乗り込んで鬼をライオンに化けさせ、鬼をおだててネズミに化けさせた上で食べてしまい、その城にピエールと王様と王女を迎え入れる。ピエールと王女は結婚してめでたしめでたし。 シンプルな内容だが、なんの教訓もない。長靴の必然性について考えてみよう。とにかく、猫が長靴を買ってくれと言う必然性が見あたらない。長靴を履いた猫と履かない猫との違いが明確ではない。子供向けの書籍では「履くとやる気が出てくる魔法の長靴」という解説があったが、長靴自体はピエールが靴屋で手に入れたものだから特別な超能力があるとは思えない。 これには、この話に登場しない前提が必要なのだ。出所を忘れたが、まったく別の文章で「長靴(ブーツ)を履いているだけで貴族であると思いこんでしまうくらい…。」というのを最近になって読んだ。これで長く疑問となっていた「長靴をはいた猫」の謎が解けた。 舞台となっているフランス革命の前、ヨーロッパの封建時代では、長靴つまりブーツは貴族の象徴なのだという。 「猫」は長靴を履くことによって貴族に化け、王様も王女も農夫たちも鬼でさえ、彼らにとって猫でさえも長靴を履けば貴族となってしまったのだ。ここにシュルル・ペローの権力や権威への痛烈な批判がこめられているだ。 これさえ解れば、猫は長靴を履かなければならないという必然性が浮かんでくる。まさに、長靴を履かない猫はただの猫であるが、「長靴を履いた猫」は特別な猫なのである。 特別な「猫」という「長靴をはいた猫」はどのような猫なのだろうかと考えるとこれは間違いなく詐欺師である。登場人物であるピエール、農夫たち、王様、王女、鬼のいずれもが猫のペテンに引っかかっている。ピエールと結婚した王女が後日、ことの経過を知ったときどのような判断をするかはさておいても、ピエール自身も騙されていることに間違いない。すべてがつまびらかになった時にすでに猫は大量の財宝を持って姿を消しているのである。そこに「長靴をはいた猫」のペテン師としても利得が生じてくるのだ。 長靴をはいた「猫」だと解りにくいが、長靴を履いた「人」なら解りやすいだろう。ペローはこのように人はあっさりと騙されるものなのだと言いたかったのだろう。しかも、長靴をはいた「人」では童話にならない。 ペテンといえば「詐欺とペテンの大百科」(カール・ファキス著、青土社)という本の中で一番面白かったペテンを紹介しよう。
被害者がこの業者を告発したときには、姿を消しているというのでは「長靴をはいた猫」と変わりない。 ペテン師という要素から考えれば「長靴をはいた猫」はトリックスターということなるのだろうが、騙される方の側から考えれば決してトリックスターは英雄ではない。騙されているのは王様、王女という権力と鬼の武力、農夫たちの既成概念ということになろう。 彼らのとって「猫」は英雄ではない。しかし、「長靴をはいた猫」は長く愛され、アニメとなって日本の子供たちの人気を得ている。 これこそが「詐欺師は詐欺師に見えない」という典型なのだろう。 「長靴をはいた猫」の逆の立場を描いているのが「裸の王様」なのであろう。どちらもトリックスターが登場するがキャラクターとして「長靴をはいた猫」の方が面白い。訳者の澁澤龍彦は「猫の親方あるいは長靴をはいた猫」としている。誰の親方なのかというとピエールの親方なのであろう。ピエールはただの狂言回しの素材でしかない。しかも、ことの経過が判明した時には、無一文で放り出されるか、悪ければギロチン(フランスだから)に消えてしまう。このようにみれば、「裸の王様」は、「長靴をはいた猫」の続編ともいえる。「猫」は続編では、純真な心を持った子供に見破られてしまうが、本編と同様に、ばれたときにはもう姿をくらましているのである。 表題とした「長靴をはいた猫は猫か?」という疑問に対しては、特別な猫であることには違いないが、彼はさらに詐欺の腕に磨きをかけ、仕立屋として某国の王様を騙すことにまんまと成功したのである。ただし、その時は人間の風体をしていたようだ。最近では、児童福祉施設にも現れたりしているが、シンプルな王様とは勝手が違ってなかなか苦労しているようだ。 (この項 おわり) ついでに… 私の職場は、子供の施設であるが、純真な子供に「長靴」をはいてみせたり、「愚かな者には見えない衣装」をまとったりしてはいないだろうか? |