「プラナーという名のウルトロン」  ローライQBMのプラナー50mm F1.8               03年12月

1960年代後半から1970年代にかけ、ツアイスとフォクトレンダー、ローライとの間の、密接で複雑な関係の中からこのレンズは生まれている。
1970年、「ローライフレックスSL35」という一眼レフカメラが発売された。
このカメラの標準レンズの一つが 「プラナー50mmF1.8」 であり、初期には、ツアイスに吸収合併された旧フォクトレンダーのブラウンシュバイク工場で作られていたと思われるが、1972年以後はローライのシンガポール工場でも作られるようになった。

そして、1974年に、カメラが「フォクトレンダーVSL1」になると、標準レンズは 「カラー・ウルトロン50mmF1.8」となり、このレンズは前述の「プラナー50mmF1.8」の流用とされ、「ウルトロンという名のプラナー」と言われている。

さて、この「カラー・ウルトロン50mmF1.8」は、カメラの名が「フォクトレンダー」だからレンズの名を「ウルトロン」としただけで、実際に「ウルトロン」ではないのであろうか?

まず、この2つのレンズを見てみる。

             (カラーウルトロン50mmF1.8とプラナー50mmF1.8)
               

この2つのレンズはレンズ回り外見、寸法だけでなく、特徴あるほとんど平面の前面レンズ、そして、リアーレンズを取り出して見たところでも、全く同じものと推定された。(コーティングのみ少し異なる)

紹介されているカラー・ウルトロンの構成図は次のようになっているが、上記調査結果どうりであった。

            (フォクトレンダーVSL1用カラー・ウルトロン50mmF1.8)                
               

次に、ウルトロンとプラナーの違いを考えてみる。

ウルトロンのレンズ構成図は代表として、このようになっている。

            (ヴィテッサ用ウルトロン50mmF2ー1950年発売)
               

一眼レフカメラ用レンズとするには、バックフォーカスを大きくする必要があり、その為に一眼レフ・イカレックス35用ウルトロン50mmF1.8は、前面にほとんど度数のないレンズを一枚置いた構造になっている。

            (イカレックス35用ウルトロン50mmF1.8)
               

一方、一眼レフ用プラナーの方は
1958年に発表されたコンタレックス用のプラナーの構成が、ダブルガウス型そのものであり、また、1975年に発売されたコンタックスRTS用のプラナーの構成はウルトロン型の後ろに凸レンズを加えたものとなっている。

              (コンタレックス用プラナー50mmF2)
                

              (コンタックスRTS用プラナーT50mmF1.7) 
                

これらの構成図をみる限り、フォクトレンダーVSL1用ウルトロンはプラナーというよりは、イカレックス35用ウルトロンと同じ設計思想になっていると考えられ、りっぱに「ウルトロン」ということができる。

そうなると、同じレンズであるローライフレックス35L用プラナーは「プラナーという名のウルトロン」と言う方が妥当となる。

さて、「プラナー」は非常に広い範囲の焦点距離のレンズにその名がつけられ、35mm用から中判カメラ用まで種々の「プラナー」があり、別途参考として調査した結果のように、その構成図も多岐に渡っている。
ダブルガウス型の傾向は見られるものの、一定のレンズ構成およびその改良型とは考え難い程変貌しているものもあることから、
「プラナー」とは、ダブルガウス型およびダブルガウス型より発展したレンズで、解放からよく収差補正され、平坦性に優れたレンズに与えられた、ツアイスの「ブランド名」と見ることもできる。

そのプラナーについて、少し歴史を辿ってみると、そもそものプラナーがルドルフにより開発されたのが、1896年、構成図はダブルガウス型の下図のようになる。

                

この図面左2枚目と3枚目のレンズの距離を開けるとウルトロンになると言ってもいいのでは??。
ツアイスの解釈は「ウルトロンはダブルガウスの発展型」として、ウルトロンにはプラナー名を付ける資格があるのであろう。もちろん当時、フォクトレンダーはツアイスに吸収合併されて、同一会社内の話であるから問題にはならない。そして、このような経緯を経て、現在の「ウルトロン型の後ろに一枚追加したプラナー」が生まれてくる。

そのウルトロンは、1930年代にトロニエ博士により設計されたシュナイダー・クセノンを元に、博士が1944年にフォクトレンダーに移籍後に、改良し設計したものと言われている。

               (1930年代のクセノン50mmF2)
                 

1970年から1980年代の国産を含めた各メーカーの50mm標準レンズの多くは、このクセノン、ウルトロンと同様のレンズ構成を持った5群6枚、または、コンタックス用プラナー同様に後方に1枚追加した6群7枚構成になっている。これらのレンズ構成を「クセノン型」または「変形クセノン型」と呼ぶと特徴をよく表していると考えるが、そのような呼び方はなく、「ガウス型」または「ダブルガウス型」のように呼ばれている。

なにはともあれ、このクセノン、ウルトロン、プラナーは絞りを開いた時の柔らかい、なんとも魅力的な画面と、絞った時の非常に細かな優秀な画面を併せ持った、他のレンズの追随を寄せ付けない、すばらしいレンズ達である。

(参考1)最近発売の「クラシックカメラ専科No69」内に、その他の焦点距離のレンズを含めて、この関係の詳しい記事が掲載されている。
また、主要な関連事項は、オフィスフェリア発行の「フォクトレンダー・ぼくらクラシックカメラ探検隊」を参考にさせていただいた。

(参考2)  プラナーレンズの構成図

(参考3) ベッサマチック用セプトン50mmF2ー1959年頃発売

                 

このレンズもウルトロンの発展型で、一眼レフ用に凹レンズを3枚目レンズに加えたものとされているが、全体の感じはかなり異なって見えるし、絞りを開いた時の表現も少し異なる方向のようだ。
なぜか、ハッセルブラッド用のプラナーCF80mmF2.8に構成がよく似ている。

(参考4) 関連年表
       1945年 カール・ツアイス工場解体
              オプトン光学工業設立
       1946年 オーバーコッヘンで生産再開
       1956年 カール・ツアイス財団がフォクトレンダー社の株式100%取得
       1958年 コンタレックス発表
       1966年 イカレックス35発売
       1969年 ツアイス・イコン社がフォクトレンダー社を吸収合併
       1970年 ローライフレックスSL35発売
       1971年 ローライ・シンガポール工場稼働
       1972年 ツアイス カメラ部門から撤退。 
              フォクトレンダー光学社設立。経営はローライ(フランケ&ハイデッケ社)
              「フォクトレンダー」ブランドの権利はローライに移る。 
       1974年 フォクトレンダーVSL1発売
       1975年 コンタックスRTS発売
       1981年 ローライ・シンガポール工場閉鎖
             (”made by Rollei”のレンズは1972年〜1981年の間、ドイツのブラウンシュバイク
              工場製とシンガポール工場製の2種類あるようである)

               

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