「いとおしいと思う気持ち」
「父さん早く来ないかなぁ…」
庭の片隅にある大木の下で刹那はルシファーを待っていた。
先程までルシファーの執務室にいたのだが、急な会議が入り
ルシファーは一人で出かけてしまった。自分だけ部屋にいるのも暇なので
執務室がよく見えるこの場所に腰を下ろして父を待つ事にした。
刹那はこの場所が気に入っていた。父の執務室がよく見えて、
執務室からもこの場所は真っ先に目に入る場所だったから…
来客があって外に出ている時、ルシファーは必ずここまで迎えに来てくれた。
時々待ちくたびれて眠ってしまうこともあったが、
そんな時はその場で起こそうとはせずに刹那を抱きかかえて
部屋まで連れて行ってくれた。
眠ったまま抱きかかえられるのはまるで子供みたいだと未来に言われてからは
眠ってても起こしてくれと刹那はルシファーに何度も念を押した。
そんな時ルシファーは困ったように微笑みを浮かべ、決まってこう言うのだ。
「子供なのだから、そんな事は気にしなくてもいい」
その一言を聞く度に刹那はいつも胸の奥が苦しくなった。
どんな時でも子供として見られるのは刹那にはたまらなく嫌で。
自分のルシファーを想う気持ちと、ルシファーが自分を思う気持ちとの違いが
とても悲しくて、辛くて ―…
「父さんはやっぱり俺を子供としてしか見てくれないのかな…」
そう呟くと刹那は俯いてそっと目を伏せた。
― 俺は何でこんなに父さんを好きなんだろう。
ずっと離れていたとはいえ、実の父親で男の人なのに。
何で父さんに優しくされると胸が熱くなるんだろう。
少しの間一緒にいられない位で切なくなるのは…
切ない気持ちで泣きたくなってきた時、頭上から
「―刹那、どうした?」
その声に慌てて上を見上げるとルシファーが怪訝そうに刹那を見ていた。
「父さん、いい、いつからそこにいたの!?」
心の内を悟られまいと刹那は慌てて立ち上がった。
「たった今だ。足音を忍ばせて来たつもりは無かったが、刹那が
気づかないようだったからまた眠っているのかと思った…」
そう言ってルシファーは刹那の頭をくしゃり、と撫でた。
そっと見上げた刹那の顔の近くには静かに微笑むルシファーの顔。
めったに感情を表に出す事のないルシファーだが、
我が子等に見せる温かく穏やかな表情。
降り注ぐ木漏れ日と合わさって、それがとても眩しくて、優しくて。
「…父さん、俺の事、好き…?」
突然刹那にそう言われて一瞬驚いたように目を見開いたルシファーだったが、
「ああ。刹那と未来は私の大切な子供達だからな…」
父のその一言に刹那はふいっ、と顔を背けて
「…俺がそういう意味で聞いてるんじゃないのを知ってるくせに…ずるい」
顔を背けてむくれてしまった刹那に対して、ルシファーは何も言わなかった。
「俺が一度地上に帰った時、父さんはお前の好きなようにしていいんだよって
そう言ったから…俺はずっと父さんに好きだって言い続けて来たんだよ。
なのに父さんは好きか…嫌いかすらも答えてくれない、そんなのずるいよ…」
刹那はルシファーに背を向け、その場にしゃがみ込んでしまった。
刹那が一度地上に帰った訳…それは刹那が自分で帰ったというよりも、
ルシファーによって帰されたのが正解だ。
彼の気持ちを一時期の迷い事、地上に帰れば昂った感情も治まるだろう…
そう考えてルシファーが有無を言わさず強制的に送り返した事があった。
それでも刹那の気持ちは治まるどころか、逆に加熱する一方となり、
未来の助言もあって、再び魔界に戻って来れたのだが…
「父さん、あの時俺を迎えに来てくれたのは何で…?
未来やゼットから話を聞いて、同情して迎えに来たの?
俺の気持ちに応える気がないなら、ねえ…いっそ嫌いって言ってよ。
こんなどっちつかずのままでいるなんて、そんなの嫌だよ!
このままずっと何も言われずにはぐらかされる位なら、
父さんの口から嫌いって言われた方がましだよ…!!」
刹那は立ち上がってルシファーにすがり付き、大声を上げて泣き出した。
今までずっと心の底で溜め込んでいた想いを吐き出すかのような、
痛々しい程の悲痛な叫び。
嫌いだなどと言われたくはない。しかしずっと曖昧にされてしまう事の方が
刹那にとっては何倍も嫌な事だった ―
「刹那…お前は私が思っていたよりも…ずっと、ずっと強いな…」
今まで黙っていたルシファーがやっと呟いた一言。
その一言を聞いて、刹那は顔を上げ、涙で濡れた目をルシファーに向けた。
それを見てルシファーは微かに顔をしかめて
「今まで未来や、刹那には私は父親として何もしてやれなかった…
せめてこれからは二人にとっていい父親になろう、と自分の感情を抑えている
私よりもお前は…自分の気持ちに本当に正直で、強い子だ…」
低くそう呟いたルシファーはそっと刹那の額にくちづけをした。
突然の出来事に目を見開く刹那を見て、安心したようにルシファーは
目を細めて微笑み、刹那を自分の腕の中に引き寄せると
「ここでお前の気持ちに応えてしまったら、私はこれから先
いい父親でいる事が出来ない…」
「そんなのいい、いい父親でなくても構わない!
だって俺にとって父さんは強くて…」
かぶりを振って喋る刹那の言葉を遮ったのは、ルシファーの優しいくちづけ。
ほんの僅かな時間でも、刹那にとっては充分過ぎるほど
温かくて幸せな時間 ―
ルシファーから開放された刹那は顔を真っ赤にし、涙目になってこう言った。
「…やっぱり父さんってずるいよ…」
そんな刹那の表情がとても愛らしく、いとおしい。
ルシファーはそう思い、穏やかに微笑んだが、何かを勘違いしているのか
刹那は怒ったようにほっぺたを膨らませて、ずんずんと歩き出してしまった。
その少し後をゆっくりとルシファーがついて歩く。
少し歩いた所で歩みを止めた刹那はゆっくりと振り返り、
「父さん、ここまでしたんだから今更嫌いだなんて言ったって遅いからね?」
そう言って刹那は悪戯っぽく笑い、ルシファーはいつものように目を細めて微笑んだ。
執務室までの道を刹那はルシファーの手を引いて歩く。
今までの刹那とは違った何の憂いもない晴々とした表情…
正直まだこれで良かったのかという思いがルシファー自身全くなくなった訳ではない。
でもこの嬉しそうな表情を絶やさない為に尽力しようと思う。
以前にも増してとてもいとおしく思う刹那の為に…―
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