あまり本音を書くのはまずいと思うのですが、このホームページの編集者からの圧力もあるので、本音を書かせてもらいます。本音は、やはり理念とかという立派なものというより検証不可能な妄想レベルのものといったほうが正しいと思うので基本妄想という題にしてもらいました。
もともと、師とする関東中央病院のDrのもとで、7年間を過ごしてしまい、終始《人類はもうおしまいだ》といいつつ前向きに人と付き合っている彼がしみこんでしまいました。また、先輩で常識のある人からは理解されにくいが、でも診療や人生は今まであった人の中でも最も参ったと思う一流のひとと、ひたすら酒を飲みながら週4回は説教及び酔っ払いの話を7年聞き続け濃厚な治療を受けていました。また、石光氏という愛すべき兄弟弟子と出会えたことも幸運でした。彼は非常にドジなやつで、最後は子どもが滝壺に落ちるのを助け自分が滝壺に落ちて死んでしまいました。そういう人たちと魂が溶け合って今の私があると思っております。
きわめて人間らしい人たちに囲まれ、しかも、人間らしい患者さんたちに出会い、いろいろな経験をさせてもらいました。そのため、病気と正常の違いに関してはかなり思うところがあります。
 妄想ですので、誤解を恐れず書きます。というか誤解されてもかまわないのですが、まじめに人生について考えたり悩まないとまっとうな病気にはなれないということを感じています。我々は、どこかで悩むのを切れあげたりごまかしたりして生きている事を痛感させられます。もちろんそうできる事が健康であるための必要条件ですが・・・。人間の脳はそれほど丈夫にはできていないのですから。一生懸命悩んだ人たちと、悩みを切り上げている治療者が関わることの大変さを、奇妙さを感じています。悩みきれなかった人間(正常人として生きている人間)としては、治療というより、人と人として関わったり付き合っていこう、医療、福祉というこちらで分けた枠組みを使うのではなくなんでもできることをして行こう、と考えています。
 至空会の特徴としては、カウンセリングも投薬もケースワークも就労支援も自由に組み合わせてやっています。スタッフも患者さんの悩みを追体験したり、自分の中の無視していた不安や不適応感に向き合ったりして、辛くなる事も多いのですが、自分自身のことも病気になった人のことも、不器用ながら生きている人間の人生として見ていくという方向になっていると思います。
 人間や病気に対するそういう見方は、たぶんH.S.Sullivanのそれと近いのかと思いますが、我々はH.S.Sullivanが我々に近いのかなと妄想しています。そんな事はどうでもいいのですが、そういう少し変わった集団とを作っているグループと思ってもらっていいと思われます。悩みすぎた人と悩みを切れ上げごまかした人が協力しながら、人として生きていく方向性を探ることがテーマです。

基本妄想
もどる