「冷えると思ったら……」
カーテンを閉めようと伸ばした手を窓ガラスに押し当てて、メリアドールはため息をついた。吐息で曇った窓の外は、闇に包まれている。その夜闇の中を真っ白な雪が舞っていた。
雪はやさしい思い出をよみがえらせてくれる。もう二度と帰らぬ、あの人との想い出を。
彼と出会ったのは、降り積もった雪の中だった。真っ白な雪ににじむ鮮血と、凍えて冷たくなったてのひら。消えてしまいそうな命の灯火をすくい上げたあの日、すべてが始まった。
彼と共に過ごした数年間は、哀しくて、苦しくて、けれどとても幸福な日々だった。
あの頃、彼女の周りにあったものは、今は何ひとつない。
胸の奥に鈍い痛みを感じる。それは、けして消えることのない痛みだ。
――何故、守れなかった?
――止められなかった?
――理解してやれなかった?
けれど、どんなに自分自身を問い詰めてみても納得のいく答えが出ないことはわかっているし、失ったものを取り戻せるわけではない。だからもう、自分を責めるのは止めた。悔やんでいないわけではないけれど。
メリアドールはそっと窓から手を離すと、かじかんだ指を吐息であたためた。ずっとガラスに触れていたため、冷え切ってしまっている。
そのとき、ふと肩にぬくもりを感じた。まるで背後から抱きしめられているような、そんなぬくもりだった。けれど、メリアドールの肩を抱く腕は見当たらない。それでも、確かに感じる。ただ一人、彼女が愛した男の存在を。
「いるのね? ここに」
小さくつぶやきながら目を閉じる。先ほどより、確かなぬくもりが肩を包み込んでいるのを感じた。
思い出す。息もできないほどに、きつく抱きしめられたあの日を。触れ合った唇の熱さと、そうして求められることの心地好さ。二度と取り戻すことのできないものたち。
それでも、悲しいとはもう思わない。彼はそばにいるのだから。
やさしい眼差しをずっと感じていた。たとえ目には見えずとも、いつもそばで見守っていてくれる。触れることさえかなわなくても、こうしてやさしく包んでくれる。
「十年よ。もう、あなたと変わらない歳なのね」
あの、悪夢のような出来事から十年。今日は一人で迎える十度目の誕生日だ。
そのとき、唇に何かあたたかいものが触れたのを感じると同時に、男の声が直接心に響いた。
メリアドールの頬を涙が伝っていく。嬉し涙だ。まるでそれを拭おうとするかのように微かなぬくもりが頬をたどる。そのぬくもりにそっと手を重ね、微笑んだ。
「ありがとう、ウィーグラフ」
――そばにいてくれてありがとう。このままずっと、見守っていてね。
満ち足りた想いで、メリアドールは純白に染まっていく世界を見つめていた。
やさしいぬくもりに包まれながら……。
Happy birthday to my dear.
親愛なる君に、幸多からんことを……。