1999年9月18日

和歌山県田辺市は、和歌山県の南部に位置する風光明媚な海辺の町です。熊野参道の主要コース・中辺路道と大辺路道の分岐点に位置するため古くから熊野詣の宿泊客で栄えてきました。弁慶生誕の地としても有名で、弁慶の父ともいわれる熊野別当湛増ゆかりの闘鶏神社をはじめ、弁慶にまつわるさまざまな史蹟が町のいたるところに点在しています。また毎年「弁慶まつり」が催され、弁慶や義経、熊野水軍らの武者行列が大通りを練り歩きます。私が田辺を訪れたのは、南紀熊野体験博が催されていた1999年9月18日のこと。残暑きびしい晴天のもと、田辺の町を気ままに散策し、「弁慶まつり」を存分に観覧しました。

田辺市の窓口、JR紀伊田辺駅
JR新大阪から特急「スーパーくろしお」で二時間ちょっと。駅前のロータリーには、薙刀をかまえた大きな武蔵坊弁慶の銅像が観光客をお出迎え。この時は南紀熊野体験博開催中のため、弁慶もイベントのタスキをかけてはりきっておりました。


闘鶏神社
允恭天皇8年(410年)創建の由緒ある神社。「闘鶏神社」という変わった社名は明治維新の折につけられたもので、もとは新熊野鶏合大権現と呼ばれていたそう。JR紀伊田辺駅にほど近く、歩いて5分もかかりません。一説に弁慶の父といわれる熊野別当湛増は絶大な海の戦力・熊野水軍を配下に持っていたため源平両軍から味方を頼まれ、悩んだ末にこの神社で紅白の鶏を戦わせて源平の運を占い、白(=源氏)の鶏が勝利したので源氏に加勢することを決めたそう。
 境内の一角に、その様子を再現した像があります。戦う紅白の鶏を固唾をのんで見守る湛増と弁慶。

また社務所には、弁慶産湯の釜熊野湛増着用の鉄烏帽子源義経が奉納した笛「白龍」などが社宝として飾られています。

弁慶の腰掛石
闘鶏神社から歩いて10分くらい、田辺第一小学校近くの路地脇に、八坂神社なる小さなお社が祀られています。ホントーにささやかなお社、フツーに歩いてたらまず見落とします。そこにあるのが「弁慶の腰掛石」。弁慶が幼少のみぎり座っていた石だとか…?なるほどたしかに真ん中が思いっきりヘコんでる…真偽はともかく、こういう風変わりな石にすら弁慶の面影を重ねて喜んでしまう、民衆の郷土の英雄に対する無邪気な愛着が感じられてほのぼの。

弁慶まつり’99
市をあげてのこのおまつりは朝から晩までびっしりとさまざまなイベントが組まれていたもよう。お昼前には闘鶏神社にて一般公募で選ばれた弁慶(イメージぴったり!)と玉虫御前(富田常雄の「武蔵坊弁慶」で弁慶の恋人とされた平家の姫君)、それに弁慶まつりの実行委員会の方々が集結し、お祓いを受け、境内で記念撮影を行っておりました。

駅から大通りを15分ほど歩くと海を臨む扇ガ浜公園にたどりつきます。白い砂浜に青松の並ぶきれいな海岸が約1キロメートル続いています。公園内のステージでは“鬼若太鼓”の響きに合わせて勇ましく踊る弁慶の舞が披露されました。
またこの公園にほど近い田辺市役所の駐車場周辺には弁慶産湯の井戸と、熊野別当の一族が弁慶誕生の記念に植えたという「弁慶松」があります。もとは高さ15メートル周囲4メートルの巨木だったのが昭和50年に枯死してしまったそうで、現在あるのはその種子から育ったもの。他の庭木にまざってしまって、ごくフツーの松でした…。「弁慶松」の看板(これも目立たない)がなければまず見つけられない…。

熊野水軍出陣行列
夕刻より、扇ガ浜から闘鶏神社に向けて武蔵坊弁慶や源義経、熊野水軍らの武者行列が練り歩きます。写真は、行列のトップをゆく武者が勝鬨をあげ、後続の武者らが一斉にそれに応じているところ。


七つ道具を背にしょって高下駄履いて薙刀かまえ、定番通りのスタイルで、まつりの主役・武蔵坊弁慶登場だ!


弁慶に続いて源義経登場!ちょっと年配の義経でしたが…。
弁慶の手前には、弁慶と同じ扮装のコワモテ?の僧兵衆がナゼかほのぼのと談笑。

弁慶の恋人・美しい玉虫御前と、何ともカワイイ三人の女童。

武者行列が闘鶏神社にたどりつく頃にはすっかり日は落ち、境内に焚かれたかがり火が効果的に照り映えていました。境内にしつらえた仮設ステージでは、ホンモノの鶏を使った擬似闘鶏が行われ(逃げ回る鶏多数、勝敗のゆくえわからず…)、イベントの最後は餅まきで大いに盛りあがりました。

オミヤゲ情報
弁慶の釜(鈴屋)
円盤状のモナカをふたつ重ねて釜の形に模した、弁慶ゆかりの田辺の銘菓。上のモナカはユズあん・下はつぶあん、一個でふたつの味が楽しめてとてもおトク。
左図は菓子箱のパッケージ、右図は箱に入っていた田辺周辺の案内マップ。

田辺市HP

 田辺市は、武蔵坊弁慶ばかりでなく、南方熊楠(みなかたくまぐす・近代の天才博物学者)ゆかりの地でもあります。彼の旧宅は、今も大切に町内に残されています。また田辺からほど近い南紀白浜には南方熊楠記念館があり、彼の天才的頭脳、またそれゆえの波瀾の生涯をしのばせる、数多くの遺品・遺稿が展示されています。岬の高台にある館の屋上からは、360度、どこを向いても圧倒的に青くまぶしい海が眼下に広がります。南紀を訪れた際にはぜひぜひお立ち寄りになることをオススメします。