制作 1999.6.11   演奏時間 約 10分   初演 2001.3.10   製本済

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[解説] 

 この合唱曲は、マーラーの交響曲第7番「夜の歌」第4楽章に、歌詞をつけ歌えるように編曲したものです。また、原曲を基に、マンドリンを取り入れるとともにピアノ伴奏をつけました。    
 マーラーの音楽には難解な作品が多いのですが、中でも交響曲第7番はその最たるものといえましょう。この曲は初演以来、理解されたとはいいがたく、むしろ不評で、演奏会のプログラムになかなかとりあげられないのです。ある人は世紀末的諦観といい、べつの人は生命の讃歌といいます。世界屈指のオーケストラでさえ、この曲をどう演奏したものか本当のところはよく分からず、その卓抜した技術で補っているのが実情と思われます。
 マーラーの交響曲第7番はいまなお未踏の麗峰なのです。第4楽章については、特に次のような点が疑問視されています。
(1) 4管編成のオーケストラが、突然、室内楽のような演奏を始める。

(2) 独奏バイオリンが、唐突になんとも不思議な旋律を奏でる。

(3) マンドリン等、オーケストラではめずらしい楽器が、交響曲に使われる。

(4) 形式(音楽の構成)や表現の意図が明確でない。
 この合唱曲は、これらの疑問にひとつの答えを与えようとする試みです。
 グスタフ ・マーラーは1860年、ボヘミアのカリシュトでユダヤ人商人の子として生まれました。彼の生後まもなく一家は近くのイーフラブァに移り、マーラーはここで幼少年時代を過ごすこととなります。父親は小さな酒造工場を経営するとともに居酒屋を開きました。この居酒屋には、小編成の旅の楽団(今でいう流しのバンド)が訪れていた、という記録が残っています。
 …… ここから先は、この合唱曲の詩が描くフィクションの世界です。
 その小編成の旅の楽団は、広い意味でのジプシー・バンドで、独特の旋律をバイオリンで奏でたり、マンドリンで弾いたりしました。楽団の名前はクレズモリーム、略してクレズモと呼ばれました。この楽団が居酒屋を訪れ、ボヘミア(ユダヤ)民謡風の音楽を演奏した際、子どものマーラーがそれを聞いていないはずがないのです。それどころか彼らの音楽は、子どものマーラーの音楽性の形成にとって、原体験ともいえる大きな影響を与えたのです。
 しかしマーラーはそれを明示しません。当時、彼はウィーン宮廷歌劇場の芸術監督の地位にあり、同時にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者でもありました。ヨーロッパ音楽界の頂点に立つ、いわばカラヤンのような存在だったのです。そのマーラーが、自分の音楽の原点を明示できなかったとしても、やむをえないような気がします。
 合唱の詩は、作曲する現在のマーラーが過去を回想する形をとっています。その中に子どものマーラーが登場し、クレズモの音楽によって夢の世界へ誘われます。夜の不思議な森で、マンドリンがセレナーデを奏でます。森は心の奥、夢は子どもの未来を暗示します。やがて現実に戻ったとき、クレズモ楽団の人たちはその子どもに未来を託し、いずこへともなく去って行きます。
     1999年6月11日                            
平 井 文 和