重苦しい気持ちのまま、クレティアンは食卓についた。居候先のウォドリング家の食卓である。いつものように感謝の祈りを奉げ、食事を始める。いつもより少しばかり豪華であるのだが、クレティアンはそれに気付いていないようで、坦々と食事を口に運んでいた。
夫人はクレティアンの向かいから期待の眼差しを向けていたが、やがて諦めたようにため息をつくと夫の方に向き直り苦笑した。夫――ローファルはそんな妻に微笑みを返すとクレティアンに声をかけた。
「頼んでおいた仕事は終わったのか?」
と。妻は少しだけがっかりしたような表情をして、自分も食事に手をつける。クレティアンは一度食事の手を休め、
「はい」
とだけ答えた。
「そうか、ならいい」
会話はそこで終わる。後は三人とも無言のまま食事を続けた。
最初に食事を終えたのはローファルだった。
妻の耳元で何かをささやくと、席を立つ。一瞬だけ目が合ったのだが、いつもは冷ややかなその氷青色の瞳がわずかに温もりを帯びて見えた。そして、どこか微笑んでいるようにも……。
しかし、クレティアンはそれを錯覚であったと思い込むことにした。一瞬でも兄に似ていると思ってしまったことが、腹立たしい。
食事を終え、席を立ったクレティアンを夫人が呼び止めた。どこから取り出したのか、手には淡い色のリボンが掛かった包みを持っている。
「誕生日、おめでとう。これ、主人と私から」
柔らかな笑みを浮かべながら、彼女は包みを差し出した。
「もしかして、忘れてた?」
眼鏡の奥の瞳が優しい光をたたえてクレティアンを見つめている。
何故か、頬が熱くなるのを感じた。
「あ……ありがとう、ございます」
礼を言って包みを受け取ると、クレティアンは足早に食堂を出る。
酷く動揺していた。理由はわからない。ともかく、一秒でも早く一人になりたかった。こんな情けない姿は誰にも――特にヤツには見られたくない。
自室にあてがわれた部屋に入ると、後ろ手で扉を閉めそのまま扉にもたれかかった。安心して脱力したのか、そのままへたり込んでしまう。
包みを開けると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。中に入っていたのは丸みを帯びたハート型のクッキー。まだ、ほのかに温かい。一枚つまんで口の中へ放り込む。優しい甘さが広がった。
『誕生日、おめでとう』
澄んだ鈴の音のような声音がまだ耳の中で響いている。
何か熱いものが込み上げてきた。今まで感じたことのない、おかしな感覚。戸惑っている間に視界がぼやけた。
「……ちくしょう、何だっていうんだ」
透明な滴が頬を伝わり落ち、抱いた膝の上を濡らす。
ここに来て初めて――いや、おそらくは物心ついてから初めて流す、それは。
涙だった。